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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

張漢きつ著 宋昌彬訳 『漂海録』 (「耽羅叢書」(2))

2011年12月02日 | 東洋史
 筆者(「きつ」は「吉」を左右に二個並べる)は李朝時代、済州島の人。西暦1770年(庚寅・英祖46年)十二月、島で行われた科挙の第一次試験(郷試)に合格した著者は首都ソウルで行われる第二次試験(会試)に応ずるべく、船便を得て本土(ちなみに済州人は「陸地」と呼ぶらしいが)へと向かった。しかし出航後すぐ風雨に遭い、数日間漂流のあげく、琉球諸島の無人島へと漂着した。やがて日本へ向かうという安南(ベトナム)の商船に発見・救助された後、曲折の末、帰国を果たす。その間の記録である。
 内容について、ちょっと疑問に感じた点。
 無人島で遭難中、倭寇に襲われて、着ていた衣装とわずかな糧食以外身ぐるみ剥がれるくだりがある。江戸時代も半ばを過ぎた1770年(正確には1771年の初め)に倭寇がいるか? 
 それにベトナム船は鎖国時代の日本に(当然長崎だろうが)来ていたのか?
 それから、どういうわけかこの記録(いうまでもなく漢文・古代漢語で書かれている)は、年を記すのに中国(清)の年号を用いることなくすべて干支で記してある。このことは巻末収録の原文によって確認できる。なぜ天朝の年号を使わない? 
 これら3点については、「解題」でも言及されていない。

(新幹社 1990年12月)