建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

補足・「日本家屋構造」-1・・・・土台まわりの組立てかた

2012-06-27 07:32:37 | 「日本家屋構造」の紹介
建築に係わる多くの方がたには、木造建築の継手や仕口を忌避したがる傾向があるように思います。
何となくややこしく、いろいろとあって、理解しがたい特殊なもの・・、と見えるからではないでしょうか。
その一方、多少でも継手や仕口を知っていると、それを、いやな言葉ですが、自らの《差別化》のためにひけらかす方がたも居られます。

「日本家屋構造」の書名にある「構造」という語は、普段何気なく使っている言葉です。
「新明解国語辞典」によれば、「構造」とは、「機械や組織などの構成のしかた。具体的には、全体を作っている部分部分の関係や、個々の部分の作られ方を指す」と説明されています。
継手や仕口は、まさに、木造の建物づくりの「構造」に他なりません。

木造建築の継手や仕口は、日本特有の技術ではありません(日本特有の技術と思われている方が結構居られます)。
日本に限らず、木で建物をつくる地域ならば、必ずその地なりの技術体系として、継手や仕口が蓄積されています(以前に紹介しました)。
もちろん、どの地域でも、机上の成果ではなく、現場の成果として蓄積されてきているのは言うまでもありません。
   そして、これらの「成果」について、「構造」としての「研究」も行なわれています。
   残念ながら、日本の場合、上記国語辞典の解説の後半:「個々の部分の作られ方」への言及は多少あっても、
   前半の「全体を作っている部分部分の関係」への言及がほとんど為されていません。

こういった私たちの先達が長年にわたり蓄積してきた「成果」を、今生きる私たちが、ないがしろにしておいて、いいわけはありません。
私たちが、日本という地域で暮してゆく上で日本語という言語を自然に習得しているように、
私たちが日本で暮してゆく上で、「日本の建物づくりの技術」を自然に修得していて(あるいは、修得するのが)当たり前、と私は考えています。
ここで、「日本の建物づくり」と言っているのは、「洋」に対する「和」を意識する、などということではありません。いわゆるスタイル、ファッションとしての「和」とは関係ありません。
それは、「日本という地域に根ざした建物づくり」、という意味です。

それぞれの地域には、「それぞれの地域に根ざした建物づくり」があります。地域によって異なり、一様、均質、均一・・ではない、それが当たり前、ということです(もちろん、どこかに木造建築のルーツがある、などということもありません)。
先に「机上の成果ではない」と記したのは、そのためなのです。

さて、日本の建物づくりの技術=建物の組立てかた:構造、すなわちその基幹を成す「継手」や「仕口」について、かつて(社)茨城県建築士事務所協会主催の建築設計講座に際し作成したテキストがあります。

「建物の組立てかた」には、つくりあげた建物の「安定」の度合いを、いかなる程度にしようと考えるか・・・によって、いろいろな方法がある、と考えることができます。
つまり、仮のつくりで済ます場面から、数世代(少なくとも一世代)使うことを考える場面・・・に応じて、つくりかたにはいろいろある、ということです。
   現行法令の諸規定は、「仮のつくりの建物を丈夫にする」という《考え》に基づいていると考えると分りやすい。
   金物による補強は、日本の場合、仮のつくりの建物の補強を目的に生まれてきたのです。
   もっとも、法令が、その点を意識していた、とは思えません。むしろ、すべてが「仮づくり」と思っている・・。
   逆に言うと、ちゃんとしたつくりの建物には不要だ、ということです。
   
このテキストは、建物の組立てかた:継手や仕口:に、どのような方法があり、それぞれどのような性質・特徴を持っているか、などについて、私なりにまとめてみたものです。
その中から、「日本家屋構造」の紹介の進行にあわせ、随時、関係する事項を抜粋して転載することにいたします。

今回は、先回の「日本家屋構造」の紹介の末尾に載せた継手・仕口の条件や呼称の付け方などについての部分を再掲し、次いで、「土台まわりの仕口、継手」についてまとめた部分を載せます。

以下の図は、仕上り4寸角の材を想定して描いています。
また、現在の布基礎を前提としていますが、原理的・基本的には、往年の基礎上の土台(礎石、布石上に地面に近く据える土台)とまったく同じと考えてよいでしょう。
  なお、説明には、現行法令の下での扱われ方についても注記してあります。



以上、再掲。
以下は、土台まわりについて

   注 ①の場合、枘孔の深さ(枘の長さより若干長く彫るか、貫通させるか)は任意。
      私自身は、不必要な深さに彫ることはない、と考えています。     
      ③は、プレカットなどで多く見られますが、奨められません。
      金物はたしかに強度がありますが、木材のような弾力性はなく、木材に馴染みません(次頁④の説明参照)。

   注 ①は、二方向の土台と柱の都合三方を一体に組むことを考えた方法。
      ②は、二方向の土台を固めることを目的とした方法。柱の安定に弱点があります。
      ③は、柱の安定度を重視した一般的な方法。
      ④は、プレカットなどで多く見られるが、奨められません。説明では釘打ちの問題点を書いていますが、
      ホールダウン金物を使うと、力がかかったとき、ボルト孔から木材が割れてしまう可能性があります。

次は、土台の隅の納め方のいろいろです。

   注 ①は、前頁の①を隅に使う場合です。
      片方の土台を、外側に出している点に特徴があります。
      この方法は、一般に広く使われてきた確実な方法です。「つの」を設けてあるからです。
      現在は、「大壁」:木部を隠す仕上げ:が増えたせいか、外に「つの」が出るのを嫌がる人が多いようです。
      ②③は、「つの」の出るのを嫌った場合に使われる方策です。
      いずれも、建物の丈夫さよりも見えがかりを大事にした方法です。
      ④⑤は、手間を簡単に済ます方策。奨められません。

次も土台の隅の納め方ですが、柱の方を優先させる場合です。   

   注 ①は、「蟻」型を彫った柱を二方の土台に彫った「蟻型」に落とし込むことで三者を一体に組む方法。
      ②③は、土台に段差があるときの納め方。
      「布基礎」になってから、玄関などでこういう場面が生じます。
      「布基礎」以前は、柱が地面近くまで下りているのが普通でしたから、こういう策は不要でした。

