建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

近時雑感 : 風薫る

2014-04-28 10:00:00 | 近時雑感


神社の杉の林の中で、杉の背丈を超えて枝を張るの若葉です。
欅をツキノキと呼ぶ地域があり、の字が当てられていますが、この姿を見ると、それは、「突き」からきた呼び名ではないか、と思いたくなります。
樹々の緑が日ごとに濃くなってきました。
いい季節です。気象情報では花粉の飛散は少なくなった、とのことですが、未だにくしゃみは出るは、目はかゆいは・・・・・。
まわりを杉檜の林で囲まれているのだから、そして日ごろそういう環境を満喫しているのだから、文句を言う方が間違っている・・・・・・、そう思いながら過ごしています。

過日の記事で紹介させていただいた東京新聞の連続社説「ドイツは失敗したかには、その後2回の連載がありました。
福島原発の事故を機に、当事国の日本とは逆に、国を挙げて脱原発に舵を切ったドイツのありようについての論説です。
今回、その続き2回分を TOKYO Web から、印刷、転載させていただきます。



ドイツの人びとは、あくまでも理性的だ、目先の利を追い求めずに、を通す。これが私の読後の感想でした。

「日本家屋構造・中巻:製図篇」の紹介-20 :附録 (その5)「仕様書の一例」-2

2014-04-25 15:05:43 | 「日本家屋構造」の紹介


二十九 普通住家建築仕様書の一例(一式請負の時)」の項の原文を編集、A4判6ページ(右上に便宜上ページ番号を付してあります)にまとめましたが、今回からは、先回の「建築概要」に続く仕様の具体的内容部分(2~6ページ)の紹介になります。

原文を、編集したページごとに転載し、現代語で読み下し、随時註記を付す形にします。
なお、現代語で読み下すにあたり、工事順、部位別に、大まかに「分類見出し」を付けることにしました。

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[註記追加 30日 17.00]

はじめに2ページ目の原文

以下、現代語で読み下し。

地形(地業)基礎工事
 敷地の高下を均し、水盛り・遣り方を設ける。
 建物の側まわりの布石
  大小便所まわりを含め、深さ8寸幅1尺5寸の布掘に根伐し、割栗石を厚さ6寸以上敷きタコ付きする。
  布石は、房州(安房国)産の本元名石(ほん もとな いし)の尺三角を、見えがかり、合口は小叩き仕上げ、上端に水垂れ勾配を付け、入念に据え付ける。
    註 房州元名本山:房州産の本元名石の意と会します。
       元名石:安房郡元名村より算出する凝灰砂岩石なり。(「日本建築辞彙 新訂版」)
       尺三角:石材の規格寸法と解します。並尺三:8寸5分×7寸5分×2尺7寸
       「日本建築辞彙 新訂版」では、尺三角とは「豆州、駿州などより出る青石にして、並尺三は8寸5分に7寸5分・・・」とありますが、
       ここでは、文意から見て「規格寸法」の意と解しました。
 間内柱および床束礎石
  柱の礎石:上端幅1尺5寸、深さ1尺の壷堀とし、割栗石を厚さ8寸敷きタコ突き、径1尺2寸以上の玉石を地面より3寸上りに据え付ける。
  床束の束石:あらかじめ小タコ突きして固めた地面に、径8寸以上の玉石を据え、改めて(石の上を)タコ突きして固定する。
  大小便所の便槽:内外とも釉薬をかけた本四荷入り*の瓶(甕:かめ))を埋め込み、まわりを三寸以上の厚さのたたきとし、上面を厚2分ほどのセメント塗り。
    註 下須瓶(げす がめ):汲取り便所の便槽。下須下種の転訛か?
       本四荷入り:瓶(甕)の容量で、「正四荷入り」の意と解します。
       「漆喰」の調合に際していただいたコメントで、1荷=1/100立坪=0.01×1.8³㎥≒0.058㎥≒60㍑ とご教示いただきました。
         したがって、四荷≒0.23㎥≒200~240㍑ぐらいか。
       三州叩き:風化花崗岩を主とする土に石灰および苦塩を混ぜて叩き締める仕上げを叩き:たたきと呼ぶ。三河(三州)産の土が良品とされた。
             ゆえに三州叩き叩きの代名詞になった。土間の床などに用いる。(「日本建築辞彙 新訂版」ほかによる)
       セメント塗り:セメントモルタルの意か、あるいはセメントだけか不詳(セメントだけの場合もあったようです)。
木工事
 土台:ヒノキ5寸角削り仕上げ。継手金輪継柱枘の穴を彫る。隅の仕口襟輪目違い立て 小根枘差し
     玄関及び台所の入口の個所では、引戸用に溝突き鉋で敷居溝を彫る。
     玉石に当る部分は、3~4分刳り付け(いわゆるひかりつけ)、下端はコールタールを塗り、を飼うなどして、土台玉石に馴染むように据え付ける。
     註 をどこに飼うのか?実際は、ひかりつけを慎重に行い玉石に馴染ませるのではないでしょうか。
        土台隅の仕口襟輪目違い立て 小根枘差しは、下図の②図に相当するものと思われます。
         下図は、土台の隅部分の代表的な納めかた(茨城県建築士事務所協会「建築設計講座」テキストから)
         ①は、農家住宅などで普通に用いられている。確実な方法。
         ②は、隅をに納めるための基本的な方法。
         ③は、基本は②だが、見えがかりを重視し、見える面だけ留めで納める方法。
         ④⑤は、簡便、安易な納め。
     
