建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

「日本家屋構造・中巻:製図篇」の紹介-15 :門の部(その2) 「二十四 腕木門」「二十五 塀重門」

2014-02-26 10:56:27 | 「日本家屋構造」の紹介


今回は「二十四 腕木門(うでぎ もん)」「二十五 塀重門(へいじゅう もん)」の項。
今回も、現代文読み下しはせず、原文及び図jを編集・転載(不揃いや歪みがありますがご容赦ください)、用語についての註記と私なりの所見を付すだけとします。

はじめは「二十四 腕木門」の原文と図。

   註 腕木門とは、上図:第参拾図のような屋根付きの門。屋根を支えるための腕木があることからの呼称と考えられます。
      構造的には、冠木門に屋根を設けたと見なすことができるでしょう。
      腕木(うでぎ):霧除庇(きりよけ ひさし)などをつくるとき、柱から突出し、庇屋根を承ける桁・出桁を支える横木。
      上図では肘木も設けてありますが、霧除庇などでは設けない場合が多い(下記)。
      上図は腕木肘木とも柱に大入れとし、腕木上部にを打ち固定していると思われます。
        あるいは、肘木は柱に貫通させ、柱に渡腮で掛け、ニ方からの腕木で締めることで固める方法とも考えられます。
         腕木を一材とし、のように貫通させで締めれば、この程度の出ならば、肘木を設けなくてもよいはずです。
      通常の霧除庇は、肘木を設けず、腕木大入にし、腕木先端の出桁と、垂木(柱に設けた垂木掛に掛ける)で形づくる三角柱で形状を維持しています。
      これは、霧除庇部に簡単な立体トラスが構成されている、と考えればよいでしょう。
        ただし、群馬県の妙義山下での実施例では、春先の碓氷峠越えの強風で(現地では「吹っ越し」と呼んでいた)、ものの見事に吹き飛んでしまい、
        腕木大入部に地獄枘を設ける方法でつくり直したことがあります。



次は「二十五 塀重門」の原文と図。
  
   註 塀重門
      『中門の一。表門と母屋との間にある門。左右に方柱があって笠木はなく、扉は二枚開き。
      寝殿造の中門廊が塀になったところからの名称という。壁中門。平地門(へいぢもん)。』(以上「広辞苑」より)。
      『現今塀重門と称する門は、・・左右に方柱ありて、冠木なく、扉は二枚開きにして、井桁と襷の化粧木あるものなり。
      この種の門には控柱なきを普通とすなり。されど稀には控柱付きのもあり。かべちゅうもんを見よ。』(「日本建築辞彙」より)
      壁中門
      『古語なり。今いう塀重門に同じ。「家屋雑考」に「正殿の東西にある長廊下の壁を切通しにしたるを壁中門(へきちゅうもん)といい、
      また廊なくして築地ばかりなるを屏中門(へいちゅうもん)といい、又之を壁中門ともいう、武家には屋根なきを用いらるる例なり云々」とあり。・・・
      右の如く昔は門の位置より起りたる名称なるが・・・。』(「日本建築辞彙」より)
        屏=塀 なお、塀は和製漢字
     「・・・正殿の東西にある長廊下の壁を切通しにしたるを壁中門といい、また廊なくして築地ばかりなるを屏中門といい・・・」の個所、意がよく分りません。
     寝殿造では、長廊下の中ほどに設けられる門が中門です。
     「日本建築史圖集」所載の寝殿造当該部の図(「年中行事絵巻」より)を下に転載します。
        
        右側のが屋敷を囲む築地塀に設けられた東門(四足門)、その左手、斜めに走る建屋が中門廊、東門を入って正面の中門廊にあるのが東中門
        図の左端に西の中門廊西中門が見えます。
     ゆえに、この文は、中門廊に設ける場合を壁中門、前方を仕切るのが(築地塀も含む)の場合に設けるときは屏中門と呼ぶ、という意に解します。
     したがって、塀重門とは、屋敷内を奥:内:と手前:外:に、より明確に仕切るための塀に設ける門、と解してよいと思います。
       要は「内」を確保するための手段の一である、ということになります。
         ただ、表門を、このつくりにする例もあります。
       なお、塀重門塀中門の転訛でしょう。         
       また、仕切りのつくりは、築地にかぎらず、板屏、生垣など多様に考えられます。茶室への露地に設ける門もこの一つと言えると思います。
     扉の意匠が何に拠るのか不明ですが、他の門扉に比べると、強固に閉鎖する、という印象は強くありません。
     襷型井筒(=井桁)は、書院造や方丈建築の欄間などに見かける意匠です。そのあたりが造形の源かもしれません。

           **********************************************************************************************************
      
以上で、「日本家屋構造・中巻・製図篇」の本文は終りです。
原書には、このあと、付録として「石材彫刻及び石工手間」「漆喰調合及左官手間」「住家建築木材員数調兼仕様内訳書」「普通住家建築仕様書の一例」が載っています。
分量は多いですが、興味深いので、全体を紹介するべく編集を考えます。少し時間をいただきます。     
     

