建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

近時雑感 : 歳の暮にあたり

2013-12-31 17:02:56 | 近時雑感

仕事場の窓際の侘助に、メジロが訪れる時節になりました。
庭続きの一画に、かつて柿を栽培していた畑があります。
そこに、最近、タヌキも時々顔を見せます。落ちている柿の実がお目当て。かわいいです!



今この時に居ること、在ること、その有難さを深く感じることができた、と言うより、感じていなければならないのに無頓着だった、との思いを深くした一年でした。
そしてまた、人の「存在」は、自らの「感覚・感性」により保たれているのだ、ということ、これも身につまされて感じることのできた一年でありました。

この根幹に関わることどもを、これまで、深く意識もせずに過ごしてきたのはいったい何だ・・・。それでは、お前の言っていること、言ってきたこと、それは戯言だったのか、と言われてもやむを得ない・・・。
このあたりについての「心境」の一端は「回帰の記・了」で書かせていただきました。


この一年、いろいろとお気遣いいただき、本当に感謝しております。有難うございました。

来年も、建築をめぐり、思うこと、多くの方に知っていただきたいこと、紹介したいこと、などなど、
原点に立ち返る( radical な)視点を忘れることなく、書いてゆくつもりでおります。
お読みいただければ、そして、忌憚のないご意見をたまわれば幸いです。

明るい朝が迎えられますように!

  しかし、残念ながら、この年の暮は、昭和初期への逆行を想起させる暗い話が続きました。
  その「集約」が、首相の靖国参拝だったと思います。そこに、彼の「祈願」が総括されていた・・・。
  彼は、「靖国参拝は、英霊に対する哀悼の意を表するため」であると「解説」し、そこで「不戦の誓い」なる文言を加えています。
  「英霊」とは、一般には「死者」の美称。しかし、靖国神社に「祀られている」のは、そういう一般名詞の「英霊」ではないのです。
  そのあたりは、以下に転載させていただく12月27日付東京新聞「筆洗」に明快に説かれています。

  つまり、靖国に祀られている霊は、「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の霊」を意味しているのです。
  その「公務」とは、明らかに、「他国を侵略する」ことでした。そして、亡くなられた方がたの多くは、それを望んでいたわけではなかったはずです。
  首相のように「侵略であるかどうか、学会の定説がない」と思うのは勝手ですが、それは単なる「用語」の問題ではない。
  厳然たる事実として、「公務」が他国の人びとの生を損ねた、という事実は存在している。
  その事実を無視して、参拝に文句を付けるのはおかしい、などと言うこと自体、論理的におかしい。
  端的に言えば、「再び、そういう《公務》を、為政者が、人びとに対し、自由に任意に命じることのできる世に戻したい」と、
  首相はじめ現政権担当の人たちは考えている、と見なす方が論理的なのです。
  秘密保護法を強行に採決し、他国への弾薬供与を「例外として」認め、「集団的自衛権の行使」の「願望」・・・、
  「教育委員会を形骸化する」提言や「国定教科書の復活を容易にしようとする」提言・・・は、
  そのような世の再構築を求めんとする「意思」の現れと見ると合点がゆきます。

  しかし現政権は、制度自体に問題があるにしろ、選挙によって選ばれたのです。責任の一端は、そういう人びとを選んだ側にもある。
  したがって、選んだ側には、おかしな事態に対し「異をとなえる」「異をとなえ続ける」義務があるはずです。
  この「異をとなえる」ことをさせないための《法》、それが秘密保護法なのではないか。

  ものごとに違和感を感じる、それは、私たちが、私たちの感覚・感性が、「おかしなことの存在を感じている」からなのです。
  「違和感を感じた」ならば、「それが何に起因するか考え」、「それはおかしい」と言うべきである、と私は常日頃思ってきました。
  今後も続けたい、そうしなければ、朝は明けない、そう思うからです


  蛇足を書きました・・・。

  あらためて、よい年をお迎えください!

「日本家屋構造・中巻:製図編」の紹介-11 : 「各種破風の造り、茅葺屋根、和洋折衷小屋」

2013-12-29 15:04:22 | 「日本家屋構造」の紹介
   これまで書いたシリーズものへは、今までの「カテゴリー」ではアクセスしにくいと思いましたので、
   シリーズのタイトル(あるいはその要旨)で一式括る形に変更しました(単発ものは従前のままです)。
   ただ、最終回から第一回へという順に並びますが、その点はご容赦。

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[註補訂追加 12月30日 9.30]

今回は格付けのために各種破風を設ける「玄関(屋根)」の造りかたと「茅葺屋根」、「和洋折衷小屋組」の項の紹介。
破風として、「起り(むくり)破風」、「起り破風入母屋」「千鳥破風」「唐破風」「軒唐破風」「素軽(すがる)破風」が紹介されています。「和洋折衷小屋組」の項は、洋式の小屋組:トラスを日本の家屋に使うときの使いかたについての説明と見ることができます。
その一連の解説の中に「茅葺屋根」の説明が出てくるのは、いささか唐突な感を否めません。
これはおそらく、武家住宅に源を発する都市居住者向けの住居を見てきた著者の脳裏に、住居は武家住宅、都市居住者住宅だけではない、農家住宅もある、という「事実」がよぎったからではないでしょうか。触れておかないのは片手落ちと思われる・・・。

