ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

ひとりで座禅を行う良さは自分の生活のペースで出来ることです

2010-01-07 07:44:52 | 座禅
私達は、よほど何かきっかけが無い限り、座禅を行う、はじめることはありません。 お寺で座禅をはじめるケースが多いのですが、私自身は人に習うということが、苦手です。 

 小学生のころは、家の前に上野不忍池がありましたので、いつも早朝に池の周りを走っていました。 父は池に向かって大声で、詩吟を詠っておりました。 今思えば、父が若いころに働きながら走り、神戸マラソンで優勝したということが、影響していたのかもしれません。

 中学生のころには、陸上部に属していたわけではありませんが、飛鳥山から滝野川に向かって、いつもひとりで走っていました。 そんなことから、友人達と5,6人で毎晩、上中里から王子を通り赤羽まで走って、折り返すような感じで走っていました。

 高校生のころは、バスケットボール部に所属し、激しい動きをしながらコーチの指導の下に、公立高校ながらインターハイに2回行くこともありました。 私はたたかれることがありませんでしたが、もう少し自分たち自身の自主性を生かすような、指導方法があってもよいのではないかと、プレイをしながら考えもしていました。

 いつも走りながら、何かを考えていたように思います。 何かをしながら考える。 そんなスタイルが、自然と身についたように思います。 私の友人の一人は、自分自身で納得しなければ、何かを始めることはありません。 私達にははじめから全てが分かっているわけではありません。 したがって私は、きっかけがあって始めたことは、やりながら考えるようにしています。 やりながら、考え、そこから真実を掴み取るのです。

 何かを習う時に、それなりの指導者に出会って指導を受けることは、とても難しいといつも感じており、したがって人から指導を受けるということを避けているのかもしれません。 その点で、ひとりで座禅を行うことは、ある意味では何も参考にするものがないのですが、自分の好きな時間や場所で、意思さえあれば出来るのです。

 座禅の基本は、リラックスして姿勢を正す(姿勢をよくしようとして反っては筋力が働くのでよくはありません)、呼吸を整える(吐く息を出来るだけゆっくりして吐く)、意識を集中する(吐く息だけに意識を集中する)の三つだけです。 これを守りながら、心身を静かな状態にし、脳を安定させればよいのです。 その状態で、ふと浮かぶ雑念の中で、考えるのです。 ある意味では、静かな状態で哲学しているような気がいたします。


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