昔の写真から : 諏訪の板倉

2014-02-22 15:43:12 | 建物案内
[文言追加 24日14.35][訂正追加 25日 9.30]
昔撮った写真の中に、板倉の写真を見つけました。
いくつか紹介いたします。ネガが見つからず紙焼きからのスキャンなので、今一冴えませんがご容赦。
30年ほど前、諏訪から佐久への蓼科越えの街道の茅野寄りで見かけた、と記憶しています。もう現存していないのではないでしょうか。

   

土蔵のように見えますが、板倉に土塗を施していて、大きく剥落しています。
剥落部を撮ったのが次の写真。


次は別の建物です。
はっきり覚えていませんが、一階部分は床下になっているのかもしれません。

その土塗壁の剥落部分の近影。


板壁への土塗の方法を知る手掛かりとなるのが次の事例です。上が妻側、下が妻~平側の隅の部分。



板壁竹釘を打付け、下げ緒下げ苧:さげお)を結いつけ土塗をしていた、と考えられます。
写真では分りづらいですが、竹釘が多少残存していたと思います。
下げ緒(下げ苧)の繊維は、トンボと呼ぶこともあり、木摺下地の塗壁の補強のために常用される手法です。
鉢巻になる部分には、縄がからげてあります。
多分、木摺下地とは違い、下地の厚板の収縮の度合いが大きいため剥落が起きやすいのではないか、と思います。
   木摺下地漆喰塗の仕様例を「煉瓦の活用と木摺下地の漆喰大壁」で紹介してあります。
   なお、この記事で、木摺の大きさを厚さ2分×幅1寸5分程度とありますが、実際は、幅 1寸2分~1寸3分 程度です。訂正します。[訂正追加 25日 9.30]

以上の事例は板壁を柱間に落し込んでいるものと考えられます。
は、全厚をに嵌めるのではなく、に小穴を突いて厚さの1/3~1/2ほど嵌めているのではないでしょうか。板~板の間にはとりたてて細工はしていないようです。
また、次の写真のように、隅部にを設けず、井籠(せいろう)に組んで納めた例もあります。板厚は、見たところ、2寸程度です(落し込みの場合もその程度でしょう)。


屋根は、いずれも鞘組が設けてあります。
建物内に入って確認はしていませんが、本体の合掌部に板天井が設けられているものと思われます。
   鞘組については、「日本家屋構造・中巻・製図編の紹介-13 『土蔵』 」で触れています。
屋根勾配が緩く、軒の出が深いのは、諏訪地域の建物に共通しています。

板倉+土塗仕様は、諏訪地域に多いように見受けられます。
板倉にした上に土塗を施すのは何故なのか、分りません。
「土蔵風に見せるため」、などという「現代的な《理由》」ではなく、正当な謂れがあるはずです。
積層の板の間に生じがちな空隙防止のためか、とも思いますが、どなたか、ご存知の方、ご教示いただければ幸いです
   深い軒の出を維持していることから、防火のためとは考えられません。[文言追加 24日14.35]

  この写真を撮った頃、同じ諏訪原村の近在で、主屋の切妻屋根の形にあわせ整形した防風・屋敷林を撮った覚えがあるのですが、見つかりません。
  いずれ見つかったら紹介いたします。
  
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「日本家屋構造・中巻:製図編」の紹介-14 :門の部(その1) 「二十三 冠木門」

2014-02-19 10:57:52 | 「日本家屋構造」の紹介


[文言追加 14.55][リンク先追加 20日 10.15]
製図編の最後の項目は「門」。近世の武家屋敷などで設けられることが多かった「冠木門(かぶきもん)」「腕木門(うでぎもん)」「塀重門(へいじゅうもん)」の木割の概要と、製作に要する手間(人工)の概略が紹介されています。
今回は、分量の点で、その内の「冠木門」の項を紹介します。
特に分りにくい部分はありませんので、現代文読み下しはせず、原文及び図jを編集・転載(不揃いや歪みがありますがご容赦ください)、用語についての註記と私なりの所見を付すだけとします。
なお、原文では、各所の寸面について詳細な木割が述べられていますが、実例を見ると、必ずしもこの木割・比率に拠っているわけではありません。つまり、実際の仕事は、その場に応じて、設計・施工者の感覚に委ねられている、と考えられます。従って、原文にある木割等は、あくまでも一つの参考値である、と理解するのがよいのではないでしょうか。

