「日本家屋構造・中巻:製図篇」の紹介-17 : 附録(その2)

2014-03-29 15:21:38 | 「日本家屋構造」の紹介


今回も、原文を転載し、全文を現代語風に書下ろし、随時註を付すことにします。

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[註記追加 30日 9.15][後記追加4月1日 9.20 、後記に文言追加 2日 11.10]

今回は、附録から、「二十七 漆喰調合及左官手間」の項を紹介します。

はじめに、「材料の調合」について、原文と現代語による読み下しと註記。

  二十七 漆喰調合及び左官手間
  材 料
  普通漆喰用に必要な材料は、粉石灰(こ いし ばい)、蠣灰(かき ばい)、角又(つの また)、海苔(のり)、および(すさ or つた)などである。
    註 粉石灰蠣灰は、いずれも組成・成分は消石灰(しょう せっかい): Ca(OH)₃、水酸化カルシウム。原料の違いに拠り呼称が異なる。
       石灰石あるいは貝殻:いずれも主成分は CaCO₃を焼成すると→生石灰(せい せっかい or き せっかい) CaO:酸化カルシウム+Co₂になる。
       この生石灰 CaOに水を加えると CaO+H₂O→消石灰(しょう せっかい) Ca(OH)₃になる。
       石灰岩を原料とする消石灰粉石灰(こ いし ばい)又は単に石灰(いし ばい)、貝殻を原料とする場合が貝灰(かい ばい)
         粉石灰は「ふけ ばい」とも呼ばれる。「生石灰(き いしばい)が、空中より水気を取りて水化したる石灰。(「日本建築辞彙」)水化水酸化
       日本の場合、石灰(いし ばい)は近世後期以降、それ以前は貝灰が主であったようです。
       漆喰は、石灰(せっかい)の中国語読みへの当て字という。
       漆喰は、塗られた後、空気中の炭酸ガスと化合し、徐々に CaCO₃に戻ってゆく。ゆえに、気硬性と呼ばれる。
       表面がさわれる程度に硬化するまでに時間がかかり、一定程度硬化した後も、空気中の水分を吸収、完全に硬化することはない(調湿性)。

       角又:長さ15㎝ほどの紅藻類の海藻。煮ると糊状になるので、漉して接着材・糊として使う。
       海苔布海苔(フノリ)の類のことと解す。フノリも紅藻類の海藻で特にフクロフノリの煮汁は糊として使う。他にぎんなんそう など)も糊に使う。
      :塗壁の亀裂防止のために混入する繊維質の材の総称。(「日本建築辞彙」)
        浜苆:網曳または船などの古綱を切解きてつくりたる苆をいう。(「日本建築辞彙」)
           本浜苆:下総九十九里浜、地引網の古きものを切解きて製したるものなり。(「日本建築辞彙」)
           並浜苆:和船の古綱にて製する苆なり。大阪、兵庫などより算出す。(「日本建築辞彙」)
           油苆:菜種油を搾るとき使用する袋(註:麻袋か)の廃物利用なり。(「日本建築辞彙」)
             (以上は特記以外、「建築材料ハンドブック」「建築材料用教材」「内外装材チェックリスト」「「広辞苑」などに拠る)


  調 合
  以下の調合の項の単位表記について
   尺貫法単位表記→メートル法表記の換算は、以下に拠ります。
    容積 1斗=18㍑
    重量 1貫(かん)=3.75㎏=3,750g 1匁(もんめ)=1/1000貫=3.75g
       註 550目=550匁

   ア)下塗り  
       粉石灰 4斗:72㍑ 蠣灰 6斗:108㍑ 角又 1貫650匁:6.1875㎏ 干切(ひぎり)並浜苆 1貫450匁:5.4375㎏
   イ)斑直し及び小斑直し  「村直し」は「斑(むら)直し」の意と解します。
         註 「日本建築辞彙」にも「村直し」の表記で解説が載っています!
       蠣灰 5斗:90㍑ 消石灰 5斗:90㍑ 川砂 5斗5合:99㍑ 角又 1貫550目:5.8125㎏ 干切浜苆 1貫450目:5.4375㎏
   ウ)中塗り
       上蠣灰 7斗:126㍑ 上消石灰 3斗:64㍑ 上角又 1貫600目:6㎏ 干切浜苆 1貫400目:5.25㎏
   エ)上塗り
       上蠣灰 8斗4升:151.2㍑ 上消石灰 1斗6升:28.8㍑ 上々角又 1貫300目:4.875㎏  干切浜苆上 1貫100目:4.125㎏
   オ)上塗り 野呂掛け(のろ がけ) 上磨き
       上々蠣灰トビ粉 9斗:162㍑ 極上消石灰トビ粉 1斗:18㍑ 美濃紙苆 350目:1.3125㎏
    
    中塗り上塗りになるほど蠣灰の比率が高くなっていることから、蠣灰の方が石灰よりも品質がよかったのではないか、と推察されます。
    この違いは、原料の違いに拠るものと思われます。貝殻の方が石灰岩よりも、石灰分の純度が高いのではないでしょうか。
    たしかに、蠣灰を使っていると考えられる古い建物の漆喰は白さが際立っているように思います。
    私は蠣灰を使った漆喰の経験がありません。どなたかご存知の方、ご教示ください。
    トビ粉(とび こ):「より微粒である」という意か? この点についても、ご存知の方、ご教示ください。
    野呂掛け:石灰を水で溶いたものを塗ること。セメントを水で溶いたものもノロと呼んでいます。
    美濃紙苆として美濃国(岐阜県)産の楮(こうぞ)を原料とした和紙:美濃紙を解いて用いる。
      :桑科の落葉低木。樹皮を和紙の原料に使う。「こうぞ」は「紙麻(かみそ)」の音便から。(「広辞苑」ほか)

  普通の住宅で上塗り茶大津(ちゃ おおつ)仕上げの壁にする場合の所要材料量は、壁1坪あたり、おおよそ以下の通りである。
    註
    大津壁もっとも低廉な壁の上塗仕様。一般に蠣灰を使用し、土、苆を混ぜ、糊は用いない。
    混入する土の色により、泥(土呂)大津、黄大津、茶大津、本茶大津、鼠大津等があり、石灰や蠣灰が多い方が上等である。
    混入する土には「へな土」と呼ばれる粘土と海土(川土)があり、海土は「ネバ」とも呼ばれていた。
    「へな土」にはその色味により、赤へな土や黄へな土がある。「へな土」1俵は1貫500匁。(「日本建築辞彙新訂版、後註」より転載)
  小 舞:間渡し竹 平均14本 割竹 70本 細縄 100尺
  荒壁土:川粘土の場合 1荷半 荒木田土(あらきだ つち)の場合 2荷
       ただし壁厚を厚くする地域では3荷を要す。
       川粘土:普通の粘土のことを指すか?
       荒木田土:荒川沿岸の荒木田原に産する粘土、粘着力が強い。転じて、粘着力の強い土の一般的呼称。
  中塗土:川粘土 半荷 川砂 1荷 藁苆 半俵
       中塗土は、これらを混和した後、夏季は1週間、冬季は3週間ほど積み置き、その間に二・三度鍬を入れて切り返し菰をかけておき、
       土色が青味を帯びた頃使用するのがよい。
       註
       土の単位の「」には、嵩:容積、重さの両義があるようですが、この場合は土ですから重量の意と思われます。
       ∴1荷(か):天秤棒の両端にかけて一人の肩に担える分量。重量では50~60㎏程度か?
         この点についてご存知の方、詳しい方、ご教示ください。