今回も、用語の註を付すだけで、原文をそのまま転載します(項目ごとに編集してありますが、歪みや不揃いはご容赦ください)。
はじめに、出てくる用語についてまとめておきます(抜けている用語もあるかもしれません)。
  用語註 全般
   上場、下場上端、下端のこと。
   起り破風(むくり はふ):上側に曲線を描く破風。「反り」の逆。
   千鳥破風(ちどり はふ):屋根上に据え置いた飾りの破風。据破風とも呼ぶ。
   唐破風(から はふ):中央部が起こり、両端部が反りになる形の破風。中国伝来のつくりから付けられた呼称と思われる。
   素軽破風(すがる はふ):縋(すがる)破風のこと。
                   本家(おもや)の軒先より突出したる破風にして、片流れなるものをいう。素軽破風とも書く。
                   本家に縋り付き居るものとの意にて縋破風と書く方適当ならん。(「日本建築辞彙 新訂版」より)
   軒唐破風(のき からはふ):屋根の軒より起る唐破風。(「日本建築辞彙 新訂版」より)
                     軒先に施す化粧の破風だろう。
   葺地(ふきぢ):普通は土居葺の意。
             この書では、「葺地の高さ三寸五分」などとあるので、土居葺上に塗る瓦下地の土塗(土居塗)をも含めているものと思われる。
   土居梁(どいばり)=土居桁(どいげた):桔木を支える梁
   桔木(はねぎ): 「日本の建物づくりを支えてきた技術-8・・・寺院の屋根と軒」などを参照ください。
   地覆(ぢ ふく): 土台を使わない礎石建てで、柱~柱の間に壁を設けるとき、地面から壁が立ち上る個所に、地面と見切るために取付ける横材のこと。
             住居などでは、見切を設けない場合もあります(地面に直に壁が立上る)。
             一見すると土台のように見えますが、土台は建て方の最初に据えられるのに対し、
             地覆は、建て方が終り、壁の工事の始まる段階で取付けられます。
             古代の建物に多く見られます。分りやすい例が下記に紹介してあります。
              「日本の建築技術の展開-3:古代の工法(1)
             なお、地覆と地面との空隙に詰める石が地覆石です。これも後詰めです。
   枠肘木(わくひじき)など:前掲の 「日本の建物づくりを支えてきた技術-8・・・寺院の屋根と軒」などを参照ください。
   差母屋(さしもや):破風板を受ける母屋。破風板に差しこむことからの呼称か。
   菖蒲桁(しょうぶ げた):軒唐破風の左右の桁をいう。菖蒲は借字にして・・・。(「日本建築辞彙 新訂版」より)
                  「しょうぶ」という読みの出どころは不明らしい。要は「化粧」の意と思われる。

    なお、茅葺屋根については、「日本の建築技術の展開-24・・・・住まいと架構・その1」などを、
    また、農家の平面、あるいは縁側については、「補足・日本家屋構造-6・・・・縁側考」をご覧ください。[12月30日 9.30追加]
    洋風小屋組:トラス組については、「トラス組・・・古く、今なお新鮮な技術・その1」「その2」「その3」などをご覧ください。



    





   
















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ここまで紹介しながら、常に私の中に湧いてきて消えなかったこと、それは、なぜこうまでして建物の「格を上げることに執心するのか」ということでした。
住居をつくるということが、暮す場所をつくることではなく、ステータス・シンボルをつくることにすり替わっているのです。
なぜなのか?
全くの推測ですが、これは、江戸の人たち、特に武家階級の出の方がたの、関西、とりわけ京に対してのコンプレックスの表れではないか、と思えてなりません。
だから、モデルとなっているのは、京の上層階級の人びとの住まいや寺社、その客殿などの外観です。

関西には、商家、農家などにほれぼれする事例が多数あります。勿論、関東にも多数あります。そこには、いわゆる客殿:書院造のつくりに学んだ室構成は見られますが、外観そのものの「模倣」は見かけません。ところが、武家住居では、室構成よりも先ず外観なのです。
これは、商家や農家の人びとは、日ごろの暮しにとって必要な室:空間: surroundings を整えることに意を用いているのに、武家、そしてその末裔の都市居住者は、相変わらずステータスの誇示が目標になっていたのだ、と考えられます。
   これは、今の「住宅メーカー」のCMを見ていると、現在でも変わらないように思えます。「隣のクルマが小さく見えます」というCMの頃と変わりない。