はじめは、冠木門の項の原文と解説図。


   註 冠木門(かぶき もん):二本の柱上に冠木を有する門をいう。(「日本建築辞彙」新訂版 )
      冠木:門の扉うえにありて柱を連ぬる丈(せい)高き横木。柱を貫きて鼻栓にて飼固む(かいかたむ)。(「日本建築辞彙」新訂版 )
         解説図(第二十九図)の柱上に横木を架ければ、外見は鳥居様になる。
         鳥居では、上から二段目の横材、この図の冠木の位置の材、は:飛貫(ひぬき)として、柱に楔締めで取付けている。
         なお、鳥居の形状と部材名称については「鳥居の部材の呼称」をご覧ください。
         一方冠木は、材の全高をに刻み柱に差し、鼻栓で固定する。
         その結果、2本の柱と冠木は、礎石上に、強固な門形の枠を形成することになる(枠: rahmen )。
      解説文にあるように、柱の断面は、見付寸法>見込寸法とするのが普通。原文にある「比率」は参考値で、任意と考えてよいでしょう。
      見付寸法>見込寸法とするのは、柱と冠木が構成する枠:門形:をより強固に維持するための工夫と考えられます。
      しかし、門形の直交方向に力を掛ければ、つまり、押したり引いたりすれば、門形は容易に転倒するでしょう。それを避けるために設けるのが扣柱です。
      扣柱(ひかえばしら)=控柱 
         察するに、の字の誤記に始まった表記ではないか。「日本建築辞彙」では、「控柱・・・俗に扣柱とも書く」とある。
      すなわち、図のように控柱を門内側に本柱の前に並べて立て、本柱~控柱を上下2本の(上:控貫、下:足元貫)で縫います。
      図では、控貫に勾配を付けてありますが、水平でも可です。
         控柱本柱の内外に2本設ける場合もあります(「鳥居の部材の呼称」中の写真参照)。より堅固になります。
         柱の転倒を防ぐもっとも簡単な方法は、斜め材で支える方法です。なぜこの方法が採られないのでしょうか。
         これについて、「鳥居に見る日本の建築技術の基本」及び「在来工法はなぜ生まれたか-5の補足」で触れてあります。[リンク先追加 20日 10.15]
      なお、本柱は、ほんばしらおもばしらの二様の読みがあるようです。原文は前者、「日本建築辞彙」では後者。
         原本第二十九図立面図の右側の柱の表記「木柱」は本柱の、同じく「地腹」は地覆(ぢふく)の誤記でしょう。
      正面の扉を閉鎖時の通行に使うのが脇に設ける脇門(わきもん)の潜戸(くぐりど)です。
      脇門は、袖柱を立て、本柱~袖柱笠木(まぐさ)で繋ぎ、笠木の間の空隙には綿板(わたいた)を嵌め込みます。   
      :開口部の上部に設ける横材の一般的な呼称。鴨居の一。
      綿板:物の間に差入れたる板をいう。恰も綿入れの綿の如くなる故、しか称す。(「日本建築辞彙」新訂版 )
         袖門は、本柱のつくりなす門形の枠の形状を維持する役も担っています。
      兜巾(ときん):頭巾とも書きます。柱の上端を四角錐状につくりだした部分の呼称。
      兜巾金物(ときん かなもの):兜巾部分をくるむ金物。金物の下端には円状断面の見切り部(覆輪:ふくりんと呼ぶ)を設ける。
      根巻金物(ねまき かなもの):柱下部の腐朽防止のための保護金物。兜巾金物と同じく、上端に覆輪を設けるのが普通。
      八双金物(はっそう かなもの):第二十九図・正面図の扉のように、柱側の縦框から嵌め板部にわたり取付ける金物。
      一般には先端が二股に分れるが、分れない場合も八双と呼ばれます。「日本建築辞彙」には、その役割についての記述はありません。
         単なる装飾ではなく、扉の変形防止のために、肘壷の取付く縦框嵌め板:鏡板との接続を補強する工夫として生まれた金物ではないでしょうか。
         そう考えれば、二股にする意味も分かります。先端を二股に分けることで、釘打ち箇所:面が広がるのです。
      饅頭(まんじゅう):饅頭様の形をした金物、座金。
         釘隠しと同じく、大釘の頭あるいは先端などを隠すための装飾金物。
         第二十九図の扉中央の2個の饅頭閂金物の先端隠し。
         本柱の上下の饅頭は、それぞれ大扉の肘金物の先端隠し。[文言追加 14.55]
      (かんぬき):扉を閉鎖するための横棒。閂金物は、を通すための金具。
         閂は、最近は見かけませんが、きわめて簡単な原理で、しかも強固な閉鎖方式です。

           **********************************************************************************************************

以上で「冠木門」の項終り。次回は、「腕木門(うでぎもん)」「塀重門(へいじゅうもん)」の項を紹介します。

近時雑感 : 「ユマニチュード」の語に思う

2014-02-11 12:25:13 | 近時雑感

8日の雪は25㎝ほど積もり、吹き溜まりでは長靴が埋まるほどでした。
柿の木にも写真のように北西側に積もっています。9日朝7時過ぎです。
9日は午後から集落の方が総出で重機を使い道路の雪搔き。
掻ききれない雪を除くには手作業。微力ながらお手伝いをさせていただきました。
午前中から家のまわりもやっていたので、さすがに左脚がこたえました。
今日11日も雪がちらついてます。