        襟輪(えりわ)とは、上図の目違いと記した部分のように僅かに突出した部分の呼称。ゆえに、襟輪目違いは重複表記では?
      なお、「補足『日本家屋構造』の紹介-1」で、継手・仕口についての概略と土台まわりについて、この図も含め、説明していますので参照ください。

 :主屋 杉 仕上り3寸8分角
    縁側 杉 仕上り3寸6分角
    便所 杉 仕上り3寸4分角
    釣束 杉 仕上り3寸4分角
    いずれも、上下にを設け、貫穴および庇の腕木孔、間渡竹の穴を彫り、鉋にて上々に仕上げる。
    釣束は、上は(梁・桁に)寄せ蟻で、下は鴨居篠差蟻(しのさし あり)で取付ける。貫孔も彫っておく。
     註 寄せ蟻、篠差蟻は、「『日本家屋構造』の紹介-15」を参照ください。  
    にはを(土台~梁・桁間に)5通り設ける。継手略鎌継(りゃく かまつぎ)とし、隅柱へは小根枘差し楔締めで取付ける。
     註 原文の鎌継は、継手として多用される通称略鎌継を指すものと解します。
        略鎌継は、「日本の建物づくりを支えてきた技術-19の補足:通称『略鎌』」および「日本の建物づくりを支えてきた技術-19」を参照ください。
 軒桁:杉5寸角、持出し部分は松丈8寸以上×幅5寸。
     見付(みつけorみつき:正面のこと)、下端、上端とも鉋仕上げ。継手は追掛大栓継
     上端は垂木を掛ける小返を殺ぎ、下端に柱の枘穴、梁との仕口を彫る。
     隅の交叉部には、火打貫を通す。
     註 口脇、小返:後記の棟木の項の註参照。
     註 火打貫:入隅に於て、二つの桁などを固むるため、斜めに差し通したる貫をいう。(下図とも「日本建築辞彙 新訂版」による)
        下図のように、先細りの材を互い違いに打込むとのこと。天井内に隠れるので、目には触れない。
        私は実際に見たことがありません。現在の火打梁の前身と思われますが、火打梁よりも効果的でしょう。
        少なくとも近世までの遺構には見かけないようですので、見えがかり優先の脆弱な架構が増えてからの発案ではないかと思います。
     