  上塗土:蠣灰 2俵 赤粘土 半俵(ただし1貫7・800匁≒6.5㎏前後)麻苆 20匁=75g 
       
       物品を(たわら:藁や葦で編んだ円筒様の容器)につめて運んでいた時代、は一人で運べる大きさにつくられ、
       その俵の数で、物品の量を数えていました。したがって、1俵あたりの重量:重さは、俵に詰める物品によって異なります
       つまり、「俵」は、「荷」と同じく、もともとは、運べる嵩:容積、重量両様に適宜に解され用いられていた単位です。
       明治期になり、混乱を防ぐために、1俵:米俵1俵=容積4斗(72㍑、重量16貫=60㎏、とされたといいます。
       しかし、この文中の「赤粘土 半俵ただし1貫7・800匁」は、この「規定」とは異なります。ゆえに、土をどのような測り方で計っていたか分らなくなります。
         なお、蠣灰石灰は、同じ重量でも容積が異なるそうです。
       註記追加:土などを入れる「俵」は、当然「米俵」様の「俵」とは違い、塩などを入れたいわゆる「(かます)」様だったのではないかと思います。
               の容量など分りません。どなたかご教示ください。[追加 30日 9.15]

       現在、日曜大工でモルタルをつくる要領は、たとえば、25㎏入りセメント1袋:20㎏入り砂3袋に水〇㍑を加える、などと表されています。
       これは、日曜大工用に、セメントは25㎏入り、砂は20㎏入りがそれぞれ1袋として販売されており、袋単位で調合する方が分りやすいからです。
       おそらく、明治期に於いても、一般的な単位、で数える数え方が分り易かったのではないでしょうか。
       問題は、当時、土は何貫で1俵だったか、という点です。「赤粘土 半俵ただし1貫7・800匁」⇒「赤粘土1俵≒3.5貫≒13㎏」となります。
       この数値は、前掲の「日本建築辞彙」記載の「へな土1俵は1貫500匁」と違い、困惑します。

         このあたりのことを含め、左官の仕事全般について詳しくご存知の方、是非ご教示をお願いいたします。
       

  屋根漆喰  粉石灰 4斗 蠣灰 6斗 角又 1貫 並浜苆 900匁、油苆 1貫
       註
       屋根漆喰 瓦の接合または棟などに用うる漆喰なり。(「日本建築辞彙」)
         「日本建築辞彙」記載の調合はこれとは異なり、以下のようになっています。
         「・・・屋根1坪に付き、石灰、蠣灰合せて6斗、角又、布海苔合せて840匁、中浜苆720匁、水、油3合なり。
       文中の配合も屋根面1坪あたりか?
  砂漆喰    粉石灰 7斗 川砂 3斗 角又 1貫 並浜苆 800匁
       註
       砂漆喰:下塗り、中塗り用に用いる。漆喰よりも強度が出る。この調合は塗面積1坪あたりか?
         セメントモルタルが普及する以前は、接着材として、煉瓦目地などに使われている。
         砂漆喰目地は、調湿性に富み、ゆえに一定の弾力性があり、セメントモルタルに比べ、亀裂が生じにくい。
         喜多方の煉瓦蔵も、当初は砂漆喰目地である。新潟地震の際も、砂漆喰仕様には、煙突以外、損壊はなかった。(「喜多方の煉瓦蔵」参照)
  木摺壁    石灰 7斗 蠣灰 3斗 角又 1貫200匁 並浜苆 1貫
       註
       これは、木摺上に塗る漆喰の調合。木摺への付着をよくするため、角又の量が多い。この調合は塗面積1坪あたりか?
         木摺上の下塗りとして、ドロマイトプラスターが使われる。粘度が高く、木摺によく付着し、漆喰との相性もよい。


以下は、左官手間についての原文と現代語による読み下しと註記。

  左官手間
  普通荒壁 「荒木田土」使用  左官1人に付手伝い3人掛りとして
    荒壁 左官1人に付き
       下等仕上げ 60坪
       中等       40坪
       上等       25坪
  中塗り、上塗り  左官1人に付手伝い3人掛りとして
    中塗壁 左官1人に付き
       下等仕上げ 20坪
       中等       12~3坪
       上等       7~8坪
    上塗壁、大津壁の類 左官1人に付き
       下等仕上げ 10坪
       中等       6~7坪
       上等       4~5坪
    上塗、漆喰塗、色壁の類 左官1人に付き
       下等仕上げ 8坪
       中等       5~6坪
       上等       3~4坪
    上塗、白上塗 左官1人に付き
       野呂掛け磨き上げ  2坪
       普通中等          6坪
       下等        14~15坪
       註
       色壁:「聚楽」などの色つき土を用いる塗り仕上げ

  屋根漆喰、平、棟、面戸とも平均地坪(ぢつぼ)1坪に付き  左官1人に付手伝い1人掛りとして
    二遍塗 
       上等塗  1.7~1.8人
       中等塗  1.3~1.4人
       下等塗  0.8人
    三遍塗
       上等塗  2.5人
       中等塗  1.5人
       下等塗  1人
       註
       地坪1坪:屋根仕上り面の面積1坪のことか?

以上で「二十七 漆喰調合及左官手間」の項は終りです。

後記 [4月1日 9.20追加]
その後、「単位」について、いろいろと調べています。
塩は土と似ている、との素人考えで、「講座・日本技術の社会史 第二巻 塩業・漁業」(日本評論社 刊)を紐解いたところ、「塩業」の章の P48~に「塩の計量単位」について触れられていました。
それによると、古代から鎌倉前期まで、「果」という単位があり、「塩1果」=「塩3升」とありました(米1果=米1石とのこと)。しかし、それがどのような形状の「包装」であるかについては、不詳です(この場合は、塊状の塩の計量法であったようで、塩の形状により、異なっていた?)。
一方、平安時代には「籠」という単位も現れるそうです。場所によっては、「籠」が「俵」と併用とのこと。しかも「俵」には「大俵」「中俵」「小俵」があり、「中俵=3斗籠」という場合もある、とのこと・・・。
   工事現場での土などの運搬法に「もっこかつぎ」というのがありました。「もっこ」は、「持ち籠」の転。
   3尺角程度の四角い(@3~4寸の目の粗い網)の四隅に結んだを天秤棒にかけ、そのに土などを載せて運ぶのです。
   土を入れ、持ち上げるとのようになります。[文言追加 2日 11.10]
   もしかしたら、これと「籠」という「単位」は関係しているのかもしれません。あくまでも、私の当て推量です。念のため・・・。
いずれにしろ、物品の「運搬」「包装形態」「計量法」は密接に関係していて、時代、地域によっていろいろな包装法、計量法があり、
取引上その「換算」が面倒であったことが分ります。
とはいうものの、肝心の「土」や「石灰」などの、明治時代の包装や計量法の詳細は、結局分らずじまい・・・。
当時のことを知っている方も少ないし、あとは何か参考文書でもあれば・・・、と思ってます。


