著者によれば、曽国藩はかなり、李鴻章は十分に、福澤や厳復の指摘を理解していた(具体的には容閎の進言によって)。武器を作るには、原材料とそのための器械を外国からかえばそれで作れるわけではなく、器械そのものと武器の部品を自前で生産できるだけの物的・技術的基盤と人的資源が必要なのだということを。(魏源もそうだと言うのだが、これは過褒の気がする→参照)。
ともあれ、
救国の道は、機械を作らないで鉄道を敷設することではなく、鉄道用の機器を作ってから鉄道を敷設することである。 (厳復「救亡決論」1995年)
英に千艘の軍艦あるは、ただ軍艦のみ千艘を所持するにあらず、千の軍艦あれば、万の商売船もあらん。万の商売船あれば、十万人の航海者もあらん。航海者を作るには、学問もなかるべからず。学者も多く、商人も多く、法律も整い、商売も繁盛し、人間交際の事物、具足して、あたかも千艘の軍艦に相応すべき有様に至て、始て千艘の軍艦あるべきなり。(略)他の諸件に比して割合なかるべからず。割合に適さざれば、利器も用を為さず。 (福澤諭吉『文明論之概略』1875年)
そして現場のお雇い外国人は、玉石混淆だったが高いレベルの技術者もいた。しかし概して言えば、その水準は、日本のそれらよりも低かったと著者はいいたげである(日本との比較を慎重に回避しているが)。
しかしなによりも、日清戦争での両国の近代化のギャップそして結果としての戦争の敗北には、当時の中国の、最高指導者層と現場のお雇い外国人と彼らの育てた中国人技術者・工員との間に挟まる、中間の監督官庁の官僚や工場経営の責任者が、近代化の意味も、そしてそれに必要とされる知識も能力も、持っていなかったことが大きいらしい。彼らにはその意欲さえなかった。近代化に投入された国家資金のかなりの部分が、原材料費と器械の購入費のほか、彼らへの人件費(有形無形の)に消えたのである。
(昭和堂 2013年4月)
ともあれ、
救国の道は、機械を作らないで鉄道を敷設することではなく、鉄道用の機器を作ってから鉄道を敷設することである。 (厳復「救亡決論」1995年)
英に千艘の軍艦あるは、ただ軍艦のみ千艘を所持するにあらず、千の軍艦あれば、万の商売船もあらん。万の商売船あれば、十万人の航海者もあらん。航海者を作るには、学問もなかるべからず。学者も多く、商人も多く、法律も整い、商売も繁盛し、人間交際の事物、具足して、あたかも千艘の軍艦に相応すべき有様に至て、始て千艘の軍艦あるべきなり。(略)他の諸件に比して割合なかるべからず。割合に適さざれば、利器も用を為さず。 (福澤諭吉『文明論之概略』1875年)
そして現場のお雇い外国人は、玉石混淆だったが高いレベルの技術者もいた。しかし概して言えば、その水準は、日本のそれらよりも低かったと著者はいいたげである(日本との比較を慎重に回避しているが)。
しかしなによりも、日清戦争での両国の近代化のギャップそして結果としての戦争の敗北には、当時の中国の、最高指導者層と現場のお雇い外国人と彼らの育てた中国人技術者・工員との間に挟まる、中間の監督官庁の官僚や工場経営の責任者が、近代化の意味も、そしてそれに必要とされる知識も能力も、持っていなかったことが大きいらしい。彼らにはその意欲さえなかった。近代化に投入された国家資金のかなりの部分が、原材料費と器械の購入費のほか、彼らへの人件費(有形無形の)に消えたのである。
(昭和堂 2013年4月)