[蛇足追加 12日9.10][註追加 12日 9.25]
先日、「ユマニチュード」という言葉を初めて耳にしました。
NHK「クローズアップ現代」で、「いわゆる認知症」の「新療法」として、日本の医療・看護・介護の世界で「ユマニチュード」が最近話題になっている、と報じていたのです。
それによりますと、「ユマニチュード」というのは、35年ほど前にフランスで始まり、ベルギー、ドイツなど西欧でも最近採りいれられるようになった「療法」とのこと。フランス語の「造語」では?
   註 おそらく、英語で言えば、humanity + attitude で、「人としての(心)構え」というような意ではないかと、勝手に思っています。[註追加 12日 9.25]
その「基本」として、①「見つめること」、②「話し掛けること」、③「触れること」、④「立つこと」の四つが挙げられていました。「見つめる」というのは、相手の目を見ながらという意味のようです。「話し掛ける」ときは、上から見る、見下ろす位置ではなく、相手と同じ高さに居ることが要点のようでした。「触れる」というのは、いわゆるスキンシップ、「立つこと」とは、「歩ける(ようになる)こと」の意のようです。
要は、「いわゆる認知症」の方は、この基本に立って接する(看護・介護する)とき、医療者・看護者・介護者に対して心を開き、結果として、容体は格段に向上する、ということのようでした(これは、あくまでも、私の「理解」です)。

今、「専門」「専門家」の世界では、「医療を行なう人―医療を受ける人」、「看護する人―看護を受ける人」、「介護する人―介護を受ける人」、・・・、つまり「「専門のサービス行為を行う人―そのサービスを受ける人」という「関係」の存在が、「あたりまえ」になっているはずです。そしてそのとき、この「関係」の様態は、常に、「専門のサービス行為を行う人>そのサービスを受ける人」となっているのが現代の常態ではないか、と思います。
更に、こういう「現在の様態」を、「いわゆる健常者」の世界では、人は別段気にも留めないでしょう。というより、気に留めなくなってしまっている。そういう風に馴らされてしまっている。そういうものだと、いわば「諦めている」。
ところが、「いわゆる認知症」の方は、自分にとって理不尽(に思えるような)ことには、唯々諾々として従わない、従わなくなる
多くの医師・看護師・介護士の方がたが、医療・看護・介護を頑強に拒否された経験があるようでした。ベッドに拘束する、などというのは「出歩かないように」と言っても「言うことは聞かない」から、嫌悪感・罪悪感を感じつつも「介護のためにやむを得ずなのだ、と自らに言い聞かせながら」拘束するのだそうです。
ところが、「ユマニチュード」の方法に留意して「いわゆる認知症」の方がたの看護・介護にあたると、容体は目に見えて格段に向上する。たとえば、歩けなかった方が自ら進んで歩くようになったり、無表情だった顔の表情が豊かになる、話し掛けに一切応じなかった方が懸命に話をしようとする・・・などの感動的な姿が映像で伝えられていました。
おそらく、「いわゆる認知症」の方は、「いわゆる健常者」が「馴らされてしまっていたこと」から、解放されているのだ、人本来の姿に戻っているのだ、と私には思えました。「ユマニチュード」で接するとき、人本来の姿で接してくれていることが分り、心を開くのだ、と思われます。
別の言い方をすると、「医療を行なう人-医療を受ける人」、「看護する人-看護を受ける人」、「介護する人-介護を受ける人」の関係が、現在は普通「三人称の世界」になっているのに対し、「ユマニチュード」では「一人称~二人称の世界」になる、と言えるかもしれません。「私と彼・彼女」ではなく、「私たち」あるいは「私とあなた」の関係になるのです。
「三人称の世界」とは、言い換えれば、「人」を、この場合は「いわゆる認知症」の方を、「一つの対象として見なし扱う世界」と言えるでしょう。
そして、実は、このような見かたは、「近代」が進んで取り入れてきた「人の世、世界の事象全般に対する見かた・思考法」だった、と言えるのではないでしょうか。それはまた、「いわゆる近代科学」の拠って立つ「地盤・基盤」でもあった・・・。[基盤の語追加 12日9.40]

私は、この番組を見ていて、「ユマニチュード」の考え方・人への接し方は、なにもいわゆる「認知症」の方への接し方ではない、人と人との関係、更には人と事象・事物との関係、その基本的・根本的見かたにかかわる話であって、少し大げさに言えば、現代の大方が拠って立つ「近代的思考法」にいわば挑戦しようという考え方なのではないか・・・、と思いました。
そして更に、近代以前の日本人の事物・世界への対し方は、考えてみれば、たくまずして「ユマニチュード」の考え方そのものだったのではないか、しかるに、日本は、近代化の名の下で、人びとにとってごく自然であたりまえであったこの考え方を捨てることこそ近代化である、と見なして捨ててきた。今も変わらないどころか、一層ひどくなっている・・・。
ところが、彼方の近代思考法・思想の源泉の地では、周辺諸国も含め、その radical な「再考」が始まっている・・・
   蛇足 日本人だけがそうだった、という意味ではありません。
        そもそも、「人」というのは、どの地域で暮そうが、そうだったのです。
        しかし、日本人は、それこそが近代化だと思い込み、それを捨て、忘れ去ることに、今でも夢中になっているのではないか?[12日9.10追加]