  縁桁:杉磨き丸太末口5寸5分以上、柱の枘穴その他を軒桁同様に仕上げ、下端に欄間障子用の溝を彫る。
  便所桁:杉大4寸角4寸5分角のこと)、他軒桁同様に仕上げる。
  小屋梁:長さ2間    松丸太末口6寸5分 太鼓落し
        長さ2間半  松丸太末口7寸 太鼓落し              
        下端は桁当り及び上端は垂木下端で殺ぎ落とす。上端には(所定位置)に小屋束枘穴を彫る。
        註 下端の桁当りとは、敷梁、中引梁と交差する個所の意と解します。
           原文には、垂木上端にて殺ぎ落し・・・とありますが、垂木の下端にて、と解します。
        小屋梁継手台持継(太枘:だぼ:2箇所)。
        軒桁との仕口渡腮(わたり あご)(内側にを設ける)とする。
  飛梁:松丸太末口4寸5分~5寸、鹿子削り(かのこけずり :ちょうな:で斫ること)で調整、仕口は同前。
       註 このあたりについては、「『日本家屋構造』の紹介-12」を参照ください。
  棟木、母屋、隅木、束:杉4寸角を鹿子削り(かのこけずり :ちょうな:で斫ること)。上端及び口脇は削り仕上げ。
                 継手鎌継。柱の枘穴を彫る。
                 小屋束は、背なし杉中貫材:仕上り幅3寸2~3分厚6~6.5分)で縫う(楔締めのこと)。
                  杉中貫:市場品の規格 長さ2間、墨掛寸法(曳き割寸法)で幅3寸5分×厚8分 の材をいう。
                  背なし :丸身なし。
                  口脇小返(こがえり)付の木の横面をいう。[註記追加 30日 17.00]
                      たとえば、垂木の載る母屋の側面のこと。
                  小返:木の上端の勾配付の部分をいう。母屋の場合は、垂木の勾配なりに殺いだ部分。

  垂木:松 丸身なし2寸角を使用。面戸欠きを刻み、軒先部分は鉋削り仕上げ。1尺5寸間。
  広小舞、鼻隠し杉二番大貫(背なし)削り仕上げ。
       二番大貫墨掛(曳割)長さ2間 幅4寸×厚1寸の材(実寸幅3寸9分×厚8~9分)。
              二番・・・・は規格の呼称。一番赤身無節二番白太混じり・丸身なし三番は下等品。(「日本建築辞彙 新訂版」による)
  面戸板杉六分板を曳割り、削り仕上げ。
        六分板墨掛(曳割)6分厚 幅1尺以内の板材の呼称。実寸厚4.5分程度。材種は松、杉、樅など。(「日本建築辞彙 新訂版」による)  
  軒先裏板及び台所上裏板:材料 松六分板 上小節。(そば:次材との接続面のこと)は辷り刃(すべり は)を設けて張り上げる。
                     辷り刃:材の接する面を斜めにのように削ること。の部分を重ねて張る。刃重ね。(「日本建築辞彙 新訂版」による)
 野地(板)三寸貫小間返しに張る。
       三寸貫墨掛(曳割)長さ2間 幅3寸×厚7分(実寸幅1寸6分~2寸2分×厚3.5~5分)の杉材。
       小間返しに打つ:明きを同じにすることをいう。この場合は、板を材の幅と同じ隙間(明き)をとりながら張ること。
  引戸上枠・下枠大貫を削り拵え組立て取付ける。
        このように解しましたが、枠材の寸法が不詳ゆえ、大貫材で材寸が間に合うか不明です。
  引戸上小屋根:あらかじめ拵え取付けておく。
        註 この二項は、いずれも、建て方時に組み立てることを指示しているものと理解します。
  土居葺:杮板(こけら いた)葺き足1寸5分、軒先は二枚重ねとする。釘は入念に打つ。
  「棟折(むな おり)長板杉皮入折掛け押縁三寸貫打付け」:
    「杉皮を折り掛け、三寸貫の押縁で押さえる」と解しましたが、詳しくご存知の方ご教示ください!
  瓦桟:杉並小割(仕上り長さ2間 幅1寸×厚9分程)。
     小割 :木材の規格。大小割墨掛(曳割) 1寸5分×1寸2分の矩形断面の杉材。
                  並小割 :杉の4寸角12割(≒1寸3分×1寸)、または5寸角20割(1寸2分5厘×1寸)の杉材。
     一段目・軒先瓦の瓦桟の位置は、軒先より、もう少し上になるので、「軒先より8分入りに打付け・・・」の意が不明です。どなたかご教示を。
  軒唐草止木、葺き土止め上三寸貫を打付ける。
                   上三寸貫とは、三寸貫の上等品、赤身で丸身なし を指すと解します。             


