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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■失望は希望へ

2005年06月07日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興です。今日もさわやかに一日を過ごしていきたいですね。

 先日こんな話しを読みました。一人の男が鷲の卵を草原に住む鶏のような飛べない鳥・草原雷鳥というですね鳥の巣の中に入れたそうです。卵からかえった鷲は草原雷鳥のヒナと一緒に成長しました。彼はずっと自分が草原雷鳥だと思って育ち、地上からまあ70・80センチ飛び上がるだけです。ある日抜けるような青空。その青空を眺めるとはるか高く飛んでいる一羽の鳥を見つけました。すばらしい姿です。気流に乗って実に優雅に飛んでいるんですねえ。草原雷鳥の中で育った鷲は仲間に言いました。「ねえねえねえねえ、あれは何という鳥だね。」「あれは鷲という鳥だよ。鳥の中の王様さ。」仲間は続けて言いました。「でもお前そんなこと考えないほうがいいよ。お前さんはどんなことをしたってあんなふうには飛べないんだから。」それでこの鷲は二度とあの美しい鳥のことは考えなかったって言うんですよ。

 まあおもしろいお話しですけど、これはまさに悲劇ですよね。でも時々私たちは同じようなことをしていませんか。神様によって私たちは人として創造されました。豊かな可能性を与えられて創造されましたよ。でもある人はすぐに、(いやー私はね育ちが悪い。私は学歴がない。私には才能がない。環境が悪いし、友だちに恵まれてないし。・・・} 与えられている可能性を自分ですべて取り去ってしまうかのような言動をとるんです。そしてただ、ああうらやましいとつぶやくだけ。そんな姿がありませんか。

 イエス・キリストの弟子たちは、イエス・キリストが十字架で死んでしまった時みんな失望と落胆の中に突き落とされてしまいました。イエス・キリストの深い十字架の意味を理解せず、ああ俺たちの先生は犬死してしまったと嘆いて、みんな隠れてしまいました。(もう希望がない。いったいイエスと過ごしたあの三年間は何だったんだろう。ああ絶望だ。・・・) 嘆きしか出てこないんですよ。

 そんな弟子の所に復活されたイエス・キリストが現われてくれました。弟子たちはもうびっくりです。死んだと思っていた人がよみがえるなんて信じられないことでした。しかし目の前にいるイエス・キリストを見て、彼らの嘆きは喜びに、絶望は希望へと変えられていったんです。そしてそのあとの行動は今までの弟子たちとは考えられない生き生きとした姿で歩み、イエス・キリストを人々に分かち合っていったんですね。

 聖書は、イエス・キリストは復活され今も生きていると伝えています。その事実に触れた時、本当にあなたはあなたらしく希望と勇気をもって新しい人生を出発することができるんです。飛べるのに飛べないと思い込むのは悲劇です。でもイエス・キリストは失望を希望へと変えてくださる方なんですよ。


 ( PBA制作「世の光」2005.6.7放送でのお話しより )

*****

さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会に行ってみるというのもいいんじゃないかなあ。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。











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■動物王国

2005年06月06日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道です。

 ある教会の教会案内にですね、ちょっと変わった案内があってその部分ちょっと読んでみたいと思うんですけれども、「昔あるところに動物王国があり、学校を作ることになりました。カリキュラムが検討されて、走ること・泳ぐこと・登ること・飛ぶことの四課目が必須課目となりました。まずアヒルがやってきました。泳ぎは抜群にうまいので授業免除。飛ぶのはやっとの及第点。走るのは遅いので猛訓練。その結果水掻きのある足を痛めて泳ぐことも駄目になりました。次はリス。走りも登りも一番ですが飛ぶことの練習をさせすぎてノイローゼ。次はウサギ。走りは一発で合格。泳ぎの特訓で全身の筋肉が炎症をおこしてしまいました。最後は鷲。飛ぶことは一番ですが、泳ぎの補修授業をさせようとすると逃げるので処置なしの問題児となりました。」っていうんですね。そして「私たちの教会は<違いの分る男>というよりは<違いを楽しむ人々>の集まりと言えます。」って書いてあって、「神様が私たちをありのままで受け入れてくださるので私たちも他者との関係が豊かになります。」ってまあ書いてあるんですねえ。へえーっ、そんな教会なら行ってみたいと思うかも分りませんけれど、教会に限らずですね私たちが構成している社会とかコミュニティーというのは大体こういうふうにみんな違う訳で、その違いを楽しむっていうことができればうまくいくんだろうなあっていうふうに思うんですねえ。