           **********************************************************************************************************

「日本家屋構造・中巻 製図篇」の紹介も、残りは、「二十八 住家建築木材員数兼仕様内訳調書」「二十九 普通住家建築仕様書之一例」だけとなりました。
「二十八」はともかく、「二十九」は仔細にわたり書かれていますので、編集作業に少々時間をいただきます。
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近時雑感 : 「好い加減」

2014-03-23 11:01:18 | 近時雑感

サンシュユ:山茱萸の花が盛りになりました。中国大陸が原産とのこと。
冬枯れの山野で出会ったら、感激するのではないか、と思います。
ジンチョウゲ:沈丁花の香りも漂っています。
藪では、鶯が囀り、雉がけたたましく鳴いてます。
彼岸が過ぎ、春到来を実感します。



[註記追加 24日 9.00]
いいかげん」、これほど正反対の意味を持つ語はないでしょう。

「新明解国語辞典」には、
いいかげん」:「好い加減
① 「過不足のないころあい」、
② 「一貫性や明確さを欠いていて、それに接する人に、うそ・ごまかし・でまかせだという印象を与える様子」とあります。
①は、風呂の湯加減について使うぐらいで、普通は②の意で使う方が多いかもしれません。そのときは「好い加減」という表記ではなく「いいかげん」「イイカゲン」と書く方が「好い加減」かも・・・・。
そして、もう一つ
③ 「限度を超えていて、そろそろ何とかしてもらいたい感じだ、ということを表す」

この「いいかげん」な話が、昨今いくつも話題になっています。

一つは、売約済みの「高級集合住宅(世のナライの表現では高級《マンション》)」が、完工間近なのに全解体することになった、という件。
詳しくは知りませんが、「工事ミス」がいくつも露見しているようです。
「代表的」なのが、設備配管用の孔が用意されておらず、コンクリート打設後に壁を刳り貫いている箇所が、聞くところによると1000のオーダーを越えるほどある、とのこと。
建物の設備機器、配管・配線は、人体で言えば、諸臓器と動脈・静脈・毛細血管、神経系統の関係のようなもの。設計図の作成上、極めて注意を払うところです。建物が建物として機能しなくなるからです。そして、工事は、設計図の指示に応じて進行する。
ところが、工事に於いて、そのために必要な作業が忘れられていた、そこで、できあがってしまったコンクリートの壁を刳り貫かざるを得なくなった、ということらしい。
この刳り貫くことを「コア抜き」と呼んでいます。
「コア抜き」は、普通は、既存の壁などに、新たに配管を通す必要が生じたようなとき、(たとえば、エアコンを新設することになり、ドレイン管を通す孔を設けるようなとき)やむを得ず行なわれる工事です。リング状の刃の付いたドリルを回転させて穿孔します。鉄筋コンクリートの壁などでは、鉄筋も切断できます。
木造の建物の場合ならともかく、鉄筋コンクリートの壁では、あまりやりたくない。鉄筋を切ってしまう恐れがあるからです。必要だから入れてある鉄筋を切るには「勇気」がいります。
だから、鉄筋コンクリート造では、普通は、コンクリート打設前に、孔の用意をするのがあたりまえ。当然、設計図には、その「用意」を指示する必要があります。
しかし、事前に分っている、つまり設計図に示されている設備用配管のための孔の用意を「失念する」ことがあります。これはいわゆる「工事ミス」。そのようなとき、やむを得ず打設後に穿孔することもあります。
しかし、この件の場合は、どうも、そういう「用意の忘れ」が異常に多い。用意を一切しなかったのではないか、と思われても仕方がないほどの多さのようです。つまり、「工事ミス」とは言い難い。

そもそも、「設計」の「設」の語の字義は、「前もって用意する」という意味。「計」は、「企て」。したがって、「設計」は、「建物を建てるという企てのためのあらかじめ用意をする」こと。それを、図で示したのが「設計図」、ということになります。
   各語の語義は「字通」「大修館・新漢和大辞典」に拠っています。
それゆえ、設計図には、その建物の建築にあたり必須な事項が極力明示されていなければならない。配管が必要なら、位置、大きさなどが明示されていなければならない。
たとえば、木造建築の場合、柱や梁・桁を貫いて配管を通すことは考えません。最初から、それらを避けて通すように考える。鉄筋コンクリート造、鉄骨造でも、基本的には変りはないはず。この点についての「思案」は、設計を為す場合必須なのです。したがって、「設計図」には、この「思案」の結果が盛り込まれていなければおかしい。
そして、施工時には、配管経路などを正確に割り出しておく必要があります。そのために、現在の現場では、通常、「施工図」だ描かれます。

しかし、「施工図」を描くためには、「(実施)設計図」に、「施工図を描くために必要な諸事項」が指示されている必要があります
   「施工図を描くために必要な諸事項」:人体で言えば、諸臓器と動脈・静脈、毛細血管の位置などに相当します。
   特に、集合住宅のような場合には、かなり詳しく決めておかなければならず、更に、保守点検のための方策を考えておくことも必須です。
ところが、最近、「施工図を描くために必要な諸事項」の示されていない図が、「(実施)設計図」と称されて世に蔓延っているのではないか、と私には見えます。
そんなことは、「施工図」を描く者が考えること、と設計者が思い込んでいるからではないでしょうか。設計者は出来上がりの恰好を考えているんだから、皆の衆、それに協力せよ・・・

もっとも、今回の件は、単純に、工事業者の、工程省略による《経費の合理化》:「求利」が目的だった、と考えた方が分りやすい・・・。
出来上がってしまえば分らないよ、誰も見てないんだから・・・。
この建築工事は、日本で一二を争う大手工事業者の「請負」仕事。設備工事も同様らしい。
しかし、見ている者がいた。現場で工事に関わった人が、さすがに見るに見かねて「内部告発」をしたようです。

請負(仕事)」というのは、江戸時代に始まった工事方式です(前もって定めた金額で、全責任を負って仕事を引き受ける契約方式)。
この方式は、本来、依頼する側と引き受ける側相互の「信頼」の下で成り立っていた
「信頼」というのは、一人称・二人称の世界で初めて成り立つ関係。
ところが、第三者の関わらない二者だけの関係であることをいいことに、「請負」の名に便乗し利を貪る策に変質した・・・。
これは氷山の一角に過ぎず、これに似た「いいかげんな」事例が、水面深く大量に隠されているのかもしれません。
この「事件」、なんとなく、偽《ブランド品》を買わされるのに似ている・・・。住宅を購入した人たちも《ブランド》で買ったのでは?