アメリカで、1960年代、ヨーロッパの街並みについて、その「外観」:見えがかり:の「研究」が盛んに為されたことがあります。ランドマークとか、シークェンスなどの用語の発祥になった「研究」です。日本では「都市デザイン」とか「環境デザイン」という「概念」として輸入されました。
   以前に紹介しましたが、たとえば、清水寺の参詣路が曲がりくねっているのは、清水の塔を見え隠れさせるための「デザイン」である、などという「研究」です。
   これについては、「道・・・・どのように生まれるのか」を参照ください。
なぜアメリカで「ヨーロッパの都市」の研究が盛んに行われたか。
これも、アメリカにはアメリカなりの街並があるにもかかわらず、歴史のあるヨーロッパの街並に対するコンプレックスあるいは「憧れ」の表れではないか、と思っています。
「近代化」=「西欧化」と思い込み、自国の事例を忘れ、もっぱら西欧の模倣に努めた我が国の「文明開化」を想起させます。

日本家屋構造」がいわゆる「高等教育機関」向けの教科書として刊行されたのと同じ頃、別の書物が刊行されています。
建築学講義録」です。これは、実業者:職方諸氏向けの学校の講義録をまとめた書です。各地の職方が競って購入した「教科書」と言ってよいでしょう。
   
技術書としては、この書の方が内容として充実しているように感じています。「建築学講義録」については、概略を下記で紹介しています。
    「『実業家』・・・・『職人』が実業家だったころ

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次回は、「金物使用」「土蔵」「門」についての項を紹介する予定です。

近時雑感 : ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ・・・

2013-12-22 11:40:27 | 近時雑感

蛇足・追記 追加 12月23日 10.30]

NHK・TVの子供向け番組に「にほんごであそぼ」というのがあります。
夕方の5時15分から15分ほど(朝早くにもやってます)。ちょうど散歩から帰って一休みしているときによく見ます。中身が濃い子供向けではもったいない番組だ、と思っています。
能狂言、文楽(浄瑠璃)など古典芸能の当代きっての演者、講談師、落語家、気鋭のミュージシャンなどが(元力士の小錦も常連です)、子どもたちと一緒に、日本の古典から近・現代の文学、各地の方言、わらべうた、あるいは熟語、諺の類など、およそ日本語、日本の「文化」に関わること万般を、分りやすく紹介する番組、とでも言えばよいでしょうか。だから、子供向けではもったいないのです。
こういうことを幼いころから「学んで」いたならば、「文楽なんてつまらないものへの支援は要らない」などという暴論を吐く《大人》にはならないでしょう。

先日は、宮澤賢治の「アメニモマケズ」に曲が付けられて歌われ、また、幼い子が暗誦で全文を朗読していました(宮澤賢治の作品はその他にも多く紹介されています)。
子どもが読むと、新鮮に聞こえます。
そのなかでも、たどたどしく音読された次の一節が、耳に残りました。
おそらく、「甘言を弄して『事実』をごまかす《えらい方がた》」のあまりの多さに辟易していたときだったからではないでしょうか。
   ・・・・・
   アラユルコトヲ
   ジブンヲカンジョウニ入レズニ
   ヨクミキキシワカリ

   ソシテワスレズ
   ・・・・

全文を「校本 宮澤賢治全集 第十二巻(上)」(筑摩書房)から以下に写します。

   雨ニモマケズ
   風ニモマケズ
   雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
   丈夫ナカラダヲモチ
   慾ハナク
   決シテ瞋ラズ(いからず)
   イツモシヅカニワラッテヰル
   一日ニ玄米四合ト
   味噌ト少シノ野菜ヲタベ
   アラユルコトヲ
   ジブンヲカンジョウニ入レズニ
   ヨクミキキシワカリ
   ソシテワスレズ

   野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
   小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
   東ニ病気ノコドモアレバ
   行ッテ看病シテヤリ
   西ニツカレタ母アレバ
   行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
   南ニ死ニサウナ人アレバ
   行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
   北ニケンクヮ(けんか)ヤソショウガアレバ
   ツマラナイカラヤメロトイヒ
   ヒドリノトキハナミダヲナガシ
   サムサノナツハオロオロアルキ
   ミンナニデクノボートヨバレ
   ホメラレモセズ
   クニモサレズ
   サウイフモノニ
   ワタシハナリタイ

   南無無辺行菩薩
   南無上行菩薩
   南無多宝如来
   南無妙法蓮華経
   南無釈迦牟尼仏
   南無浄行菩薩
   南無安立行菩薩

「全集」には、書かれていた「手帳」の各頁が写真で載っています。
それを見ると、
雨ニモマケズ 風ニモマケズ」は、当初の「雨ニマケズ 風ニマケズ」に、自筆で「モ」が加えられています。

「ヨクミキキシワカリ」の個所は、当初は「ヨクワカリ」だけで、そこに「ミキキシ」が加えられています。
「分る」ということは「『自らが』見て聞いて分ること」、という『認識』を示したかったのだと思います。     
当時(大正~昭和初頭)は、いわゆる「《教養》主義」が流行った頃です。「知識の収集=分ったこと」と見なす「辞書的理解」の士が多かったのです。
宮澤賢治は、そういう「《教養》主義」をはじめとする「当時の風潮」の対極に自らを置いた、と私は理解しています。

