書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

サンケイ新聞社 『改訂特装版 蒋介石秘録 日中関係八十年の証言』 上下

2006年05月12日 | 東洋史
“「蒋介石秘録」の最大の特徴は、中華民国の公的文献に準拠して書かれているところにある。(中略)執筆にあたっては、あくまでも中華民国側の文献を採用(後略)” (巻末資料「Ⅰ・引用文献」の緒言 下巻540頁)

“たしかに広大な大陸は、共産主義者たちのじゅうりんするところとなった。しかし、台湾、澎湖、金門、馬祖の島々は、自由民主の基地として維持されている” (「大陸奪還の誓い」 下巻473頁)

 だから蒋介石は正しく無謬でなければならず、だから中華民国の公式見解をそのまま掲載して一切検証も批判もしないのであり、だからたとえば「田中上奏文」を本物と見なした上で日本を非難する当時の声明(「九・一八事変十周年紀念の書告」、1941年9月)を引用紹介しながら何の注釈もしないのである(下巻96-97頁)。全編このていで、政治的な価値は満点かもしれないが、学術的な価値は零点である。
 さらに人道的見地からすればマイナス以下の評価になるだろう。以下のたわけた記述を見よ。

“五年前に日本の植民地から解放され、祖国中華民国に復帰した台湾では、すでに新しい建設がはじまっていた。(中略)しかし、ここにも共産主義者の魔手はしのび込んでいた。その一つが、一九四七年二月二八日におきた大規模な軍民衝突事件(二・二八事件)である。/この不幸な事件は、大陸から海南島を経て台湾に侵入した共産分子が群衆を煽動しておこした騒乱である。のちに共産党はこの事件を、毛沢東が同年二月一日に発した「中国革命の新高潮に対応せよ」との指令にもとづくものであると発表、内部かく乱の陰謀をみずから明らかにしている。/台湾行政長官・陳儀は、この事件の二年後、共産党に寝返ろうとした(台北で公開死刑)ことでもわかるように、共産党に利用されたのであった” (「大陸奪還の誓い」 下巻472-473頁)

 ふざけるな。

(サンケイ出版 1985年10月)

 参考。「台湾の声」2005年5月22日(No.3761)、「産経『蒋介石秘録』の背景と『一つの中国』の嘘」
  →http://sv3.inacs.jp/bn/?2005050073821722002289.3407

彭明敏著 鈴木武生/桃井健司訳 『自由台湾への道』

2006年05月12日 | 伝記
(本日『改訂特装版 蒋介石秘録 日中関係八十年の証言』より続く)
 
 たとえばこの本である。原書は1972年刊であるから『蒋介石秘録』の執筆者たちが知らなかったはずはない。確信犯の媚中(華民国)派に言っても無駄だろうが、恥を知れ、恥を。

(社会思想社 1996年2月)

彭明敏
 一九二三年、台中県生まれ。四三年東京帝国大学入学、終戦で台湾に戻り、台湾大学卒。仏パリ大学で法学博士号取得。台湾大学教授時代の六四年、「台湾人民自救宣言」を発表しようとして逮捕され、六五年特赦で出獄。七〇年スウェーデンに亡命、その後渡米し、ミシガン大学教授。台湾独立連盟世界総本部主席、台湾公共事務会会長などを務め、台湾独立運動を指導した。九二年に台湾に帰り、九六年の総統選に民進党公認で出馬するが、李登輝に敗れ次点に終わった。二〇〇〇年から総統府資政。
 (「台湾新世代・人名小事典」 http://www.gaifu.co.jp/books/2810/jinmei.html より)