次の2頁は、土台の継手のいろいろです。

   注 ⑤⑥は、《プレカット》でよく見かけますが、奨められません。
      ⑦は、さすがに《プレカット》でもありません。


最後は、土台と大引きの納め方、大引きと床束の納め方いろいろ。

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「日本家屋構造」の紹介-8・・・・仕口(しくち しぐち)

2012-06-22 19:07:51 | 「日本家屋構造」の紹介

だいぶ間があいてしまいましたが、先回の続きで「仕口」の解説。

「仕口とは、枘、目違い、追入れ(おおいれ おいれ)、蟻(あり)、渡り欠き(わたりかき)、その他、木材の切り組み方を言う。」(再掲)
  注 語彙についての「日本建築辞彙」(新訂版)の解説を載せます。
  「枘」:ほぞ 木、金物などの端に付したる突起をいう(英 Tenon 独 Zapfen)。
  「大入れ」:おいれ 追入れとも書く。一の木の端を全部他木へ差入るる場合に、その仕口を大入という。
  「おいれ」は、「おいいれ」の略なり。故に「追入れ」と書くを正しとす。
  「蟻」:あり 鳩尾の如く先の広がり居る形(英:Dovertail、独:Schwalbenschwanz)。仏独にては燕尾と称せり・・。
  「渡欠き」:わたり かき 「渡腮(わたり あご)にするため、木の一部を欠くこと。・・
   補注 「渡腮」については、後に解説します。
次は、図の解説。
先ず第二十七図
「枘には、おおよそ、第二十七図のような種類がある。
  甲:ごく一般的な『平枘(ひら ほぞ)』で、『大根枘(おおね ほぞ)』とも呼ぶ。
  乙:『小根枘(こね ほぞ)』と言う。
  丙:『重枘(じゅう ほぞ)』と言う。
  丁:『扇枘(おうぎ ほぞ)』と言う。
『枘』の根元の木口(こぐち)の面を『胴付(どうつき どうづき)』と呼ぶ。
『枘』の厚さは、柱の直径の1/4~2/7位、幅は柱径の8/10~8.5/10。
切り落としたところを鑿隠し(のみかくし)とも言う。」
  注 「日本建築辞彙」(新訂版)の解説
  「胴付」 :どうづき 枘の根元周りの平面をいう(英 Shoulder)。
  「鑿隠し」: のみ かくし 胴付に同じ。
   補注 
   1)現在では、「胴付」が一般的用語で、「鑿隠し」を使うことは少ないと思います。
   2)寸法を径に対しての比率で示しているのは分りやすい。
      たとえば、仕上り4寸角の柱の場合、
      「平枘」の大きさは、厚1~1.1寸強、幅3.2~3.4寸になります。
   3)『小根枘』の根元の部分を『目違い』と呼んでいます。
      幅の狭くなった部分だけでは、材料の捩れなどに耐えられないために設けられます(説明後掲)。

次の第二十八図から第三十一図の四図では、「土台」の組立に使う「仕口」が紹介されています。
   「日本家屋構造」刊行の頃の「土台」は、現在の「布基礎」上の「土台」ではなく、
   「礎石」や「布石」上に地面に近い位置で据えられた「土台」です。
   もっとも、使われる「仕口」は、現在のそれと大差ありません。
   なお、なぜ「布基礎」なる方式が生まれたかについては「在来工法はなぜ生まれたか」に私見を書いてあります。

先ず第二十八図
「この図は、『土台』の隅の組み方の一で、『目違い』を設けた『小根枘』を多材に差し、外側から『割楔』を打ち締め固める方法。
『枘』の鼻の長さは、他材の径あるいは7~8割ぐらいが好ましい。」
  注 「日本建築辞彙」(新訂版)の解説
  『割楔』:わり くさび 二材がおよそ直角に出会う場合に用うる指(差)口なり。
        一方の木の端に枘を作り、これに一条乃至二条の鋸目を入れたる後、他の木に穿てる枘穴に差し込み、
        然る後、楔を鋸目に打込みて、固むるなり。・・・
  補注
  「鼻の長さ」とは、『目違い』より先の部分を言っているものと思われます。
  柱の『枘』は、この図では『平枘』です。ただし、長さは短くなります。
  『枘』の先端を、材の外面に揃えるか、多少出すかは任意ですが、一般には、多少出すのが普通だと思います。
  『割楔』は、振動が加わると抜けることがありますから、随時点検が必要です。
  なお、この図では、『小根枘』の差される材の端部が、交差点より外に出ていますので、一定の強度が得られます。
  交差点で、差す材の外面に揃えて切り落とす場合は、『枘』は『扇枘』になります(第三十図補注参照)。
  現在は「小根枘差し 割楔締め(目違い付き)柱:短枘」と呼んでいると思います。

第二十九図
「『土台』の隅あるいは『間仕切土台』などに用いる『蟻掛け』の『仕口』。『蟻』型の先端は、その長さの1/5ずつ左右へ広げる。材は、端部を相手の材に、4~5分程度の深さを『追入れ』にする。
この『仕口』は、粗末な家屋に用いられる。
二階の『小梁』『京呂梁』などの『蟻掛け』の『仕口』もこれと同様である。」
  補注
  土台の交叉する個所に用いられる最も簡易な方法です。
  交差個所の下には、礎石あるいは布石が必須です。万一当該個所の礎石・布石に沈下などが生じると、掛けた材は
  簡単に落ち込んでしまいますが、これは、『腰掛』を設けることで避けられます。
  二階の梁に使うのも《粗末な》方法ですが、それが一般化した結果、後に「羽子板ボルト」が推奨される因となります。
  現在の通称は、「大入れ(追入れ)蟻掛け」ではないか、と思います。

第三十図
「『土台』の隅部を『留め』で納める『仕口』で、見えがかりを美しく見せる方法。掛ける側の材の外面を一側残し、相手の材と『留め』で納める加工を施し、その内側に、第二十八図と同じ『目違い付き小根枘』を刻み、他材に差し、『割楔』締めとする。
この場合、『土台』に立つ柱の『枘』は、短い『扇枘』になる。『扇枘』の外形をはじめ各部の寸法は図の通り。」
  補注
  『土台』をつないでいる『枘』が邪魔をするため柱の『枘』は短くならざるを得ません(短枘)。
  また、『留め』の細工があるため、幅の狭い『小根枘』になりますから、『枘』は僅かな動きにも抵抗できず、
  『枘』の動きにともない、材が木目にそって割れることがあります(普通の「平枘」の「長枘」では生じません)。
  『枘』を扇型に刻むようになったのは、木目に沿った力が生じないようにする工夫と考えられます。
  この「仕口」は、見えがかりを重視しすぎた、一般的には、奨められない仕口です。
  現在の通称:「向う大留め(目違い付)、柱:扇枘」。

