♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■真実を貫かれる神

2004年11月08日 | Weblog
世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道です。

 あなたの大好きな言葉って何でしょうか。私の大好きな言葉の一つはですね、真実ということばなんですね。自分が何もできなくても、せめて真実でありたいなあって気持ちがいつもある。しかし、自分を顧みると真実さが乏しいなあっていうことを思いながらその真実を求めて行きたいとという気持ちがまあいつもあるのと、自分がこの生涯を終えて神様の前に立つ時にですね、あれもできなかった、これもできなかった、でもお前は真実に生きてきたねえ、ってもし言われたら、これが最高のお誉めのことばかなあと、というふうな事ですね。その真実を一つの目標にしているつもりなんですね。でもほんとに自分自身を考えてみるとなんて裏表の多い、また何と言いましょうかねえ、心変わりがする不真実な者だなあというふうに思うことが多くてですねえ、けれども聖書の中にこういうことばがあるんですけれども、パウロという人がテモテの手紙に書いてあることばですが、「私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」ってことばがあるんですねえ。

 あのう、神様にもできない事があるって、それはご自身を否むことができないって。つまり、ご自分の真実を裏切る事ができない、神にもできないって言うんですね。ですから、神がご自分のご真実を貫かれなくなったらもう神でなくなってしまうというぐらい、神様っていうお方は真実なお方なのだと言うことですねえ。それは、たとえ私たちが不真実で心変わりして、ああもうだめだなあというような状態にあったとしても、神様の側では心変わりがしない。愛すると言ったら、とことん愛するのだという事。あの旧約聖書のエレミヤ書の31章という所にですね、「わたしは限り無き愛をもってあなたを愛している。それゆえわたしは絶えずあなたに真実を尽くしてきた。」ってこのことばは私大好きなんですねえ。で、イスラエルは神様にさんざん背いてきたんですけれども、でも、神の真実は変わらない。「絶えずあなたに真実を尽くしてきた。」私たちは真実でありたいと思うのですけども、しかしながら、自分でそれを裏切ってしまうような事がありますが、それでも神は変わらず真実を貫いてくださる。この神様を知っているって事はすばらしいなと思います。

   (PBA制作「世の光」2004.11.8放送でのお話しより)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする