建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

回帰: re‐habilitation :の記・・・・療法士の方がたへの敬意と謝意を込めて-2

2013-06-28 19:06:27 | 回帰の記
冷たい北東気流:やませ:に拠るのでしょうか、
当地は、ここ数日、「梅雨寒(つゆざむ)」の日が続いています。

生い繁る草の中にネジバナを見つけました。背丈15cmほど。ラン科だそうです。

先回の補注 
姿勢が悪いだけでも足を摺りやすくなるのだ!
先回、「・・・健常な人ならば、膝のまわりの筋力で「崩れ」をある程度防止できます。しかし、高齢で筋力が衰えていたり、脳出血などで神経~筋の動きが麻痺していると、そうはゆかないのです。多くの場合、そういう人は、「摺り足」に近い歩き方をしようとします。「摺り足」は、体重の移動が容易だからではないかと思います(足を上げると、ふらつくので、なるべく重心を低めようとするのだ、と考えると分りやすいかもしれません)。私もそうなっていました。今でも疲れてくるとそうなりがちです。・・・」と書きました。
ところが、私の場合は、きわめて単純な理由であることを、数日前の外来リハビリ担当の療法士さんに指摘されました。歩く様子がぎこちなかったからでしょう。
指摘いただいた内容を私なりに総括すると、次のようになります。
「私の姿勢が悪い!」

私は以前から「猫背」です。それを直そうとしても長時間保てない。上半身の筋力が弱いからのようです。
姿勢が悪いと、私の場合、右脚の股関節部分も内側に傾き加減になる。その方が楽だかららしい。つまり、上半身の姿勢の悪さに下半身もならってしまっている、ということ。一方で、左脚の方は、意識して健全であろうと努めている。
そうなると、股関節~地面間の距離が、右の方が内傾している分、左より、若干短くなる。ゆえに左脚が地面を摺りやすくなるのだ(当然重心の保持の仕方も下手になるから摺り足になりやすい)!
実際、意識して上半身の姿勢をただして歩くと、摺ることがなくなる。納得しました
PTの療法士さんから、姿勢を正すこと:体幹を強くすることをきつく言われていたことをあらためて思い出しました。すぐ忘れてしまう!!ボケたかな。


シロツメクサ(クローバー)。西欧からの物品輸送の際、クッション材に使われたので
ツメクサと名付けられたそうです。赤い花のアカツメクサもあります。


以下、今回の本題にはいります。リハビリの概要について、私なりに「解説」してみます。

いったい、「リハビリテーション:rehabilitation 」とは何のことなのでしょうか?

普通、rehabilitation は日本語では「社会復帰」と訳されていて、日常的には「リハビリ」と呼んで済ませているようです。実際に「リハビリ」にかかる前の私の理解も、その程度のものでした。
   なお、以下の文中のリハビリに関わる記述は、
   担当された療法士さんに、下書きに目を通していただいてはおりますが、
   あくまでも、「私の理解」に拠るものです。

そこで、あらためて、“rehabilitation” の意味を辞書で調べてみました(研究社「新英和中辞典」に拠ります)。
rehabilitationとはre-habilitation 、つまり、habilitation を「新たにする」「原状に復す」ということになります。
では、“habilitation” とは、どういう意味か。
これが厄介な語。辞書には、habilitate 「特に、ドイツの大学教員の資格をとる、資格があること」とあります。ゆえに、その名詞形 habilitation には、察するところ「資格(がある)」能力(がある)」という意味があるらしい。
それゆえ、re-habilitation とは、「資格復権」「能力再建」とのような意味になるように思われます。
「社会復帰」という日本語訳は、人としての通常の能力を復権すれば、普通に社会で暮せるようになる、とのような意を込めての「意訳」だったのではないでしょうか。
   註 私は、おそらく、「社会復帰」の語からの「勝手な連想」だったのだと思いますが、
     何となく、habilitation をhabitation:「居住」と同義ではないかと誤解していたようです。

では、どういう人が re-habilitation の対象者なのでしょうか。

次のように大別されるのではないか、というのが私の理解です。
すなわち、
1)骨折などの怪我をして、あるいは何らかの手術などをして、それが治るまでの一定期間、動くことができず、
   その結果従前の能力が失せてしまった人、
     私は子どものころ、左手首を骨折し、一時期副え木を当て、ギプスをしていたことがあります。
     ギプスを取ったあとしばらくの間、左手を自由に動かすことができませんでした。
     そして、動かせるようにする施療はきわめて荒っぽかった記憶があります。
     お構いなしの関節の屈伸運動・・・。今のリハビリとは大違い・・・。

2)脳卒中などにより、脳~神経系を傷め、それゆえに動作の指令が滞り、それゆえに動くことができなくなり、
   従前の能力を失せてしまった人。
体を動かしていない期間が続くと、そのメカニズムはよく分りませんが、体を動かすことができなくなります。
筋肉~腱~関節が言わば「固まって」しまい、脳の「動かせ」という指令に反応しなくなってしまうからのようです。
私の場合、脳出血により左半身の動作を指令する脳~神経系が働かず動作不能の状態に陥ったようです。
出血:浮腫が存在する間に、脳~神経~筋肉・腱~関節の動きが無反応になってしまったのでしょう。いわゆる「麻痺」です。
これを「復元」しよう、というのが re-habilitation なのだ、と言えばよいでしょう。
   註 発症時、手や足が「べらぼうに重く感じられ」ました。
      この「重さ」は、手や足の「自重」らしい。つまり、健康なときは、
      脳~神経の指令に筋肉~腱~関節が無意識に適切に作動して手足を「持ち上げていた」のですが、
      「重い」と感じたのは、私の「意」に応じて手足が動かなかったからなのでしょう。
      どうやら、こういう「動作のメカニズム:脳~神経~筋肉~腱~関節のスムーズな連携」は、     
      赤子のときからの日々の暮しの中で「学習:身につけて」きたもののようです。
      言い方を変えれば、病後の re-habilitation は、赤子に戻って「学習し直す」ことだ、と言えるかもしれません。
このほか、
3)知的障碍や脳の障碍で普通の人が持っている能力を備えていない人。