第三十一図その一、その二
  この二図は、見えがかりを重んじる「仕口」です
その一
「『台輪留 だいわ どめ』といい、化粧土台の隅や一般に『台輪』など広幅の材の隅部をつくるときに適している。土台の場合、柱の『枘』は『扇枘』になる。」
  注 「日本建築辞彙」(新訂版)の解説
  『台輪』:だい わ すべて物の上、もしくは下にある平き(たいら き)木にして、上物を支承し
              または下物を蓋う(おおう)の意ある者なり。・・」
  補注
  第三十図の仕口と同じく、建物の強度については保証できません。
その二
「甲は、『茅負』の『隅留』の伏図で、点線で示したよう形につくった『枘』を差し、『込み栓』を打つ。
乙は、『裏甲 うら ごう』の仕口で、図のように下端の『留め』は45度につくるが、これだけでは『留め』に隙ができてしまう恐れがあるため、左図の下端を点線のように斜めに少し削り取り、これを右図の下端につくりだした部分で包む。これを『鼻紙留』と呼ぶ。この場合、上端の『留』は正45度にはならない(「振留 ふれ どめ」という)。さらに、材相互の喰いちがい:狂いを避けるため、図のように『曲尺折 目違い』などを設ける。」
  注 「日本建築辞彙」(新訂版)の解説
  「曲尺折」:かね おり =「矩折」 直角に曲がりたる形をいう。
  補注
  このような繊細な仕事をするためには、木目の通った材が必要になります。
  一般の商家、農家の建屋では、このような「神経」は使わないのが普通です。
  おそらく、見栄えを重んじた武家の建物づくりの風習ではないかと思われます。

  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

補注
突然「各部位の仕口」の話になり、しかも、《粗末な》仕口からきわめて《精緻な作業》を要する仕口・・・が並列に解説されています。
そのため、「継手・仕口」の「本質」が何か、分らなくなる恐れがあるように思います。
その一方、ここで紹介されているような《精緻な仕口》を知ることが、自らの《知的優位》を得る上で重要だ、と思う方がたも居られます。
しかし、そういう「傾向」こそ、建築に係わる多くの方がたを、「継手・仕口」という日本の建物づくりが培ってきた文化的財産を「毛嫌い」させてきた大きな因である、と私は考えています。

そこで、「継手・仕口」について、それぞれに求められる条件や特徴、弱点の解消策、あるいは「呼称」の原則など、「継手・仕口」全般について、「原理」的側面からまとめてみた「私見」がありますので、以下に転載せさせていただきます。
これは、(社)茨城県建築士事務所協会主催の建築設計講座に際し作成したテキストの一部です。
なお、以下の文中では、「胴付」を「胴突」と表記しています。
私の「誤記」(と言うより、組立時の様子から、相手の材に、しっかりと当っていないと意味がなく、その意味で『突き』が相応しいのではないか、との判断による表記)ですので、お含みの上お読みください。[文言補足]



この国を・・・・27:詭弁

2012-06-18 06:13:05 | この国を・・・


梅雨の晴れ間、夕方の陽射しの中で神社の老杉が映えていました。若緑色の葉も、この杉のもの。
高さは30mを越えていると思います。[18日 20.22 追加]

  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

車を運転しながら、聞くとはなしに聞いていたラヂオで、15歳の女性(高校生か)と、54歳の「エネルギー問題の専門家(男性)」の「応答」が耳に入りました。

15歳の女性、「原発は数万年もの間放射線を放出する、何世代にもわたって危険をふりまくことになる廃棄物の処理が問題だ」、
専門家曰く「太陽光発電だって、永久ではないから廃棄物が生じる。その点では、原発と変らない・・・」。
15歳の女性は即座に返す。
「太陽光発電の廃棄物は、放射線を放出することはない」・・・。

明らかに15歳の女性に「理」があります。勝負あった、です。
私は、この若い方に敬意を表したい、と思ったものです。
「大人」よりも、はるかに「理的」である・・・。もしかしたら、将来は明るいのかも・・・。

おそらく、この「専門家」は、多分それが「専門家」を自称する方がたの本性だと思われますが、こういう「説明」で、非専門家は納得させることができる(チョロイものだ・・・)、と思っているに違いありません。
これを「詭弁」と言います。
「詭弁」とは、「本来つじつまの合わない事を強引に言いくるめようとする議論」(「新明解国語辞典)
そして、原発再起動を「決断した」政府の、総理をはじめ各位の発言もまた「詭弁」。
本来、日本語は、こんなに「軽い」ものではない。
往時の人たちが聞いたら、呆れ返るのではないでしょうか。

web上で、原発再起動に対する新聞の社説を読み比べてみました。
その中で、最も明解な見解を表明しているのは、「東京新聞」だ、というのが私の感想です。
歯に衣を着せたような文言、あるいは、もってまわったような文言、ではありません。
下記に転載させていただきます。
段落は、読みやすいように変えてあります。

【社説】
大飯原発が再稼働へ 私たちの望む未来は   2012年6月17日

政府は、大飯原発3、4号機の再稼働を決めた。
だが、私たちは日本の未来をあきらめない。
原発に頼らない社会を目指そう。節電の夏にも挑もう。

「福井県の決断に感謝したい」と、野田佳彦首相は言った。
まさか、危険を背負い続けてくれることへの感謝ではあるまい。

東日本大震災のあと、私たちはこの国を変えようとしてきたはずである。
何よりも命を貴び、災害に強い地域をつくる。そのために私たち一人一人も変わろうとしてきたはずだ。

◆安全の根拠はどこに

原発の再稼働を、このような形で今許すのは、間違いだ。新しい日本が遠ざかってしまう。

第一に、福島の事故原因がわかっていない。
まだ誰も責任を取っていない。
誰もきちんと謝ってはいない。
そういうあいまいさの中での再稼働なのだ。

政府はまるでピンポンのように、「責任」というボールを地元に投げ付けて、最終的には、野田首相、枝野幸男経済産業相ら関係閣僚の協議で決めた。

最後が政治判断というのは、間違いではない。
だが、それには大方の国民が納得できる科学的根拠が欠かせない。

政治判断のそもそもの根拠にされた安全基準は、経産省の原子力安全・保安院がたった二日で作った即席だ。
福島第一原発事故の張本人で、間もなく解体される予定の保安院が作った安全基準を、国民として信じられるはずもない。
新たな原子力規制機関の設置法は、まだ成立していない。
原発の安全をはかる物差しが、今この国には存在しないのだ。