    「木工事」の途中ですが、今回はこれまでにします。

           **********************************************************************************************************

このように、仕様について、きわめて詳細に述べられています。
おそらく、図面に記載がなくても、職方には、この仕様書があれば、意図が十分に伝わったものと考えられます。
これは、建築関係者の技術的基盤が、今に比べ高かったからではないか、と私には思えます。

まだA4で5ページ分残っています。
用語を確認するのに、思いのほか時間がかかりますので、次回まで少し間が明くかもしれません。ご容赦を!

「日本家屋構造・中巻:製図篇」の紹介-19 :附録 (その4)「仕様書の一例」-1

2014-04-19 15:00:00 | 「日本家屋構造」の紹介


今回は、「附録」から、「二十九 普通住家建築仕様書の一例(一式請負の時)」の項の紹介です。

原文を編集、A4版6ページにまとめました(右上に便宜上ページ番号を付してあります)。
編集した原文をそのまま転載し、ページごとに現代語で読み下し、随時註記を付す形にします。
この「仕様書」は、すでに紹介の「普通住家」を例としています。

分量がかなり多くなりますので、数回に分け、今回は最初の1枚目を紹介することにします。

最初の頁にまとめたのは、「建物の概要」の部分です。
最初に規模、階数などを示し、「附而(つけて)」として、各所の建具の構成、雨戸の戸袋、床の間の仕様、そして霧除庇などの外部附属物について、その概要が示されます。
   註 「附而」の意は色々と辞典で調べましたが不明。書かれている内容から、「附記」「補足」あるいは「摘要」というような意ではないか、と思われます。


  なお、原文転載部分に、行間の不揃いや歪みがあります。文字もかすれて読みづらい箇所があります。ご容赦ください。


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[第三図と記していましたが、誤記でしたのでに訂正しました 20日 9.45]

「第二図」:平面図、立面図:及び第三図:矩計図(この「仕様」の矩計は第三図の甲に相当すると考えられます)を再掲します。[に訂正 20日 9.45]



現代文で読み下します。

二十九 普通住家建築仕様書の一例(一式請負の時)(第二図参照)
  延坪数 22坪7合5勺 木造平屋建 1棟
   内 主屋
         建坪19坪 
           桁行4間・梁間3間半 及び 桁行2間半・梁間2間
           軒高 布石上端~軒桁峠:11尺6寸
           軒出:1尺5寸、庇屋の部分:2尺4寸
     葺おろし 
         建坪 3坪7合5勺
           桁行7間半・幅3尺
     ただし 屋根方形造、5寸勾配桟瓦葺き
         外部下見張り、内部壁塗り・床畳敷および板張り。
         その他、図面の通り。