これはカタバミの花。大きさは1cmもありませんが、黄色が目立っています。

現在行なわれているre-habilitation は、大きく次の三つの治療・療法で構成されているようです。
ア)「理学療法:physical therapy(略称PT)」
イ)「作業療法:occupational therapy(略称OT)」
ウ)「言語療法:speech therapy(略称ST)」

そして、それぞれの治療を実際に担当する専門職が、「理学療法士 physical therapist 」「作業療法士 occupational therapist 」そして「言語療法士 speech therapist 」で、所定の教育課程修了後、国家試験で資格を取得します。

この方たちは、人体の「構造」:生理学的知見、解剖学的知見はもとより、神経~筋肉・腱~関節の連携相関関係について、単なる辞書的知識ではなく、実体験に基づく該博な知見を備えておられます
たとえば、ここの筋は、ここにつながっている、あるいはここと連携して動く、だからそのことを知らないと、知ろうとしないとダメ・・・などということを、きわめてよく知っていて、それを具体的に教えていただくこともあります。
つまり、「部分」は「全体」のなかの部分だ、ということです!
まさに、「ゲシュタルト理論」そのものです。
   「ゲシュタルト理論」は、元は心理学の用語。
   簡単に言えば、部分の足し算=全体ではない
   「部分」の認識には、先ず「全体」の認識が不可欠という考え方。
   私たちのリアリティに合致しているゆえに、すでに書いてきたことでお分かりかと思いますが、
   私は以前から、この「考えかた・見かた」を採っています。  

   
   ところで、
   療法士さんたちの仕事ぶりを見ていて、
   思わず、同じく国家試験による資格である建築士の「様態」と比べてしまいました。
   建築士は、単なる「肩書」になっている感が深いように思えたのです。
   その理由は、「仕事の意味」が分らなくなっている、
   しかも自ら問わなくなっているからだ
と思いました。
   多くの建築士は、「仕事の意味」を、
   設計した建物の「外形」の《恰好のよしあし》に求めたがります

   そして、自らも、周りの人も、「その形の謂れ」を問わなくなっているのです
   それは、《建築士の仕事=自己表現の手段》と勘違いしている場合が多いからではないでしょうか。
   国家試験は、そんなことを建築士に求めてはいません。
   以前に触れたような「いわゆる建築家」の「理解不能」な言動は、だからこそ現れるのではないかと思います。
   こんなことは、療法士さんたちの世界ではあり得ない話です。
   療法士さんたちの世界では、「専門」の「本来の意味」が活きています


それぞれの「療法」の内容を私なりにまとめると、以下のようになります。
   
physical therapy とは、字の通り、physical(身体) の能力の治療の意と思われます。つまり、身体の諸種動作能力の回復を目指す治療。
これが、なにゆえに「理学」という訳語になったのか、わかりません。直訳の方が分りやすかったのではないでしょうか。

occupational therapy は、原語自体よく分りません。
occupation は「、職業、業務」あるいは、「占有、居住、あるいはまた占領、占拠」という意。occupational は、「職業の、職業から起こる(例 occupational disease:職業病)」という意。 
だとすると、occupational therapy とは何だ?
私が受けた physical therapy は主に下肢の機能回復訓練、occupational therapy は主に上肢の機能回復訓練でした(私の場合はいずれも、左側が主)。

そして、実際に occupational therapy を受けているうちに、 occupational therapy というのは、同じ機能回復訓練のうちでも、たとえば衣服の着脱(ボタンをかけることなどを含みます)、茶碗を落さずに持つ、箸をうまく使う、あるいはある道具を使う・・・など、「ある目的的な動作の訓練に直かに連なる physical の治療」であり、そこから「作業療法」という言い方になったのではないか、と思うようになりました。

speech therapy は、speech の語がメインになっているように、もとは「話すことができるようになるための治療」であったと思われます。
脳の受けた損傷に拠って、手足が動かせなくなるのと同様に、「話す」という動作や、ものを食べて飲み込む動作を具体的に担う口の周りの physical な部位が自在に動かなくなることが起きるのです。「ろれつがまわらない」というのが典型的な症状で、嚥下障碍もその一つのようです。
その一方で、発声・発音以前に、「言葉を失ってしまい、話せなくなる」場合があるようです。
人の「行動」「動作」はすべからく脳が司っています。
何か「行動する」「動作をする」というためには、それ以前に、ものごとを「認知」し、とるべき行動・動作を「判断」する、という「前段」が必ず存在します。
「話す」というのも、その「行動・動作」の一つ。こういったすべてを脳が差配しているわけです。
それゆえ、脳のある部分が損傷すると、ものごとを「認知し、判断する」ことができなくなり、その結果として「ものを言うこと」ができなくなったり、「正しく言えなくなる」ことも起り得るわけです。単に「ろれつがまわらない」などということよりも重篤な状況状態です。 
対象が確実に見えているにもかかわらず、その存在を「認知する」ことができず、明らかに見えているものにぶつかってしまったり、対象のある部分だけ、思い浮かべることができない、などということも生じるようです。こういう重篤な障碍は、総称して、「(脳の)高次機能障碍」と呼ぶようです。私についても、その点が心配されたようです。        
   たとえば、脳の右側の重い損傷が起きた方に、時計の文字盤を描いてもらうと、
   左半分が空白の:文字のない:文字盤の絵を描くそうです。                                                
察するところ、「言語療法:speech therapy 」は、単に「発声や嚥下にかかわる physical therapy 」だけではなく、「脳科学」との連携の下で、「脳の機能全般」の re-habilitation を目指しているのかもしれません。
それゆえ、re-habilitation で一番難しいのは(「回復」が難しいのは) speech therapy なのではないかと思います。言わば、「脳機能を再構築すること」に他ならないからです。

