書籍之海 漂流記

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ウィキペディア 「二重否定」(言語学)

2018年09月13日 | 人文科学
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%87%8D%E5%90%A6%E5%AE%9A_(%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6)

 一般に否定呼応を用いる言語で、緩叙法は用いられないか、あっても用例は少ない。逆に緩叙法を用いる言語では否定呼応は用いられないか、非文法的とされる。これは緩叙法を用いる言語はひとつの否定表現をひとつの否定語と対応させるため、否定語を重ねることは否定を否定(-×-は+という論理)して肯定を意味することになるためであり、逆に否定呼応を用いる言語では、否定語を複数用いることは否定の否定(-×-)ではなく、否定の強調または否定の成立条件(-+-)であるとされるからである。両者をひとつの言語の中で認めると、論理的な混乱を招くことになる。
 (「概要」下線は引用者)

 ロシア語では否定呼応が存在する。形のうえでは二重否定にみえてもそれは意味は否定の強調である。しかし二重否定も存在する。同項では上記引用部につづいて、英語でも同様の並立状態が歴史的また地域的・社会的方言に存在する事実が述べられる。

 緩叙法をルールとした場合否定呼応は非論理的であり、逆に否定呼応をルールとした場合緩叙法という思考そのものが成り立たないが、否定呼応の廃止は民衆レベルには浸透せず、結果として緩叙法をルールとする「標準英語」と、黒人英語のように否定呼応をルールとし、3つや4つの否定語を対応させることさえある多くの民衆英語(例、「I couldn't get none nowhere.」で、私はどこで誰にも会わなかったとなる)の間での言語規範の不一致による混乱が起こった。学校で標準英語を学んでいる児童が、家庭での民衆英語の規範との混同から二重否定を否定呼応として用いてしまうことなどがその一例である。
 (「英語」)

 日本語についても言及がある。

 現代標準日本語では、二重否定は単純に否定の否定(-×-は+)として見られている。「~しないわけにはいかない」「それを悲しまないものはなかった」のように、肯定を強調する二重否定(緩叙法)は盛んに用いられており、否定呼応をみとめる言語と好対照を成している。  (「日本語」下線は引用者)

 つまり現代日本語以前においては日本語はそうではなかったということになる。
 また、続けてこうもしるされる。
 また、「満更でもない(全く嫌というわけではない)」のように、慣用句として扱われる表現もある。この場合は肯定を強調しているのではなく、否定の緩和、つまり部分的な肯定を表すが、厳密には緩叙法に含めないこともある。