   「注文の多い料理店」なども、その意思表示の一つではないでしょうか。
今も「辞書的理解」を求める気配が濃い、たとえば、「建築用語を知れば建築のことが分った」と思う方が多い、多すぎる、と私は感じています。 

なお、「ヒドリ」は「ヒデリ」の誤記のようです。


蛇足・追記[12月23日 10.30追記]

「建築用語を知れば建築のことが分った」ということを「否定」しましたが、その「わけ」を補足します。
もちろん、「用語」を知ることは、意味がないことではありません。ただ、そこで「おしまい」にするべきではない、ということなのです。「おしまい」にする方がたが多い、と私には思えるのです。それではもったいない・・・。
たとえば「垂木:たるき」という語を知ったとします。そのとき、そう名付けられた材について、5W1Hの「問い」で考えてみると、知ったことの中味が深化する、と私は考えているのです。
たとえば、今は、垂木は多くは角材でつくられています。角材をつくるには、そのための道具が要ります。もしも道具がなかったら、あるいは道具がない時代だったら・・、どうするか・・・、こう考えると、一気に視野が広がります。当然、「垂木」に対する理解、つまり、「人智」の中味にもより一歩迫ることになります。
このような「作業」を「積み重ねる」ことで、ものごとに対する「理解」が深まってゆく、と私は考えているのです。それはすなわち、自分の中での「(人の辿ってきた)歴史の再現・再構築」にほかなりません。

このように理解していただければ幸いです。




「日本家屋構造・中巻:製図編」の紹介-10 : 「十二 上等家屋玄関 各材仕口 建地割 及 木割」

2013-12-19 17:51:32 | 「日本家屋構造」の紹介
   これまで書いたシリーズものへは、今までの「カテゴリー」ではアクセスしにくいと思いましたので、
   シリーズのタイトル(あるいはその要旨)で一式括る形に変更しました(単発ものは従前のままです)。
   ただ、最終回から第一回へという順に並びますが、その点はご容赦。

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今回は、 「十二 上等家屋玄関 各材仕口 建地割 及 木割」の章を紹介します。
前回、懸魚破風板への取付け方などについての説明がない、と書きましたが、それについての概略の説明が、この章にありました。ただし、解説図はありません。

この章も、「いかに外観を荘厳に見せるか」、つまり、「格の見せ方」に関わる解説です。したがって、その内容が直接現在の設計、そしてまた古建築の理解に役に立つ、というわけでもなさそうです。
そこで、今回も、用語等に註を添え、原文をそのまま転載するだけにさせていただきます。近代初頭の建物のつくりかたに関心のおありの方は、旧仮名遣いで読みにくいですが、原文でお読みいただければ、と思います。
  原書の頁ごとではなく、項目ごとにまとまるように紙面を編集していますので、行間など不揃いのところがありますが、ご容赦ください。

   註 冒頭の「まえがき」部分から、幕末~明治にかけての「住居観」が見えてきます。
      ただ、それが一般庶民の観かたであったかどうかは分りません。多分、当時の都市居住者:主に旧武士階級:特有の観かただったのではないでしょうか。

      包込み枘差し(つんごみ ほぞさし)
      枘差の一種なり。を貫かずして途中にて枘先を留むるもの。地獄枘・・・も同一物なる仕口なり。・・・(「日本建築辞彙 新訂版」)
       以前、「信州・松代横田家の包枘差し」で、包枘差し=地獄枘との解説を紹介しています。
       当時、「日本建築辞彙」原本で「包枘差」で検索しても解説がなく、不明としておりました。
       「つんごみほぞ」で検索すればよかったのです。ただ、そういう「読み」があることは思い及ばなかった・・・・。
       ちなみに、「日本建築辞彙 新訂版」の後註「つんごみほぞ」の解説に以下のようにあります。
          『木造継手仕口呼称調査 中間報告』(1988)によれば、貫通さない平枘に
          「つつみほぞさし」茨城、「つんこ」群馬、「つんごみほぞ」埼玉、「つんご、つんごみ」京都、「つつみほぞさし」宮崎などの呼称例がある。
          ちなみに同調査で地獄枘についても、
          「つつみこみほぞ」埼玉、「つんごみほぞくさびうち」滋賀、「つんごみほぞ」宮崎など、同様の呼称例がある。
      引鐲鈷 引独鈷が普通の表記だと思います
      接合二材を雇い材(別材)によって引付けて接合する継手仕口、またその雇い材を言う。(「日本建築辞彙 新訂版」)
      例 雇い竿しゃち継 など  木鼻の取付け:懸鼻(かけはな)などにも使用
        文中の「木鼻は其木口に蟻を造りて柱に追入れに嵌めこむ・・」の解説は、頭貫の、木鼻部分のみを柱頭に取付ける場合の方法のことか。
      丸桁(がぎょう) 普通は「がんぎょう」と読んでいます。
      古代の建築では軒桁に円形断面の材を使うことが多く、以来軒桁丸桁と呼ぶようになったようです。
        中国では建築用材に丸太を使うのが一般であったことから、我が国では円形断面=寺院の重要な「形式」と考えられた時期がありました。
         ⇒古代寺院には、垂木を角材からわざわざ円形断面に加工した事例が多数あります。
      裏甲茅負の納めかたの項の説明箇所については、下図を参照ください。
      絵様(えよう)
      模様又は彫刻のこと。
      絵様决(えようしゃくり)
      化粧のための决(しゃくり)。下の第廿図其弐茅負参照。
       
