世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興です。今日もさわやかに一日を過ごしていきたいですね。
先日こんな話しを読みました。一人の男が鷲の卵を草原に住む鶏のような飛べない鳥・草原雷鳥というですね鳥の巣の中に入れたそうです。卵からかえった鷲は草原雷鳥のヒナと一緒に成長しました。彼はずっと自分が草原雷鳥だと思って育ち、地上からまあ70・80センチ飛び上がるだけです。ある日抜けるような青空。その青空を眺めるとはるか高く飛んでいる一羽の鳥を見つけました。すばらしい姿です。気流に乗って実に優雅に飛んでいるんですねえ。草原雷鳥の中で育った鷲は仲間に言いました。「ねえねえねえねえ、あれは何という鳥だね。」「あれは鷲という鳥だよ。鳥の中の王様さ。」仲間は続けて言いました。「でもお前そんなこと考えないほうがいいよ。お前さんはどんなことをしたってあんなふうには飛べないんだから。」それでこの鷲は二度とあの美しい鳥のことは考えなかったって言うんですよ。
まあおもしろいお話しですけど、これはまさに悲劇ですよね。でも時々私たちは同じようなことをしていませんか。神様によって私たちは人として創造されました。豊かな可能性を与えられて創造されましたよ。でもある人はすぐに、(いやー私はね育ちが悪い。私は学歴がない。私には才能がない。環境が悪いし、友だちに恵まれてないし。・・・} 与えられている可能性を自分ですべて取り去ってしまうかのような言動をとるんです。そしてただ、ああうらやましいとつぶやくだけ。そんな姿がありませんか。
イエス・キリストの弟子たちは、イエス・キリストが十字架で死んでしまった時みんな失望と落胆の中に突き落とされてしまいました。イエス・キリストの深い十字架の意味を理解せず、ああ俺たちの先生は犬死してしまったと嘆いて、みんな隠れてしまいました。(もう希望がない。いったいイエスと過ごしたあの三年間は何だったんだろう。ああ絶望だ。・・・) 嘆きしか出てこないんですよ。
そんな弟子の所に復活されたイエス・キリストが現われてくれました。弟子たちはもうびっくりです。死んだと思っていた人がよみがえるなんて信じられないことでした。しかし目の前にいるイエス・キリストを見て、彼らの嘆きは喜びに、絶望は希望へと変えられていったんです。そしてそのあとの行動は今までの弟子たちとは考えられない生き生きとした姿で歩み、イエス・キリストを人々に分かち合っていったんですね。
聖書は、イエス・キリストは復活され今も生きていると伝えています。その事実に触れた時、本当にあなたはあなたらしく希望と勇気をもって新しい人生を出発することができるんです。飛べるのに飛べないと思い込むのは悲劇です。でもイエス・キリストは失望を希望へと変えてくださる方なんですよ。
( PBA制作「世の光」2005.6.7放送でのお話しより )
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