書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

橋本萬太郎 『言語類型地理論』

2010年03月27日 | 人文科学
 世界の言語に関する概説かと思いきや、大カトーの演説のごとく、あるいは昔の熊本の演劇のごとく、何をテーマに取り上げても落ち着くところはただ一つであって、「さて中国語はといえば・・・・・・」という、すこし変わった本であるが(朝鮮語のこともすこし出てくるが)、その「中国語」(という名称で通常呼ばれる言語とその諸「方言」)についての指摘と洞察が、やたら面白い。
 古代の「中国語」は、どちらかといえば南方的要素が強く、名詞句において修飾語は名詞の後についた。名詞句において形容詞などの名詞修飾語が名詞の後につく言語は、統計的に、動詞句は、目的語は動詞の後にくるものだという。そして、「中国語」は、本来の南方型の言語であったが、まず名詞句において北方のアルタイ系言語による影響を受けて(紀元前10世紀末以前)語順が逆転し、ついで動詞句がそれに続いた(紀元後9世紀以降)という。この変化は、北部(だいたい華北地域)のそれにおいてとくに著しい(「第2章 統辞構造の推移」、73-75頁)。
 ちなみにこれら「中国語」おける統治構造の二段階に渡る変化は、前者は時期的に殷周の交替期、後者は唐末五代期以後に当たっている。前者はもともと西方起源で東方起源の殷(商)とは民族を異にする周、後者はもちろんアルタイ諸語に属するテュルク諸語を話す、北方のテュルク系民族による侵入があった時期である。

(弘文堂 1978年1月)