       

      杓子枘(しゃくし ほぞ)
      平たい枘のこと。かかりがよいように、枘を上向きにつくる場合もある。
      みのこ=蓑甲
      「破風屋根」の部位名。次回に図あり。

      前包(まえづつみ)
      「千鳥破風」の部位名。次回に図あり。
      サスリに組む
      同一平面に組むこと。

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各部の仕口は、化粧のためであっても、よく考えていたようです。
以前に、継手仕口の変遷を観ましたが、中世末あたりから、そういう傾向が現われてくるように感じています。
   この点については、2009年2月21日の「日本の建物づくりを支えてきた技術-25・・・・継手仕口(9):中世の様態」以下数回の記事をご覧ください。
全般に、時代が降るにつれ、架構よりも見えがかり:外観に視点が移ってきます。なぜそうなるのか、考えてみる必要がありそうです。
現在も「化粧」を重視する建物が増えていますが、残念ながら、どちらかというと、見えがかり重視で、つくりかたは粗雑な場合が多いように思います。
これは、見えがかりだけに関心が集中するとき陥る一つの「着地点」なのかもしれません。
何のために建物をつくるのか、その真の「目的」あるいは「意味」が見えなくなるのではないか、と思います。


もうしばらく、「上等家屋の玄関」すなわち「起り(むくり)破風造り玄関」「起り破風入母屋造り玄関」「千鳥破風玄関」「唐破風玄関」・・・の解説が続きます。
編集に時間がかかりそうです。
コメント (1)

この国を・・・48 : 続・十二月八日

2013-12-14 09:59:35 | この国を・・・
「教育委員会」を「形骸化」しようという動きがあります。《中央教育審議会》が、教育行政の「権限」を、「首長」に集中させるべきだ、との「答申」案を用意しているとの報道があります。「あまりにも・・・」という意見もあったため、従前どおりでよい、という意見と両論併記して、あとは政権に判断を任すのだそうです。しかし、行き着く先は見え見えです。
最近、「この手の『動き』」がきわめて多い、という印象を持っています。
法制局長官やNHK会長人事で、「身内」をもってくる。あるいは、非正規雇用問題についての審議会会長に経営者側の人物を置いて審議させる。
一見民主主義的手続きをもって、「偏った方向」、「一部の受益集団側に有利にもってゆこう」という「動き」の数々・・・。
それは、今年の初めであったか、「ナチスの手口を学んだらどうだ」という「発言」がありましたが、それを実行に移しているのではないか、と思わせるところがあります。
秘密保護法も、その一環、彼らにとって最も「重要」な位置づけなのでしょう。現に政権党幹事長は、メディアをびびらせるべく「発言」を繰り返しています。
秘密保護法に賛成した議員名を広く公表してくれ、という投稿がありました。これが、普通の人びとの感覚だと思います。

このあたりの「動き」について、radical に分析した記事を読みました。
毎日新聞の12月12日付夕刊「特集ワイド」です。
まことに明解、多くの方に読んでほしいな、と思いましたので、プリントアウトして(無断ですが)転載させていただきます

    新聞紙面のコピーでは字が小さく読みにくいと考え、「毎日jp」からプリントアウトしました。



原発再稼働や新設の動きも露骨になっています。
いったい、どこが、何が「安全になった」と言うのでしょう。除染廃棄物の中間貯蔵施設の設置でさえ容易ではない、というのに!

以下は、前回の再掲です。

時計の逆回しの《願望》は更に加速しそうです。のど元過ぎれば熱さを忘れ・・、人の噂も75日・・、これが彼らの《願望》の「拠りどころ」。
だから、私たちは、決して「歴史」を忘れてはならないのです。
時計の逆回しにブレーキをかけられるのは、十人十色の私たちです。
「王様はハダカだ」と言い続けたい、と思います。あきらめは禁物です。


求利より求理を!