 で、聖書の中にもコリントの第一の手紙の12章という所なんですけれども、教会は体みたいなものだというふうな言い方をしてですね、たとえば、「目が手に向かって、『私はあなたを必要としない。』と言うことはできないし、頭が足に向かって、『私はあなたを必要としない。』と言うこともできません。それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。」って書いてあるんですね。何かさげすまれたり弱いというふうに思われているそういう器官はかえって必要なんだというふうに書いてある訳でして、私たちはそういう意味で大事でない人は誰もいない。自分も含めてですねみんな存在価値のあるお互いなんだということを自覚して生きていく事ができたら幸いだなと思うんですね。

 ( PBA制作「世の光」2005.6.6放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会に行ってみるというのもいいんじゃないかなあ。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。




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■あなたの子やぎを飼いなさい

2005年06月04日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。

 さあ今日の世の光は、皆様からお寄せいただく、「心に残る聖書のことば」の御紹介です。

 茨城県筑波市にお住まいの中山かおりさんからは旧約聖書雅歌1章8節のことばをお寄せいただきました。
女のなかで最も美しい人よ。あなたがこれを知らないのなら、羊の群れの足跡について行き、羊飼いの住まいのかたわらで、あなたの子やぎを飼いなさい。

 「信じます」と十字架の赦しをいただいてから4・5年経った頃だったと思います。将来の仕事のことを考え、またこれからの人生の方向のことを神様に尋ねていましたが、なかなかこれぞという答えをいただけなかった。その頃までに私は自分で決めてゆく人生から、神様が言われたことにたとい願い通りでなくても従うという信仰にまで導かれていたのです。19歳になり高校中退でアルバイトを続けていた私に主がこの道ですと教えてくださったのがこの聖書のことばでした。「あなたの小やぎを飼いなさい。」当時子ども苦手でした。しかしこのみことばは子どもに関する職業のことだと思い、大検を取得するために学校に入り直し、やがて夜間の保育短大を経て今、保育園で保育士になっています。6年めです。子ども大好きになっている自分。神様は私を変えてくださったのです。

 中山さん、おもしろい聖書のことばでご自分の生涯の職業に導かれましたねえ。「あなたの小やぎを飼いなさい。」ご自分に対する神様からのインスピレーションだったのですねえ。 高校中退だったのに大学の入学試験を受ける資格を取る勉強をしてついに保育短大に入り、保育士の資格を取られたのですねえ。自分で決めるのではなく神の導きに従うと決めた心を神様が嘉(よみ)して[好しとして]導いてくださったのですねえ。

 中山かおりさんの心に残る聖書のことば
あなたがこれを知らないのなら、羊の群れの足跡について行き、羊飼いの住まいのかたわらで、あなたの子やぎを飼いなさい。」旧約聖書雅歌1章8節のことばです。

 また聞いてください。

 ( PBA制作「世の光」2005.06.04放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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■いのちを救う情報

2005年06月03日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気ですか? 安海靖郎(あつみやすお)です。

 今日は、「情報」についてお話しをします。

 今は情報過多時代と言われます。ですから大切なものとそうでないものを見分けること大切ですね。そしてまた大切なものはしっかりと受けとめて、それをまあ自分の中にまあ生かしていくっていうことではないでしょうか。時には「命を救う情報」というのはあるんですね。実は昨年の末に起こったスマトラ沖のあの大津波の時インドネシアで話題になり、まあ日本の新聞でも紹介された一つの情報についてのエピソードがあったんです。
 
 あの大津波で30万人近くの人が犠牲になりました。本当に痛ましいことでした。ところが震源地にごく近いシムル島という所では、ま人口が7万8千人もいたんですけれども、犠牲になった方は7人だけだったそうです。これはこの島で今から98年前に一度津波の被害で多くの方が亡くなられた、ま、それ以来、「海の水が退いたら山に逃げろ」という情報・言い伝えがずうっとずうっと受け継がれてきたというのです。ですから今度津波で海の水が退いた時、もう島中の人が山に逃れて難を免れたという訳です。まさに命に関わる情報ではないでしょうか。ま、こういう大切な情報はしっかりと覚え、身につけておく必要がある訳ですねえ。

 キリストの弟子パウロは自分の宗教・生き方に自身を持って生きていましたけれども、やがて本当に生きる意味・力・永遠のいのちというものをキリストの中に見い出した。これこそ大切な情報だって新約聖書のコリント人への第一の手紙の15章3節からの所に書いています。
私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、・・・キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、」そしてペテロにも十二弟子にも私にも現われた。つまりキリストは今も生きておられる神だと言うのです。

 二千年前のキリストの出来事が今日まで全世界に言い伝えられてきました。あなたもこの「最も大切な」と言われる「生きる意味・永遠の世界についての情報」を確かめてみてください。

