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21世紀の米国麻薬戦争のルポ、依存症の子を持つ母親目線が重い

2023-09-03 22:42:08 | 読書ノート
ベス・メイシー『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』(光文社未来ライブラリー), 神保哲生訳, 光文社, 2022.

  米国における麻薬依存症問題のルポルタージュ。オリジナルはDopesick: Dealers, Doctors and the Drug Company that Addicted America (Little, Brown, 2018.)で、最初の邦訳は2020年である。今回読んだのは2022年の文庫版で、訳者によるあとがきが追加されている。著者はヴァージニア州西部の市の地方新聞所属の記者。

  副題にあるオピオイドとは、アヘンあるいはヘロインと同じ成分を持つ薬物である。1990年代半ばに米国食品医薬品局が鎮痛剤としてそれを承認すると、処方された患者が次々と依存症に陥っていったという。依存症患者らは、規制などで処方を制限されるようになると、今度は違法薬物のヘロインに手を出すようになり、最終的には人生が破滅するまで突き進むことになる。しかし、危険な成分を含む医薬品というのはざらにある。問題はなぜそれが依存症患者を生み出すまでに蔓延するようになったのかである。

  その理由は、ちょっとした調理──コーディングを剥がすだけ──で純度を高めることができること、医師側がずさんに処方していたこと(依存症患者が何度も病院にくるならば儲かるから)、さらに製薬会社が依存症となる危険性をわかっていながらセールスしていたこと、などである。患者の方は、工場の閉鎖などで貧困に陥った白人層か、または学習障害やスポーツ中の怪我で薬を処方された子どもたちである。この件で製薬会社は全米各地域で多くの訴訟を受け、多額の和解金を支払うことになるのだが、それが本書のストーリーの一つの軸になっている。

  オピオイド危機の発端は白人の多い保守的な地域であるヴァージニア州西部である。昔は家に鍵をかける必要もなかったほど安全な地域だったとのことだが、失業の増加に伴って依存症が蔓延するようになり、中毒者らが薬を買う金を得るための犯罪に走るようになった。とりわけ悲惨なのは、高校時代になんらかの理由で依存症になってしまった若い患者たちで、親の財産をくすねたりや家財を売り払ったりして家庭を滅茶苦茶にし、自身がドラッグディーラーになって友人を中毒にして死なせ、刑務所と治療施設を行ったり来たりしても立ち直れず、最終的に自らもオーバードーズで死んでゆく。こういった話がストーリーのもう一つの軸である。

  このほか大物ディーラーの逮捕劇や効果的な治療法についての話もある。これらのストーリーを、依存症の子を持つ母たちを取材しながらつむぎ上げてゆく。本書には「我が子を助けられなかった母たち」の後悔の念が満ち溢れており、少々重いと感じなくもないが、そこは「鬼気迫る」と肯定的に評価すべきところなのかもしれない。
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