「日本家屋構造・中巻:製図編」の紹介-9 : 「九 掛魚及蟇股」「十 虹梁及柱」「十一 舟肘木及び斗組」 

2013-12-12 09:02:30 | 「日本家屋構造」の紹介
   これまで書いたシリーズものへは、今までの「カテゴリー」ではアクセスしにくいと思いましたので、
   シリーズのタイトル(あるいはその要旨)で一式括る形に変更しました(単発ものは従前のままです)。
   ただ、最終回から第一回へという順に並びますが、その点はご容赦。

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今回の「掛魚及蟇股」「虹梁及柱」「舟肘木及び斗組」の章は、いずれも、「建物:住家の外観に《格》を付けるため」の、「上級に、恰好よく見せるための」諸策:「化粧」についての話です。

そこで、今回も、原文そのものの転載と、若干の註を付すだけにして、読み下しは省きます。



   註 原文では「掛魚」と表記していますが、「懸魚」と書くのが普通の表記です。
     懸魚(げぎょ)
     破風の拝下または左右に垂れたる(かざり)をいう。・・・(日本建築辞彙」)
     (おがみ)
     破風板の相会するところ。(日本建築辞彙」)
     切妻屋根の立面を描くと、破風板のの下部が、何となく心もとなく感じます。屈曲部が唐突に感じられるのです。
     また、木製の破風板の場合、下部に収縮による隙が生じることがあります。留めにした部分に生じるのと同じです。
     おそらく、そういった「不具合」の解消のために発案されたのが懸魚ではないかと推察します。
     手の込んだ懸魚を取付けると、そこに視線がゆき、「不具合」が気付かれないのです。     
     そして、上級の建物で「懸魚」が多用されたことから、「懸魚を設ける=格が高いこと」、という「形式」が一般に広まったのだろうと思います。
     蟇股(かえるまた)
     本来は、を支持する役を担っていた部材ですが、ここのそれは、これもあくまでも「化粧」のために付加される材です。
     これらの化粧材の懸魚、蟇股を、どのように取付けるのか、この書には説明がありません。
       これらを用いた建物の修理工事報告書などを見る機会がなく、設計したこともありませんので、私には分りません。
       どなたかご存知の方、ご教示ください。


   註 虹梁(こうりょう)
     柱間に架したる「楣(まぐさ)」の如き梁。
     その下部には「眉(まゆ)」を欠き、左右柱に接する近傍には「袖切(そできり)」を付すること普通なり。・・・(日本建築辞彙」)
     (まぐさ) 
     窓、入口などの上なる横木。
     
     虹梁または破風などの下方の繰形(くりがた)をいう。・・・(日本建築辞彙」)
     袖切        
     ・・・柱への取付き際なり。・・・(日本建築辞彙」)
     (ちまき)    
     粽形(ちまきがた)の略。柱の上下の弧形に窄まり居る部分。
     双盤(そうばん)        
     礎盤(そばん)のこと。おそらく、「そばん」の「読み」「音」を誤記したのではないかと思われる。
     なお、普通は、図中の「双盤」表記の材を「沓石」、「沓石」表記の材を「礎盤」と呼びます。                


   註 肘木も、本来は荷を支えるための必要部材でしたが、ここのそれは、あくまでも化粧材で、荷を担う役はありません。
     この書に紹介されているのは、化粧材としての木割であり取付け法です。
     肘木斗の荷を担う部材としての詳細は、古代の建物のつくりかたを参照してください。

     これは、西欧の建物で、実際には必要がなくなっても、柱頭に「飾りのキャピタル」を付けたがるのと同じ「感覚」なのでしょう。
     ときには、そうすることを《伝統》と勘違いする場面もあるようです。
     西欧の場合、その「感覚」「因習」を打破することから「近代建築」が動き始めたと言ってよいのではないでしょうか。

     **********************************************************

次回は、これも、現在はまず縁がない「上等家屋玄関」「起り破風造玄関」などの章の紹介になります。

この国を・・・47 : 十二月八日

2013-12-08 10:02:45 | この国を・・・
   これまで書いたシリーズものへは、今までの「カテゴリー」ではアクセスしにくいと思いましたので、
   シリーズのタイトル(あるいはその要旨)で一式括る形に変更しました(単発ものは従前のままです)。
   ただ、最終回から第一回へという順に並びますが、その点はご容赦。



少し早く咲いた白の侘助です。ときおり、ヒヨドリが蜜を吸いにきています。


[蛇足 追記 8日 19.50]
十二月八日が何の日か、身をもって知っている人は、今70代以上の方がたのはずです。
昭和十六年十二月八日、日本が対アメリカの戦いを始めた日。
今、新聞等への投稿で、「秘密保護法案」に危惧を覚える旨書かれている方がたに70、80代の方が多いのは、「戦時中」あるいは「戦前」の様子をよく知っているからです。
私はそのとき4歳、当日のことはうっすらとしか覚えていませんが、小学校(当時、「国民学校」と称するようになっていました)に入ってから、毎年、この日に《記念式典》があったのは覚えています。
そして、敗戦。
それから、教科書を黒く塗って学び、まわりの大人たちの「変節」を見ながら大人になりました。もしかしたら、それが今の私の素地をつくったのかもしれません。
しかし、こういう「反面教師」は無用、不要です。

