平成18年に60歳を迎える。六十と縦に書くと傘に鍋蓋(亠)を載せた形である。で、「かさぶた(六十)日録」
かさぶた日録
故郷豊岡 ー 伊勢への旅(前)
伊勢神宮内宮の五十鈴川
10月30日、31日、11月1日と、故郷但馬の豊岡へ久しぶりに帰って来た。伊勢の長兄(88歳)と、豊岡の実家で待ち合わせる。実家を継いだ次兄(82歳)は病を得てから2年立ち、その見舞と両親の墓参りを兼ねた旅であった。
静岡から車で高速道路を乗り継いで、約6時間掛かった。明石在住の「本町の伯父」の孫のT君から、唯一碁を打つからと、伯父の残した碁盤を頂き、長く実家に預かってもらっていたが、それを受取るために、おそらく最後の長距離の車運転になると思い、今回、愛車アクアで女房と行くことにした。小さい車のハイブリッドで、ガソリンを気にしなくてよいから助かる。碁盤は伯父さんが往昔世話をした、静岡で開業した医者から頂いた碁盤で、高価なものである。その開業医には大学入学時に下宿を世話して頂くなど、随分世話になった。
豊岡では、甥(長男)夫婦、家を継ぐ甥(三男9夫婦と子供たち、それに、嫁に行った姪(長女)と姪(次女)が集まり、にぎやかであった。墓参りの後、ホテルにチェックイン。夜は料理屋で食事をした。歩くもままならなかった次兄も、少しづゝ歩けるようになり、元気を取り戻したようで、大慶である。食事の席で、正式に甥(三男)を後継ぎとする旨、次兄より話があった。
2日目、朝、伊勢へ帰る長兄を乗せて5時間、くたびれたが何とか運転した。夕方の伊勢神宮の内宮は参拝者も減って、気分良く、やや薄暗い杜の中を歩いた。久しぶりの内宮の森は、木々が一段と太くなって、杉や楠の巨木(幹回り3m以上)の杜であった。中に巨樹(幹回り5m以上)もたくさんあった。巨木ファンには垂涎の杜であった。(つづく)
読書:「餓狼剣 八丁堀「鬼彦組」組激闘篇」 鳥羽亮 著
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