   註 「合坪」は「延坪」の意と解します。
      当時、現在の「建築面積」「床面積」の別はなく、建物の平面的大きさは、常識的に、現在の「床面積」表記で示されていたのです。
      現在でも、法令の規定する「建築面積」という〈概念〉は、常識的感覚には、つまり一般には分りにくいはずです。
        「建築面積」は、「建蔽率」という〈概念〉のためにつくられた、と考えてよいでしょう。
        そして、「建蔽率」という〈概念〉が、「軒(の出)を設けないつくり」を流行らせた元凶である、と言っても過言ではありません。
        なお、1坪=10合 1合=10勺 
      「葺おろし」は、平面図の「縁側」および「便所」(第三図・甲の部分に相当)と解します。[に訂正 20日 9.45]
      「方形造」は、立面図から、現在の用語の「寄棟造」の意と解します。
      「方形造」(以下は「日本建築辞彙」の解説より)
        ① 四方の隅棟、一箇所に集れる屋根にいう。
          隅棟の会する所には、露盤その他の飾あり。これを宝形造とも書く。屋根の伏図は正方形をなす。
        ② 大棟の両端に隅棟集まれる屋根にもいう。明治時代の建築家は、多くこの意味に、この語を用いたり。
          又一部の人は、この如き屋根を寄棟造と称し居れり。
          されば明治大正時代に於いて、方形造、寄棟造、宝形造の意義は人により異なりて、甚だ混乱の状況なりき

附而
   註 原文の表記を、平面図と照合の上、場所(室名など)、内容(名称など)、大きさ等、数量、備考(位置など)の順に編集し直しました。
   註 極力、表の上下の文字が揃うように努めましたが、不揃いが生じてしまいました。ご容赦!

  場所       内 容                  大きさ等              数 量       備 考
 玄関      格子戸並びに雨戸          明き6尺・高さ5尺7寸        1箇所   北面
 台所      腰付障子並びに雨戸         明き9尺・高さ5尺7寸        1箇所   土間西面出入り口
 西側3畳    水板腰障子並びに雨戸       明き9尺・高さ5尺7寸        1箇所   西面
 北8畳     表出格子付 障子並びに雨戸   明き2間半・高さ4尺2寸・出8寸  1箇所   北面
 台所         同  上               明き2間・高さ4尺2寸・出8寸   1箇所   北面
 南北8畳    板腰障子                 明き2間・高さ5尺7寸        3箇所   縁側境
 北8畳     同  上                  明き6尺・高さ5尺7寸        1箇所   玄関境
 南8畳、3畳  両面上張り襖2枚立          明き6尺・高さ5尺7寸        2箇所   8畳~中3畳~台所3畳境
 南8畳     両面上張り襖4枚立          明き6尺・高さ5尺7寸        1箇所   北面3畳境
 押入中棚付  片面上貼り襖2枚立          明き6尺・高さ5尺7寸        3箇所   各8畳と西3畳の押入
    註 箇所数の齟齬から、平面図の中3畳~北8畳境の「障子2枚立」は、「襖2枚立」の誤記と解します。
 台所      両面上張り襖1本引き         明き3尺・高さ5尺7寸        2箇所   台所~8畳、台所~西3畳
 押入中棚付  肘壷釣り片開き戸           同 上                   2箇所   玄関、台所
 便所      片開き戸                 同 上                  1箇所   便所入口
 便所      片開き戸                 明き2尺・高さ5尺7寸        1箇所   大便所入口
 便所      外格子付障子引違          柱間2枚立・高さ1尺5寸      2箇所   便所南面
 外まわり    戸袋                    幅3尺・高さ6尺            6箇所   縁側3、玄関,台所西,西3畳各1、妻板張り
           表戸袋                  幅3尺・高さ4尺2寸          2箇所   北8畳、台所出格子部分
 縁側      雨戸                    長さ7間半・幅3尺
 縁側欄間   障子                    明き6尺・高さ1尺5寸        6枚    北8畳南面、南8畳南・東面
 床の間     板床                    幅6尺・深さ3尺            2箇所   南北8畳各1
 北8畳     霧除庇                  長さ2間半・流れ2尺         1箇所   北側出格子上
 台所      同 上                  長さ2間・流れ2尺           1箇所    同 上
 玄関      同 上                  長さ9尺・流れ2尺5寸        1箇所   北側入り口上
 台所西     同 上                   同 上                  1箇所   西側入り口上
 西3畳     同 上                   長さ9尺・流れ1尺5寸        1箇所   西側開口

   以 上



           **********************************************************************************************************

原文では、これに続き、仕様の詳細について具体的な記述が続きます。
内容は、現在普通に目にする いわゆる「(特記)仕様書」よりも、数等中味が濃い印象を受けました。

A4判に編集し直して5枚分ありますので、次回から順次紹介させていただきます。


近時雑感 : 春 たけなわ !