当然ながら、現在の政権党の方がた:戦争を知らない大人たち:が「戦時中」「戦前」を知る由もない。彼らが「戦時」で辿りつけるのは「靖国神社」だけ?
しかし、現在彼らがやろうとしていること:「取り戻す」ことの中味は、どう見ても「戦前」願望。なぜ「戻りたい」のだろうか。

今の政権は、ことあるたびに、「《有識者》に判断を任せる」旨の言を弄しています。
また、政権党の憲法改変案では、「『個人』の権利・・」と言う文言を「『』の権利」に変えています。
そこから何が見えるか。
それは、彼らのなかに厳然として在る「認識」、すなわち、「人びと、つまり一般の国民は愚かである」、あるいは「人びと、つまり一般の国民は愚かでなければならない」、あるいはまた「人びとは『個人』であってはならない」、という「認識」の存在です。
「個々人」に、これ以上「権利」を云々されては厄介だ、だから「個」ではなく「人一般」で括る。十人十色ではなく、十人一色が好ましい・・・。
「人一般」とは、かつての《期待される人間像》!すなわち「一色に染められた《人びと》」
「戦前」には、それがあった。《一色》に染まらない人びとを《取締り》《矯正する》こともできたではないか。だから、人びとは為政者の言うこと、やることに従い、戦争もできたのだ。
それに反し、今は何かと言えば「反対する」、だから簡単にできない。できるようにしようではないか・・・。
   折しも、意図的に奪われた個々人の権利・尊厳の「回復」に生涯をかけたマンデラ氏が亡くなられました。
   その今、地球の反対側の《先進国》で、その逆を望む人びとがいる!

では、《期待される人間像》とは、どんな「人間像」か?それは《有識者》が《評価する》・・・。
それではいったい、《有識者》とは、どういう「者」か?それも《有識者》が《決める》?
こういう「論理」を平然と使うとは、あまりにも人びと:国民を見損なっていませんか。

どうしてこんな「思考回路」になるのでしょうか。
一言で言えば、それは、彼らの、如何ともしがたい「エリート意識」に因がある、と思います。
《有識者》として「選択された」人びとも、それに甘んじているようです。かつて、そういう人たちは「御用学者」と呼ばれたものですが、今でもすすんでそうなりたがる方がたがいるようです・・・!
   御用学者:政府や有力な企業の言いなりになって真実をゆがめ、時勢の動向を見て物を言う無節操な学者。(「新明解国語辞典」)

では、「エリート意識」はなぜ生まれるのか。

それは、日本の歩んできた「近代」の様態にある、と私は考えています。

何度も書いてきたことですが、「人の上に人をつくる」ことによって、「人びとを『分別する』こと」によって、「近代化が進む」と思い込んでしまったのです。そして、そうすることに励んできてしまった・・・。
その「思い込み」は、大学などで《専門》を学べば《専門家》になれる、という「誤解」を蔓延させてきた
たとえば、建物づくりの世界では、現場で鍛えた職方たちを、学卒の者の下に置いてきた。
「そういう現場の実際を何も分らない肩書きだけの人たち」が、建物づくりにかかわる法律をつくる・・・。
   註 このあたりのことについては、下記で書いています。[追記 9日 9.55]
     日本の「建築」教育・・・・その始まりと現在 どこで間違ったか
     「実業家」・・・・「職人」が実業家だった頃 滝大吉著『建築学講義録』について
     「実業家」たちの仕事・・・・会津・喜多方の煉瓦造建築-1
     「実業家」たちの仕事・・・・会津・喜多方の煉瓦造建築-2
     「実業家」たちの仕事・・・・会津・喜多方の煉瓦造建築-拾遺
     学問の植民地主義  《権威》の横暴

今や、各界でその気配が濃厚です。変る気配もありません。
そして、変えるべきだ、という意見・見解は《権力者》《有識者》に潰される。
   「公聴会」や「パブリック・コメント」への対処の実態で明らかです。

同様に、選挙で選ばれた以上は何をやってもいいのだ、という「誤解」が、国会議員をはじめ各議員に在る(関西のとある知事:今は市長:がその典型)。
この「誤解」に抗議すると、たとえばデモをすると、恐怖感を煽るからテロと同じだ、と言う!
十人十色の人びとが、一つにまとまって「反対・廃止」の意向を示す、おそらくこれは、彼らにとって、この上なく怖い、《想定外》の事態。その怖さを、彼は音響の大きさのせいにした・・・(音が小さければ、聞こえない振りをするでしょう・・・)。


一昨日六日、秘密保護法が強行成立してしまいました。時計の針が一歩、「戦前」側に戻ったようです。

原発再稼働や新設の動きも露骨になっています。

時計の逆回しの《願望》は更に加速しそうです。のど元過ぎれば熱さを忘れ・・、人の噂も75日・・、これが彼らの《願望》の「拠りどころ」。
だから、私たちは、決して「歴史」を忘れてはならないのです。
時計の逆回しにブレーキをかけられるのは、十人十色の私たちです。
「王様はハダカだ」と言い続けたい、と思います。あきらめは禁物です。


求利より求理を!


