2024/03/02放送
「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。今週、イエス様は固い岩の上に建てた家とは「わたしのことばを聞いて行う」人だと言われました。そしてイエス様は言われました。6章の40節、
「弟子は師以上のものではありません。しかし、だれでも十分に訓練を受ければ、自分の師のようにはなります。」
これはおかしいのではないかと思われるかもしれません。弟子が師匠を超えられなくて、どうして技術が前進するのか。学問が積み上げられていくのか、と思うかもしれません。しかしこの場合の師、先生とは誰でしょうか。イエス様です。イエス様を超えることなど出来ません。そして、イエス様を超えなくても良いのです。いや超えようとするから、問題が起こるのです。イエス様が示してくださった範囲を超えて、そこに何かを付け加えようとして、おかしなことが起こってくるのです。
聖書の上にも下にもいろいろと人間的なものを付け加えるからこそ、おかしなこととなっていく。愛することも枠から外れてしまうとおせっかいに変わります。余計な愛だってあるからです。
「十分に訓練を受ける」ということば、これは「修行を積む」という意味です。元々のことばは「整える」という意味で、曲がったものを修正する。ではどこに向かうように修正するんでしょうか。イエス様に向かって整えられるように修行をし訓練を受ける。イエス様と同じように身を整えるのです。イエス様の生きておられるように身を整えていく。「自分の師のように」なるよう、イエス様は訓練しなさいと言われているのです。
では、どのような訓練でしょうか。イエス様はおっしゃいました。「わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行なう」訓練です。私たちの心にあるものが口から出てきます。だからこそ、心の中にイエス様のことばが溢れるまでイエス様のことばを聞いていくのです。心の中に何もなければ何も出てきません。悪いものがあれば悪い物が出てきます。
良いもので溢れるように良いもので満たすために「世の光」は始まりました。「ここに来なさい」とこのラジオで、あなたの心に良いものが満たされていく。そして満たしてくださる方がおられるのです。
神のことばが私たちの人生のことばになっていくまで神のことばに浸っていく。誰かを赦そうと思うまで、愛そうと思うまで、神のことばを聞いていくのです。自分のことばが聖書のことばに近くなっていくように、このことばが今日もあなたの心に与えられていく。イエス様のことばを聞いて行う者になりましょう。
( PBA制作「世の光」 2024.3.2放送でのお話しより )
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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