(PBA制作「世の光」2005.6.3放送でのお話しより )

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■悔い改めの実

2005年06月02日 | Weblog

 お元気でいらっしゃいますか。世の光の榊原 寛(ひろし)です。
 
 今日はキリストの12人の弟子の一人・ユダにスポットを当ててみたいと思います。

 マルコの福音書3章には、「イスカリオテ・ユダ、このユダがイエスを裏切ったのである」(と)こんなふうにユダの裏切りが明白に記されているんですね。キリストに感謝な思いを込めて高い香油を注いだ女性の行為についてユダは、「無駄な事をする。高価な香油を売って貧しい人に施せばいい。」(と)こんなふうにも言いました。弟子のヨハネは、「ユダがそう言うのは貧しい人々を心にかけたのではなくて、私たちの会計であったのにいつもそこから使って穴をあけていたからで、ユダは盗人だ。」(と)こんなふうにも言ってるんですね。そしてついにユダはキリストを銀貨30枚で敵に売り渡してしまったのです。

 最後の晩餐の時にキリストは、ユダが回心するように裏切りをとどめるようにことばをかけているんですね。時には、「人の子を裏切るような人間は呪われますよ。そういう人は生まれなかったほうがいいのですよ。」とかですね、「あなたがしようとしていることを今すぐしなさいよ。」というふうにですねえ言われました。〈あなたがしようとしていることは分かっているんだよ。思い留まるのだったら今のうちなんだよ。〉こんなようなことを含めたことばだったんですね。

 しかしユダはキリストのことばを振り切るように口づけをもってキリストを売ってしまったのです。ユダは、キリストが逮捕されたからといってキリストには何の罪もないのだからすぐに釈放されるに違いないと思っていたのかもしれません。死刑の判決という予想もしない判決が下されました。

 ユダは自分のしたことを後悔し、銀貨30枚を返し--「私は罪を犯した。罪のない人の血を売ってしまった。」と神殿に銀貨を投げ込んで外に駆け出し、その足で首を吊って死んだんですね。

 ユダにとってキリストへの申し訳なさやしたことへの責任を感じて自殺することが解決への道と思ったんでしょうか。しかしそんな行為は、決して責任をとる行為でもなく、心からの悔い改めの行為でもなく、解決の道でもないんですね。過去に犯した行為について「後悔先に立たず」ということばがありますが、<金を返せばいい、自殺すれば問題が解決する>ってことでは決してないのです。

 私たちはユダのような会計に穴をあけるようなことや裏切りの行為はないかも知れませんが、犯した罪に対して単に後悔しているだけでは解決になりません。「悔い改めの実を結びなさい」とのキリストのことばのように、神に対し人に対し真心からの悔い改めとそれに伴う歩みが必要なのです。キリストは赦しと愛の中にあなたを必ず迎えてくださるはずです。
 
(PBA制作「世の光」2005.6.2放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせて日曜日の朝、教会に行ってみましょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■しばらくの苦しみのあとで・・・不動の者とし

2005年06月01日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。

 さ、今日の世の光は、まず皆様からのお便りの紹介です。長野県小布施町にお住まいの原たけしさんから戴きました。いつものように短い詩です。
 
 今日 繰り返し 繰り返す 御恵みの中 御赦しの中で 今日からまた今日へ

 原さん、ありがとうございました。

 さ、今日の約束のことばです。今日は新約聖書ペテロの手紙第一 5章10節です。「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。

 人生では、神様どうしてですか、なぜですか、と神様に食ってかかりたくなるような悲しい苦しい困難が次から次へと押し寄せて来ますね。しかし今日の約束のことばは、神様ご自身がしばらくの苦しみのあとに完全に堅く立たせ強くし、不動の者としてくださるとお約束してくださっています。本当でしょうか。

 .徳島市にお住まいの藤岡くみこさんというお方は、31年前雪の降る冷たい夜、作りたての船に乗り出した夫が荒海に揉まれ浸水転覆して一夜のうちに夫を失いました。二人の幼子を残して一人ぽっちにされた。藤岡くみこさんは、なぜ、どうして、と神様に食ってかかりました。しかし今はどうでしょうか。 今は娘と一緒に住み、孫に囲まれて幸せです。心配もなく、安全に守られ、喜んでいます。みんな神様のお恵みの故です、神様ありがとう、と告白しています。 自分が偉かったからではありません。信じ、寄り頼んで待っただけなのです。

 今日の約束のことば。
あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。
ペテロの手紙第一 5章10節のことばです。

 また聞いてください。

 (PBA制作「世の光」2005.6.1放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。また、近くの教会も紹介してくれますので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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