町場の大工さんの仕事も多くは請負仕事。しかし、彼らは《ブランド》で仕事をしているのではない。施主との「信頼」で仕事をしている。仕事の「質」が「信頼」の基。だからこんな事件は起こさない。起こすわけがない。起こせない。

   工事が行われていた以上、「建築確認」済のはず。確認申請には、「設計図書」が添付されている。そういう役所お墨付きの設計図があるではないか、
   と思われる方が居られるかもしれません。
   これは誤解。大きな誤解。この「添付図書」は「設計図」ではないのです。あくまでも「申請図書」。
   しかし、今は、設計を「専門とする(はずの)」建築士にも、「確認申請添付図書=設計図」と考えている方が多いようです。   
   確認申請添付設計図書には、「確認審査をする人間にとって審査をする上で利便なように」諸項の記載が要求されます。
   しかし、それら諸項は、工事をする側にとっては必ずしも必要な事項ではなく、むしろ煩わしい余計な事項の方が多いのです。

   たとえば、「床高」(設計GL~床面)の明示が要求されています。
   それゆえ、建築士試験の製図でも必須とされ、教育機関でも、そのように描くことが「教育」されます。
   CADソフトもそうなっているらしい・・・。
   しかし、木造であれRC造であれ、床高は仕上り床高、いくつかの工程を経てできあがる「結果」。つまり、床高位置は、当初はいわば宙に浮いている。
   宙に浮いている位置の指示は、「実体」をつくり上げる人:工事をする側にとっては無意味。
   例を挙げれば、申請添付設計図書の床高寸法がラウンドナンバーであっても、実体の位置寸法は、ラウンドナンバーにはならない
   工事をする方がたは、床高表示の図面から、逆算をして「実体」の位置寸法を算定するという面倒で余計な作業をせざるを得ないのです。
   工事をする側にとっては、当然、実体の位置寸法が分りやすい寸法の方が「好い加減」。
   実体が分りやすいように按配して描いてこそ、「設計」という本来の意に即した「設計図」である、と私は考えています。
   そして、「設計図」が本来の意に即しているならば、「現今見られる施工図」は、本来不要のはずなのです。
   と言うより、現在多くの《建築家》の為さる仕事では、施工者が用意する「施工図」が「設計図」なのです
     これも昨今話題になった「作曲」事件で、「作曲指示書」を「作曲実行者」に示した《作曲家》に相当するのが現今の《建築家》と言えるかもしれません。
     そして、多くの「建築士」も、それを見倣い「エラく」なる、「エラく」なりたがる・・・。
   ついでに・・・。
   この解体「事件」の報道で、「論評」を加えていた人を「欠陥住宅の専門家」と紹介していました。これにもいささか驚きました。
   「いいかげん」にしてくれ。世の中何でも専門家頼み・・・?!。

    註記追加[24日 9.00]
    「日本家屋構造・中巻・製図篇」の矩計の描き方は、先ず、土台下端~桁上端を指示するべくあったと思います。要は、「実体」間の寸法の指示。
    設計GLは、いわば仮定線。だから、寸法に実体がない。
    その他の「木割」も、すべて「実体」の位置を指示していることに留意したい、と思います。
    これに比べ、当今の建築(教育・行政・その他諸々)は、如何に「机上の空論」で為されていることか・・・・!!嘆かわしいかぎり。


「万能細胞」の「研究」の話も賑やかです。

大方の「論議」は、画像の使い回しや、他論文のコピ・ペについて。それ自体、確かに「いいかげん」なことではありますが、私が最も「いいかげんなんだ」、と思ったのは、論文の共著者の方がたが、「異常」に気付いていない、ということ。そして、「同様の事態」が博士論文の「審査」に於いても見過ごされている、ということ。
研究内容は、世に言う「系」の研究。であるにも関わらず、どうして事態は不条理な道筋を進んだのか。「理解」に苦しみます。
   念のため、「新明解国語辞典」から
    理解:それが何であるか(を意味しているか)正しく判断すること。
    正しい:① 道理・法に合っている様子だ。② 真理・事実などに合っていて、偽りやまちがいが無い。
    真理:① 正しい道理。② その物事に関して、例外なくあてはまり、それ以外に考えられないとされる知識・判断。ex「真理[=学問]探求の学徒」

もしかして、「理系」の「研究」も、「今の世の中の風潮」に染まり「利系の研究」に堕している、のでなければ幸いです。

つまるところ、「一貫性や明確さを欠いていて、それに接する人に、うそ・ごまかし・でまかせだという印象を与える様子」の意での「いいかげん」が蔓延るのは、
世の中が、自分の利にとって都合がよい、すなわち「自分の利にとって好い加減」な状態を求めたがる傾向が強いからなのかもしれません。 それが「今の世の中の風潮」・・・。
そして、時には「自分の利にとって好い加減な状態を求める願望」が「実態」であるかに思い込んでしまう。あるいはまた、修飾語で「実態」を隠蔽する。
要するに、「夢」と「現実」の見境がつかなくなる・・・。
しかも、国のトップを任ずる方がたが率先してその風潮を加速させている。
曰く「福島原発はコントロールされている・・」、曰く「復興の動きが肌で感じられた・・」、曰く「《積極的》平和主義・・」・・・・

あまりにもいいかげんが過ぎる。私にはそのように思えます。

しかし、この「風潮」に「待ったをかける」のは、「待った、をかけることができる」のは、私たち自身であって、人任せにはできない。人任せにしてはならない。そう思っています。



このブログを書くにあたって、極力、「いいかげん」にならないように:自分に都合のよいようにならないように、心しているつもりではあります。
しかし、それは、私の「願望」。実態が「いいかげん」になっているかもしれません。
もしも、これはどうみても「いいかげんだ」と気付かれたときは、何なりとご指摘くださるよう、お願いいたします。
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「日本家屋構造・中巻:製図篇」の紹介-16 : 附録(その1)

2014-03-18 15:22:36 | 「日本家屋構造」の紹介


今回は、原文を転載し、全文を現代語風に書下ろし、随時註を付すことにします。

           **********************************************************************************************************

なお、原文転載部分に、行間の不揃いや歪みがあります。
原書は、現在ではきわめて稀な活版印刷です。そのためと思われますが、版面が各ページごとに若干異なっています。
  たとえば、各行がページ上の波線に直交しているか、というと必ずしもそうとは限りません。しかも、波線自体、水平でもない・・・など。  
編集は、当方にある「国会図書館蔵の原書の複写コピー」を基にしています。
編集作業は、一旦「原本の複写コピー」の各ページを更に複写コピーし、
読みやすいように、各項目ごとにまとまるように、ページ上の波線を基準線と見なしてA4用紙に切貼りし、
汚れている個所を消してスキャンする、という手順を踏んでいます。
まさに、字の通りのコピペ:コピー アンド ペースト!です。
こういった一連の操作の積み重ねが複合して、歪みや不揃いが生じてしまうようです。ご容赦ください。
もちろん、原文に改変などは一切加えてありません。念のため・・・。

           **********************************************************************************************************
   
今回からは、「日本家屋構造 中巻 製図編」巻末の附録の部分の紹介。
附録には、「二十六 石材彫刻及び石工手間」「二十七 漆喰調合及左官手間」「二十八 住家建築木材員数調兼仕様内訳書」「二十九 普通住家建築仕様書の一例」が載っています。

特に石工事と左官工事について触れているのは、両工事の内容が、現在同様、一般に十分に理解されていなかったからでしょう。

附録には、「仕様書」のつくりかたについて、具体的に述べられています。
今回は、そこから、「まえがき・はしがき」にあたる部分と、「二十六 石材彫刻及び石工手間」の部分を紹介します。


