書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

岡田英弘『岡田英弘著作集』 3 「日本とは何か」より

2014年04月23日 | 抜き書き
 国民の統合には君主の人格が最適であり、君主を失った国民の統合はつねに不安定を免れない。一人の君主の人格を、その死後も存続させるもの、それが世襲制であり、人間の考えうるもっとも安定した制度である。世襲されるものは権力ではない。人格が世襲されるのである。 (「第Ⅲ部 日本の誕生」「大嘗祭は冬至祭である」本書381頁)。

 たとえば広東語の新聞を見ると、妙な字が入っている。古文で書いてあるあいだに、広東語の助字がはさまっている。そういうところだけ飛ばして読んでも意味はわかる。つまり、吏読や〔略〕『訓民正音』の読み下し文は、それと同じようなものなのだ。広東語が漢語なら、吏読も漢語ということになる (「第Ⅴ部 発言集」「吏読から考える日本語の成立」本書521頁)

 現代日本語の成立に重要な役割を果たしたものの一つは、江戸時代に普及した漢文の訓読であろう。〔略〕その訓読の普及によって、漢語と日本語の中間的な言語がすでにできていたのだと思う。それがどうやら、現代日本語の基礎になっている。
 (「第Ⅴ部 発言集」「江戸時代の漢文の訓読が現代日本語の基礎」本書522頁)

 ところが、ここで問題になるのは、日本語の下敷きに使われたのが、言語ではなく漢文であったという点である。漢文は漢字でつづられている文章であり、漢字には品詞の区別や文法、語順というものが存在しない。このことは、漢文には論理を表現する方法がないことを意味している。 (「第Ⅴ部 発言集」「日本語が持つ歴史的弱点」本書528頁)

等々。

(藤原書店 2014年1月)