映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

オッペンハイマー(2023年)

2024-10-06 | 【お】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv84909/


以下、公式HPよりあらすじのコピペです。

=====ここから。

 第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。これに参加した J・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。

 しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、オッペンハイマーはのまれてゆくのだった―。

 世界の運命を握ったオッペンハイマーの栄光と没落、その生涯とは。今を生きる私たちに、物語は問いかける。

=====ここまで。


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 日本での公開が遅れて、あれこれ憶測を呼んだようですが、オスカーをいっぱい受賞した直後の公開となり、興行的なタイミングとしてはバッチリだったようです。

 あんまし気が進まなかったけど、TSUTAYAの新作に上がっていたのでポチってしまいました。

~~以下、ノーラン監督ファンの方はお読みにならない方が良いかもです。悪意はありませんが、若干悪口になっているので。~~


◆イメージ最悪なオッペンハイマー

 オッペンハイマーについては、NHKのBS番組「フランケンシュタインの誘惑」で取り上げられており、何度か再放送されたこともあって、おおまかな背景は知っていた。この番組での彼の位置付けは、番組タイトルからも分かる様に、端的に言えば“悪魔に魂を売った科学者”で、人間的には非常に向上心の強い策士で野心家、科学者としても超秀才ではあるが天才と言うには独創性に欠ける、、、といったものだったように記憶している。

 また、NHKのBSドキュメントでも「“悪魔の兵器”はこうして誕生した~原爆 科学者たちの心の闇~」という番組が放映されており、こちらは録画してあったので、本作を見る前に再見した(ちなみに、映画を見た後にもまた見た)。このドキュメントはNHKが1年にわたり関係者に取材を行い制作された2時間番組。オッペンハイマーだけでなく、本作でもチラッと登場していたヴァニーヴァー・ブッシュレオ・シラードにも焦点を当てており、オッペンハイマーについては「フランケン~」よりもさらに辛辣な描写であった(後述)。

 なので、私の中では、本作を見る前の彼のイメージはハッキリ言ってかなり悪いものだった。名誉欲に取りつかれたマッドサイエンティストか、、、みたいな。

 で、本作を見た後、その印象が変わったか、、、、と言うと、正直なところ、ほぼ変わらなかった。まあ、マッドサイエンティストってのは言い過ぎかもだけど、悪魔に魂売ったには違いないね、という感じ。

 ドキュメントと映画は根本的に違うので、比べてどう、、、と言うつもりはないが、やっぱし本作はオッペンハイマーにかなり甘い作りになっているという印象は強く抱いた。監督はイギリス出身(アメリカとの二重国籍らしい)だが、所詮は戦勝国側の人間であり、オッペンハイマーを主役に据える時点で、これは既定路線だったのだろう。

 広島・長崎への原爆投下映像がないことに賛否あったけれど、むしろなくて良かったんじゃないか。そう思ったのは、トリニティ実験の描写を見たときだった。実験とは言え、まさにあれはエンタメ映像。こんなのの延長に、実戦投下した映像を入れられたんじゃ被害者は浮かばれない、、、と、感じた。原爆をエンタメにされたのでは堪らない。監督もその辺はかなり意識していたのだろう。実験とは言え、衝撃波の影響はもっと凄まじかったというし、何か爆発を美しく撮り過ぎていて、やっぱしそういう意味でも映画の限界を感じる。


◆ヒールに正論を言わせる

 私が一番(日本人だからであると思うが)不快に感じたのは、当初の目的である“ナチスより早く原爆を開発する”が瓦解していたのに開発を続け、、、たのは仕方ないにしても、それを、実戦で使ったことについての道義的責任を追及する役割を、本作のヒールであるストローズとロッブに負わせているところだ。

 これでは、本作を見た多くの一般アメリカ人は、イヤなヤツらが偉大なことを成し遂げたオッペンハイマーを、身勝手な敵意や嫉妬心から追い詰めているだけ、にしか見えないんじゃないかね。

 多分、監督としては、これは本作の本質として、重大な問い掛けとして描いているのだと思うが、それをヒールに言わせることでアメリカ人の感情とのバランスを取ったというのは邪推に過ぎるか。

 いずれにしても、私はオッペンハイマーに悔いてほしかったとは思わないし、科学者って、結局、新しい発見や発明に対する好奇心が倫理観を凌駕する生き物だと思うので、ヘンにキリアン・マーフィーが悔いる言葉を口にするシーンなんか見たら吐き気を催したと思うから、本作の作りとしてはこれで正解かも知れない。

