この著者が大阪大学で行った夏期集中講義を受けたことがある。たしかこの本の出版された1989年だったと思う。17年前である。
17年前に出版されたこの本の指摘に、自由主義史観陣営はいまだに答えられない。すくなくとも彼らの作った教科書は。
“大東亜戦争が、アジア独立に寄与したという論は、アジア諸国、とりわけ中国や朝鮮半島の人々には、逆説として以外には認められるはずがない。ではインドや東南アジア諸国の場合に、どの程度、これが立証できるかが肯定論成立の一つの鍵となろう。だがこの肯定論はインドに関するかぎり、これまでのところ政治のレヴェルの議論であって、アジアの独立史研究のなかで、検証されているとは言いがたい。
大東亜戦争肯定論の人々は、米、英を中心とする連合国=勝利者が日本に侵略戦争説を押しつけたのである、というが、アジアの人々が大東亜共栄圏をどう見ているかの検証が弱いのがこの主張の第一の難点である。言い換えるなら、アジアの独立運動をどう位置付けるかの検証が成されていないのである。
第二の難点は、米、英をはじめとする帝国主義国が戦前・戦中アジアに何を約束していたか、を日本の公約と比較していないことである。インドをとってみても当時は日本だけがその独立を約束していたのではない。アメリカはインド人の政府を実現せよと主張したし、イギリスに圧力もかけた。イギリスにおいてさえ、少なくとも労働党は戦後の自治を約束した。こうした目配りなく、当時の日本軍が喧伝したアジアの開放だけを、そのまま日本の専売特許のようにいう浅薄な歴史理解は日本を一歩出れば全く通用しない。日本軍、日本政府、日本国民がインドを含むアジアの独立を、宣伝としてではなく、どのような形でいつから考えたか、それはインド独立の政治過程に、それぞれの時点でどのように適切であったかを証明しなくては上記の議論は成立する前提を欠いている” (「プロローグ」 本書5-6頁)
これまでこの欄で何度か引用してきたバー・モウ(ビルマ独立政府元首・当時)の言葉、「この人たちほど人種によって縛られ、またその考え方においてまったく一方的であり、またその故に結果として他国人を理解するとか、他国人に自分たちの考え方を理解させるとかいう能力をこれほど完全に欠如している人々はない」をまたもや、そしていまだに、持ち出さねばならぬらしい。
“とはいえ、アジアの植民地にとって第二次世界大戦がどのような意味を持っていたか、というと、これが充分研究されているとは言いがたいのである。先進国にとっての第二次世界大戦の研究より遅れているように筆者には思われる。ここに大東亜戦争肯定論が繰り返し現れてくる一つの理由があろう。本書はこうした間隙を埋めようとするものである” (同上 本書6頁)
(朝日新聞社 1989年10月)
17年前に出版されたこの本の指摘に、自由主義史観陣営はいまだに答えられない。すくなくとも彼らの作った教科書は。
“大東亜戦争が、アジア独立に寄与したという論は、アジア諸国、とりわけ中国や朝鮮半島の人々には、逆説として以外には認められるはずがない。ではインドや東南アジア諸国の場合に、どの程度、これが立証できるかが肯定論成立の一つの鍵となろう。だがこの肯定論はインドに関するかぎり、これまでのところ政治のレヴェルの議論であって、アジアの独立史研究のなかで、検証されているとは言いがたい。
大東亜戦争肯定論の人々は、米、英を中心とする連合国=勝利者が日本に侵略戦争説を押しつけたのである、というが、アジアの人々が大東亜共栄圏をどう見ているかの検証が弱いのがこの主張の第一の難点である。言い換えるなら、アジアの独立運動をどう位置付けるかの検証が成されていないのである。
第二の難点は、米、英をはじめとする帝国主義国が戦前・戦中アジアに何を約束していたか、を日本の公約と比較していないことである。インドをとってみても当時は日本だけがその独立を約束していたのではない。アメリカはインド人の政府を実現せよと主張したし、イギリスに圧力もかけた。イギリスにおいてさえ、少なくとも労働党は戦後の自治を約束した。こうした目配りなく、当時の日本軍が喧伝したアジアの開放だけを、そのまま日本の専売特許のようにいう浅薄な歴史理解は日本を一歩出れば全く通用しない。日本軍、日本政府、日本国民がインドを含むアジアの独立を、宣伝としてではなく、どのような形でいつから考えたか、それはインド独立の政治過程に、それぞれの時点でどのように適切であったかを証明しなくては上記の議論は成立する前提を欠いている” (「プロローグ」 本書5-6頁)
これまでこの欄で何度か引用してきたバー・モウ(ビルマ独立政府元首・当時)の言葉、「この人たちほど人種によって縛られ、またその考え方においてまったく一方的であり、またその故に結果として他国人を理解するとか、他国人に自分たちの考え方を理解させるとかいう能力をこれほど完全に欠如している人々はない」をまたもや、そしていまだに、持ち出さねばならぬらしい。
“とはいえ、アジアの植民地にとって第二次世界大戦がどのような意味を持っていたか、というと、これが充分研究されているとは言いがたいのである。先進国にとっての第二次世界大戦の研究より遅れているように筆者には思われる。ここに大東亜戦争肯定論が繰り返し現れてくる一つの理由があろう。本書はこうした間隙を埋めようとするものである” (同上 本書6頁)
(朝日新聞社 1989年10月)