番組を見て、私は、明るい気持ちと暗い気持ちの両方を抱き、複雑な気分でした。

補足・「日本家屋構造・中巻」の紹介 : 木柄戸の「筋違」

2014-02-07 18:03:25 | 「日本家屋構造」の紹介
[文言追加 8日9.30][文言更改追加 8日9.50]

「土蔵」の紹介の項で、土蔵の扉:塗込め木柄戸の説明が足りなかったように思いましたので、補足します。

扉の図だけ下に再掲します。

解説文中に「・・・其の釣り込み方は戸の開閉を容易ならしむる為に上の方を三分位垂直より内方に釣り込むべし。・・・」とあります。何故でしょうか。
普通、蝶番:肘金物、ヒンジの取付け際しては、上下の蝶番の軸が垂直線上に揃うことに注意します。そうしないと軋む、開閉がスムーズにならないからです。
   日曜大工で、開き戸を釣り込むときに一番悩むことです。

ところが、土蔵の扉のように扉自体が重いとき、あるいは間口が広い開き戸のときは、通常の釣り込みでは、扉の重さゆえに、上方の蝶番に横向きの力が掛かり、そのために軋みが発生し、スムーズに動かなくなる事態が起きます。
しかし、解説文にあるように、上方の開閉軸を多少でも内側:取付け枠側に寄せると、軸にかかる横向きの力は、僅かではありますが小さくなり、その分、重い扉の開閉もスムーズになるはずです。この解説は、この方策を示している、と考えてよいでしょう。

また、図のように、この扉には筋違(すじかい)が入れてあります。
日本の木製の建具には図のような斜め材:筋違を入れること、しかも、それが外から見えるということは、まずありません。
土で塗込めて見えなくなるので筋違が入れてあるのです。そこには入れなければならない理由があるはずです。
土蔵の扉にはなぜ筋違が必要なのか?   

現在の木造軸組工法:通称《在来工法》を「見慣れた」目には、この筋違は、扉の自重:つまり土塗の重さで、框のつくる長方形が変形しないようにするための材だ、と見えるでしょう。
しかし、もしも、変形防止のそのための材であるのならば、筋違の「向き」を変えてもよい、斜めに材が入っていればよい、つまり、上図で左上から右下に向けて斜めに入れてもよいことになります。はたしてそれでよいでしょうか?

西欧の木製建具では、框に斜め材:筋違を入れることは、しかも外からも見せることも、珍しいことではありません。
その一例として、ドイツの例を下に載せます。
Garagentor ガレージの入口の戸です。Rahmentor mit Strebe と呼んでいるようです。ドイツ語が難しくて、日本語にできず恐縮ですが、Rahmenの意、そして strebe とは、「支え」というような意のようです。框を支える斜め材:筋違を指しているのではないでしょうか。したがって、Rahmentor mit Strebe とは、「筋違の入った框戸」、ということでしょう。
このように、間口の広く自重が重くなる開き戸にstrebe:筋違が多用されているようです(他の事例も後掲)。

   ここに例示した Garagentor は、Ulrich Reitmayer 著“HoltztÜren Holztore”( Julius Hoffmann Verlag 1970年刊)からの抜粋転載です。
   書名・表題を日本語に直訳すれば、「木枠・木製扉」かな・・。[直訳文言追加 8日9.30]

この図でも、筋違の向きは、前掲の土蔵の木柄戸と同じです。
図の下の表側の立面図に、筋違、それに金物、ヒンジ:肘金・肘壷に相当:が点線で描かれていますが、その「姿」から、筋違がいかなる役割を担っているか、が読み取れると思います(前掲の「日本家屋構造」の木柄戸の図から読み取るのは難しい・・・)。
   註 「日本家屋構造」は、一般的な事例の紹介に徹している、つまり、「初心者」は、「先例」の「形」を学ぶことから始めよ、と考えているように思えます。
      「理・そのわけ・謂れ」については、初めに触れない。「花伝書」もそうです。たしかにこれも一つの「教育法」です。
      ただ、「花伝書」では、「形」の「習得」から入っても、「その形の理・謂れ」を「修得」できない者は、先に進むな、と言っていたように思います。
      しかし、「形の習得」をもって「修得」したと誤解する場合が多くなる・・・・。
      一方、このドイツの書は、図および説明を全て「理」に即して示すことに徹しています。ゆえに読者は、常に「形の謂れ」を考えなければならないのです。
      [文言更改追加 8日9.50]  
 
この立面図の向って右側の扉で考えてみます。
このような向きに筋違が入っていると、扉の重さは、かなりの分が筋違に沿って左上から右下に向う力に変ります。つまり、下側のヒンジ:肘金物に重さが集中して掛かることになります。その部分のの補強金物・プレートの形は、この力の流れを予測したものと考えられます。
一方、扉左上部の縦框・上横框の仕口部は、この右下に向う力によって引っ張られることになります。その結果、この右下方に引っ張る力が、上部横框を伝わる右横向きの力に変ります。右横向きの力、それは上部のヒンジ:肘金物を押す方向の力です。つまり、この向きに筋違を入れることによって、通常、扉の重さで生じる上部ヒンジを引き抜こうとする力が、その分低減することになるのです。
ということは、もしも、筋違の向きが逆だとすると、上部ヒンジを引き抜く力は、逆に大きくなってしまうことになるはずです。

