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江戸繁昌記初篇 42 火場 3

(庭のホソバヒイラギナンテンの花)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

融風蓬々、砂を捲き、石を飛ばす。火は風威を趂(お)い、風は火勢を助く。一霎時紅焔、天に漲(みなぎ)り、黒烟、地に迷う。火を避ける者、狼狽し、宝器を遺(のこ)して、燈檠を提げ、飯籮を抱きて、什具を棄つ。
※ 融風蓬々(ゆうふうぼうぼう)- 北東の風が強く吹くさま。
※ 風威(ふうい)- 風の威力。風の勢い。
※ 一霎時(いちしょうじ)- しばらくの間。ちょっとの間。
※ 紅焔(こうえん)- くれない色の炎。
※ 燈檠(とうけい)- 灯火の油皿を載せる台。灯架。灯台。
※ 飯籮(いいかき)- 米揚げざる。飯びつ。


夫妻、赤體(はだか)(ふんどし)もまた着し及ばず。慈母、背上に倒さまに幼児を負う。兄を呼び、弟を喚(よ)ぶ。子を覓(もと)め、爺を尋ぬ。人相蹂踐し、物相搶壊す。偸児、救うに託(かこつけ)て、物を掠(かす)め、貴人、威を守りて、行を啓く哀號の声、沸騰す。
※ 蹂踐(じゅうせん)- ふみにじる。
※ 搶壊(そうかい)- つきこわす。
※ 偸児(とうじ)- ぬすっと。どろぼう。
※ 行を啓く(ぎょうをひらく)- 行啓。貴人が外出される。
※ 哀號(あいごう)- 悲しんで激しく泣き叫ぶこと。


路に載り、騎士各々豪華を闘わし、金を戴き、錦を掛け、馬肥えて、人雄なり。馳騁曲折、鞭を舞(ぶ)して指麾す。卒伍皆な韋服奮発、手を並べて、鈎(かぎ)を揮(ふる)いて、火を撲(う)つ。人喘(むせ)びて、喉火を吐き、馬困りて吻(くちさき)烟を噴(ふ)く。
※ 馳騁(ちてい)- 馬を走らせること。
※ 曲折(きょくせつ)- 曲がりくねること。
※ 指麾(しき)- 指揮。多くの人々を指図して、統一ある動きをさせること。
※ 卒伍(そつご)- 兵卒。また、兵卒の隊伍。
※ 韋服(いふく)- 皮製の服。


赤脚(はだし)で火を踏みて、水を潑する者は厮役なり。烟を追い、馬を躍(おど)らし、馳鶩往来する者は、某の官の火道を點ずる(点検する)なり。陣笠、金を飄(ひるが)えし、繍袍耀き、火に奔逸絶塵、猛威風を生ず。靡(なび)き人の、辟易せざる者は、その官の事を報ずるなり。
※ 潑する(はっする)- 注ぐ。
※ 厮役(しえき)- 小者。武家の雑役に使われた者。
※ 馳鶩(ちぶ)- はやく走ること。
※ 繍袍(しゅうほう)- 縫い取りを施した布子。火事装束の一つ、火事羽織?。
※ 奔逸(ほんいつ)- 思いのままに行動すること。
※ 絶塵(ぜつじん)- 塵が一つも立たないほど、非常に速い速度で走ること。
※ 辟易(へきえき)- 相手の勢いに圧倒されてしりごみすること。たじろぐこと。
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