ロシアの某SF作品を邦訳で読む。一人称の主人公が・・・ 2018年07月03日 | 文学 ロシアの某SF作品を邦訳で読む。一人称の主人公が「ぼく」であるべき理由が判らず(56歳で「ぼく」? しかもひらがなで? 私なら作中の言動から判断してたぶん「私」にする。「俺」は不適かと考える)、従ってその後の役割語がことごとくこれじゃない感をもたらし、逓増し果ては気持ちの悪さとなって苛まれることになった。 #本(レビュー感想) « 小川剛生 『武士はなぜ歌を... | トップ | 西脇順三郎訳の『カンタベリ... »