すなわち、扉を安定的に保持・開閉するという目的を達するには、筋違の向きはこの向きでなければならない、筋違が入れてありさえすればよいということではない、ということ、筋違の向きが肝心だということ、を示しているのです。
   このあたりの理屈は、木造軸組工法で、筋違の入れ方・向きを間違えると架構の破壊に至ることがあるのとまったく同じではないでしょうか。
   《在来工法》の《筋違理論・耐力壁理論》の「盲目的援用の危うさ・難しさ」を示唆していると言えるかも・・・。
   なお、このような「知恵」は、洋の東西を問わず、いずれも、
   「力学的理解:机上の理解から生まれたのではなく、現場での幾多の経験の積み重ねで培われた「知恵」であることを知るべきでしょう
   現場では、「理」が「体感として」理解されるからです。実は、これが「学」の根源のはずなのです。[文言更改追加 8日9.50]

また、Rahmentor mit Strebe には、下図のようないろいろなタイプがあるようです。同書からScheunentor 納屋・穀物倉の入口戸 を転載します。
各図とも、左側が表側、右が内側の立面図だと思われます。
筋違の向きに留意してご覧ください。

 
なお、先ほどのドイツの事例:Garagentorの詳細は下図になります。

木ネジ1本の取付ける位置についてまで、員数だけ打ってあればいい、というのではない「理に応じた細心の注意」が払われているようです。「理」が「体感として」理解されているからです。
これとは逆に、机上の《理解》から生まれたのが、ホールダウン金物などの日本の補強金物ではないか、と私は考えています。[文言更改追加 8日9.50]

この本には姉妹篇に“Holzfenster”があります。機会があったら、紹介したいと思っています(外開きの鎧戸+外開きのガラス戸からなる窓で、中から鎧戸だけ開け閉めすることのできる窓!、などというのがあったように記憶してます)。

「日本家屋構造・中巻:製図編」の紹介-13 : 「二十二 附属建物 土蔵」

2014-02-01 15:20:42 | 「日本家屋構造」の紹介



[「肘壷」註追加 2日14.45]
今回は、「二十二 附属建物 土蔵」の項。

はじめに、原書の文と図を編集して転載します(歪みや不揃いなどがあります。ご容赦ください)。


以下、現代語で読み下し、随意、註を付します。

住家(すまいや:住居)は、光線、空気の流通などに留意するが、土蔵は、専ら(もっぱら)防火に意を尽くす切妻造とするのが通例である。第二十六~二十八図土蔵の構造の概要を示した図である。
   註 この図だけでは分りにくいので、実例として、かつて紹介した近江八幡にある「旧・西川家の土蔵」の図と写真を再掲します。
         

土蔵を建築するにあたっては、先ず、建設する場所の地質に適応した地形(ぢぎょう:現在は地業と表記)を行い、地盤石(ぢばんいしorぢばんせき:礎石のこと)を四周に据え、側石(がわいし)を積み重ね、土台を受ける。
   註 「日本建築辞彙」では、「側石」=「根石」=「蠟燭石」と解説されているが、第二十六図の場合は、「布石」と解する方が適切ではないか。
      蠟燭石などは、下記に説明があります。
         「日本家屋構造・中巻の紹介-4
側石の上に土台を据える。
土台は、下端および外面に柿渋あるいはコールタール(ともに防腐剤)を塗る。
には、その外面に苆掛け(すさかけ:塗壁の芯材となる小舞竹:こまいたけ:を受けるための段状、簓:ささら:状の刻み)を刻む。刻みの間隔は4~5寸程度。
      苆掛け:先の「旧西川家の土蔵」中の図に参考図があります。 
      :すさorつた:塗壁の材料の土や漆喰など:の、乾燥後の亀裂を防ぐために混入する繊維状の材料。
         従来は自然の品:古藁、古麻布、棕櫚など:が使われたが、最近はガラス繊維も用いられる。