ところが、関西電力が一方的に主張する「この夏14・9%の電力不足」という予測だけを前提に、流れ作業のように再稼働へと判断が進んでいった。

非常時の指揮所になる免震棟と放射性物質のフィルターがついたベント(排気)設備は、それぞれ二〇一五年度、防潮堤のかさ上げは来年度にしか完成しない。
地表がずれて原子炉を損傷させる恐れがあると専門家が指摘する、原発直下の断層に至っては、再調査の予定もないという。

後ずさりする政治をよそに、私たちは、今も変わろうと願っている。
政府がなすべきことは、綿密な節電計画を立てて、国民によく説明し、協力を求めることだったのではないだろうか。私たちは喜んで受け入れた。

◆世界はグリーン経済へ

太陽光パネルや家庭用燃料電池を取り付ける家が増えている。装いは涼しく、エアコンは、ほどほどに。打ち水をし、風鈴を軒に下げてみるのもいい。際限なき電力依存から抜け出そう。

モニターの数字を見ながら、ゲーム感覚で節電を楽しむ家庭も増えた。

多くの企業は、直接の経費節減につながり、ビジネスチャンスの宝庫でもある省エネへの取り組みをやめるはずがない。

二十日からブラジル・リオデジャネイロで始まる「国連持続可能な開発会議」もテーマに掲げたように、世界の潮流は、省エネ、省資源のグリーン経済だ。

経済の繁栄は、原発ではなく持続可能性の上に立つ。
技術立国日本こそ、グリーン経済移行の先頭に躍り出るべきなのだ。

そのためには、原発の寿命を最大でも四十年と厳しく定め、この間に風力や太陽光、太陽熱の効率利用に磨きをかける。

移行期間は水力や火力でつなぐ。クリーン・コール(有害排出物の少ない石炭燃焼)技術などを駆使した小規模な発電所を、可能な限り地域に分散配置して、高度な通信技術で需給の管理を図るエネルギーの地産地消が望ましい。

廃熱を利用し、蓄電技術に磨きをかけ、国内に豊富な地熱や森林(バイオマス)などの資源も、もっと活用すべきである。

日本経済の未来をひらいてくれるのは、原発ではなく、積み上げてきた省エネ技術なのである。

国民は原発の立地地域にも、深い理解を寄せている。原発の危険と隣り合わせに生きてきた地元の痛みを感じている。

原発マネーが支える暮らしは永続しない。
電力への依存をお互いに改めて、この国全体の体質改善を目指したい。

◆なし崩しは許さない

大飯原発3、4号機は、動きだす。
しかし、例えば四国の伊方原発、北海道の泊原発と、再稼働がなし崩しに進むのを、私たちは恐れる。
安全と安心は立地自治体はもちろん、日本全体が求めてやまないものだから。

福島の教訓を教訓以上の成果にするため、私たちは立ち止まらない。
福島に報いることでもある。原発推進、反対の立場を超えて、持続可能な新しい日本を築く。

同じ日の同紙コラム「筆洗」も紹介します。

筆洗   2012年6月17日

全国の原発がすべて止まったのは五月五日の「こどもの日」だった。
きょうの「父の日」を前にして、関西電力大飯原発再稼働が正式に決まったのはどこか示唆的である
▼福島第一原発の事故では、何万人もの人が故郷を失う代償を払った。
子どもの未来のために、原発に依存しない社会の実現を願う気持ちを、強圧的な父権が経済原理で蹴散らす。
そんな構図が見えてくるからだ
▼大飯原発を皮切りに、野田政権は停止中の原発を順次、再稼働させたいようだ。
その理由も電力の不足というより、燃料費の高騰で電気料金が上がると、国民生活に影響が出るという理由に変わってきている
▼消費税増税関連法案の修正協議は民主、自民、公明三党の「密室の談合」で合意したが、増税の生活への影響は電気代の値上げの比ではない。
増税の大義名分が「子孫につけを残さない」というなら、原発ほど膨大なつけを残す存在もないだろう
▼首相官邸の前などには連日、多くの人が集まり、再稼働に反対する声を上げた。
震災後に亡くなった岸田衿子さんの詩を引く。
<一生おなじ歌を 歌い続けるのは/だいじなことです むずかしいことです/あの季節がやってくるたびに/おなじ歌しかうたわない 鳥のように>
▼震災の前に、時計の針を戻そうという流れが急速になっている。
それにあらがうには、歌い続けるしかない。


以下は、2週間ほど前の東京新聞の社説です。

【社説】
「大飯」再稼働へ 地元の苦悩を思いやれ   2012年6月1日

関西電力大飯原発3、4号機の再稼働について、政府は「安全」を置き去りにしたままで、七月実施に突き進む。
「最後は私の判断で」と野田佳彦首相。
無策の政府に、どんな責任がとれるのか。

すべてがあいまいなまま、ずるずるとことが進んでいく。
明確なのは、七月二日というタイムリミットだけ。
この夏のピーク時に、管内で14・9%の電力不足になるという試算に基づき、関西電力が15%の節電要請を出す日である。

起動したあと、フル出力に達するまでに六週間。七月二日から逆算し、早々に再稼働を決めてしまいたいという、つじつま合わせの計算だけが、そこにある。

国会の調査結果が、教訓として生かされたわけではない。
科学的根拠も薄く、国民の安全という物差しは、見当たらない。

最後は政治判断と言うものの、責任逃れの応酬は目に余る。
福井県は、まず首相に明確な責任ある見解を求めるといい、政府は、地元の同意を待つと、福井県にボールを投げ返す。

拙速な再稼働に反対のようだった関西広域連合は、再稼働を容認したとも、していないとも受け取れる、抽象的な態度になった。
再稼働を決めた責任も、万一、大停電が起きたときの責任も負いたくないのだろうか。だから、あいまいなものになる。消費者、市民の多くが節電への挑戦を覚悟しているというのにだ。

