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Wealden construction
Development of the Wealden
註
Wealden は
weald 地方 :ケントの南部域:の意と解します。森林地帯のようです。
本シリーズ-3を参照ください。
14世紀には、後の
Wealden 形式の発明を導くことになる数多くの技法的進展が見られる。
その第一は、それまでの
aisled construction の束縛から逃れ、(
梁を承ける
桁の載る)
hall の壁を高くする試みが始まった。この実例は、
hall 部分だけが遺っている14世紀後期の事例に多く見ることができる。
たとえば、1401年建設の
EAST SUTTON の
WALNUT TREE COTTAGE や、
SITTINGBOURNE 近くの
NEWINGTON の
CHURCH FARMHOUSE などでは、
quasi-aisled construction がまだ用いられているが(
fig72 下に再掲参照)、他の事例では、1364年建設の
SUTTON VALENCE の
HENIKERS (下図
fig80a )や、
ALDIGTON の
PARSONAGE FARMHOUSE のように、
aisle :側廊・下屋が全く存在しない。
第二の進展は、二階建ての居室部の必要性が増えたことである。
hall の低い
端部や天井の低い倉庫上の居室に代って、
hall の
端部は特別の役割を担うようになり、それは、その部分を総二階建に変える契機となるのである。
この願望を実現する一つの方策が、
主屋に直交する棟:cross wing を建てることであり、その一例の1380年建設の
TEYNHAM の
LOWER NEWLANDS (下図
fig52 )に、その様態を正確に見ることができる。
このような進展は、ケント地域だけでなく全地域に影響を与えている。ただ、これには第三の、ケント的な方策を考える必要がある。このケント的な方策の存在こそ、
The Wealden 形式の進化にとって決定的であった。
それは、建物を寄棟の一つ屋根の下に納めるケント地方特有の技法である。しかしこれは決して新しい発明ではない。最古の事例は1300年頃から見られ、最も有名なのが1309年建設の
NURSTEAD COURT である。
註
NURSTEAD COURTについては、はこの紹介シリーズの第14回に説明があります。また、図、写真を下に縮小して再掲します。
これらの事例は、13世紀後期~14世紀初頭にかけて、
COPTON MANOR や
MERSHAM MANOR のように石造家屋に多く在り、おそらく木造家屋でも至る所で見られた思われる。
またこれらは、
AYLESHAM の
RATLING COURT や
SITTINGBOURNE の
CHILTON MANOR のような大家屋の端部の階上のない部分に多く見られるが、おそらく、
PETHAM の
DORMER COTTAGE のような小さな家屋でも在ったのだろうが、遺っている事例は少ない。
寄棟屋根:
hipped roof を用いたいという人びとの希望は、ケント地域西端部以外では極めて強く、建物・棟が交叉するような場合(
cross wing )にも使われている。その事例が
TEYNHAM の
LOWER NEWLANDS や の
PETHAM の
OLD HALL (
fig51 下に再掲)である。ただ、それらを
THAMES (テームズ川)北部域に見られる
cross wing :切妻屋根が多い:と同一と見なしてはならない。
先の2事例では、
hall の壁が低いゆえに、直ぐに分る。しかし
aisle をなくし、
hall の壁が高くなると、
hall の明り取りの窓も高くすることができ、また、寄棟の屋根の下に一体になった
hall と
wing :付属棟は、見分けがつかなくなる。
これらの事例を見れば、建屋全体を一つ屋根の下にまとめる策が何故生まれた理由がはっきりと見えてくる。
すなわち、それぞれの建屋に寄棟の屋根を架けるよりも、全体を一つ屋根の下に収める方が、工事が容易で工費も低廉だからなのである。る。
これらの事例の示すところが正しいとするならば、
Wealden 形式のつくりは独自に発展した、と考えてもよさそうである。この仮説は、
fig65 (下に再掲)の示すように、14世紀後期において、ケント地域では
Wealden 形式のつくりが、群を抜いて多いことで分る。また、木造家屋では以前から一つ屋根に収めるという傾向が在ったことは、初期の事例に見られる断片的な痕跡の示すところでもある。
実際、
hall から
wing :付属棟への接続部や、
hall から
Wealden への接続部の架構、あるいは階上の
jetty :跳ね出し部の架構には、ほとんど同じ技法が用いられている。更に、次章(第8章)で触れるが、
Wealden形式のつくりの階上の居室の間取りは、ほとんど(主屋+付属棟形式の)
wing :付属棟の間取りと同様がである。このような、ある形式から別の形式への変遷は左程驚くべきことではない。この変遷は、基本的に、架構上の問題を解決することに発しているのであり、その第一の課題は、
梁を、独立の柱だけで(下屋:側廊の柱なしで) 如何にして承けるか、という点にあった。
註
下屋:側廊があれば、梁を承ける
上屋:身廊柱は、
下屋:側廊の柱で支えられている。
Wealden 形式のつくりが、何時、何処で始まったのかについては、議論の余地がある。
Wealden 形式のつくりは、ほぼ完成した形で現れたが、ただ、1370年頃より前には存在しないようだ。
最古の遺構は、1379~80年建設の の
CHART SUTTON の
CHART HALL FARMHOUSE である。下の
fig66 、
fig79 が、その全景と断面図。
この建物は、
fig 68a(下に再掲) および
fig 80a(前掲) の
SUTTON VALENCE の
HENIKERS 、
fig68c(下に再掲) 、
fig72b(前掲) の
EAST SUTTON の
WALNUT TREE COTTAGE から僅か数マイルのところにあり、そこでは、同じ時期に
aisle :下屋・側廊 なしで
hall の梁間を拡げる異なる方策が採られている。
おそらく、
Wealden 形式 は、ケント地域のこの辺りで創案されたものと思われる。しかし、14世紀後期から15世紀初めの10年頃の建設と見なされる事例は、この地域全体から
東部 SUSSEX まで、広く分布していることにも留意しなければならない。
この節 了
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筆者の読後の感想 14.50追記
ずっと気になっているのが、屋根。「軒の出」がない、あっても短いこと。
気候が関係しているのはもちろんですが、
軒を出す習慣がない、少ない、ということが、「跳ね出し(持ち出し)の技法」にも影響しているのではなかろうか、と思うのです。
jetty と呼ばれる部分、ほとんど「 brace :方杖」が設けられています。
それは、材料の故なのでしょうか? それとも石造がモデルだからなのでしょうか?