はじめに「はしがき」の部分。

以下に、現代風に読み下します。

  附録
  まえがき
  小さな建物の場合は、建築者(建て主)は、直ちに工事営業者(工事業者)との話合いにより、希望するように注文し建てることができるが、
  やや大きな建物の場合は、建築者は、一般当業者(設計を業とする者)に、自分の希望を伝え、平面図・姿図などを描いてもらい、
  自分の意図に合致したならば、工費を精算し、それに応じた「仕様書」を基に工事営業者(工事業者)と契約を結ぶものとする。
  「仕様書」は、工事営業者(工事業者)に、使用する用材の大小や構造を伝えるための一種の注文書であり、それゆえ、
  その文意は平易で、余計な修飾などなく一見明瞭であることが必要である。
  「仕様書」の書き方には、建前の順序により示すもの、各職ごとに分けて示すもの、など各種の書き方があるが、それぞれに一得一失がある。
  内訳及び木材の員数の調査「内訳調書」の作成)は工費の算定・精算に必要不可欠である。
  「材料等内訳調書」は、「仕様書」の項目順に作成するのが便利である。
  「内訳・仕様書」作成上の参考として、以下に、「石材彫刻・石工手間」「漆喰調合・左官手間」の概略を記す。
    註 文中の用語については、現今使われる意味としてではなく、字義の通りに解する必要があります。
       工事営業者:「工事・施工を業として営む者」、つまり「工事業者」の意と解します。
                  ここでの「営業」を、現今の「営業マン」などの「営業」の意で解すると意味不明になります。
       一般當業者:「設計図作成に当ることを業とする者」の意と解します。
                 この当時、「設計業」という職業呼称が一般的になっていなかったゆえの表現ではないかと思います。
                 日本で最初に「設計事務所」を構えたのは、滝大吉氏(「建築学講義録」の著者)だそうです。何時のことか詳しくは知りません。
       談合:字の本来の意です。現今の「入札談合」のそれではありません!
       建築:build の意です。「建築する」:建物を建てる。「建築者」:建物を建てたいと考えている者。建て主。
  

次は「二十六 石材彫刻及び石工手間」の原文

以下に、現代風に読み下します。
  二十六 石材彫刻及び石工手間
     註 この「彫刻」の語も、現今の造形芸術の「彫刻」の意ではなく、字の通り、石を「彫り、刻む」意と解するのが妥当でしょう。
  石材の種類
   石材は、性質により、次の4種に大別できる。
   1.花崗岩(みかげいし)及び他の火山岩
   2.石盤石(せきばんせき)の類
   3.砂石(しゃせき)
   4.石灰石
     註 花崗岩:火成岩の一。
           火成岩は、マグマの凝固した石英、長石、雲母、輝石、角閃石などからなる岩石の総称。以下に大別される。 
            ア)火山岩:マグマが地表に流出して冷却凝固して生成。安山岩、玄武岩、流紋岩など。
               安山岩:小松石(神奈川)など。
            イ)半深成岩:マグマが、火山岩と深成岩の中間の速度で冷却して生成。ゆえに両者の中間の性質を持つ。
            ウ)深成岩:マグマが地下深くで冷却凝固して生成。花崗岩、閃緑岩、斑糲岩など。
               「みかげいし」は、兵庫県・御影(みかげ)産の花崗岩の通称が普通名詞化した呼称。
               他にも産地名による呼称が多い:稲田(茨城)、万成(岡山)、
        石盤石:石板(石)とも表記。水成岩の一。「粘板岩」の総称。スレートはその代表。
            
        砂石:現在の「砂岩(さがん)」のことと解す。水成岩の一。
            水成岩は、ア) 砂岩:銚子石(千葉)など、イ) 凝灰岩大谷石(栃木)、房州石(千葉)など、ウ) 粘板岩雄勝石(宮城)などに大別される。 
            大谷石は、軟質のため、F・Lライトが帝国ホテルで多用するまでは、建築用材として使われていなかった。
        
                   

  石材の仕上げの種類概要
   玄能拂い(払い)(げんのうはらい)
    玄能で石面の大きな突起(凸起)を払い取り、その面を大略平らに加工する作業及びそれによる仕上り面のこと。
   瘤取り(こぶとり)
    玄能払いの後、鑿(のみ)によって小突起(「瘤(こぶ)」と呼ぶ)を落とす作業及びそれによる仕上り面のこと。
   鑿切り(のみきり、のみぎり)
    鑿によって石面の凹凸を欠き取る作業及びそれによる仕上り面のこと。
    欠き取りの程度により、荒鑿切り(あらのみきり)、中鑿切り(ちゅうのみきり)、などと呼ぶ。
   ビシャン小叩き(びしゃん こだたき)
    ビシャンと呼ぶ槌で、石面を叩き平らに仕上げる作業及びそれによる仕上り面のこと。「小むしり(こむしり)」とも言う。
    順次、歯数の多い槌に変えながら叩き仕上げる。
     註
     原文には「ビジャン」とありますが、「ビシャン」の意と解します。
     ビシャン:鎚:ハンマーの一。方形の鎚の頭:当る面:に四角錐状の多数の突起がある鎚(ex 1寸角の面に縦横5列、総計25個の小突起がある)。
              大きさは多様。英語では bush hammer と呼ぶ。その発音がビシャンの呼称となったのだろう。
                       (「日本建築辞彙 新訂版」に拠る。「日本建築辞彙 新訂版」では「びしゃんどん」の項にある。)
   上々小叩き(じょうじょう こだたき)
    片刃あるいは両刃の鑿で、細密な線を刻むことで平らにする作業及び仕上り面を言う。
     註
     この呼称は、寡聞にして知りませんでした。
   荒砥磨き(あらとみがき)、白砥磨き(しろと みがき)、合砥磨き(あわせど みがき)、水磨き(みず みがき) 
     小叩きで平らにした面を、金剛砂あるいは砥石で磨く作業及び仕上りを言う。使用する砥石仕上げの状態に応じた呼称。
     石材の材質の硬軟により仕上げが異なる。
     註
     荒砥白砥合砥は、砥石の種類。多くは粘板岩。砥石の粒子が異なる。作業段階に応じて、粗~細~微細・・・と使い分ける。
      現在はこの他に「本磨き」「バーナー仕上げ」などの仕上げ方もある。
                                                       

   以下に、堅石仕上げ方および手間の一例を、新小松石(しんこまついし)の類の石垣用の間地石(けんちいし)の場合を例示する。
     註
     小松石(こまつ いし)
       神奈川県真鶴半島産の石材、安山岩の一。当初は、真鶴町小松山産の石を称したが、後に、半島産の同種の石をも呼ぶようになり、
       良質の小松山産を「本小松(石)」、その他は「新小松(石)」として区別するようになった。
                           