 でも、ストローズとロッブに言わせるかね、、、っていう不快感は消えないけどね。ちなみに、史実ではあのようなやりとりはなく、ノーラン監督の創作らしい。

 クリストファー・ノーラン監督の作品は、私はほとんど見ておらず(興味が湧かない)、唯一見たのは長編デビュー作といわれる「フォロウィング」のみである。彼の作品は、時系列を組み替えるのが特徴だそうだが、「フォロウィング」もそうだった。時系列をいじる監督は基本的に好みではないし、この「フォロウィング」も、まあ、面白くないとは言わないが、別にグッとも来なかった。

 本作も、時系列は組み替えられており、ただ、私の嫌いな“組み替える意図がよく分からん”のではなかったので、その点は印象としてマイナスになることはなかった。組み替えてはいるものの、基本的には回想形式で、関連する過去のある時点へ飛ぶだけなので、見る者を惑わせる意図は全く感じない。

 オッペンハイマーという人物名をそのままタイトルにしているので、私は、てっきり、彼の科学者としての曲折の人生をなぞる映画かと予想していたのだが、蓋を開ければそれはゼンゼン見当違いだった。これは、ある科学者の話ではなく、オッペンハイマーという人物を通して原爆ができるまでの政治的いきさつを描いた映画だった。伝記映画ではなく、政治映画だ。


◆ダークヒーローにすれば良かったのに、、、

 本作を見ても、オッペンハイマーへの悪いイメージは変わらなかったし、キリアン・マーフィーがこれでオスカーをゲットしたのもあんましピンと来なかった。彼はもっと良い演技をしている映画がたくさんある。

 そもそも、本作でオッペンハイマーの人間性ってちゃんと描かれていただろうか。若い頃に鬱っぽくなり、上司を毒殺しようとし、いくつかの不倫をし、マンハッタン計画の責任者になって、原爆を実戦で使うように仕向けて、終戦後は失脚した、、、という出来事をなぞっていただけでは?

 実際の彼は、猛烈に頭が良かったからか、人を見下し、出来の良くない人間に容赦のない侮辱をし、ノーベル賞を獲れなかったという強烈なコンプレックスを克服するために、マンハッタン計画の責任者になるよう自分をグローヴスに売り込んで、原爆が実戦で使われなくなりそうになったらあの手この手で使うように工作し、、、という、かなり闇の深い人物である。その一端でもこの映画で描かれていただろうか??

 同計画に参加していたフリーマン・ダイソンが前述のBSドキュメントで言っている。

 “オッペンハイマーは、グローヴスや陸軍と手を組み、原爆を作るための莫大な資金と、非常に多くの人材を手にした。それは間違いなく悪魔に魂を売り、引き換えに力を得るファウスト的契約の典型だった。オッペンハイマーは完全に目がくらみ、この兵器を作り上げるという非常に激烈な情熱になった。”

 本作では、グローヴスに請われて責任者になっているし、ノーベル賞コンプレックスは全く触れられていない。むしろ、自分の能力の限界を悟って達観した、ある種謙虚な人物、、、くらいの描かれようである。史実と違っていても良いけど、なぜ彼がマンハッタン計画の責任者になったかは重要なファクターで、彼はノーベル賞を獲っていないからこそ、最初は、この原爆計画にお声さえ掛かっていなかったのだ。それについて焦り、妬み、どうしようもなくなって、グローヴスに自ら売り込んだ、、、ってのは、ちゃんと描いた方が、映画として面白くなったと思う。

 キリアン・マーフィー演ずるオッペンハイマーは途中までは危なっかしい中途半端なヒーロー、後半は赤狩りのとばっちりを受けた不運な男、、、みたいで、人間的にはまったく魅力を感じなかった。どうせなら、もっとダークヒーローにしても良かったのではないか。実際そうだったんだから。アク抜きしたのが仇になった感がある。

 ちなみに、原爆開発の資金20億ドルは、議会を通さずルーズベルトの承認だけで調達されていたため、不正流用ではないかと追及していたのは、当時は下院議員だったトルーマンだった。が、その後、副大統領になっていたトルーマンは、ルーズベルトが急死したことにより大統領となり、20億ドルの使い道を知らされてからは、その責任を戦後追及されないよう、何としてでも実戦での原爆使用に拘ったという、、、歴史の皮肉である。

 広島・長崎は、20億ドルのメンツのために犠牲にされたと言っても過言ではない。

 あと、本作はとにかくセリフが多い。最初は字幕で見ていたが、途中で吹き替えに変えた。吹き替えで見た方が圧倒的に理解がしやすい映画ってあるけど、本作もそうだと思う。字幕至上主義の人も多いけど、字幕追ってるだけで俳優の演技が見られないのはもったいない。

 ノーラン監督作のファンには、本作はおおむね高評価の様だけど、前述のとおり、私はこの監督に何の思い入れもないので、こういう感想になりました。

 

 

 

 

 


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