『信州大学教育学部紀要』20、1968年10月掲載、同誌107-113頁。
同碑文の原文が収録されている。著者も指摘される通り、全体として平易な漢文(古文)で書かれているが、ところどころ“単純”ながら“駢体文を思わせる”対句が挿まれている。だが古文でも対句(的手法)をまったく使わないわけではないから、破格というほどではない。そしてこれも著者が仰るように、対句を文章で用いるのは、「その文の音調を整える点に於て重要な価値がある」のであり、その事情は、古文においてもかわらない。
碑の文章を草したのは、碑文の末尾にその名が記されている安陽澹菴(あんようたんあん)という人物だが、これは、上里隆史氏のご意見によれば、禅宗の僧侶らしい。
同碑文の原文が収録されている。著者も指摘される通り、全体として平易な漢文(古文)で書かれているが、ところどころ“単純”ながら“駢体文を思わせる”対句が挿まれている。だが古文でも対句(的手法)をまったく使わないわけではないから、破格というほどではない。そしてこれも著者が仰るように、対句を文章で用いるのは、「その文の音調を整える点に於て重要な価値がある」のであり、その事情は、古文においてもかわらない。
碑の文章を草したのは、碑文の末尾にその名が記されている安陽澹菴(あんようたんあん)という人物だが、これは、上里隆史氏のご意見によれば、禅宗の僧侶らしい。