福島第一原発事故から一年余、政府はいったい何をしてきたのだろうか。
この国のエネルギー政策をどうするか、原発をどうするか、具体的な未来図を示せない。

電力会社は、十分にデータを開示しないまま、停電と値上げの心配だけを押しつける。

この間、国の無策と無責任に翻弄(ほんろう)され続けてきたのが、地元おおい町であり、全国の電力消費者にほかならない。

財政の約半分を原発関連の交付金などに依存するおおい町にとって、原発の存廃は死活問題だ。
町民の多くは安全と生活の糧のはざまで、心引き裂かれるような状態が続いているに違いない。
だが、大飯原発の寿命もせいぜいあと二十年。未来を生きる世代のために、原発に代わる地域おこしを、考え始めるべきときだ。

これまで苦悩を押しつけてきた消費地の責任として、新しい未来をともに考えたいし、応援もしたい。
そのためにも、安易な再稼働をこのまま許すべきではない。

ご案内

2012-06-16 17:57:43 | 構造の考え方
「日本家屋構造」の紹介、次回分は、ただいま編集中です。もうしばらくかかりそうです。
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

NPO「伝統木構造の会」から、
奈良県今井町の重要文化財「高木家」について、
増田一眞氏による構造解析講習会を開催する旨、案内をいただきました。
承諾を得ましたので、転載させていただきます。
  高木家は、幕末に、奈良・今井町の大和川沿いの低地につくられた商家。
  竣工時から何度も地震に遭遇していますが、健在の建物です。下記で紹介しています。
   「日本の建築技術の展開-29
   「同-29の補足
   「同-29の補足・ふたたび
   「高木家の地震履歴
   「日本の建物づくりを支えてきた技術-33・・・・高木家の竿シャチ継ぎ」(追加 17日 14.38)

詳細は、「伝統木構造の会」にお尋ねください。  
  

 

「日本家屋構造」の紹介-7・・・・継手(つぎ て)

2012-06-09 17:53:46 | 「日本家屋構造」の紹介
 

[文言追補 10日 6.00、10日 8.18、10日 14.56]

  追記 「木の暮しブログ」に、プレカット工場で加工した継手・仕口の事例が紹介されています。
      いわゆる機械によるプレカットでも、伝来の継手・仕口の加工:刻みができます。
      註 大工さんが加工場で手作業で行なう刻みも、実は“ pre-cut ”なのです。[13日 16.58]
   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今回は、「日本家屋構造」から、「継手」の項の紹介。

   なお、先回大きな図版にしましたが、かえって見にくいので、今回は画面に納まる形にしました。
 
はじめは、「継手(つぎ て)」の定義から。
「第一 継手及びその男木と女木」
「継手(つぎ て)とは木材の長さを増すため、木口(こ ぐち 小口)を継ぎ合わす方法をいう。そして、枘のように突出している方を男木(おぎ)、対する方を女木(めき)と通称する。
   注 現在は「上木(うわ ぎ、うわ き)」「下木(した ぎ、した き)と呼ぶのが普通です。
      うわっき、したっき と呼ぶ地域もあります。 
この書の「仕口(し くち、し ぐち)」の説明も記します。
「仕口とは枘、目違い、追入れ、蟻、渡り、欠きなど、木材の切組み方のことをいう。」
   注 「日本建築辞彙」の解説は以下
      [継手:つぎて 木、鉄などの長さを増すための接合をいう(英語 Joint )]
      [仕口:しぐち 木に枘(ほぞ)を付け、目違(め ちがい)を立つることなど、すべて組手、差口などを言う。・・]
   補注1 英語では、継手、仕口とも Joint です。
   補注2 「文化財建造物伝統技法集成」(文化財保存技術協会 編)所載の「定義」は、下記の通りです。

次は原本の第十八・十九図の説明。図を再掲します。

「第十八図は、『蟻継 ありつぎ』といい、材料の上面の幅を1としたときの各部の寸法(比率)は図の通り。
側面に見える『段』を『敷面 しきめん』あるいは『腰掛』という。
図の上段、左側の図の下部の1/4と表記のある突起部は『目違 めちがい』と呼び、この図のような場合を『腰入れ目違(こしいれ めちがい)』という。
   注 [・・・敷面下に目違を立つることあり、これを斯く称す](「日本建築辞彙」)
『蟻継』は、多くは仮建物の桁、母屋などに用いられる。
『軒桁』などの『継手』は、柱上部の真:芯で継ぐことは稀で、柱より右または左へその木材の成:丈(せい)の2.5~3倍くらい伸ばした位置につくる。これを『持出継 もちだしつぎ』という。
『継手』の設け方には、このほかに、柱上部の真:芯で継ぐ『真継 しんつぎ』があるが、多くの建物では、柱の上部に小屋梁が架かるので、その部分が複雑になり、弱くなるので、『持出継』とする方がよい。」

「第十九図を『鎌継 かまつぎ』と呼び、材料の上面の幅を1としたときのその長さ、各部の寸法は図示の通り。
突起部の中央部を『螻首 けらくび』といい、女木穴の深さに対して1/10程度の滑り勾配を付ける。
勾配の始まりを『上端真:芯(うわば しん)』にとる場合と、『底真:芯(そこ しん)』にとる場合とがある。
上端真:芯とは、木材の上端に於いて継手の長さを二等分した位置、底真:芯とは穴の底に於いて長さを二等分した位置のことをいう。」
   注 [螻首 くびれた形をいう。](「日本建築辞彙」)
      螻 音はロウ けら。おけら。虫の名。螻姑(ろうこ)。(字通)(新漢和辞典) 
   補注1
   この書の図は、各部の寸法を比率で示している点、分りやすい。
   補注2
   「蟻継」「鎌継」とも、仕事の手順は、①「下木」を据え、②「上木」を上方から落し込む。
   したがって、上方に「上木」を動かす一定のアキ:余裕があることが必要です。
   補注3 
   文中に「・・・多くの建物では、柱の上部に小屋梁が架かるので、その部分が複雑になり、弱くなるので、
   『持出継』とする方がよい」とあります。
   しかし、詳しくは今回の最後に触れますが、骨組の強さを確保する点で、
   骨組の主要な部材である「梁」や「桁」を「蟻継」「鎌継」の「持出継」とすることは奨められません。
   特に、「蟻継」「鎌継」による「持出継」を設けた個所に「筋かい」を入れた場合は、
   地震や暴風などで横からの力が加わったとき、
   継手部が持ち上げられたりして、簡単に破損する(はずれる)ことが考えられます。
[文言追補 10日 8.18]
   補注4
   「日本の建物づくりを支えてきた技術-17の補足」で、「鎌継」の変遷・諸相について紹介しています。[10日 14.56]    