   註 担当されたある療法士の方から、
      physical therapy の発祥は、戦時下の傷病兵の「再生・修理工場」としてであったらしい、と聞きました。
      兵士も兵器と同じく消耗品、壊れたら修理して長く使おう、という発想があったのかもしれません。
      また occupational therapy の発祥は、いわゆる精神病院にあるとも言われているとのことでした。
      いわゆる知的障碍などで、普通の人が行なっている普通の動きを為し得ない人びとに、
      普通の動作・「作業」ができるように学習してもらう、ということなのだと思います。
      たしかに、OTとは呼ばれてはいませんが、同様のことは知的障碍者施設でも為されています。

   註 文中の「障碍」という表記について 
      現在、「障害」と表記されている語は、本来、「障碍」と表記していました。
      は、「さまたげる」という意。も同じ。
      つまり、「障碍」:「普通の状態がさまたげられている」状態のこと。
      それが、当用漢字の使用制限の結果「障害」と記すようになり、
      この「害」の字が誤解を生むようになったのです。
      台湾では、「障害者」を「残障者」と記すそうです。「体にさまたげが残っている」という意味です。


どこでも見かけるヒメジョオン(ヒメジオンと呼ぶのが普通かもしれません)の花に
ベニシジミがとまっていました。この時季シジミチョウが多い


次回は、私が「回帰」するまでの「過程」を、思い出せる限り記してみよう、と思っています。

回帰: re‐habilitation :の記・・・・療法士の方がたへの敬意と謝意を込めて-1

2013-06-22 09:16:24 | 回帰の記

梅雨のなか、ナツツバキ(沙羅の木)の花が盛りです。ハナアブがたくさん寄ってきていました。

私は、リハビリの結果、ほぼ9割がた従前の状態に戻ることができ、5月14日に退院、今は、自宅で、できるだけ以前の生活に戻るべく努めています。
比較的早く自宅に戻れたのは、ひとえに、医療スタッフ、リハビリスタッフの尽力に拠るものであることはもちろんですが、私の入院中の4ヶ月の間、家のこと一切をマネージし、支えてくれた家内の支援がなければ、私は治療・療養に専念できなかったことは言うまでもありません。どんなに感謝してもしきれない、これに応えるのに、これから私にいったい何ができるだろう、と考えつつ過ごしています。

この4ヶ月の入院暮しの間、特にリハビリの間、いろいろと省み、学び直す機会ががありました。
そこで感じたこと、思ったことを、「回帰の記」として記してみる気になりました。「回帰」という標題にしたのは、「復帰した」「回復した」というより「どこからか、戻ってきた」という思いの方が深かったからです。
   なお、文中のリハビリに関わる記述は、あくまでも、私の理解に拠るものです。

はじめに、発症・入院から退院までの経緯について簡単に触れます。
1月18日金曜日、その日は、年明け最初の山梨での現場打合せの予定があり、いつもより多少早めの7時過ぎに3頭の犬の運動のために外に出ました。数日前に降った雪がところどころに残っていて、気温も氷点下5度を割っていたかと思います。
2・30分ほど歩いて家に戻り、朝食をとりはじめたとき、異変に気付きました。
最初に家内が気付いたのですが、新聞を開いている私の左手がおかしい。ちゃんと新聞をめくれていない。私自身もいつものように新聞を捌けないので変だと気付きました。床に落ちてしまった新聞を拾うために立ち上がると、手も足も妙に重たい。喋り方もおかしかった、と家内は言っています(私は気付いていない)。
これはおかしい、病院に行こう、と思いました(脳梗塞か脳出血では?という思いが過ぎったからです)。
地域の中核・基幹病院に「救急外来」という部門があるのを知っていましたので、タクシーを呼んで行くことにしました。タクシーを待つ間、それ以上の「変化」はなく、タクシーまでも自力で歩いて乗り込みました。
   タクシーで行くことにしたのは、救急車だとどの病院に行くか分らないと聞いていたからです。

救急外来のDRの診断は脳出血。その後、このDRが私の主治医になります。
早速検査、ということになり、私はよく覚えていないのですが、それから症状が急変したようです。
10日ほど前、DRに、回復し退院できた旨、お礼の挨拶にうかがいました。
お忙しくお会いできずお礼の手紙を置いてきたのですが、夜DRからメールをいただきました。
メールには「・・・・・(ナースステーションまで)歩いていらしたとのことで、その姿を見ることができず残念であると同時に、下山さんの回復ぶりにスタッフ一同感銘を受けました。私も下山さんを最初に救急外来で診察したときのことを鮮明に覚えていて、検査をしている最中に徐々に麻痺が悪化して椅子に座ることも難しい状態となった所を直接見ているので、現在歩くことができるというだけでとてもうれしく思います。・・・」とありました。家内はそのとき、DRから、「回復しても、歩けなくなるかもしれない」との旨言われていたようです。
脳出血で倒れる、という話をよく聞きますが、おそらく私も、更に長く外に居たならば路上で、あるいは、現場に向っていたら車中で、倒れていたのかもしれません。不幸中の幸いでした。
 
