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「個人的“SF映画”の解釈」 ~ホントは恐い、SF映画~

2014年08月28日 | つぶやき
DVDレンタル屋さんに入ると自分はどうしても気が付いたらSFジャンルの
棚の前に立っている。 だいたいSF映画しか観ないんだよなー(^^;。
「スターウォーズ」シリーズとか大好きで、繰り返し観たりする。
でも、これって“SF映画”なのかな。んーやっぱ“SF映画”だよなあ。
…でもこの“SF”は“Space Fantasy”のSFになるような…。
本来のSF映画の“SF”は“Science Fiction”の略の筈だった。
つまり“科学的根拠”があってそこから想像できる理想や不安を謳った映画の
事になる。そんな見方でこのテの映画を見ていくと過半数が条件から外れる、
単なる娯楽作品になってしまう。
本来の意味でのSF映画はもっと重苦しいテーマを背負っていたんだ。
自分が幼少の頃は国内外でそんな濃い内容の作品が多かったように思うんだけど、
思い返すとどれも暗い未来を予測した絶望感的映画が殆どだった。
(これよりネタバレ文が含まれます。古い作品ばかりですが未見の方スミマセン)

先ずタイプとして多かったのは過去からの地球の変化を捉えて、この状態で未来に
移行したらどうなってるか、という内容の【このままいくとヤバイ系】だ。
めっちゃ古いとこから挙げると「メトロポリス(1927)」。
人口が増えて工業が盛んになると社会的貧富の差がひどくなり、貧しい人々は
毎日過酷な労働を強いられる …!今そのとうりになってるかも(笑)。
因みにロボットも登場していて、この“マリア”というロボットはデザインが素晴らしい。
人々がマリアに夢中になってしまうところなど今のアイドル崇拝を予言していたのか。
同じような内容の作品をチャップリンも作ってて、「モダンタイムス(1936)」にも
みられる。ここでは“工業機械に逆に使われそうになる人間”みたいな内容をコミカルに
伝えていてかなり面白い。
でも人口が増えすぎた為に子供を作る事が法律で禁じられる「赤ちゃんよ永遠に(1971)」は
もっとヘビーな内容だ。原題の「ZPG」という三文字のアルファベットは
Zero Population Growth(人口増加率ゼロ)を示す。子供が居ない苦痛を紛らわすための
子供ロボットや、大気汚染がひどい為外出する時に顔に着けるマスク等は人類の黄昏感を
にじませる。都市の空中に浮かぶ、人々を監視する球体状のゴンドラが印象的。
続いて「ソイレント・グリーン(1973)」は増えすぎた人口をまかなう食料が無くなってしまい、
遂には死者を秘密裏に配給食糧の材料にしてしまっていたという断末魔的内容。
「サイレント・ランニング(1972)」は地球上の植物が絶滅し、残ったのは宇宙船のドームで
栽培している一握りだけ、という話。どういうワケかそれも処分しなさい、みたいな事になり
宇宙船の中で争いが起きる。宇宙船バリーフォージ号の巨大感はともかく
植物栽培用のドローンロボットがカワイイのである。
国内でも「日本沈没(1973)」という名作がある。これも単なるムチャ振りなパニック映画では
なく地球のマントル対流でのプレートの動きを考えると位置的に日本が海中に沈むのは時間の
問題ではないのか、というしっかりした根拠がある。

【地球外生物系】
SFというと宇宙人が出てくるイメージが強い。宇宙人の地球侵略とか。
でも地球外生物は未だ全く見つかっていないので正当なSF映画としては
説得力に欠ける事になる。星の数が多いのでおそらく他にも居るだろう、という推測からだ。
でもそういう内容の中でも特にSF的内容の濃い映画もある。
「宇宙戦争(1953)」は最近でもリメイクされてる作品だけど、この内容の神髄は
宇宙人が居たー!という事よりも、もし地球外から生物がやってきたら間違いなく
地球のバクテリアや細菌類にやられる、という皆が気付いていない本質を突いている
ところにある。核攻撃を受けても受け付けない、「もう駄目だー!!」とか絶望してたら
なんか知らねーけど死んだ、という展開がいいのだ。有害な細菌類への免疫力は長年その
環境にいた者だけの特権、という締めくくりが最高のザマーミロ感だった。
「アンドロメダ…(1971)」も地味にいい映画だった。
田舎の町が近くに落ちてきた人工衛星に付着していた地球外微生物のせいで全滅する。
でもなぜか老人と赤ん坊の二人だけ生き残る。なぜこの二人は死ななかったのか?
という所からストーリーが展開。どんな恐ろしい細菌にも必ず弱点はある…という手掛かり
捜査の面白さがあった。このアンドロメダ…の最後の“…”が少し気になってたけど、
原題の「The Andromeda Strain(アンドロメダ病原体)」を略してあったんだ。
「コンタクト(1997)」は宇宙からの信号音(電波)が題材だった。
宇宙から飛んで来た信号の中にとてつもない機械の設計図が練りこまれていた!
出来上る物の正体も解からず作ってみるところが凄いのと、特撮CGがリアルなのに驚いた。
昔、この原案のカール・セーガンという学者が好きで「COSMOS」という番組を
毎回見ていたのを想い出す。