蛇足 

「十人十色」ということについて、だいぶ前に書いた文章から抜粋して再掲します。[8日 19.50追記]
なお、同じ趣旨を、ここでも書いています。[追加 9日 9.05]

   「・・・・十人十色ということは、ものに対する人の感覚が人によってまったく異なる、ということではない。
   むしろ、ものに対する人の感覚は人によらず共通であり、
   しかし、そこでそれぞれが捉えたものに対してのそれぞれの反応・解釈に、十人十色の違いが生まれる、と考えた方がよいだろう。
   そうだからこそ、人の世界に互いに通じる「言葉:言語」が生まれたのだ。
   けれども日常、得てして、「ものに対する率直な感覚」と、「感覚で捉えたものへの反応・解釈(簡単に言えば「好き嫌い」)」とを混同してしまいがちだ。
   そこの見極めのためには、素直にならなければならない、先入観を捨て去るようにつとめなければならないのだが、これが難しい。・・・・」

   秘密保護法案に対する「反対、廃止」の声は、人びとが、この案件について感じていることに対し、共通の見解を持った、ということです。
   誰かによって、一色に染められた、というのではないのです。法案成立に躍起になった方々には、この厳然たる事実が分らないのです。

「有識者」について書いた記事があります。「この国を・・・13」[10日 19.45追加]






近時雑感 : リズミカルということ

2013-12-01 19:21:37 | 近時雑感
これまで書いたシリーズものへは、今までの「カテゴリー」ではアクセスしにくいと思いましたので、シリーズのタイトル(あるいはその要旨)で一式括る形に変更することにしました(単発ものは従前のままです)。
たとえば、「《在来工法》はなぜ生まれたか」というシリーズは「《在来工法》、その呼称の謂れ」で括ります。それによって、この「カテゴリー」から、このシリーズだけにアクセスできることになります(ただ、最終回から第一回へという順に並びますが・・・・、その点はご容赦)。


7・8年ほど前、近くの雑木林から採ってきた実生の苗が、3mほどの高さに育ち、今、黄葉が見事です。
樹皮や葉がサクラに似ています。カバノキ科のミズメ(ザクラ)別名アズサではないか、と推測しています。
ミズメは家具材として重用されるようです(⇒「松本民芸家具」)。




この国を…46」にリンク先を追加で載せました。[12月2日 9.10、3日 9.45] 更に追加しました[12月6日 8.35]

12月になりました。
一段と冷え込んできました。体がこわばります。血圧も上がります!
それでも、朝夕の犬と一緒の散歩は続けています。
朝およそ1500歩(約1km)夕方3000~3500歩(約2~2.5km)。私の携帯(いわゆるらくらくホン)には歩数計機能が付いているのです。
体力は戻ってきましたが、左脚の膝のあたりの「重さ」はまだ遺っています。体重の移動がスムーズにゆかないことがままあり、動きがギクシャクします。これは、傍から見れば一目瞭然なのでしょうが、自分では見えません。

ところが、そのギクシャクを一人で確認する方策があることに気付きました。
背に陽を受けた時の自分の影法師に如実にそれが表れるのです。以来、横からの陽による影も、首をひねって見るようにしています。そして、影がギクシャクしないにはどうすればよいか、いろいろと試みました。
行き着いたのは、体全体を(腰を)前に押し出すべく所作をとればよいのだ、ということでした。どうしても脚を動かせばよい、と思ってしまいすぎだったのです。その方がラクで簡単だからです。
はからずも、リハビリ中に何度も諭されたこと、すなわち、「人間の動作・所作は、体全体で為されているということを認識しなさい、部分だけで考えてはダメ、」ということを再認識することになったのでした。

そして、そのように体全体を押し出すように歩くと、これもあらためて気付いたのですが、かかとが地面を打つ音、すなわち靴音が、リズミカルになるのです。これも新鮮な気付きでした。リズミカルな足音は、歩いている本人も心地よいものです・・・!
以来、陽のないときには、極力リズミカルな足音になるべく歩くように心掛けています。
とは言うものの、脚だけでリズミカルにしようなどと思うと、これも絶対にうまくゆきません。くたびれるだけ。つまり、体全体がリズミカルに動かなければダメなのです。「小手先」の細工はダメなのです。
リズミカルなときは動きもスムーズ、そして疲れ方も少ない。これもあらためて気付いたことです。そしてまた、体調の様態は、見事にリズムの様態に反映する。つまり、体調の様子を知る物指にもなる・・・。
   そういえば、素晴らしい打楽器奏者も体全体を使っています。打楽器自体、「体の躍動・脈動」を基に誕生したのかもしれません。

発症、入院、リハビリを通じて、自分の動作・所作を(そして、すべての事象を)「観察する」ことの重要さをあらためて学んだ一年。もう僅かで終りです。夕暮れも早くなりました。