CTとMRIの検査の結果、右脳の被殻(ひかく)という部位に3cm径ほどの血腫・浮腫があることが判明(脳出血の4割がこの場所で発生するそうです)。直ちにICUに入院。
尿管を付け、紙おむつをあてがい、点滴を受けていたようです(その段階で受けた介護認定では「要介護3」とされました。次回の認定では、もちろん、要介護、要支援のいずれにも該当しないはずです。)。
血腫・浮腫は、開頭手術で取除かなければならない場合もあるようですが、私の場合は手術せず、「自然治癒」に委ねることになったようです。
   「自然に・・・」というのはどういうことなのか、後にリハビリ担当のDRにきいたところ、
   脳の中にできた「タンコブ」と思えばいい、頭をぶつけてできたタンコブも、自然におさまる、
   それと同じで血流がちゃんとしていれば消えるのだ、という分ったような分らないような「説明」をいただきました。

ところで、私が緊急入院となった病院は、脳卒中の場合、「急性期病院」と呼ばれ、一定の治癒が進むと「回復期病院」への転院が求められる、という説明を入院時に受けました。
「回復期病院」というのは、いわゆる「リハビリ」を主とする病院のこと。そして、発症から6ヶ月は「急性期」「回復期」の病院に居られますが、そこで治療が終わらない場合は(6ヶ月を過ぎると)、「介護」施設に移らざるを得ないようです。
私の場合は、入院1ヵ月後の2月19日にリハビリ専門病棟のある病院に転院しました。

急性期病院での一日は、朝一番の看護師さんの次の問いかけから始まるのが恒例でした。
1)「お変わりありませんか。」
2)「お名前と生年月日を言ってください。」
3)「今日は何年何月何日で何曜日ですか。」
4)「今居るのは何処ですか(何階か、まで訊ねられることもありました)。」
5)「左足を上げて、そのままにしてみてください。」
6)「左手をまっすぐ挙げて(または、万歳して)、そのままにしてみてください。」
7)「左手を握ってみてください。次に開いてみてください。」(「グー、パーをしてみてください」の場合もありました)。
8)「指折り数えてみてください。」(「チョキを出してください、Ⅴサインをしてみてください。」という場合もありました)。
これは、その日の病状を見究めるための簡易テストと考えてよさそうです。
1)から4)までは、認知能力・記憶力・注意力・言語能力の状態:「脳の状態」:を確認するとともに、顔の表情に「ゆがみ」:麻痺が起きていないかを観察するためのようです。
5)は、足の動作の状態を知るため、6)~8)は手の状態を知るためです。
私は、最初の頃から、足は持ち上げたまましばらく保持できましたが、左手は上げた手を維持することができず、グーパーはもちろん、指折り数えることもできませんでした。握れないし、完全に開くこともできず、人差し指を折ろうとすると、中指はおろか薬指まで一緒に動いてしまう、つまり、それぞれの指を独立に動かすことができない状況でした(現在も未だ完全ではありません)。
   退院後に見たTVで、脳梗塞の早期発見のためのFAST運動というのが紹介されていました。
   朝一番に、
   F:顔の表情に歪みがないか、
   A:手の掌を上向きに腕を前方に突き出し、その姿勢を維持できるか、
   S:話がちゃんとできるか、
     を観察し、少しでも異常に気付いたら、
   T:一時を争い病院へ行くこと、という「運動」。
   早ければ梗塞を取除く薬があるので、重篤化しないで済むからです。
   急性期病院の朝の看護師の問いかけと同じ趣旨だな、と思いました。
   FASTはイギリスで始まった運動で、その結果、イギリスの脳梗塞の発症が激減したそうです。

急性期病院では、毎週CTを撮り、その結果をみて、入院2週間後ぐらいからリハビリを開始しました。リハビリ室への移動は車椅子で搬送(急性期病院に入院中は、移動は完全に車椅子。ただ、左手が利かないので、自分で操作すると左へ左へと回ってしまうため、自走はできませんでした)。
血腫・浮腫がほぼ消えたため、先に触れたように、2月19日に、本格的にリハビリを行なうため、リハビリ専門病棟を備える病院に転院しました。
急性期病院では、一日60分のリハビリでしたが、回復期病院では、午前、午後合わせて120分以上がリハビリの時間でした。


キンシバイも今が盛りです。雨の中、結構華やかです。

専門病棟でのリハビリは、毎日が「目からうろこが落ちる発見」の連続であった、と言っても過言ではありませんでした。
人間の「動作」というのが、きわめて精緻かつ巧妙な「機構・構造」:「脳~神経~筋肉・腱~関節の連携」で成り立っていることを、毎日のように気付かされたからです
同時に、今まで、そのことについてまったく意識し、考えることなく安穏と暮してきた、ということにも気付かされました

足のリハビリでは、「歩くということがどういうことか」を根本から教わりました。
「歩く」というのは、単に左右の足を交互に前へ出すことではなく、出した足へ体重をスムーズに移動させることだ、スムーズとは、体重をスムーズに地面・床面に伝えることだ、そして、スムーズか否かの「判断」「判定」は自らの感覚に拠るのだ、ということをあらためて気付かされました。
力が地面・床面にスムーズに伝わらない、ということは、力学的な言い方をすれば、力のベクトルが、足の軸方向ではなく横方向にも働いてしまう、横方向への分力が生じてしまう、ということです。そうなるとどうなるか。自分の体重によってコケる、つまり、転倒することになるわけです。たとえば、膝がガクッと折れ、膝から崩れるのです。
健常な人ならば、膝のまわりの筋力で「崩れ」をある程度防止できます。しかし、高齢で筋力が衰えていたり、脳出血などで神経~筋の動きが麻痺していると、そうはゆかないのです。
多くの場合、そういう人は、「摺り足」に近い歩き方をしようとします。「摺り足」は、体重の移動が容易だからではないかと思います(足を上げると、ふらつくので、なるべく重心を低めようとするのだ、と考えると分りやすいかもしれません)。私もそうなっていました。今でも疲れてくるとそうなりがちです。
そして、これが高齢者や麻痺の生じた人が「躓きやすくなる」因ではないか、というのが、療法士さんから学んだ「歩行の理屈・原理」から想定して得た私の「結論」です。