次は第二十、二十一図

「第二十図は『金輪継 かなわ つぎ』という。左右の材は同型。
『継手』の長さは、木材の成:丈(せい):高さの3~3.5倍。左右それぞれの材の端部に設ける突起ぶ:『目違 め ちがい』、および中央の『栓 せん』(図の斜線部)の大きさは、木材の上端の幅の 1/7~1/8 程度の正方形とする。
この継手は、土台の継手、あるいは柱の『根継ぎ ね つぎ』などに適している。
いずれの場合も、見え隠れ:目に入らない面に継目を設ける」
「第二十一図は、『尻挟継 しり はさみ つぎ』と呼び、両端の『目違い』部が側面に現れない以外は『金輪継』と同じである。『目違い』部が見えないので、外見を気にする場合に用いる。用途は『金輪継』に同じ。」
   注 『根継ぎ』[柱などの下部の腐朽部分を取除き、新材にて補足することをいう。(「日本建築辞彙」による)
   補注 
   この継手の仕事の手順は、①どちらか一方を先に据え、
   ②『栓』の厚み分(図の場合 1/8 =『目違い』の深さ分)ずらして横から滑らせ、
   ③『栓』を打ち込み、両者を密着させる(『栓』に勾配が付いているので、打ち込むにつれ材が他方に押し付けられる)。
   継がれた2材は、きわめて強く接合され、その強さは1材と変りはない、とされている
   『根継ぎ』は、①架構を若干浮かせておき(土台がある場合は、柱の枘の長さ分以上)、
   ②柱の腐朽部分を切取り、切断面の端部を加工し(「刻む」という)を行い、
   ③所定の長さの新材の端部を同様に刻み、④新材を旧材の横から差し込み『栓』を打ち、⑤架構を元の位置に戻す。
   ただし、ホールダウン金物などで基礎に固定されている場合、「根継ぎ」は不可能です。
   
次は第二十二、二十三図。

「第二十二図は『追掛大栓継 おいかけ だいせん つぎ』と呼び、継手の長さ、『目違い』とも、『金輪継』と同じ。接合を容易にするため、中央の接続面に、成:丈の 1/10 程度の勾配(滑り勾配)をつくり、滑り落とした後、(図のように)側面から2本の『大栓』を打つ。『栓』には、堅木を使う。この継手は、『軒桁』や『母屋』に適す。」
   補注 
   「おっかけ だいせん つぎ」と呼ぶ地域もあります。
   この継手は、下になる材(「下木」)と上になる材(「上木」)から成り、①「下木」を据え、②「上木」を落し込む、
   という手順を踏みます。
   したがって、上部に成:丈以上の余裕がないと仕事ができません。

「第二十三図は、『鯱継 しゃち つぎ』と呼び、大体『鎌継』と同じ働きをするが、上部に落し込む分の高さの余裕がない場合に用いられる。
すなわち、部材の長手の方向で竿の方を差し入れ、2枚の『鯱栓 しゃち せん』を打つことで2材を密着させる。各部の寸法は図のような比率とする。
『栓』には堅木が使われる。
この継手の用途は、『足堅め あし がため=足固め』や『差鴨居 さし かもい』などである。」
   補注
   現在は一般に『しゃち継、シャチ継』と書きます。
   『しゃち栓』には、勾配が付けられていて、打つにともない、2材が密着します。
   材の長さ方向の移動で継ぐことのできる継手の一。
   効能は『鎌継』に似てはいますが、『鯱栓』で締めるため、『鎌継』よりは強くなります。
   『通し柱』に横材(『足固め』、『差鴨居』、『梁』など)を取付ける場合に多用されます。
   補注2
   「日本の建物づくりを支えてきた技術-34」で、「柱」に「横材」を「シャチ継」で取付ける方法を、
   模型写真で説明しています。[10日 14.56]

次は第二十四、二十五図。

「第二十四図は『茅負 かや おい』に使う『鎌継』の変形の継手。上半分を斜めに切ることで、多少見栄えをよくする方法。」
   補注 
   このような化粧を目的とする手法は、中世では化粧のための材だけに使われるのが普通でした(後註参照)。

第二十五図は、『貫』の継手各種。
甲は、柱の四方から貫を通す場合に使われる継手で、『鎌継』の一と言える。貫の幅を二分して図のような形をつくり、嵌め合わせた後(柱内に通し)『楔』を打って締め固める。
乙は、柱の左右から差すときの継手で、これも『鎌継』の一。柱の幅よりも四・五分(12~15㎜)ほど少ない幅を二分して、滑り段を付けた形に切り欠き、継ぎ合わせる。
丙は、『枘鎌継 ほぞ かま つぎ』で、穴に差し込んだ後。『込栓 こみ せん』を打つ。
丁は、柱の小口の断面を示した図。
隅柱に於ける『貫』の『仕口』は、通常、桁行を『上小根枘 うわ こ ね ほぞ さし』、梁間を『下小根枘 した こ ね ほぞ』として差す。『楔』の打ち方も、これと同様にする。」
   注 「小根枘」 「日本建築辞彙」の解説は以下。
      [図の如き枘。枘の根元に突起を付することを「腰を付ける」という。
      根元全体を「大根(おおね)」という。]
      
     柱に同じ高さで横材が取付くとき、このように枘を二等分して交差させるのが一般的な方法です。
     「うわっこね」「したっこね」のように発音する地域もあります。
   補注
   いずれも、2材を継いだ後、柱に差し込みます。その場合、「貫」を通す穴は、「楔」の厚さ分、
   大きくあけておくことになります。

次は第二十六図。

「これは、一名『宮島継 みやじま つぎ』と呼ばれる継手。『交喙鳥継 いすか つぎ』と同じ。継手の長さは、材の成:丈の二倍くらいとし、上端では3.5倍~4倍くらいとして図のような工作を施す。天井の『竿縁』の継手に用いられる。」
   補注
   交喙(鳥)=鶍 いすか スズメ科の小鳥の名前。嘴は曲って上下くいちがう。(「新漢和辞典」)
   この鳥の嘴のように、上下くいちがっている形から付けられた名称と思われます。
   見かけを綺麗に見せる化粧のための継手です。強さを要する部分には使いません。
   『竿縁』の継手に使うとありますが、通常の大きさの建物では、継がなくてもつくれます。
   大広間など、広い天井で必要になり、考え出されたものと思われます。
   このように組むことで、継がれた材相互に段差ができるのを防げ、また、継いだ面も気にもなりません。
   