        他の安山岩系の石材:白河石(福島)、鉄平石(長野)
     間地石(けんち いし):現在の表記は「間知」が一般的。
       日本独特の石垣用石材。奥に行くに従い細くなっている形のもの。(「広辞苑」)
       石垣用の石にして、後方に至るに従い窄まり(すぼまり)居る形のもの。
       相州(神奈川県中・西部)堅石または豆州(伊豆)の多賀及び雲見より産する凝灰岩の出来合石(できあい いし)なり。(「日本建築辞彙 新訂版」)
         間知の名は、おおよそ1間に6個並べるのが普通で、1間の長さを知ることができる、という意である、との解釈もある。    
   野石すなわち荒石合口(あいくち:他の石と接する面)のみ玄能にて摺合せをする程度の場合は、積面(つみづら)1坪につき石工2.5人手間。
   石の面が1尺2寸~1尺5寸角程度、鑿切・小叩き摺合せの場合は積面1坪につき石工8.5人手間。
   同上、ビシャン仕上げ合口小叩き摺合せの場合、石工10人手間。
   堅石の二辺小叩きは、一尺平方あたり石工0.6人手間。
   堅石の鑿切、1尺平方につき、3分幅揃え0.3人、5分幅揃え0.2人、8分幅揃え0.1人、1寸幅揃え0.07人。
   
   東京近在の売石に岩岐石(がんぎ いし)と呼ばれる石がある。
   木口は長方形で、長さは1尺5寸~7,8尺のものがある。
   岩岐石:堅石  イ印  長さ2尺以上×幅1尺×厚さ6寸
              二印  長さ3尺×幅1尺2寸×厚さ7寸
              三印  長さ4尺×幅1尺3寸×厚さ8寸
   房州石:軟石  大尺三 長さ2尺7寸×幅1尺1寸×厚さ9寸5分
             尺三   長さ2尺7寸×幅8寸5分×厚さ7寸5分
             尺二八 長さ2尺7寸×幅9寸5分×厚さ6寸
             大尺角 長さ2尺7寸×幅7寸5分×厚さ6寸5分
       房州石については、石材の種類の項の註記参照。
   他にも多種の石材がある。 
     註
     岩岐
      「日本建築辞彙」には、「雁木石」を石材向きに改めた当て字ではないか、とある。以下は、同書の解説の要約。
       雁木とは、すべて段状をなした形を言い、段自体を指すこともあり、そこから、石段に用いる石を「雁木石」と呼ぶようになったのではないか。
       岩岐石は主に相州産、豆州産の堅石が多い。

以上で「二十六 石材彫刻及び石工手間」の項は終りです。
            (各項の註記部分は、特記以外、「広辞苑」「建築材料用教材」「建築材料ハンドブック」「内外装材チェックリスト」などに拠る。)

ここで紹介されている石工事は、重機、電動工具、圧搾空気工具などがなく、すべての作業が人力に拠り行われた頃の話です。それゆえ、石工手間についての記述は、現在は通用しない、とご理解ください。
   ただし、各地の近世までの構築物に見られる石垣などの石工事の、石材の産地、構築に要した工期や工人数などを推定する参考資料になります。
また、文中の「仕上げ用語」は、現在でも変りないと思われます(ただし、現在増えているバーナー仕上げなどは、当然、当時にはありません)。、
なお、文中の売品:既製品の種類なども、現在とは異なるのではないか、と思います。
   現在は、国産石材に代り、中国産の利用(中国で加工・輸入)が、廉価であるため増えています(墓石も中国産が多い!)。 

           **********************************************************************************************************


次回は「二十七 漆喰調合及び左官手間」を紹介の予定です。

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ただいま工事中のお知らせ

2014-03-16 16:59:47 | 「日本家屋構造」の紹介

昨日今日は、だいぶ暖かでした。近在の山林の紅梅も見ごろのようです。
暖かいと体が楽です。手足の加減のせいもありますが、歳とったなぁ、とつくづく思います。

さて、「日本家屋構造・中巻・製図篇」の紹介、花粉症とたたかいながら(まわりを杉林に囲まれているからですが・・・!)、ただいま次回分を編集作業中です。
もう少々時間がかかりそうです。

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建築界の《常識》を考える-2・・・「耐震」の語は 人を惑わす

2014-03-08 11:57:27 | 専門家のありよう

春は名のみの風の寒さよ・・・当地の梅は、やっとこの程度まで開きました。
雪こそ消えましたが、啓蟄が過ぎたとは言え、寒さが厳しい毎日です。
暑さ、寒さも彼岸まで・・、というのは本当だな、と毎年思います。



[文末に3月11日付東京新聞社説を転載させていただきました。11日9.27]
[追録追加 8日16.55]

もう直ぐ、東日本大震災から三年になります。
ここしばらくの間、「防潮堤」「防波堤」、「耐震」「耐震補強」の語が飛び交うのではないかと思います。

少し前のTVで、「耐震補強」工事の費用が捻出できないので廃業に追い込まれるという老舗の旅館の話が伝えられていました。それは、
映像で見る限り、私には、簡単には壊れそうにないように思える昔ながらのつくりの木造建物でした。
そうかと思うと、耐震補強で、客室の窓に鉄骨の筋違:すじかい:ブレースが設置され、それまで一望に見渡せた海の目の前に障害となって立ちふさがり、客室としての意味がなくなってしまった、という海浜のホテルの例も報じられていました。
そしてまた、東京都では、一度に全面的に補強ができない場合、たとえば今年は一階だけ、次の機会に他の階を、というように分割して補強を行う「施策」を講じて「支援」している、という話もありました。
    いずれも「理の通らない」話です。
なぜこういう報道がとりたてて行われたか。
それは、平成7年(1995年)制定の「建築物の耐震改修の促進に関する法律」が施行されているにもかかわらず、不特定多数の人びとが使う公共的建物などの「耐震化」が遅々として進んでいないからです。今後は耐震補強を促すため、、未施工の場合は、建物名・建主・持主名を公表で、着手を強いるのだそうです。
    これも「理不尽な」話です。
    何故なら、いずれも竣工時点では「合法的」な建物であったからです。法律の「基準」が、「勝手に変った(変えられた)」からに過ぎません。

何度も書いてきましたが、「耐震」「耐震建築」「耐震補強」という語・概念の理解・認識は、一般の方がたと制定者・専門家とでは大きく違っている、のは明明白白の事実です。
たとえば、「耐震補強の目的」について、先の「建築物の耐震改修の促進に関する法律」の冒頭に、次のようにが書かれています。
  この法律は、地震による建築物の倒壊等の被害から国民の生命、身体及び財産を保護するため
  建築物の耐震改修の促進のための措置を講ずることにより建築物の地震に対する安全性の向上を図り
  もって公共の福祉の確保に資することを目的とする。
これを、一般の人びとは、どのように理解するでしょうか。
おそらく、耐震策を施してある合法的な建物(すなわち「確認」済の建物)は、大地震に遭っても、無事に地震をやり過ごし、使い続けることができる建物、そこで暮し続けることができる建物である、と理解するでしょう。
これは、「耐震」の語に対して人びとが抱く共通のイメージ、つまり「常識的認識・理解」に他ならないのです。
辞書にも「耐震:地震に耐えて損傷しないこと」とあります(「広辞苑」)。「耐震」の「耐」という字の語義は、「支えることができる、負担することができる・・」といった意味ですから、この理解は決して間違ってはいない、具体的に言えば、「この建物は震度7程度の地震に耐える基準で設計されている」という文言を、その建物に住んでいる人たちが、文言通りに、「この建物は、震度7程度の地震に耐えられ、それゆえ地震後も住み続けられる」と理解しても、何ら間違いはないのです。
   耐震を売り言葉にしている《住宅メーカー》の住宅も、多くは、そのように理解されているはずです。