バリアフリーという言葉があります。ごく普通には「段差解消」とほぼ同義語と言ってよいかもしれません。「段差をなくせば躓くことがなくなる」、と思われています。
しかし、段差をなくすために推奨されるスロープ・斜路でも、躓くのです。とりわけ、短いスロープで起きがちです。これは、私も実際に体験しました。結構怖い思いをするものです。療法士さんも、意外と転倒する方が多い、と語っておられました。
スロープも段差なのです。特に、短いスロープでは、スロープだ、という認識が遅れ、直前までの平坦路と同じ感覚で(平坦地での摺り足の要領で)歩いてしまい斜面につま先を擦ってしまうのです。    
こういう躓きやすい短いスロープでも、その脇に、手摺でなくても傍に何か、柱1本でも立っていれば、歩く側は安心です。
私がそういうスロープで躓きふらついたとき、思わず脇の植え込みの樹木の葉先を頼りにして体を支えました。枝が少し折れてしまいましたが・・・。
こうした療法士さんから授かった「歩行についての学習」に拠り、以前から何となく感じていた建築やデザインの世界で言われる「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」「人間工学や感性工学によるデザイン」等々の「概念」の「うさんくささ」が何であったのか、「分った」気がしました
それは、いずれも、「人の『動作』の実像・リアリティに拠っていない」から「うさんくさい」のです。 
偉そうなことは言えません。
私も身障者トイレを設計することがありますが、多くの場合、機器メーカーの推奨レイアウトを援用して済ませてきたように思います。そのとき、手摺をどういうように使うか、などとは考えず、「あれば、ないよりもよい」程度の認識で済ませていたように思います。
しかし、実際に身障者トイレを利用するようになって、私はいかに人間の「動き」について(人の「動き」が、精緻かつ巧妙な「機構・構造」:「脳~神経~筋肉・腱~関節の連携」で成り立っているということについて)学習不足であったか、学習しようとする意識に欠けていたかを痛感し、恥かしくなりました
そして、この大事なことを教えてくださった療法士さんたちに畏敬の念を抱いたのでした
なぜなら、彼らは20代~30代です。その年代の頃に、私はそこまでの認識をもち得ていなかった、と思ったからです。 
実際に車椅子でトイレに入り、立ち上がる。立ち上がるときは、たいてい車椅子の手摺に手をつきます。立ち上がった後、衣服を脱ぐためふらつく体を支えようとして思わず手が出ます。そのとき、用意されている手摺を摑むとは限らないのです。相手は壁でもよい。手摺を握るという動作ができない人もいます。手摺の位置が、その人には不都合な場合もあります。垂直のバーは摑めても、水平のバーはだめ、という人もいるのです。実に多様です。用意されている手摺の「適宜な場所」を掴んでいる(「触れている」という方があたっているかもしれません)、というのが実際のようです。
また、人には、その人の「利き勝手」があります。それゆえ、利き勝手の都合で、反対側に壁や手摺があればよいのに、と思う人もいます。このことを考慮したのだと思いますが、私のいた専門病棟には、勝手の異なるトイレが廊下を挟んで向かい合わせに(あたかも鏡像のように)用意されていました。これは正解だ、と思いました(もっとも、「利き勝手」が麻痺の方もおられます。そういう方が一番苦労しているようです)。
ユニバーサルデザインなんて、口で言うほど簡単ではありません
 
階段の歩行練習でも、これまで気付いてこなかったことを気付かされました。
階段については、建築法規に「基準」が示されていて、一般には「踏面(ふみづら:足の裏あるいは履物の載る面)」の奥行が26cm以上、蹴上げ(けあげ:立ち上がりの部分=段差)」の高さが18cm以下であればよいとされています。私のいた病棟の階段は、おそらく、この基準ぎりぎりの寸法ではなかったかと思います。普段、患者はエレベーターを使い、階段は使いませんから特に問題はありません。
しかし、この階段での昇降訓練では、私はよく躓きかけました。登るときにはつま先が前方の「蹴上げ」を、降りるときには踵が後方の「蹴上げ」を擦るのです。そのたびに体には反力がかかるわけですから一瞬コケそうになります。
なぜつま先、踵を擦るのか?療法士さんから教えていただいた「歩行」についてのいろいろな「示唆」を総合してたどりついた結論は以下の通りです。
人は誰でも階段を踏みはずさないように歩を進めます。具体的には、足の裏あるいは履物が「踏面」にまともに載るように心します。これは、エスカレーターに最初の一歩を載せるときに気にすることと同じだと思います。  
階段を目の前にして、足が自在でない人は、段を踏み外さないように特に気を遣います。それゆえ、足:履物が「踏面」にちゃんと全部載るように、登るときはなるべく奥の方に、降りるときはなるべく手前側に、足を置こうという気持ちが自然に働きます。その結果、登るときにはつま先を、降りるときには踵を「蹴上げ」部分に擦ってしまうのです。
概して、かかとを擦ること、つまり降りるときによく起きるようです。降りる方が「怖い」からだと思います。
「踏面」の奥行が履物の長さより大きい場合には、あまり気を遣わないで済みます。
   自宅の外階段に、「蹴上げ」は15cm、「踏面」が30cmと26cmの階段があります。
   段数は両方とも同じ。
   25cmの方でよく踵を擦ります。その階段の方が怖く感じられるからのようです。
   「踏面」の奥行が履物の長さより多少でも長めだと、怖さが生じないのです。 
   多分これは、健常な人がコケないだけですべての人が経験していることです。
つまり、「法規の階段の基準を充たす」=「階段の設計OK」と考えてはならない、ということです。 
階段の設計の要点は、階段を目の前にして、「ここなら登れる」、あるいは「降りられる」、という気持ちを「持ってもらえるようにすること」なのではないでしょうか。この判断も、「感覚」が拠りどころとなります。多くの設計では、このことが見過されているのです。
   たとえば、踊り場の位置。
   登るとき、次の踊り場の床面が見える場合(目線より下に床面がある)は、
   安心して、楽に登れます。
   そういう階段では、降りるときも、怖さを感じません。
   目的地は直ぐそこだ、あそこまで行けばいいのだ、と思えるからだと思います。
   私はこれまで、階段の設計では、できるだけそうなるようにしてきました。
   このコツを最初に教えてくれたのは、アルバー・アアルトの設計事例でした。
   アアルトは、
   人は環境を全感覚で受容し、人体の精緻・巧妙な機構を駆使し動作にうつす、
   このことを正確に認識していたのだと思います。
   だからこそ彼は、いろいろな機器、建具の取っ手、食器、家具、照明など、
   人が使うもの一切を「デザイン」できたのだ、と今になって気付きました。
   知らない方が多いかもしれませんが、アアルトの初期の設計のパイミオのサナトリウム(1933年)は、その好例で、
   細部まで目の行き届いた「凄い」設計です。いずれ紹介させていただきます。
   1933年は、私の生まれる4年も前。これを観ると、最近の建物は一体何だ、と思われる方が多いはずです。
      