   なお、この書物では、骨組本体のために必須な継手と、見栄えをよくするための継手を同列で解説していますが、
   継手は目的によって(強さを求めるか、見栄えを大事にするか)選択する必要があります。[文言追補 10日 6.00]


後 注

柱と柱の間に横材を架けると、冂型をした架構になります。
通常は、この架構が横並びします。
この架構の横材上に物が載ると、横材が下方に曲ろうとし、その影響は、両側の柱へと伝わります。
柱と横材のつなぎ方で、柱への影響の伝わり方は異なります。

木造建築の場合、地域によらず、始原的な事例では、すべて、この形を採ります。
しかし、「持出継」にすると、様相が変ります。
たとえば、柱間10に対して、横材が左から1の位置で継がれていたとします。
その継手が「蟻継」あるいは「鎌継」の場合、継がれた横材に物が載ったとき、架構は冂型の形はしていても、その影響は片側の柱にしか伝わりません(まったく0ではありませんが)。
「継手」のところで、影響の伝達が途絶えてしまうのです。
極端な言い方をすれば、「 をした架構に物が載っているのと同じことになり、冂 型の場合に比べると、柱への影響が大きくなり(増えてしまい)、架構は数等弱くなってしまうのです。一本の柱で横材を支えているのに等しいからです(普通、「片持梁」と読んでいます)。
もっと簡単に言えば、継がれた横材が、継手位置で、容易に折れてしまう。
それゆえ、
「・・柱の上部に小屋梁が架かるので、その部分が複雑になり、弱くなるので、『持出継』とする方がよい」
との解説は、いかなる「継手」にも通用するわけではなく、限定されます。
「持出継」に通用する継手は、「追掛大栓継」「金輪継」などに限られます。

建物本体の架構で、「持出継」がいつごろから「一般化」したか、以前に調べてみたことがあります。
   建物本体=建物の強さを決める部分(普通、「構造部材」と呼ばれています)。
どうやら、近世(の初め?)までは、通常、架構の本体に「持出継」を使うことはなかったようです。
少なくとも、中世には、「蟻継」「鎌継」や「持出継」は、見栄えを求める欄干などいわば化粧材に使うのが普通で、強さを要求される「梁」や「桁」などに使う事例はないようです。
想像ですが、「持出継」は、「見栄え」「形式」を重視する武家の住宅などで、近世(の末期?)になり、増えだしたのではないか、と思っています。
この点について、下記で触れています。
日本の建物づくりを支えてきた技術-25・・・・継手・仕口(9)中世の様態
同-26・・・・継手・仕口(10)中世の様態:2

  私も学校で、「持出継」が正道のごとく教わりました。
  本来「真:芯継」が当たり前であったことを知ったとき、それこそ目からウロコでした。
  考えてみれば、その方が理に適っているのですが、そのことに気付かなかったのです。

この国を・・・・26:べつの道

2012-06-04 15:11:29 | この国を・・・

追記 9日 9.17
昨夕、原発再稼動を是とする総理《説明》を聞いて、日本語というのは、こんなに軽いものだったろうか、と疑問を感じました。
《語感》や《イメージ》だけで、利用者・使用者に使用の感想を聞くCMと変らなかったからです。
CMだって、これは「個人の感想です」との断りを入れる。断りなしでは「倫理違反」になるのです。
昨日の説明は、それと同じ。「総理個人の感想」に過ぎない。断り書きを入れるべきでしょう。
軍隊と同じに、原発は、総理個人が稼動の権限を持つ?
国民、国民と言うけれども、その中に福島をはじめ、原発事故の影響で苦しんでいる多くの人たちは、入っていますか?

日本というのはこんな精神風土だったのでしょうか?
否です。まったく否です。ある方がたに「独特の」《精神》にすぎません。

以下に、総理の《説明》について論評した東京新聞の社説を転載します。
まったく同感です。

東京新聞 6月9日付 社説 段落を変えてあります。

「大飯」再稼働会見 国民を守るつもりなら    2012年6月9日

国民の生活を守るため、野田佳彦首相は関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させるというのだろうか。
国民は知っている。その手順が間違っていることを。このままでは安心などできないことを。

これは原発再稼働への手続きではなく、儀式である。

西川一誠福井県知事の強い要請を受け、従来の発言をなぞっただけ、西川知事にボールを投げ返しただけではないか。
誰のための記者会見だったのか。
いくら「国民の生活を守るために」と繰り返しても、国民は見抜いている。そして儀式には、もううんざりだ。

国民は、首相の言葉をどのように受け止めたのだろうか。

「スケジュールありき、ではない」と首相は言う。しかし、長期停止した原発のフル稼働には六週間ほどかかる。
そのような再起動の手順を踏まえた上で、小中学校が夏休みに入り、電力需要が本格的に高まる前に原発を動かしたいという、“逆算ありき”の姿勢は変わっていない。

経済への影響、エネルギー安保など、原発の必要性は、執拗(しつよう)に強調された。だが国民が何より求める安全性については、依然置き去りにしたままだ。

「実質的に安全は確保されている。しかし、政府の安全判断の基準は暫定的なもの」という矛盾した言葉の中に、自信のなさが透けて見えるようではないか。

会見で新たな安全対策が示されたわけでもない。
緊急時の指揮所となる免震施設の建設や、放射能除去フィルターの設置など、時間と費用のかかる対策は先送りにされたままである。
これでどうして炉心損傷を起こさないと言い切れるのか。どんな責任がとれるのか。首相の言葉が軽すぎる。

未来のエネルギーをどうするか。脱原発依存の道筋をどのように描いていくか。
次代を担う子どもたちのために、国民が今、首相の口から最も聞きたいことである。それについても、八月に決めると先送りしただけだ。

「関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町だ」と首相は言った。言われるまでもなく電力の消費者には、立地地域の長い苦渋の歴史を踏まえ、感謝し、その重荷を下ろしてもらうためにも、節電に挑む用意がある。
ともに新たなエネルギー社会をつくる覚悟を育てている。
そんな国民を惑わせ、隔ててしまうのは、その場しのぎの首相の言葉、先送りの姿勢にほかならない。
  