ところが、先の法律の言う「耐震」とは、具体的には、次のことを指しているのです。
1)建物の供用期間中に数回起こる可能性のある中規模の地震に対して、大きな損傷は生じないこと
または、
2)建物の供用期間中に一度起こるか起こらないかの大地震に対して、居住者の命にかかわるような損壊を生じないこと
   もう少し具体的に言うと、次のようになります。   
   中規模地震(震度5程度)に於いては建物の水平変位量を仕上・設備に損害を与えない程度(階高の1/200以下)に押え、構造体を軽微な損傷に留める、
   また大規模地震(震度6程度)に於いては中規模地震の倍程度の変位は許容するが、建物の倒壊を防ぎ圧死者を出さない
   ことを目標とする。
すなわち、地震に拠って建物に生じた損傷が、人命にかかわらない程度の損傷であったならば、その建物は「耐震性のある建物」の範疇に入る、ということになるのです。
そしてこれが、行政の方がた、及び、この法律に拠りどころを与えている「有識者」「(耐震工学の)専門家」の方がたの「耐震」についての「認識・理解」であって、一般の人びとの「耐震」という語・概念に対する「認識・理解」とは天と地の如くかけ離れているのです。
   「有識者」「専門家」の用語法が、世の中のそれと異なることは、例の三階建木造建物の実物大振動実験の際の「倒壊」の語の「解釈」で露見しています。 
   原発事故関係についての「有識者」「専門家」のそれや、「宰相」の「福島原発はコントロール下にある」との「「認識・理解」も同じです。

すなわち、法令の言う、たとえば「この建物は震度7程度の地震に耐える基準で設計されている」という文言は、「この建物は、震度7程度の地震で、人命に損傷を与えるような破壊は生じない(だろう)」という意味に過ぎず、「地震に遭っても住み続けられる」ということは、何ら保証していない、ということなのです。
「耐震(基準)」「耐震補強」の「耐」の字を、字義通りに、つまり通常の用語法で、理解すると、とんでもないことになるのです。
   

しかし、「耐震基準」をつくった人たちは、行政も含め、この意味するところを正確に伝える努力をせず、ただ念仏のごとく「耐震」を唱えているだけです。
それゆえ、このままでは、「一般の人びと」と「「行政」及び「有識者・専門家」の間の認識の差:齟齬は、大きくなるだけでしょう。

けれども、この「一般の人びと」と「「行政」及び「有識者・専門家」の間の認識の差:齟齬について深く考えることこそが、地震に拠る災禍を考えるにあたって最も重要な視点であるのではないか、と私は思います。
なぜなら、単に建物が壊れるか、どの程度壊れるか、ではなく、地震に遭ったとき、どのように生き抜けられるか、暮し続けられるか、について考えることこそ最重要の課題のはずだからです。
建物の損傷が、人命に損傷を与えない程度であるかどうかは、そのほんの「部分」の話なのであって、
その損傷の中で、どのように生き延びられるか、暮らせるか、それこそが、そこに実際に生き、暮している人びとにとっては、最重要の課題なのです。
しかし、「耐震」基準を決めた方がたは、このことを、考えているでしょうか、考えてきたでしょうか。
人命にかかわらない損傷でも、損傷は損傷です。
「人命にかかわらない程度の損傷」と言うとき、その損傷した建物の中に居続けられるか、あるいは、そこから逃げ出せるか・・・、そこまで考えて言っているでしょうか。
考えてみれば、多くの法令に「・・・国民の生命、身体及び財産を保護するため、・・・公共の福祉の確保に資することを・・・」云々同様の文言が必ずありますが、その具体的な方策は語られていない
のが実際ではないでしょうか。

それは何故か?
それは、どのように生き抜けられるかという問題は、この方がたの視界にはない
からです。それは、別の専門家の領域・分野の問題だ・・・。


このことを考えさせるコラム記事が、2月27日付毎日新聞朝刊に載っていました。下記に転載します。


ここには「防潮堤」「防波堤」の例が挙げられています。
「防潮堤」「防波堤」は、通常は、護岸のための一般名詞でありますが、数多く津波被害を被った地域では、「防潮堤」「防波堤」とは、「耐・津波構築物」を意味します。
その場合の「防潮堤・防波堤の設計」も、建物の「耐震設計」が「耐えるべき地震の大きさ」を設定する(仮定する)ことから始まるのと同じく、
「前提」として、防ぐべき波の大きさを設定(仮定)します。そして、「耐えるべき・防ぐべき大きさ」として、過去に経験した「最大値」を計上するのが常です

その値を超える事態・事象が生じるとき、それが「想定外」の事態・事象です
法令の「耐震基準」が、何度も変ってきたというのは、すなわち、想定外の事態・事象が、少なくともその改変の回数だけ過去に起きた、ということに他なりません
ということは、「想定外」の事態・事象の発生の「予想」は、字の通り、想定不能である、ということを意味します。
これを普通は、「自然界には『人智の及ばない』事態・事象が厳然として存在する」、と言います
ところが、何度も書いてきましたが、工学の世界では、「人智の及ばない事象が存在する」、などということを嫌います。科学・技術は何でもできると思い込んでいるからです。

   本当にそう思うのならば、「想定外」は禁句のはずですが・・・。
しかし、この科学・技術への絶大な「信仰」に依拠した「工学的設計」は、
えてして、耐震設計をした建物は(過去最大と同規模の)地震に遭っても安全・安心である、防潮堤・防波堤を設ければ(過去最大と同規模の)津波に遭っても安全・安心である、という「信仰」を人びとの間に、広めてしまうのです。

そして、今回の地震にともなう津波では、人びとが防潮堤・防波堤があるから大丈夫だからと思い込み避難しなかった事例がかなり起きていたということを、先の記事は紹介しているのです。