ムクゲも咲きだしました。もうすぐ7月。これから夏中咲き続けます。

一日合計120分のリハビリは、時には疲れます。痛みをともなうこともあります。だから、入院されている方の中には、リハビリを嫌がる方もおられました。療法士の方が病棟までわざわざ迎えに来られるのですが、タヌキ寝入りをして起きない方も・・・。
たしかに、疲れるときもあり、痛みをともなうこともありますが、私には、中身の濃い貴重な「特別講義と実習」の時間に思えました。
そして、時間を重ねるごとに、リハビリの中身はもちろん、リハビリに携わる療法士さんたちの仕事、専門性について、世の中では正当に理解されていないのではないか、と思うようになりました
退院後、自宅でなるべく歩行の時間をとり、左手を使う作業をしている旨の私の近況を聞いたある知人が、次のような《アドバイス》をFAXで送ってきました。そこに、「グーパーをして指をそらす。まわりの景色を楽しみながら、楽しく足をあげて歩く。・・・とよい。」などと書かれていました。要は、健康な人が健康を維持するための運動の「処方」です。おそらく、リハビリは、これと同種のことと思われている、これが世の中のリハビリについての「常識」なのではないか、と思いました。
《やむを得ず》、私は「グーパーができない、うまく歩けない・・・ので、かつてはあたりまえにできたいろいろな『動作』、その『コツ』を、リハビリで、療法士さんの示唆の下で、一から学習し直すことに励んできました。」という「返事」を書きました。そういう状況というのはまったく想像することができない、とのことでした。
それで普通なのです。しかし、それでいいのだろうか?
私が今回この一文を書く気になったのは、リハビリとは何なのか、療法士の方々の仕事・専門とは何か、少なくともこのブログを読んでくださっている方々だけにでも、本当のところを知っていただきたい、そして、なるべく広く知ってもらうように努めることが、リハビリに拠って回帰できた私の「義務」ではないか、と思ったからなのです。
皆が知れば、高齢者、障碍者への「理解」も、少しは変るのではないだろうか。

次回では、リハビリとは何か、今回の体験で私なりに得た「理解」を書くことにします。

   退院後、たてつづけに脳卒中に関するTVを見ました。
   その一つ、NHKスペシャル「病の起源」によると、
   脳卒中は、人という生きものの宿命的な病、なのだそうです。
   限られた容積しかない人の頭の中には総延長600kmもの血管がつまっている。
   ゆえに血管は細く、管の壁はきわめて薄い。簡単に破れてあたりまえ。
   現に、日本では、2分に1人の割合で発症しているそうです。
   誰もが脳卒中予備軍だということです。
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続・「分ること」と「感じること」

2013-06-12 10:40:51 | 「学」「科学」「研究」のありかた
原発再稼動推進の動きが目に付きます。
ある県の知事は、県内の原発敷地内の断層が活断層であるという調査報告に対して、別の専門家に調査させろ、と語ったそうです。電力会社幹部も同様の「反応」を示したらしい。
簡単に言えば、「再稼動に支障のない調査報告書がほしい」、ということです。
これは、「これまでの調査、調査報告書なるものが、いかなるものであったか」を、端無くも語ってくれています。つまり、「科学的」を装った単なる「ためにする作文」だった、ということです。
しかし、原発立地で降り注ぐ「金」の「魅力」は「地域振興」を望む地域では、未だに大きいものであるようです。この点について11日の毎日新聞「記者の目」(下記)は、青森県東通村(ひがしどおり・むら)の現状について述べています(読み難いときは右記web版をどうぞ「記者の目:青森・東通村『核のゴミ』誘致問題」。


