建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

とり急ぎ・・・・「耐震」の実際

2011-09-14 18:46:29 | 地震への対し方:対震
[筆者註 追記 15日 9.57][見解転載追加 16日 19.15][追加 17日5.30]


(社)日本建築構造技術者協会(JSCA)茨城サテライトから、「設計者のつぶやき」という今回の震災の「体験」に関しての「体験談・見解」集が公表されています。
   註 現在はリンクできません。ご了承ください。[2016.05.03追記]

その中に、木造建築についての瞠目すべき「体験に基づく見解」がありましたので、以下に紹介します。


現行の設計基準にて設計した「土台は基礎に緊結する」住宅で、基礎コンクリートにひびが入る被害があった。
上屋の揺れによりアンカーボルトに大きな力が加わって破壊したものと思われる。
家の中では筋交い周囲の壁のひび割れが多く、家具類の転倒が激しかった模様。
しかしながら、近隣に建つ、基礎と一体となっていない土台や、筋交いを持たない工法で建てられた住宅(いわゆる在来軸組工法、伝統工法*)は、土台のずれが認められるものの、家屋の被害は極めて少ない。このような被害傾向は他の場所でも確認された。
地盤と一体となって地震の力を全て上部の建家に伝えてしまう耐震の考えと、地震力を基礎部分で低減し、建物全体で地震力に抵抗させようとする考えの違いであるが、地盤と基礎に緊結する現行基準によって建てられた木造建築物が、必ずしも在来の軸組工法*に勝るものではないと思われる。
むしろ、在来工法*の優れた考えをもっと々生かした基準の見直しを考えるべきである。
『地震に強い建物』(剛構造)より『地震になじむ建物』(柔構造)を…と指導していた専門家の言葉を思い出す。

   筆者註 *の文言は、建築基準法施行以前に行われていた工法のことを指しているものと考えられます。

   筆者註 [追記 15日 9.57]
   ここで使われている「在来工法」「伝統工法」の語は、読まれる方に、誤解や混乱を起こしそうに思えます。
   そこで、以前、筆者なりに、そのあたりについてまとめてみた「項目」を、下記に挙げます。
   「在来工法」≠「伝統工法」であることを、ご理解いただければ幸いです。

   「『在来工法』はなぜ生まれたか-1」 
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-2・・・・『在来』の意味」
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-2の補足・・・・『在来工法』の捉えかたの実態」
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-3・・・・足元まわりの考え方:基礎」
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-3の補足・・・・法令仕様以前の足元まわり」
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-4・・・・なぜ基礎へ緊結することになったか?」 
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-4の補足・・・・日本の建築と筋かい」
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-5・・・・耐力壁に依存する工法の誕生」
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-5の補足・・・・耐力壁の挙動」
   「『在来工法』はなぜ生まれたか-5の補足・続・・ホールダウン金物の使用規定が示していること」

また、かつての日本の建物づくりの実相をお知りになりたい方は、下記で私見を書きましたので、ご覧ください。
   「再集:日本の建物づくりでは、壁は自由な存在だった」[追加 17日5.30]


もう一つ、最後に載っていた素晴らしい見解にも、私は賛意を表します。以下に転載します。


大地をこれほどまでに「ゆする」巨大なエネルギーのまえに、
どれほど英知を絞った「人工物」でも歯が立たない…という気がします。
自然のエネルギーに抵抗させた建物は、激しく何度も繰り返す激大きな揺れに激しく損傷し、
それを目で追う住人は、為すすべを知らずになるがままの状態で、
多くの方が「死」を覚悟した恐怖は、心に大きな傷跡を残してしまいました

揺れが収まった後の惨状は、街の景色を一変させ、重い荷物を課せられたような長く続く苦労を思わせました。

建物はいつか補修されて元の姿を取り戻しても、人の心の傷は改修不能です
我々は「自然に抵抗」するのではなく、
「予想される力になじむ建物」を造らなければならない。
こんな基本をともすれば忘れて設計に従事していた自分が、自然界に激しく叩かれたようなショックでした


大地の動きを建物に伝えても「耐震」の抵抗力で建物を壊さないようにする現行の一般的な設計は、
震災を受けた人の心に及ぼす影響を考えるとき、大きな疑問を感じます


今後は、地盤の揺れを建物に直接伝えない考えや、
揺れを「逃がす・吸収する」設計をもっと普及させ、
地震に遭遇した人の心に大きな傷跡を残さないよう心がける必要があると思います

我々は「建物」を設計しているのではなく「ひとの心」を設計しているとの認識を持ち続けなければなりません

毎日車で通る見慣れた道の、あちらこちらで、初め小さな「凹面」が1週間後に「えくぼ」になり、すぐに「危険」箇所になる状況。
その繰り返しに、自然界の力に対して人工的な技術が如何にぜい弱なものかを感じます。
道路は大地と切り離すことは出来ないが、建築物は地盤と切り離すことが可能なのですから。
 [追加 16日 19.15]

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