平成18年に60歳を迎える。六十と縦に書くと傘に鍋蓋(亠)を載せた形である。で、「かさぶた(六十)日録」
かさぶた日録
四年目で栗拾いを実現する
4年目にしてようやくソフト会社の悲願(?)、栗拾いが今日実現した。発端は4年前の今頃のことである。会社で栗拾いを計画して中止になった事情は2006年9月24日の書き込み「栗ひろいはどうなった?」に書いた。
娘の夫君が声を掛けてくれて、会社の人たちに話した。大人数では面食らうと困るから、都合のつくY氏とO氏の3人で、休みの土曜日の午後出かけた。Y氏は草刈機持参であった。栗拾いに行ったのは娘の夫君の、掛川の実家の栗畑である。まーくん親子3人が実家で出迎えてくれた。長靴、皮の手袋、火挟み、虫除けスプレー、買い物袋などを装備して、夫君の案内を受けて、自宅裏の元田圃に植えられた栗の木の下で拾った。O氏は栗拾いが生まれて初めてだといい、栗がイガに入って自然に落ちているのに感激していた。そこで袋一杯拾ったあと、山の方に入ってみようと思い、草を払いながら少し登ってみた。どこまでも草が一杯で途中で断念して戻った。結局Y氏の草刈機の活躍する場面はなかった。
縁側でお茶をよばれながら、しばらくお話をした。自宅のある土地は祖父の時代に山を削って宅地に整地したものだという。左手高台にキウイフルーツの棚が見えた。遠目にも実がなっているのが見えた。毎年実がなるけれど最近は取ったことがないと夫君が話す。そばまで行って見せてもらった。キウイフルーツの実がたわわに生っている。まだ実が細身で、触ってみるとまだ硬い。収穫にはまだ早いのだろうと思った。収穫時期を聞くと、夫君が畑にいる祖母に聞きに行ってくれた。11月の霜の降りる前だという返事だった。なるほど、こんなに立派なキウイを収穫しないことはありえないと思った。家に帰って女房に聞くと、前にいただいたことがあるから収穫されているはずだという。そりゃそうでしょう。ただし、夫君は収穫に手を出したことがないのだろう。
(色々説があるが、秋はおはぎと呼んだ方が良いのだろう)
午前中に女房とかなくんのママがおはぎを作っていた。そして夜、まーくん親子、かなくん親子、爺いじ、婆あばに息子が揃った。テーブルに一度には付けず、赤ん坊に食事をさせる組など、ばらばらに時差をつけて食事をした。何かというと全員集合する家族である。連休のあと1週間いた、かなくんとママは迎えに来たパパと一緒に明日名古屋に帰る。そして我が家に静寂が戻る。
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