   東通村は下北半島の付け根にあります。だいぶ前に、一帯を歩いたことがあります。
   ちょうど「やませ」で、深い霧の中に家々が浮かんでいたことを覚えています。
   安定して農業を営むには厳しい風土に感じられました。しかし、そこでも人は暮すのです。
   かつて「経済」とは、そういうところでの暮し向きについて考えることだったと言います。
    ⇒「『地方巧者』:経済の原義」を参照下さい。
   註 economy の原義については、下記の後註で触れています。
      「この国を-40」 
おそらく、福島原発事故で村や町を離れざるを得ず、しかも、いつになったら帰れるのか、それさえも分らない多くの人びとが現実に「居る」ということ、多くの森林や農地が死の大地になっているということ、しかも、同じような事態がこれから起きないという保証はないということ、この事実を「感じる『力』」を、「降り注いでくる『金』の『力』」は、人びとから奪い去ってしまうのです。「感じる力」が喪失し、紙の上の数字に一喜一憂するだけになるのです。立派な建物が建ち並び、帳簿上の数字が大きければ「経済的に豊かだ」と思うのでしょう。
しかし、それは財政難の地域に於いて著しいのではなく、中央政府の《経済観》自体が同じ構図のようです。その一つの例が、エネルギー事情の厳しい国々への原発(技術)の輸出で「経済再生」といういかんとも許しがたい「計画」。そこで生じる廃棄物:核のゴミ:はどう処理するつもりなのでしょうか。
日本の原発技術は、福島の事故の経験を活かしているから安全だ、というのが売り込み文句
らしい。こういう「発想」のできる方々は、生まれ育った村や町を離れざるを得ず、しかも、いつになったら帰れるのか、それさえも分らない多くの人びとが現実に「居る」ということ、この厳然たる事実を、そして人びとの心情を「感じる」ことができない人たちだ、簡単に言えば無神経な人たちだ、と断言してよいでしょう。彼らに感じられるのは、唯一、懐に入ってくる札束の感触だけなのに違いない。
「こういうことを『感じることができなくなった世』の先行き」についての論考が10日の毎日新聞の夕刊に載っていましたので転載します(字が読みづらいときはweb版でお読み下さいパラダイムシフト・2100年への思考実験:「残り続ける『核の墓場』」)。


世界中から核のゴミを集め、その預かり料を糧にそのゴミの墓守をして暮す、そうなるようにすることが「『経世済民』策」だ、とでも言うのでしょうか。

「分ること」と「感じること」

2013-06-01 11:57:54 | 「学」「科学」「研究」のありかた
[補注追加 6月2日10.00am]

福島県の一番南に位置するのが「いわき市」です。直ぐ隣りは茨城県・北茨城市。
「いわき」には、原発事故により、原発周辺の町・村から、多くの方が避難されています。
今、その方がたと「いわき」市民の方がたとの間で、軋轢(あつれき)が生じている、という報道がありました。ときには、「出てゆけ」などの差別的内容の落書き:いわゆる hate speech も見られるそうです。「いわき」の知人からも、そういう話を聞いたことがあります。
以下は、その実情を見てきた記者が書いた5月30日付「毎日新聞」朝刊の「記者の目」の全文です(web版でも読めます)。

記者は、この事態を解消する糸口は、お互いの状況を直視することではないか、と記しています。

しかし「お互いの状況」は、すでに以前から報道などで報じられているはず、つまり「知られている」はずです。
なぜ、何ををあらためて直視しなければならないのだろうか。

その理由は、文中のいくつかのエピソードに見つけることができると思います。

いわき市に避難した富岡町民が、最初はいわきの知人に厚遇されたが、賠償金の差などから気まずくなった。一時帰宅の際、その知人もカメラをもって同行したが、知人は撮影することはなかった。そして、それ以来、わだかまりが薄れたという。
惨状を自分の感覚で実際に感じ知った「知人」は、傍観者・観察者としてカメラを向けることをためらったのです。その状況を平然として撮るなどということはとてもできない、そう「感じた」のでしょう。
そして、記者が4人のいわき市民と同行して富岡町をた訪れたとき、帰りの車内では無言が続いたというもう一つのエピソード。
これも、「実情」を自分の感覚で感じ知ったとき、伝え聞いていたこととは別のことが「分り」、何も言えないほどの衝撃を受けたからだと思われます。
つまり、「身を持って感じて分ったこと」は、報道などを通じて、「単なるデータとして分ったこと」とは、まったく異なる、ということなのです。
これは、「異常なことへの感覚が鈍麻して・・・きてしまったのではないか」という弁護士の方の発言に連なります。
要は「感覚」の鈍麻、「感じること」がなくなっていたことが問題だったのです。

先回「歴史のなかの大地動乱」の紹介の際、その著者の次のような言を転載しました(再掲)。
  「・・・・最近、危惧をもっているのは、ほとんどの人が「安全神話」という言葉を、
  原発について何の疑問もなく使っていることである。 
  実態は《安全宣伝》としかいいようのないものに神話という用語を使うのは、人文学者としては大きな抵抗がある。
  ・・・・
  大学が、社会的な要請を正面から受け止めて、本格的な文理融合に進むためには、
  ここらへんの感じ方から議論しなければならないのではないだろうか。

おそらく、理系を任じる方がた、とりわけ工学系の方がたの多くは、「感じ方」などという《情緒的》なこと、《非科学的》なことにかかわるのは御免だ、と言うに違いありません。
けれども、私は、この「感じ方から議論しなければならない」という考え方に全面的に賛意を表します。
なぜなら、およそ概念なるものは、すべからく、人が自らの感覚を通じて生みだしたものだからです。いわゆる「(自然)言語」は、まさにそれです
そこで、すでに何度も紹介してきた物理学者の言を再び紹介します。
   ・・・・
   現代物理学の発展と分析の結果得られた重要な特徴の一つは、
   自然言語の概念は、漠然と定義されているが、
   ・・・・理想化された科学言語の明確な言葉よりも、・・・・安定しているという経験である

