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横山隆一記念まんが館

(魚々タワー)

安芸の小松旅館であったか、テレビを点けると漫画家横山隆一の最晩年に取材した番組を流していた。多分再放送のものであろう。横山隆一氏は高知出身で、長年新聞の4コマ漫画で「ふくちゃん」を連載していた。ふくちゃんと言えば大学の角帽がトレードマークの男の子であった。最晩年、高知にまんが館を建てる計画が進んでいて、尽力していた。平成13年、92歳で亡くなったが、その翌年、高知にまんが館が開館した。

高知のビジネスホテルには午後2時過ぎに着いた。ホテルでもらった市内地図に横山隆一記念まんが館の表示があった。駅で明日の岡山までの高速バスの乗車券を買ってから、まんが館まで行ってみようと思った。駅前から出ている路面電車の運転手に聞くと、はりまや橋で乗り換えて、菜園場(さえんば)町で降りればすぐだと言う。電車賃は190円、はりまや橋で乗換券をくれる。

横山隆一記念まんが館は高知市文化プラザかるぽーとの3階、4階、5階にあった。最初に迎えてくれるのが吹き抜けに吊り下げた巨大なオブジェ、魚々タワーである。名も知らぬ不思議なさかなたちが横山隆一氏によって描かれて、オブジェに張り付いている。

土佐出身の漫画家が紹介されているコーナーを見ると、土佐がいかに多くの漫画家を輩出したのかが分かる。漫画に詳しくない自分でも、はらたいら、やなせたかし等の名前は知っている。先輩の活躍が後進たちを刺激し、後輩たちを引き立てながら、漫画王国土佐が築かれて来たのである。


(ふくちゃんと仲間たち)

展示品を見ていくと、ふくちゃんの時代の市井の音を拾ったという趣向の音声が流れていた。昭和30年代であろうか。今は失われた子供たちの遊ぶ生き生きした声、物売りの声などが混じり合って、懐かしくて涙が出るほどであった。

横山隆一たちが中心になって活動した漫画家の集まりは、戦前「新漫画派集団」、戦後改名して「漫画集団」となり、漫画家たちの交流を深め、漫画家の地位の確立を図った。今、世界に誇る日本の漫画やアニメの礎はこの漫画集団によって築かれたといっても過言ではなかろう。

最後に横山隆一のコレクションが展示されていた。それ自体何の価値も無い珍コレクションの数々がこのまんが館に寄贈されている。本人が集めたもの以外に、広い交友関係の中でうわさを聞いて集まってきたものもたくさんある。色々な有名人が世界各地で拾ってきた石、川端康成氏の胆石、植村直己氏のかかとのタコ、など700点に上る珍コレクションが残されており、その一部が展示されていた。

時間が許せばもっとゆっくりと見てみたかったが、そうのんびりも出来ずに図録を購入して帰った。
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