堺市百舌鳥梅北町にある奇想の近代建築、是枝医院です。
南海電鉄高野線の百舌鳥八幡駅下車、徒歩数分。これまでにも何度か写真を撮っているものの、デジカメでなかなかキレイな写真を撮れていなかったこともあって、良い天気となったこの日は5年ぶり?の再訪となりました。
建築:昭和8年頃
構造:木造4階建
設計:是枝近有(施主)
施工:村田元蔵
建築に興味を持った医師が西欧の城の写真を参考にしながら図面を描いたものを宮大工が建てたものだそうです。一見すると石造風ですが、実は木造4階建てで、擬石が貼られた外観は4面が同じ立面です。
まずは南側からアプローチ(上の写真)。
大胆で迫力があり、しかも美しい造形が見事。青空をバックにすっくと立つ姿は優美です。かつては近くに大きな池があったそうで、池のほとりに立つ往時の景色はそれはそれは素晴らしかったことでしょう。もちろん、現在の眺めも貴重で素晴らしいことに間違いはありませんけれど。
南からの眺めを堪能した後は、周囲をグルリと回りました。
4面が同じ立面なのですが、光と影の具合も合わせて見る方向によって異なった表情となり、50分くらいであっという間に100枚以上の写真を撮りました。私の実家が堺市(但し浜寺の方です)ということもあり、特にお気に入りの建物です。
手入れは大変と思いますが、素人が造り上げたまさに奇想の、いや奇跡の建物ですので、これからもこの地に立ち続けて欲しいものです。
◎参考ブログ:
syoukouさんの”思いつくまま・近代建築探訪記”(2011-5-19追記)
ダメでした・・・
5・6・7月はすでに満員で、締め切られています・・・
あ~~~がっかり・・・
8月もあるらしいですが、
まだ日がきまっていないそうです・・・涙涙涙
行きたい・・・
こんばんは。
「あかがね御殿」も凄いですが、こちらもなかなかでしょう?
堺が誇るべき個人住宅の傑作です。
5階建てというか、4階+ロフトかもしれませんね。
赤がね御殿を思い出していました・・・
全然、違うのですが・・・
5階建てですか・・・
凄いです・・・
是枝医院、近くで見て凄いインパクトがあるのですが、南側から畑(?)や樹木越しに見た遠景もその美しい佇まいに圧倒されます。
確かに狭い敷地ならぬ広~い敷地に建てられたセミ・ペンシルビルかもしれません。それにしてもユニークで素晴らしい!
現在はここにお住まいかどうかは分かりませんが、よく手入れされていることは間違いないですね。
是枝医院、以前見たことあるはずですが、
改めて見るとすごい建物ですね。5階建とは・・・
ペンシルビルじゃないですか!?
状態がとてもよさそうなところを見ると大切に
住まわれているのでしょうね。
ここは自信を持ってオススメします。
現在はこちらで診療はされていませんが、ほぼ全周から外観を眺めることが可能です。
加古川の「あかがね御殿」か!堺の「是枝医院」か!好勝負ですね。
堺にも数が少なくなってきたとはいえ素晴らしい近代建築が残っています。
ぜひお越しください。
あっ、私は実家は堺ですが現在は大阪市在住です。
ものすごい医院ですね~
ほんとにヨーロッパのお城のようで・・
しかも四面とも同じデザインなんですか~
ほんとにあかがね御殿に匹敵するくらいのインパクトがありますね。
堺の方へ行った時にはぜひ見てみたいです。
こんにちは。
是枝医院はほんと凄いです。
昔から何度か見ていたのですが、今回、その凄さ・素晴らしさを再認識すると共に堪能しました。
>各地に残る独創的な洋館の中でも更に個性的
そうですね。急勾配で高さを変えた屋根、様々に変化させた壁面、こまかな装飾など大胆さと繊細さが同居していますし、4面が同じ立面という構成も圧巻です。
「あかがね御殿」は私も見たときに度肝を抜かれました。
ただ、実物を見る前にsunshine-worksさんのブログで写真を拝見したときの衝撃の方が大きかったのですが(笑)。
是枝医院は「あかがね御殿」ほどの巨大さはありませんが、迫力ありです。
ぜひ一度ご覧になってください。
各地に残る独創的な洋館の中でも更に個性的、加古川の「あかがね御殿」を見た時と同じ様な鬼気迫る物を感じました。これが個人邸と言うのも驚きです。
是枝医院はやはり素晴らしいし、凄いです。
今回再訪し、天気が良いときの雄姿を見て感動しました。
>田んぼと周囲をススキが生い茂るため池がそばにあり南海高野線の
>百舌鳥八幡駅から見渡した時にランドマークとなる建物でした。
小さい頃から凄い風景を眺めておられたのですね。うーん、羨ましい。
いや、現在もこの風景を見ることができる奇跡に感謝です。
>ちょっと不気味な感じもして 姉と魔女が住んでいるとか話していました。
あー、この感じも分かります。
天気が悪い日の夕方などと、怖いくらいの迫力がありますしね。
うちにも浜寺の海水浴場の写真はあったと思います。
いつかぜひ、亡くなられたお父さんが撮られた写真を拝見させてください。
この近くに本家もあり、幼稚園時代にそこへ行く時に近くを通りましたが、是枝さんの家の周りは、今みたいに住宅はなく、田んぼと周囲をススキが生い茂るため池がそばにあり南海高野線の百舌鳥八幡駅から見渡した時にランドマークとなる建物でした。
ちょっと不気味な感じもして 姉と魔女が住んでいるとか話していました。
昭和2年生まれの亡父が中学時代に最上階に入れてもらい、八尾の飛行場に着陸する日本軍の飛行機を見ていたと言ってたことがありまうから出来てしばらくしてからと思いますが、高い建て物が何もなかったのでしょうね。
写真が趣味だった父は何千枚と言う堺の写真を残していますので実家には昭和30年代から40年代の是枝邸の写真もきっとあると思います。
浜寺石津から湊にかけての風車や浜寺の海水浴場とかの写真も昨年末帰った時に押入れにあったので7月後半に帰国した時には是枝邸の写真も探しヒロさんの写真と見比べて見たいと思います。 ではまた