久々のブログ更新です。
近代建築探訪メーリングリストの仲間から関東で「駅舎」をテーマにした写真展をやると聞き、私の頭にまずパッと浮かんだのが南海電鉄・南海線の浜寺公園駅(大阪府堺市西区浜寺公園町)でした。
明治40年(1907年)に建てられた木造平屋建ての駅舎は東京駅などで有名な辰野金吾の設計です。
かつて浜寺の海岸には有名な海水浴場があり、それが閉鎖されて臨海工業地帯となってからも東洋一とうたわれたプールで賑わいました。各地に様々なプールができている現在でも、学校の夏休みには浜寺プールに多くの子ども達や家族連れが泳ぎに行きます。
ハーフチンバー様式のピクチャレスクな駅舎は、規模は小さくて可愛らしいものの威風堂々といった感じで、国内の駅舎の中でも有数のものに数えられています。
今回、写真展に候補として出す写真を過去の手持ちデータの中から探したところ、天気は良かったものの設定ISO感度を間違ったり、人や車が多かったりで、これぞというものがなかなかありませんでした。そこで、大阪市内の自宅から浜寺まで約50分かけて再撮影に出かけることにしました。
駅の正面が西向きであるため、ここに光が当たった美しい姿を撮ろうとすると、どうしても午後の遅めに行くことになります。ところが、梅雨ということと、私の行動可能日・可能時間帯と天候がうまくマッせずで、小雨まじりや曇り空だったり、あきらめて帰宅したら晴れてきたりとすれ違いの連続で、どうもうまくいきません。また、駅前に車が駐車していたりで、6月の週末に3回ほど出かけたものの、結局、満足のいく写真は撮れずじまいでした。実家が堺市であり、現大阪人である私としては無念でした(涙)。
本日、関西も梅雨が明けたそうで、写真展とは関係なしででもまた撮影に行きます。捲土重来です(笑)。
今日は過去のもの&最近撮ったものを混ぜて正面の全景写真を中心にアップしました。ハーフチンバーの駅舎はまずはよく原型を留めているとは思うものの、昔の絵はがきの写真を見ると、中央に小さな塔屋がついていたり、煙突が見えていたりと細部では変化があるようです。
◎参考ブログ:
Connyさんの”おーさか、ぶらっConny!”
先日、駅前で写真を撮っていたら、約60年ぶりに息子さん・お孫さんを連れて来たという男性が浜寺水練学校のこと、駅前で食べたコロッケのことなどを懐かしそうに話して下さいました。私自身は水練学校には通わなかったのですが、友達や従兄弟とプールで泳いだ後にコロッケを頬ばったことはよく覚えています。殆どじゃがいもばかりで、粒のようなミンチ肉がちょこっと混じっているだけでしたが、疲れた身体にはとても美味しかったです。これらは地元の方を中心に共通の思い出でしょうね。
さて、南海線の高架化計画に伴ってこの駅舎も新駅正面に移築されることが決まっているそうです。駅舎が残されること自体はとても嬉しいのですが、周辺も含めてかつての賑わいを感じさせるこの佇まいはなくなると思われ、それがちょっと残念です。
移築されるのですね・・・
移築してからも、使われるのですか・・?
それならいいですが、妙に新しくしないでほしいものです・・・
高架化計画なんですね・・
ほとんど、そんな風になっていますね・・・
浜寺公園駅はいいですよー。
これまでにも多くの建築関係本・雑誌、TVなどで採りあげられています。
計画の細部まではよく分からないのですが、現在の駅舎は新駅のエントランス部分にそのまま使われるはずです。これが新しくされてしまっては大変!
高架になると、見晴らしが悪くなると共に、駅だけではなく周辺の景観が変わってしまうのが気がかりです。