は三尺間隔で建てることが多い。
また、両妻のは伸ばして母屋を差し、天秤梁枘差しまたは折置として、その前後に繋ぎ梁を差し、地棟(丑梁)及び天秤梁との仕口は渡腮(わたりあご)及び蟻掛(ありかけ)とする。
   註 図がないので、このままでは意が分りません。そこで、次のように解釈します。
      妻面には、@3尺にを建て、中央にあたる柱2本の間に地棟を受ける天秤梁を掛ける。
        例1 梁行2間:12尺のときは柱を@3尺で5本建て、2本目と4本目の柱の間に天秤梁を組み込む。
             天秤梁を組み込まずに、中央にあたる3本目の柱で直接地棟丑梁)を承けることもできるが、架構の強度は天秤梁を組み込む方が強い。
             この場合は、天秤梁の代りに、各柱をあるいは差鴨居で固めることも考えられる。
             なお、旧・西川家の土蔵では、2本目~4本目に天秤梁を組み込み、3本目の柱も天秤梁を承けている(前掲の写真、断面図参照)。
        例2 梁行2間半:15尺ならば、たとえば、@3尺で柱を6本建て3本目、4本目の柱間3尺に天秤梁を組み込み、地棟を承ける。
        いずれにせよ、妻面の架構の強度を考慮してあれば、妻面の梁の構成は任意である。        
      天秤梁は、柱上に折置か、あるいは、2本の柱の間に枘差で取付く。
      地棟天秤梁仕口は、渡腮及び蟻掛とする。
        これは「京呂組:兜蟻掛け」の意と解します。
        これについては「日本家屋構造の紹介-11」の第三十七図を参照ください。
        なお、下記中の図および解説も参照ください。
         「日本家屋構造・中巻の紹介-7
         「日本家屋構造の紹介-13

小屋中の合掌は、軒先を折置として、地棟上にて組合せ、左右の及び傍軒垂木ともみな苆掛けを切り刻む。
   註 左右の束とは、妻面の天秤梁上の母屋承けに束柱を設ける場合の意と解します。
垂木は、軒桁上で止め、鉢巻貫及び広小舞を打つ。野地は裏板として垂木上面に張り、瓦葺き用の土居葺きを施す。裏板には、縄掛貫及び土止木を打付ける。
   註 この部分は、第二十六図の乙図を参照。
      裏板は、室内の天井板になる。
は、@2尺程度に平屋建てならば、中央一通り、二階建てのときは二通り、掛子彫(かけこぼり)にして、の貫穴に渡腮で納めるか、あるいは込栓打ちで固める。
   註 「中央」の意が分りません。
      掛子彫とは、貫穴渡腮で架けるための欠き込みの意と解します。
      を打つと、貫穴が噛み合い、簡単には動かなくなります。
        なお、柱内でを交叉させ、双方のの交叉部を相欠きとし、楔打ちによって両者を噛み合わせる方法を採ることがあります。
        一例は「日本の建物づくりを支えてきた技術-19」」参照。 
      込栓打ちを所定の位置に通した後、外面から込栓を打つ。
      要は、柱と貫を、強固な格子状に組むための方策です。
壁下地の小舞は、木材の時は1寸2~3分角の材を使い、防腐のために柿渋またはコールタール塗とする。
竹を用いるときは、周長4~5寸程度のものを、縦は柱間に5本ずつ、横は苆掛ごとに釘打ちで取付け、棕櫚縄(しゅろなわ)あるいは蕨縄(わらびなわ:蕨の根の筋でつくった縄)を本大和(ほんやまと)あるいは片大和(かたやまと)に纏わせる(巻きつける)。
   註 本大和、片大和:竹などに、縄や蔓を纏わせる:巻きつける:ことの呼称。本大和は両方から、片大和は片方一方だけの巻き方。
      なぜ「大和」と呼ぶのか、謂れが分りません。      
      「小舞を掻く」とのように、通常、小舞に縄を巻きつけることを「掻く」と呼んでいる。
平壁の土付の厚さ:土塗壁の厚さ:は小舞外面より4寸以上5~6寸程度とする。

屋根は、6寸勾配ほどで、普通は瓦葺とするが、地域によっては、土居塗をした後、その上に猫石を据え、別途合掌を組み、杮葺(こけらぶき)または茅葺の屋根を設ける場合がある。
これを(さや、あるいは鞘組:さやぐみ)と呼び、土居塗を保護するための手法である。
   註 鞘組の屋根を瓦葺にする例の方が多いかもしれない。
      猫石:一般には、土台を地面などから隔てるために据える石を称する。なぜ「ねこ」と呼ぶのか、謂れは知りません。もしかして「根子」かな?
      猫石を据えず、直接合掌土居塗上に流している例を見た記憶があります。
      また、土居塗の屋根との間の空隙は、インシュレーションとしても効果的のようです。  

土蔵入口下部に設ける煙返石(けむがえしいし)は、高さ7寸~7寸5分程度、上端:上面の幅は木柄戸(きがらど:土蔵の扉のこと)の厚さにもよるが、8寸内外とする。
   註 煙返石:扉の下部からの煙・熱風:火炎の侵入を防ぐために設ける。
      第二十七図・甲のように、石と扉、扉と枠及び扉相互の召合せ部は、空気・煙が流れにくいように段状に仕上げる。これを掛子塗(かけごぬり)と呼ぶ。
      木柄戸土蔵の扉は、木造骨組の上に漆喰を塗り込める。この骨組を木柄(きがら)と呼ぶ。

