歴史学はある点まで行くと、それから先は文献学になってしまうものらしい。清代の考証学者がそうであった。断定するばかりで、その上に立って描こうとしない。これでは歴史にならぬのだ。私はそうなることを避けようと努めた。だから文献学に突き当たると、そこで方向を変え、いつも歴史学と文献学の境を彷徨するのを常とした。とは言っても私は決して文献学を無視するのではない。ただミイラ取りがミイラにならぬよう心掛けたつもりである。(「むすび」、下巻588-589頁)
文献学を重視しない歴史学もある。つまり断定しない。個々のテキストを重視しない。
(岩波書店 1977年6月・1978年6月)
文献学を重視しない歴史学もある。つまり断定しない。個々のテキストを重視しない。
(岩波書店 1977年6月・1978年6月)