今日は、午前中、この秋実施する「中国地方ハムの集い」に御支援・御協力を頂きたいと思い、陸上自衛隊日本原駐屯地に行ってきました。
定年後、1度訪れたきりで、駐屯地内部の配置も忘れるほどでしたが、我々部外者の窓口となる広報室長と、30分ほど面会し、こちらの希望をお伝えしました。
この広報室は、なんとなんと、1970年大阪の千里丘陵で実施された「大阪万博」で使用された「ミュンヘン館」を移設したものです。
元々がそれほど頑丈な作りではなく、50年ほどの期間を経過していることから、老朽化が激しく、私が退職するときにも取り壊しの話が出ていました。
にもかかわらず、それからもう15年、未だ健在で、使用されていることに懐かしさを感じました。
この広報室の前には、3種類の退役した武器類が展示されており、写真に収めました。
日本原駐屯地は、主力部隊として特科(砲兵)部隊と高射特科(対空砲・ミサイル)部隊、機甲科(戦車)部隊が駐屯しています。
これは、「L-90」という口径35mmの2連装対空機関砲です。
私が現役の時は、徐々に切り替わってはいましたが、今は、すべてミサイルに切り替わり、その役目を終えて静かに休んでいました。
これは、105mm榴弾砲です。
最近の新しい砲は、少しの距離なら自分で動けるようになっていますが、これも含めて車の後ろに牽引して移動します。
射撃する場合は、後ろの足を開いて固定し撃ちます。
この105mm榴弾砲は、昔は特科部隊の主力でしたが、国賓などがお出でになった際の礼砲にも使われており、現在でも使用されているのではないかと思います。
これは、軽装甲機動車と呼ばれるもので、銃弾の飛び交う中を移動できるので、重宝したようです。
詳しくは知りませんが、ライフルや軽機関銃の弾などは跳ね返すので、隊員の防御力と移動力を向上させることができました。
これは、初期のタイプでおそらく試験的に製作されたものでしょう。
現在正式に使用されているものは、下記urlをご覧下さい。。
https://www.mod.go.jp/gsdf/neae/6d/equipment/lav.html
と言うわけで、久しぶりに現役時代を思い出しました。
定年後、1度訪れたきりで、駐屯地内部の配置も忘れるほどでしたが、我々部外者の窓口となる広報室長と、30分ほど面会し、こちらの希望をお伝えしました。
この広報室は、なんとなんと、1970年大阪の千里丘陵で実施された「大阪万博」で使用された「ミュンヘン館」を移設したものです。
元々がそれほど頑丈な作りではなく、50年ほどの期間を経過していることから、老朽化が激しく、私が退職するときにも取り壊しの話が出ていました。
にもかかわらず、それからもう15年、未だ健在で、使用されていることに懐かしさを感じました。
この広報室の前には、3種類の退役した武器類が展示されており、写真に収めました。
日本原駐屯地は、主力部隊として特科(砲兵)部隊と高射特科(対空砲・ミサイル)部隊、機甲科(戦車)部隊が駐屯しています。
これは、「L-90」という口径35mmの2連装対空機関砲です。
私が現役の時は、徐々に切り替わってはいましたが、今は、すべてミサイルに切り替わり、その役目を終えて静かに休んでいました。
これは、105mm榴弾砲です。
最近の新しい砲は、少しの距離なら自分で動けるようになっていますが、これも含めて車の後ろに牽引して移動します。
射撃する場合は、後ろの足を開いて固定し撃ちます。
この105mm榴弾砲は、昔は特科部隊の主力でしたが、国賓などがお出でになった際の礼砲にも使われており、現在でも使用されているのではないかと思います。
これは、軽装甲機動車と呼ばれるもので、銃弾の飛び交う中を移動できるので、重宝したようです。
詳しくは知りませんが、ライフルや軽機関銃の弾などは跳ね返すので、隊員の防御力と移動力を向上させることができました。
これは、初期のタイプでおそらく試験的に製作されたものでしょう。
現在正式に使用されているものは、下記urlをご覧下さい。。
https://www.mod.go.jp/gsdf/neae/6d/equipment/lav.html
と言うわけで、久しぶりに現役時代を思い出しました。