2014-04-14 15:15:00 | 近時雑感
昨日今日、暖かい日が続いています。
てきめんに体が軽くなります。

昨日の日曜日、私の所の西側、小さな谷一つ隔てた丘へ、ちょうど満開の山桜を見に行ってきました。

南傾斜の斜面の上端に生えている樹です。右手前の二本は栗の木。実生だと思います。栗の木に囲まれている場所は、近世の墳墓址と言われています。
丘の上一帯は畑地化されていますが、此処だけは残されているのです。まわりより、少し小高くなっています。

斜面の向うに、田起しの終った水田が見渡せます。もうじき水が張られ、このあたりでは、今月末からの連休は、家中総出の田植えになります。

私は、新緑の初め、芽を付けだした木々の間に咲く山桜が好きです。


今度の日曜日は、「かすみがうらマラソン」。私の所は、そのルートに囲まれているので、ほぼ一日、そこから外には出られなくなります。





近時雑感 : 「お墓にひなんします・・・・・」

2014-04-12 10:00:00 | 近時雑感
[追録追記 12日 10.55]

先回の「近時雑感: 民主主義とは?」に、今日12日、以下のようなコメントをいただきました。
   ・・・原発再稼働推進のエネルギー基本計画とやらが閣議決定されたそうです。
   自分のアタマで考えるために、他者への想像力は欠かせないと思います。
   そうすることで自分自身が逆に照らし出され、深く考える一助にもなると思うからです。
   私は被災地、被災者の方々に遠くから思いを馳せるしかありませんが、少なくとも「民主主義の根本精神」に照らせば、
   上記の決定とそれに賛同される方々に疑義を呈せざるを得ません。
   未だに、国土と個人の尊厳が奪われ続けているのに。・・・
まったく同感です。

4月7日付毎日新聞夕刊のコラム「憂楽帳」に、一記者の書かれた「言葉のちから」という一文がありました。
その中で紹介されている原発事故で故郷を追われ自ら命を絶った女性の遺した言葉が、表題の「お墓にひなんします」なのです。
全文をコピーして転載させていただきます。
   

「基本計画」なるものの「制定」に関わった方がたは、想像力以前に、はたして「事実を見る眼」をお持ちなのか、と疑いたくなります。彼らの念頭にあるのは、目先の金勘定だけなのでしょう。帰りたくても帰れない人たちの無念さなど、札束の陰に隠れて見えないのかもしれません。

このあたりについて、東京新聞の社説は、7日から昨11日まで、「ドイツは失敗したか」という表題で、「ドイツの脱原発政策」について論じていました。
脱原発にともなう諸問題がよく分ります。
日本の偉い方がたが見向こうとしない諸点を、ドイツの人びとは文字通り真摯に考えているようです。

TOKYO Web から全回を転載させていただきます。





追録 [追記 12日 10.55]
関係するコラム、12日付東京新聞「筆洗」の全文を TOKYO Web から転載させていただきます。




「日本家屋構造・中巻:製図篇」の紹介-18 :附録 (その3)

2014-04-10 11:00:00 | 「日本家屋構造」の紹介


今回は、「附録」から、「二十八 住家建築木材員数調兼仕様内訳調書」の項の紹介です。

原文を転載し、現代語で読み下すとともに、註記を付します。
転載部に註記してありますが、明治の初版本大正版では、「表」の部分が異なります。
ただ、文章部分には、表題の「住家建築木材員数調兼仕様内訳調書」の調の字が大正版で省かれた以外には、変更箇所は見当たりません。「木材員数兼仕様内訳調書」で十分意味が通じます。