私は、この記事は、「工学的対策≠安全・安心の策」という「警告」である、として読みました。
そして、「被災者に学ぼう」とする地震学の方法論の「転換」に共感も覚えました。
そして更に、単に当面の震災の被災者に学ぶだけでなく、過去に津波の被害を被った人びとにも学ぶべきなのではないか、と私は思います。
なぜなら、そのような事態に遭うことの多い地域に暮す人びとは、そういうところに暮す「知恵」を培ってきているはずだからです。
本来、人は、どのような地域に暮そうとも、自らが暮さなければならない地域・場所の「特性」を勘案しつつ暮すのが当たり前です。
「特性」とは、その地の「環境の様態・実態」と言ってもよい。
数日前に、ヘリコプターから見た津波の実相が報じられていました。
その中で、「浜堤(ひんてい)」という初めて聞く用語を耳にしました。
河川沿いに形成される「自然堤防」のごとく、海の波により永年のうちに自然に形成される「堆積地」のことのようです。そして、海岸の集落はこの「浜堤(地)」に営まれることが多い、というのも「自然堤防」と同様のようでした
水に浸かったり波に襲われることの多い土地に暮さなければならない場合、当然のこととして、少しでもその状況を避けられる場所を人は探します。比高の高い所です
そういう場所として、「自然に形成された場所」を選ぶのです
それは、単に探すのが容易だからではありません。
「自然に形成された場所」は、形状を維持し続ける可能性が高いことを知っていた
からです。
と言うより、「形状を維持し続けることができるような場所」だからこそ、そういう地形が形成される、ということを知っていたからだ、と言った方が的確かもしれません。
それが、その地に暮す人びとのなかに培われ定着した「知恵」であり、その地に暮す人びとの認識した「その地の特性」に他なりません。
「被災者に学ぶ」とは、その地に暮さなければならない人びとの「知恵」を知ること
そのように私は思います。
   海岸の「浜堤」上の集落立地は、「浜堤」についての「学」の成立以前から存在しているのです。
   縄文・弥生集落の立地も同様です。
   私の暮す地域には、縄文・弥生集落址が多数在ります。いずれもきわめて地盤堅固なところです。
   と言うよりも、私の暮す通称「出島」と呼ばれる霞ヶ浦に突出す半島様の地形自体、地盤・地質ともに堅固であるが故に、その形状を為しているのです。
   現在の地形図で確認すると、この半島は、福島~茨城にかけての八溝(やみぞ)山地から筑波山に至る山系の端部にあたることが分ります。
   山並みという形を維持できるのは、その一帯が周辺に比べ堅固であるからのはずです。
   古代の「常陸国」の「領域」を見てみると、先の山系の東から南側の、太平洋に面した一帯であることが分ります。
   一帯は肥沃で、気候は比較的穏やか。人びとは暮すにはきわめてよい、と判断し、その一帯の比高の高い地に定着したようです。
   古墳の多さとその建設地の位置がそれを示しています。

   群馬県東南部(板倉町など)の利根川沿いに、かつて、屋敷内に「水塚(みづか)」を設けるのが当たり前であった地域があります。
   「水塚(みづか)」とは、屋敷内の一角に土盛りをして、母屋とは別に、そこに二階建ての建物を建て、一階を備蓄倉庫、二階を非常時の住まいとし、
   加えて、軒には小舟を吊り下げている場合もあります。利根川の氾濫時への対策で、小舟は、建物が危険になったときの避難のための用意です。
   留意しなければならないのは、単に盛り土をしているのではない、つまり、単に洪水の予想水位より高ければいい、という判断ではない、という点です。
   氾濫時の利根川の水流をまともに受けない場所を選定しているのです
。それは、現地を見ると納得がゆく。
   いま、「予想水位より高ければいい、という判断」と書きました。
   この「予想水位より高ければいい、という判断」こそが、現在の「工学設計」の拠って立つ「基点・前提」です。耐震設計も防潮堤設計も、皆同じです。
   小舟を吊り下げることまで、考えが及ぶわけもない・・・・


では、建物の設計では、被災者・被災地からに何を学ぶか。
構築物の頑丈さを得る方策、それはその一つではあっても、それで全てではないはずです。
転載した記事の最後に、「歩いて行ける高台に頑丈な小学校を建て、避難所の機能を持たせ、数十年ごとにより頑丈に建て替える・・」という記述があります。
私は、先ず、建設地の選定に心することが第一ではないか、と思います。
同じ高台でも、自然形成の高台と人工の高台では性質が異なります。
自然形成でも、たとえば土石流のつくった高台は、人工とほとんど同じはずです。
つまり、自然形成の場合でも、その土地の「経歴」「履歴」を「理解する」「知る」ことが重要なのではないでしょうか。
いわゆる科学・技術を信じると、とかく、人は何処にでも暮せる、建物は何処にでも建てられる、と考えがちです。その考え方を「学」が率先して正す必要があるように、私は思います。

「人びとの長きにわたる営為に学ぶ」姿勢があったならば、どんな土地でも建てられるのだ、という考えを、人は抱かないはずです。そうであれば、たとえば、低湿地に住宅地を造成し「液状化」に遭遇して慌てふためくなどという事態も起きないのです。
これは、一言で言えば、それぞれの土地の歴史を知ることに他なりません。
先の「浜堤」地に集落が営まれているように、「長い歴史のある集落の立地、そしてそこでの住まいかたは、その地域に暮す人びとの、『その地域の環境特性』についての『理解に基づく判断』の結果を示しているのだ」と、今に生きる私たちは理解すべきなのです。
『その地域の環境特性』とは、「日本という地域全体としての特性」及び「その地域に特有・固有の特性」の両者を含みます。四季があり、四季特有の気候の諸相(たとえば台風や梅雨など)がある、頻繁に地震や火山活動がある、などは前者であり、たとえば台風時の特有な風向き・・、などは後者にあたります。
このようないわゆる「自然現象」に対して、人智で抵抗できると考えるようになるのは(津波には防潮堤を考え、地震には耐震構造を考えるようになるのは)、近現代になってからのこと、それ以前は、人智では対抗できないと考え、そのような自然現象のなかで、如何に生き抜くか、暮し続けるか、に人智をそそいだのです。


「構造力学」は、誕生した当初は、「人びとの為す判断」の「確認」のために機能していたのです。
では、その「人びとの判断」は如何にして為されたのか
それは、人びと自らの「事象の観察」を通して得た「事象についての『認識』」に拠って為されたのです。
その「認識」を支えたのは、「人びとの『直観』」です。
そのために、人びとは「感性」を養いました。「観察⇒認識⇒知恵」、この過程を大事にした、大事に養ったのです。

つまり、「学」が「判断」を生んだのではありません。これは、厳然たる事実です。

本来、諸「学」は、人とのかかわりの下に出発したはずです。
ゆえに先に転載した記事にある「被災者に学ぶ地震学」への「転換」は、
「学問のための学問」から「人にとっての、人としての学問」への転換、「原点への回帰」を意味しているように私には思えました。
建築学もまた、建築学こそ、建築:建物をつくること、その本来の意味を問い直すことを、今からでも決して遅くはない、始めるべきであるように私は思います。

先人の知恵の集積は、例えば、遺跡・遺構や数百年にわたり永らえ得た建物や集落・町・街・・などは、私たちの目の前に多数遺されているのです。
それはいずれも、人びとの営為、すなわち人びとの「認識」「判断」の結果に他なりません。
そこから、私たちは、たとえば地震に対しては、「耐震」ではなく、人びとの「対震」の考え方、その「蓄積」を学べる
はずです。
そしてそこから得られる「知」は、如何なる「《実物大》実験」で得られる「知」よりも、比較にならないほど豊饒である
と私は考えています。

「有識者」「専門家」の言辞に惑わされないために、自らの「感覚」「感性」に、更に磨きをかけたい、と思います。


[追録 8日16.55][さらに一記事を追加しました 12日 9.00]
同様なことを、下記でも書いています。なお、それぞれにも関連記事を付してあります。
想像を絶する「想定外」
此処より下に家を建てるな・・・
建物をつくるとはどういうことか-16
建物をつくるとはどういうことか-16・再び
保立道久著「歴史の中の大地動乱」を読んで
わざわざ危ない所に暮し、安全を願う
さらに関連記事を追加します。
/gooogami/e/dced003d265269bc123c36e66a4f38b9">建物は「平地・平場」でなければ建てられないか
さらに追加[14日 9.15]
取り急ぎ・・・・「耐震の実際」

3月11日付東京新聞社説を転載させていただきます。全く同感です。[3月11日9.27追録]

コメント (2)
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