広大な宇宙は広すぎて何が起こるか判らない。
だから地球の近くに何が通りかかるかも予測できない、
という不安からくる【降ってくる物が恐い系】の映画も多々あり。
先ず国内の作品の「妖星ゴラス(1962)」は奇抜で面白かった。
確か地球に衝突しそうな、巨大過ぎて破壊も出来ず軌道も変えられない星を避けるため、
地球に巨大なロケットエンジンみたいなのを付けて地球自体の軌道を変えるという
話だった。その後元の軌道にのせられるのか…?
洋画では「メテオ(1979)」、「アルマゲドン(1998)」が記憶にある。
メテオは冷戦時代のアメリカとロシアの宇宙兵器を使って破壊、
アルマゲ~は小惑星に穴をあけて爆弾を突っ込み、2つに割るという対応だったよな。
その他、降ってきたのがバケモノ生物系も多いけどココでは除外。

自分が好きなタイプはやっぱりハイテク技術が災いになってしまう
【技術の進歩が恐い系】だなー。古いので印象深いのは「禁断の惑星(1956)」。
宇宙の彼方で太古の昔に凄く文明が進んだ星があったのに滅んでしまった。
滅んだ理由は“科学文明の進み過ぎ”という、「そうきたか」みたいな内容だった。
“思考するだけで星から抽出したパワーで物事がなせてしまう究極の技術”が発明された
ために、人々の潜在意識の中にある“イド(生物の欲求を満たそうとする
根本的意識)”の怪物が現れてしまい全滅に至る。
核戦争とも違う、微妙な切り口がいい。“ロビー”というロボットが有名。
「猿の惑星(1968)」では亜光速で宇宙を飛んで来た宇宙船が地球に帰ってくると
地球では時間が2000年進んでいて人間は核戦争で滅び、後を猿が支配していたという
やや【このままいくとヤバイ系】にも通ずる話だ。
ザイアスという猿の頭領が人間は進んだ文明のせいで滅んだ事を知っていて
「猿は人間と同じ道を歩まない」という考えを持っていたところが最大のテーマだった。
亜光速で飛んだ宇宙船内と地球で時間がズレるのも科学的根拠に基ずいていたんだ。
グッと最近の「アイ,ロボット(2004)」は“ロボット三原則”がテーマだった。
このごろ実際に驚く程よく出来たロボットをテレビで見かけるのでこの映画は
現実感があった。同じような人造人間パニックを扱ったものに
「ウェスト・ワールド(1973)」、「ブレード・ランナー(1982)」などがある。
思うに、ロボット三原則を考えると「ターミネーター(1984)」のスカイネットのような
コンピュータは第一原則から崩壊していてあり得ない欠陥品なのが判る。

とかくSF映画とはどこか「実際に起こりそうで恐い」のが特徴だと思うんだ。
まーこんなのダラダラ書き出すとキリがないので今夜はこの辺で…(^^)/。

(卓上のモデルは「猿の惑星」の宇宙船イカルス号)
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2 コメント

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絹崎さんコメントありがとうございます (カシメルマン)
2014-09-02 20:50:25
日本のSFでは「ウルトラQ」や「怪奇大作戦」が
面白かったですよね。
ややムチャ振り感は否めないものの、
興味あるアイデアが満載でした。
返信する
「日本SF展」では (絹崎)
2014-08-29 21:20:36
『日本沈没』時に使われたアイデアメモが
キャノーラ計算機と一緒に展示してあって、
何枚もあるメモは計算式で埋め尽くされていました。
緻密なシミュレーションにSFの真髄を見た思いです。
以上、余談でした。
返信する

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