なお、原文転載部分に、行間の不揃いや歪みがあります。ご容赦ください。
  原書は、現在ではきわめて稀な活版印刷です。そのためと思われますが、版面が各ページごとに若干異なっています。
  たとえば、各行がページ上の波線に直交しているか、というと必ずしもそうとは限りません。しかも、波線自体、水平でもない・・・などなど。  
  編集は、「国会図書館蔵の明治37年刊の初版本の複写コピー」を基にしています。
  編集作業は、一旦「原本の複写コピー」の各ページを更に複写コピーし、
  読みやすいように、各項目ごとにまとまるように、ページ上の波線を基準線と見なしてA4用紙に切貼りし、
  汚れている個所を消してスキャンする、という手順を踏んでいます。
  こういった一連の操作の積み重ねが複合して、歪みや不揃いが生じてしまうようです。
  もちろん、原文に改変などは一切加えてありません。念のため・・・。

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表の部分は「用語」の説明を加えるだけにいたします。
表中の用語の意味 (「日本建築辞彙 新訂版」による)
 大正版 尺〆(しゃく じめ)
        1尺角にして長さ2間、すなわち13尺なるを尺〆1本となす。これ木材に用うる単位なり。
        もし奇零あらば尺〆何本何勺何才と称す。才の位より以下用うること稀なり。  
       (さい)       
        ① 1寸角にして長さ6尺なるを1才という。これは板子などを売買するときに用うる単位なり。
        ②勺〆1本の1/100をいう。即ち130立法寸なり。
          これは粗木(あらき)の売買に尺〆奇零(単位以下、即ち小数点以下の意)として用いらるるものなり。
   註 現在の木材の材長で多用される4mは、13尺の読替えによるもの。
      現在の建材の規格は、大半が尺貫法時代の規格の読替えであった。
        ただし、多くはいわゆる関東間対応であるため、京間など関西の用には適していない。
      尺貫法時代の規格寸法には、すべて「現場」の裏付け、つまり謂れがあった
      残念ながら、現在、金属建具の〈新規格〉のように、謂れを欠いた《標準化》が進行している。
 なお、大正版表中の杭木の項「口」は「口(すえくち)」の誤植と解します。


以下、本文部分を現代文で読み下します。

使用する材料等の員数調べは「表」の如くに記入し、その順序、及び部位名あるいは材料名を次に挙げる。
   註 「木材」員数とありますが、「木材」以外も示されています。
      また、「材料」とありますが、各部に使う材料:「部材」の意味と解します。
      部材名を部位ごとに分け、たとえば差敷居、差鴨居を「軸組まわり」に移すなど、原文の順序ではなく、私なりに、まとめ直します。