   ・・・・既知のものから未知のものへ進むとき、・・・・我々は理解したいと望む・・が、しかし同時に
   「理解」という語の新たな意味を学ばねばならない。
   いかなる理解も結局は自然言語に基づかなければならない・・・・。
   というのは、そこにおいてのみリアリティに触れていることは確実だからで、
   だからこの自然言語とその本質的概念に関するどんな懐疑論にも、我々は懐疑的でなければならない。
  
   ・・・・                   ハイゼンベルク「現代物理学の思想」富山小太郎訳(みすず書房)より

   補註 解説文言を追加します[6月2日10.00am]
      理系を任じる方がた、とりわけ工学系の方がたの多くは、
      「感じ方」などという《情緒的》なこと、《非科学的》なことにかかわるのは御免だ、と言うに違いない、
      と書きました。
      なぜ、そう言うのでしょうか?
      それは、「感じ方」は人によって異なる、感じ方は〈十人十色〉で一定ではない、
      「そんな〈あやふや〉なものは相手にすることはできない」、と思う
からです。
      しかし、それは大きな勘違いだ、と私は思っています。
      簡単に言えば、ある事象や状況に当面したとき、人は皆、感覚で同じことを受容している。
      ただ、「受容した内容」に対する「反応」(「解釈」または今様の語で「評価」と言ってもいい)は、
      人によって異なる、これが十人十色ということのはずなのです

      上掲の記事のなかに出てくる方がたの現地を見た後の「様子の変化」は、
      それぞれの方の『「感じたこと」への「反応」』の表れなのです。
      人が感覚で受容すること自体がまったく異なるとしたならば、この世に「言語」は存在し得ません。
      このあたりについては、「『冬』とは何か」でも書きました。お読みいただければ幸いです。

実は、「『感じること』、『感覚』が一番重要なのだ」、という言を、最近、「意外」なところでも耳にしました(もっとも、意外などというと、怒られるかもしれません。何も分っていないんだから・・・!と)。
それは、リハビリテーションの治療を受けているとき、療法士の方に言われたのです。
私の左手は、握力が回復できていません。指先も不器用のまま。
この状況を療法士の方に話したところ、ソフトボールのボールを持ってきて、それを左手でつかんでごらん、と言う。
そこでボールを5本の指でつかみ持ち上げようとする、しかし、ボールは指から滑り落ちる。今の私の手指では、指先の力加減をうまく調整できないからです。
彼女は、ボールを机の上に置き、手のひらと5本の指でボールを「くるんで」みなさいと言う。そして手を机の上を左右に動かすと、ボールはくるんだ手の中でスムーズに動く筈だ、そのとき、ボールはいわば手に馴染んでいて、手の中でスムーズに回転しているはずだから、「そのボールの動いている様子を手のひらと指先の『感覚』で覚えこみなさい」と言う。
次に、ボールがスムーズに動かないように圧力を加えて、そうしながら肘を上げてみなさい、との指示。どうなるか?ボールが糊でつけたかのように、吸付いたように、くるんだ手・指とともに上がってきた・・・。
彼女いわく、これが、ボールをつかむ、ボールを持ち上げるということだ、この「感覚」を、よく覚えておいてください。ボールをつかむには、ただ指に力を入れてもだめなのだ・・・ということを分りなさい!   

別の療法士との会話のなかでも、同じようなことがありました。

自転車に乗れるようになった、そのときのことを思い出してみてください。
何度もコケているうちに、突然、バランスよく乗れる瞬間が来る。
そして、「その瞬間の状況の『感覚』が身につく」と、後は自由自在になる。
その「感覚」の「発見」が「要点」なのだ、ということを分ってください、
とその方は言われました。

つまり、いわゆる「機能回復」が進展するかどうかは、
自らの「感覚」による会得次第だ、ということです。
最新のリハビリテ-ションは、
「人の存在はすべて『感覚』が基本である」という「認識」の上で成立っているらしい、
これは凄い、と私はそのとき思いました。
そしてこういう「認識」を身につけておられる療法士さんたちも、凄いと思いました。
なぜなら、皆さん20代~30代の方がた。
他の分野での20~30代の方がたには、多分、こういう「認識」はなく、もちろん、「感覚」などという概念は無視されるのがあたりまえ・・・。
   こういう認識を身につけた療法士さんたちは、
   単なるトレーナーではないのです。
   そのことが知られていないのは残念だ、と私は思いました。
   
今は、データで語ることが最も「科学的な分り方」であるというように思われています。しかし、「分る」ということは、本当は、「感覚で分る」「感じて分る」ことなのです。
それゆえ、私たちに必要なのは、ある事象がデータで伝えられたとき、それを、「感覚で感じて分るように変換すること」ではないか、と思います。
「想像力」というのは、おそらく、この「能力」のことなのです。
この点について、これも何度も紹介してきた文言を再掲します。   
      ・・・・
      私が山と言うとき、私の言葉は、
      茨で身を切り裂き、断崖を転落し、岩にとりついて汗にぬれ、その花を摘み、
      そしてついに、絶頂の吹きさらしで息をついたおまえに対してのみ、
      山を言葉で示し得るのだ。
      言葉で示すことは把握することではない
      ・・・・      
      ・・・・
      言葉で指し示すことを教えるよりも、
      把握することを教える方が、はるかに重要なのだ。
      ものをつかみとらえる操作のしかたを教える方が重要なのだ。
      おまえが私に示す人間が、なにを知っていようが、
      それが私にとってなんの意味があろう?それなら辞書と同様である

       ・・・・         サン・テグジュペリ「城砦」(みすず書房)より