以下は第二十六図参照。
腰巻の高さは腰無目の上端までとし、腰巻下端の出は、鉢巻棚角を垂直に下した位置を腰巻受石の外面とする。受石の高さは4寸以上7~8寸ぐらいとする。
鉢巻の高さは、その建物により、恰好よく定めるが、下端の出は2寸ぐらい、その勾配は2~2寸5分の返し勾配とする。
   註 原本第二十六図の矩計図では、垂木軒桁で止めているが、旧・西川家の土蔵のように、垂木軒桁よりも可能な限り外側に出すのが普通。
      鉢巻は、その垂木の出土塗で覆うための方策。それにより、土塗部の荷重を、垂木も担うことになる(西川家の土蔵の図参照)。
      第二十六図の仕様では、鉢巻部を、それより下の土壁が支えることになり、亀裂・崩落を生じやすくなる。
      なお、煉瓦造では、その部分を、その部分を蛇腹で納めている(「形の謂れ-1・・・・軒蛇腹」参照)。
折釘(おりくぎorおれくぎ)の位置は、上段の釘は、鉢巻の下端から6~7寸下げ、下段は腰巻上端から1尺2寸ぐらい上げ、中段は雨押えより7~8寸離して打つ。
   註 折釘:維持・管理のための事前の用意。折釘間に足場丸太を架ける。それゆえ、間隔等は、それに応じる。
      したがって、設置高さに一定値があるわけではなく、建物の規模などに応じて勘案するものと考えられる。
      火災時には、架けた丸太塩かます:むしろ:を二つ折りして塩を入れた袋)を掛けたという(水を吸い、燃えにくいため)。
         普通のよりも目が積んでいる。架けるときは、広げて一枚にする。かつては、霜解け、雪解けの道に敷いたりもした。
入口の高さは、煙返石の上端から刀刃(かたなば)の下端までを6尺~6尺2寸ぐらいとし(第二十六図・矩計参照)、横幅は刀刃の内法で3尺6寸ぐらいにするのが普通である(第二十七図・甲、入口平面参照)。
   註 刀刃:土蔵その他「塗家」に於いて、入口または窓の脇に取付けたる三角形の縁木にして漆喰塗の止まりとなるもの(「日本建築辞彙・新訂版」より)。
      要は漆喰塗見切縁第二十七図・甲の左辺参照。
      このような形にするのは、漆喰塗の接触面を増やして離れを少なくし、また、離れが生じても見えにくくする現場の知恵と考えられる。
入口を形づくる実柱(さねばしら、さねはしら)は、4寸5分角を用い、その外面を土塗壁の仕上り面と同じにし、左右の開きは、本柱の入口側面~実柱内面を土壁の厚さ程の位置に設ける(第二十七図・甲参照)。実柱本柱は、櫓貫(やぐらぬき)を前後から打ち込み、縫う。櫓貫は、幅4寸5分×厚1寸、5分ぐらいの勾配で状に加工する(第二十六図参照)。
兜桁(かぶとげた:高さ5寸×幅4寸5分)の高さは、下端~下端を9寸~1尺ぐらい、鼻の長さは、開いたとの幅と同じにする(第二十七図・丙参照)。

扉の肘壷(ひじつぼ)の位置は、下部は、木柄戸の下から1尺ぐらいをその下端とし、上部のそれは、木柄戸の上端から6寸ぐらい下がった位置に設ける。
   註 肘壷:下図参照(「日本建築辞彙・新訂版」より)[註追加 2日14.45]
         扉の開閉用金具。枠側に肘金(ひじがね)を打ち込み、扉に肘壷を打込み取付ける。
     
         この両者を一体化したのが蝶番(ちょうつがい:蝶の羽のように一対:つがい:を為しているから)。[註追加 2日14.45]
木柄戸の下端は、煙返石下端より1寸5分上げ、上端は刀刃外すなわち下端までとする。また、木柄戸の前面の出は、壁の塗上がり面と同じ、内面は、煙返石との距離を8分~1寸明きとする(第二十六、二十七図参照)。
木柄戸釣り込みは、開閉を容易にするため、上方を3分ぐらい垂直より内側に釣り込む。

窓枠は4寸角でつくる。上枠の鼻の長さは、先の兜桁にならう。
窓の木柄戸の長さ(高さ)は、本屋の上下の刀刃の外法間の長さととし、木柄戸の上端を上の刀刃上端より3分ぐらい高い位置に取付ける。
窓の木柄戸肘壷の位置は、下は戸の下端から6寸ぐらい上げ、上は戸の上端から4寸ぐらい下げの位置とする。

刀刃の大きさは、入口まわりは、2寸2分くらい、窓まわりは1寸8分ぐらいの(直角)三角形とする。

入口の木柄戸縦框:2寸5分×2寸2分、上下横桟(框):3寸2分×2寸2分、中桟:2寸5分×1寸4分、筋違:2寸5分×1寸4分、簑貫(みのぬき):杉6分板赤身幅2寸ぐらいを用いる。
窓の木柄戸縦框:2寸×1寸5分、上下横桟:2寸2分×1寸5分、中桟・筋違:2寸×1寸、簑貫:杉4分板赤身を用いる。
   註 簑貫土蔵に用いるを言う。    
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以上で「土蔵」の項は終りです。
次回は、「二十三 冠木門(かぶきもん)」「二十四 腕木門(うできもん)」「二十五 塀重門(へいじゅうもん)」の項を予定しています。