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[末尾に、追記しました 5日 11.45]

東京在住の知人から次のようなメールをいただきました。
   ・・・・・・・
   実は今日「改正省エネルギー法を考える」勉強会に行ってきました。
   2020年には「次世代省エネルギー基準」が全ての住宅で義務付けられるとのこと。
   仕様規定で行く場合、東京では壁に110mmの断熱材が必要です。
   「次世代省エネルギー基準」的には窓の少ない閉鎖的な住まいが良いらしいです。
   そして省エネ・省CO2・長期優良住宅などの補助事業には税金がジャブジャブ使われています。
   おかしなことになっています。
   多少の暑さ寒さに耐えられる頑丈な身体を作る方が、私は大事だと思うのですが・・・。
 
これは、国土交通省が行なっている「次世代省エネルギー基準2012」についての《対応》を考える「勉強会」のようです。

すでに、2000年ごろから《住宅性能評価》という《制度》が出回っています。住宅の《品質確保法》が基にあります。
要するに、この法律が定める《指標》によって、住宅をランキングする、というもの。
  この内容が、いかに non-scientific であるかについて、下記で触れています。
  「観察、認識、そして『分る』ということ-3

メールにある「東京では壁に110mmの断熱材が・・・」というのは、法律が、日本をいくつかの地域に分け、各地域ごとに《評価基準》が異なるからです。
簡単に言えば、地域ごとの「環境条件」(例えば平均気温とか・・)によって異なる。

しかし、「地域によっても変らないもの」が《評価》の前提になっているはずだ、と私は見ています。
すなわち、いわゆる「都会風の暮しかた」を前提にしている、ということ。
つまり、都会の家込みのなかで、極力「外気」を内に入れず、「内気」を「空調(空気調和:air-conditioning ) 」によって維持するのが当たり前、という暮しかた
別な言い方をすると、「内気」を心地よく維持するために、「外気」を平常状態よりも熱し(夏季)、あるいは冷やす(冬季)のを当たり前、と見なす暮しかた

緑に囲まれ、適宜に風を内に通し、自然の恵みに応じて暮す暮しかたはまったく念頭にない、ということ。
往時の日本人の暮しは、すべて、どこでもこうだったのです。
場所によって違うのは、開口部の量と開口装置のつくりかた
  何度も書いていますが、
  「内法までの引戸(雨戸も含む)+開閉可能な欄間」、「縁側を設ける」などは、
  最高の「対応」、と私は考えています。
  そして、
  現在の都会の姿をつくってしまったことこそが、エネルギー浪費の最大の因なのではないでしょうか

     
人びとは、地域の状況に応じて、適切に対応していた
当たり前ですが、同じ地域のなかでも、均一ということはなかった
どう対応するかは、暮す人、それぞれの判断。これが当たり前。
法令が暮しかたを規定する、などというバカなことはしなかった
人びとは、為政者も含め、聡明だったのです。

ことによると、そんなバカな、それではメチャクチャになってしまうではないか、と思う方も居られるかも知れませんが、それは、「現在が当たり前である、と思い込んでいる」からです。
「現在の様態」は、決して当たり前ではないのです。現在のいわゆる「都会の暮しかた」を、「世界標準である」などと思わないでください
   メチャクチャなのは、日本の都会の姿の方なのです。それは、人の暮す場所として「異常」なのです。
   決して「標準」ではない、そのことに気付く必要がある、と私は思っています。
   「SURROUNDINGS について-12」でも触れました。


この件にも通じる論を、今朝の毎日新聞で、山田孝雄氏が展開していました(朝刊「風知草」)。
まったく同感です。コピーを転載します。


蛇足ですが、私は、小学校で、頭からDDTの粉末をかけられた世代です。


追記[5日 11.45]
昨日、・・・現在の都会の姿をつくってしまったことこそが、エネルギー浪費の最大の因なのではないでしょうか、と書きました。
この点について補足します。

たとえば、東京23区内(他の大都市でもそうでしょう)。
電車に乗る人で、JRも私鉄も、時刻表を持っている人はいないでしょう。待っていれば直ぐに来る。時刻表など不要。山手線なら、一時間に20~30本のときがある。
なぜ、そんなに本数が多いのか。乗る人が多いからです。
なぜ多いか。人口が多く、通勤者がある一帯に集中しているからです。
なぜ、集中しているのか。その方が、仕事の進行上、「効率がいい」からと思っているからです(この IT 全盛の世でも・・)。・・・
そして、その電車は、どれも、車内「空調」用機械を積んで動いています。夏ならば、生じた熱を振り撒いて走っています。
膨大な電力を使いながら・・・。

その一方で、私の暮す地域では、バスは廃止されています。採算上、「効率がよくない」からです。
で、どうなるか。車に乗れる人は車を運転します。運転できない人は、誰かに乗せてもらいます。乗せてもらえない人は・・・、不便をかこつしかありません。
一家に2台はあたりまえ。   註 最近、行政の予算で、1ルートだけ、一日5本運行されるようになりました。

あれもこれも、「均衡」がとれていないないからです。
そして、この不均衡こそが、エネルギーを非効率的に消費しているのです。
省エネの根幹は、《断熱材》を厚くするなどという小手先の策ではなく、この不均衡の基を除去することだ、と私は考えています。
   註 世の中に、断熱材は存在しません。あるのは「保温材」です。熱伝導の少ない材。
では、どうするか。
たとえば、都会の電車の本数を50%減らすのです。そして、「空調」もやめるのです。
どうなるか。猛烈な混雑になるでしょう。夏は猛烈に暑いでしょう(冬は空調不要かも・・・)。痛勤になります。悲鳴をあげる人も出てくるでしょう。
でも、バス1本もない地域では、ずっと、人びとが悲鳴をあげてきているのです。

都会に暮すなら、電車は込むのが当たり前・・・。空気が汚れているのは当たり前。・・・
そうなれば、都会に暮すのがイヤになる方がたも出てくるでしょう。
これが最高の都市計画。人口集中が「自動的に」減るはずだからです。
都会だけを「便利」にしてはならないのです。
都会を、不便な場所にしようではありませんか。バス1本もない地域と同じように。

  註 こういう私の考え方は、東京にいたときに「育まれた」ものです。

この点については、すでに下記でも触れています。
本末転倒の論理・・・・『複雑系』のモデル化を誤まると