 なお、矩計図を参考のために再掲します。

主屋の部  
 差鴨居・軒桁~小屋組まわり
  軒桁 小屋梁 小屋束 小屋貫 棟木 母屋 野隅木 谷木 野垂木 化粧垂木 広小舞 鼻隠 裏板 野地板 
 屋根葺下地まわり
  瓦桟 土居葺 杮板 軒唐草止木 土居土止木
   註 ここでは瓦葺の名がありませんが、「二十九 仕様書の一例」(次回紹介予定)では具体的記載があります。
 軸組まわり
  土台 柱 差敷居 差鴨居 貫(通し貫 壁塗り込み貫) 大引 床束(大引受) 根搦貫(ねがらみぬき)
   註 原文の根柵貫を、現在の一般的表記の根搦貫に改めました。「日本建築辞彙」では、根緘=根搦とあり根柵の表記はありません。
 床(ゆか)まわり
  根太 敷居 畳寄せ 床板(ゆかいた) 
 造作
  鴨居 付鴨居 長押 床框 床柱 落掛 床板(とこいた) 地板(ぢいた) 袋戸棚板 違い棚板 欄間敷居・鴨居 天井長押 回縁 竿縁
   註 「床の間」まわりの構造については、「『日本家屋構造』の紹介-17」を参照ください。 
 天井まわり
  釣木受 釣木 裏桟 天井板 
   註 「天井」まわりの構造については、「『日本家屋構造』の紹介-18」を参照ください。
縁側の部
 化粧:造作
  縁框 根太 縁板 無目 一筋鴨居 同所綿板 垂木掛 化粧垂木 淀 広小舞 木小舞 裏板 野垂木 野地板 屋根葺材(杮板または鉄板) 
   註 上ば野地の垂木:野垂木、>(上ば野地の)裏板:野地板、屋根:屋根葺材の意と解します。
 外まわり
  土台上雨押え 窓下雨押え 窓上横板庇の板 同猿頭 下見板受下縁 下見板 同押縁簓子
 板庇
  腕木 腕桁 庇板 目板 垂木形 品板(しな いた) 面戸 鼻搦(はな がらみ) 雨押え 恵降板(えぶり いた) 笠木 
   註 品板(しな いた):下図参照 鼻搦(はな がらみ):下図参照 恵振板(えぶり いた):絵振板、柄振板 などとも書く。下図参照。
      図は「日本建築辞彙 新訂版」より転載。
     
 出格子
  柱 妻板 格子台 鴨居第 格子
 戸袋
  柱 妻板 上下長押 皿板 中桟 戸袋板 目板 台輪
   註 皿板:戸袋の底板のこと
便所
  土台 柱 桁 根太 床板 巾木板 無目 窓敷居 窓鴨居 小脇の方立 天井回縁 同竿縁 床下柱内側横板
 外まわり土台上
  雨押え 窓下雨押え 横板庇など
地形(地業)
  水杭 水貫 水縄 山留用杭 同堰板 割栗石 切込砂利 布石 柱下玉石 束石 大小便所の甕 同所の叩き土、石灰など
 地形(地業)用語の参考図を再掲します。
  


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  次回は、製図篇の最終章「二十九 普通住家建築仕様書の一例」の紹介。分量が多いので数回に分けるかもしれません。  

この国を-50・・・民主主義とは?

2014-04-06 10:33:24 | この国を・・・
あちらこちらで「不穏な動き」が起きている、そのように私には思えます。
「教育委員会」制度の「改変」の動きもその一つ。要は、教育に関わる事項の最終判断権・決定権を「首長」に持たせる、という動き。最終的には、時の政府の中枢の意向に従わせる、という意図が透けて見えます。
竹富島教委の選択した社会科教科書の使用を、「法」の名の下で禁止を迫る政府の動向は、まさにその予兆を示しているのではないでしょうか。
ここにきて、少なくとも私が戦後身に着けてきた、と言うより、私が理解・会得してきた「民主主義」の「諸相」が、少しずつ崩されてゆくような気がしてなりません。
そのように感じているとき、次のような一文に出会いました。

  民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。
  民主主義の根本はもっと深いところにある。それは、みんなの心のなかにある。
  すべての人間を個人として尊厳な価値をもつものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である。


この「文言」の存在を、今日 4月6日付 東京新聞の社説「週のはじめに考える 民主主義のルールとは」で教えていただきました。
1948年(昭和23年)文部省刊の教科書 『民主主義』 のなかにこの文言があるとのこと。
  昭和23年当時、私は中学生の成り立てだった。
    訂正 数え直してみたところ、昭和23年当時、私は小学校6年でした。訂正します。[8日 6.45]
  私は、小学校の5・6年のとき、戦地帰りの若い先生から、多分先生ご自身の「反省」ゆえだったのでしょう、「個々人の違い」を尊重するように教えられました。
  その時代、この「文言」の言うことは、むしろ、当たり前だったのです。

以下に、社説全文をTOKYO Web から転載させていただきます。全く同感です。

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