花は目立とうと努めている。昆虫の力を借りて、子孫を残すためだ。
昆虫は目立つまいとして保護色をつけている。外敵から身を守るためだ。
オオイヌノフグリは鮮やかなブルー。小さい花だが、見つけやすい色だ。
花弁に取りついて蜜を吸っている蝶は、周囲の色に溶けこんでいて見にくい。
(もっとも、写真は撮影技術の問題もあるが・・・)
私も同じだ。
存在を目立たせるため、大袈裟に行動した時代もあった。生存するために目立つ必要があったからだ。少なくともそのように思い込んでいた。
危険を承知の行動もあった。生きるための賭けだった。若かったからできた。
もちろん、年齢的にも、闘うべき時季にあったのだ。
家庭を守り子供を育てなければならない。社会での責任も果たす責務があった。
身を潜めてばかりもいられなかった。
加齢と共に、役割も変わってきた。
いつの間にか、目立たない努力をするようになっていた。その方が身を守りやすかった。努力も少なくてよかった。
そんな役割を負っていたとは言え、目立とうとした努力を、虚しく思い返したりしている。
意味のない力みだったのだろうか。
薺(別名ペンペン草)の平凡さに、強く惹かれている昨今だ。
平凡な日が過ぎてをり薺咲く 鵯 一平
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