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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■起きて、歩きなさい

2008年03月06日 | Weblog

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。福井 誠です。今日は聖書の中のヨハネの福音書 5章8節、9節から読んでみましょう。

 イエスは彼に言われた。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
 すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した。


 イエス様がエルサレムを訪れた時のこと、そこにベテスダの池と呼ばれる池がありました。この池には、しばしば御使いが現れて水を動かすという言い伝えがありました。水が動かされた池に最初に入った人の病気はどんなものでも癒されるというのです。ですから、たくさんの病人、盲人、痩せ衰えた者がその池の周りに集まっていました。恐らく誰もが、御使いが現れて水を動かす時を今か今かと待っていたことでしょう。

 ところでそんな中には、38年ものあいだ病気にかかっていた人もいました。38年間。実に長いです。たいそう辛い人生であったことでしょう。私は18年間、ぜんそくという病を患ったことがありますが、それだけでも大変でした。病院を巡り歩き、それこそ様々な治療法を試した記憶があります。この病人もまた、様々な所を歩き回って、とうとうこのベテスダの池に辿りつくことになったのではないでしょうか。

 イエスはその人に目を留められ、「良くなりたいか」と声をかけられました(ヨハネ 5章6 節)。するとこの人は、「はい。良くなりたいです。」と答えるのではありませんでした。(池の中に入れてくれる人がいない。入ろうとすると他の人が入ってしまう。・・・)と、ぶつぶつ、つぶやき始めるのです。いつもチャンスを逃している内に、もうこのまま人生が終わるのかも、と気持ちが後ろ向きになっていたのかもしれませんねえ。

 イエス様はその人に向かってストレートに、「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」と言われました。私たちは事が慢性化してしまうと、もうどうにもならないと考えてしまうのではないでしょうか。しかし神様は違います。あなたにも、それこそ長く何十年も抱えてきた問題はありませんか? そうであるなら、全能の神にこそ望みを抱いてみませんか?

 ( PBA制作「世の光」2008.3.6放送でのお話しより)

******

さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

***

このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblical.jp 
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。


******

東海福音放送協力会へのお問い合わせは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10
         自由ケ丘キリスト教会内
 電話052-762-2196 へ

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■福音の四季 : 死からいのちに移っている

2008年03月05日 | Weblog


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名古屋・一麦教会の松原 向牧師が
3/3(月) 午後4時29分に天に召されました。
前夜式 3/6(木) 午後6時半〜8時
告別式 3/7(金) 午後12時半〜2時
式 場 一麦教会  名古屋市名東区2−102
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 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。

 今日の世の光は、福音の四季のメッセージです。いよいよ弥生・三月、庭にラッパ水仙が咲きました。春の唄を奏でる花ですよね。

 今日のメッセージの題は、「死からいのちに移っている」です。聖書は新約聖書ヨハネの福音書5章24節です。お読みしましょう。

 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。

 「死」ということばを聞くと87歳になった私などには現実味を帯びてきます。旧約聖書創世記5章21節から24節にエノクのことが書いてあります。

 (5章24節) エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。

 エノクは若い時から神とともに歩み続けました。ですからこんな理想的な「死なし」のこの世の終わり方を迎えることが出来たのではないでしょうか。素晴らしいと思います。死と聞くとやはり肉体的な苦しみが想像され、どんな死に方をするかと不安がよぎることがあります。しかし、神を信じた人についてイエス様は言われました。

 「信じる者は、
  一、「永遠のいのちを持ち、
  二、「さばきに会うことがなく、
  三、「死からいのちに移っている
 と。

 一端キリストによって神を信じた者は肉体的な苦しみに襲われることがあっても、魂がすでに死からいのちに移っているのですね。神を認めずイエス・キリストの救いを受けない人には、死は永遠の滅びであり、神のさばきを受けなければならない、と聖書は言っています。

 私は16歳の時にイエス・キリストを信じました。それから70年以上神は私を支え続けてくださいました。ですから私は永遠のいのちを持っているのです。さばきに会うことがありません。すでに死からいのちに移っているのです。

 聖書のことば。

 わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。

 新約聖書ヨハネの福音書5章24節のことばです。

 それではまた聞いてください。

 (PBA制作「世の光」2008.3.5放送でのお話しより)

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblical.jp 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。





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■ああ、むなしい

2008年03月04日 | Weblog


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名古屋・一麦教会の松原 向牧師が
3/3(月) 午後4時29分に天に召されました。
前夜式 3/6(木) 午後6時半〜8時
告別式 3/7(金) 午後12時半〜2時
式 場 一麦教会  名古屋市名東区2−102
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 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興(せきね・ひろおき)です。今日も一日、さわやかに過ごしていきたいですね。

 旧約聖書の中に出てくるイスラエルの王様ソロモン、あなたはこのソロモンについて御存知ですか? 「栄華を極めたソロモン」と言われるほど彼は成功した人物です。その知恵は世界中にとどろきました。彼は国を繁栄させ、経済力は増していきました。そんな右肩上がりの人生を送っていたソロモンでしたが、彼が書いた書物を読むと、その心の中の一端を覗くことができます。

 聖書の中に『伝道者の書』という短い書物があります。この書の中で、ソロモンは何度も、「空しい」ということばを連発しているんですねえ。こんなふうに書いています。抜き読みですけれども紹介しましょう。

 (1章2節) 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。
 (1章3節) 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。
 (1章14節) 私は、日の下で行なわれたすべてのわざを見たが、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。
 (1章18節) 実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり、知識を増す者は悲しみを増す。
 (2章11節) ・・・、私が手がけたあらゆる事業と、そのために私が骨折った労苦とを振り返ってみると、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。日の下には何一つ益になるものはない。

 まあ、このように続いていく訳です。何だか溜め息が出てきますよねえ。ソロモンはこの世の富と名声を手に入れましたが、彼の心には空しさが残ったというんです。

 そして彼は結論として、こう記しました。
 (12章13節) 結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

 ソロモンは自分の人生を振り返って、結局、まことの、天地を創造された神様を敬い、心から神様を礼拝する者として生きることこそ空しさから解放される道だ、と語っているんです。

 そして彼は箴言の中にこう書いています。

 (箴言 10章22節) 主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。

 人を豊かにするものとはいったい何でしょう。ソロモンは主の祝福が人を富ませるのだと語りました。神様の一方的な恵みによって生かされているその自覚こそ私たち一人ひとりに大変大切なんだという訳です。

 そして祝福とは本来、「ひざまずく」ということばから出たことばです。人はまことの神様の前にひざまずき礼拝することから本当の祝福の道が開かれていくんです。

 ( PBA制作「世の光」2008.3.4放送でのお話しより)

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■どこに向って

2008年03月03日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道(のぶみち)です。

 えー、陽気も少しずつよくなって旅誘われるような時期になってきますねえ。えー私、ある前の本にですねえ、こんなことを書いたんですねえ。

 ある新聞に「旅と旅行の違い」という記事が載っていました。曰(いわ)く、恋人を見つけに行くのが旅、恋人と二人で行くのが旅行、だそうです。また、旅は近所の人には何も告げずに出かけ、帰ってきてもおみやげを渡さない。旅行は近所に留守を頼み、帰ったら得々としておみやげを渡す。湯と食物と寝床に感謝するのが旅、それがすべて我が家のものより上等でないと満足できないのが旅行・・・等々。そのとりかたはいろいろでしょうけれども、旅にしても旅行にしても楽しいものですよね。えー、私たちは果たしてどんな旅を続けているのでしょうか。

 先ほどの新聞にもう一つ、こういうのがありました。必ず帰ってくるのが旅行、ひょっとしたらもう帰ってこないかもと思うのが旅。えー、何だかぞっとするような感じですけど、ともかく旅にしても旅行にしても、どこに向かっていてどこに帰ってくるかが分かっている旅であればこそ楽しいんだと思いますよね。目的のない旅、行く先の分からない旅、または、行く先はどうせ冥土さ、などと開き直った旅など、少しも楽しいはずがありませんね。

 えー、こんなことが書いてあったんですけど、聖書の中にこういうことばがありまして、アブラハムって、こう信仰の人のことが書いてあるんですけれども、この人は「地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。」( ヘブル人への手紙 11章13節 ) という、そういうことばがあるんですね。だから、この地上は所詮と言いましょうか、旅人としての生活なんだ、寄留者なんだ(ペテロの手紙第一 2章11節「旅人であり寄留者であるあなたがた」参照)ということで。ですから、この地上の生活にもうすっかり埋没してしまってこの地上しかないような生活というのはどういうものかということですね。で、どんなに楽しいことがあっても、そこにすっかりのめり込んでしまうとか、またはこの世のものとかいうものにしがみついて生きるということだけではなくって、または辛いことや苦しいことがあってもこれは一時であって旅の途中なんだからと、そういう中で、もっと目指すべき本当の行くべき所があるのだという。その行くべき所というのを私たちはちゃんとこう知っていないと毎日の旅が楽しくない訳ですから、私たちはこの聖書を通してですね、行く先は何かということをはっきりして旅を続ける。これが大切だと思いますね。

 ( PBA制作「世の光」2008.3.3放送でのお話しより)

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■神はこのように装ってくださる

2008年03月01日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか? 羽鳥 明です。

 今日の世の光は、皆様からいただく心に残る聖書のことばの御紹介です。

 山口県下関市の末松さんからいただいた新約聖書ルカの福音書12章27節28節、お読みいたしましょう。

 「ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんなによくしてくださることでしょう。ああ、信仰の薄い人たち。

  ----- 入院中、お見舞いにいただいた花や病院に行き来する途中で摘んだ野の花、その他39枚の絵を描きました。リハビリの先生にお見せすると、「末松さん、外に歩けない人のために野の花を見せてあげてください。」とのおことばに、家の周りの草花を注意深く見るようになりました。この絵の花は名前が分かりません。玄関先のコンクリートの隙間に生えていて、小さなつぼみがいっぱいで、何色とも言えない、まあ、黄土色の花をたくさんつけています。決して美しいとは言えない花です。摘んできて花瓶に挿す人なんていないでしょう。力いっぱい咲いている様子に教えられながら絵を描いています。 ------

 末松さんはこの花の絵を送ってくださいました。入りくんだ茎に小さな花が絡みあうように咲く様を実に細かい筆使いで丹念に描きあげています。末松さんの絵をじいっと見ていると、何と美しい花でしょうと思うようになりました。

 末松さんの心に残る聖書のことば
「ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」
 新約聖書ルカの福音書12章27節のことばです。

 ( PBA制作「世の光」2008.3.1放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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  電話 052-762-2196 東海福音放送協力会へ
(自由ケ丘キリスト教会内)

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