建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

近時雑感 : 「牽強付会の説」は要らない : 筑波一小体育館の板壁について

2014-01-25 18:15:36 | 近時雑感

春を待つ山林。空気は冷えていますが、春の用意は進んでいるようです。

  註 牽強付会:けんきょう ふかい:本来 道理(事実)に合わない事を無理にこじつけて、自説に有利になるように展開すること。(「新明解国語辞典」)

[標題に副題を付しました。25日18.15」[文言追加 26日9.45]

今週のはじめ以来、当ブログへ「筑波第一小学校体育館」の検索でお寄りになる方が妙に多いのが不思議でした。どうやら、日曜日のTBSTVの番組の中に、この建物の映像があり、その影響らしい。
番組がどのような内容だったのかは詳しくは知りませんが、検索キーワードや閲覧元URLから推測すると、この建物の壁に使った厚い板壁が、国産材活用・日本の林業復興の点で好ましい、これからの日本の木造ではこういう使いかたがよい、・・・というようなことだったようです。

現在、各地に適齢期を迎えた針葉樹、特に杉材がきわめてたくさん使われずにいわば放置されています。
なぜこれほどまで多くあるのか。
それは、敗戦直後、戦後の復興で木材が不足する事態が生じることを予測し、その対策として、各地で植林が奨励されたからです。私の暮す地域の山林も、圧倒的に針葉樹が多い。それまでの混交林の山に植林したのです。皆、適齢期です(今、丘陵地の法面にだけ広葉樹が残り、他は大半が針葉樹です。上の写真参照)。
そして、実際、復興にあたり、木材は大量に使われました。
しかし、折角植林されたのに、育った針葉樹は一顧だにされなかった。
価格の安い輸入木材が主に使われたからです。先人の苦労が水泡に帰したのです。
   若い方がたは知らないかもしれませんが、造作材には南洋材のラワンが多用されました。合板の大半はラワン材だった。
   ラワンという語、実物も知らないかも・・・・。
     今は原木は輸入されていません。日本向けの乱伐が現地の環境問題を生み、制限されるようになったからです。それゆえ、今は、価格的には高級材
   しばらくすると、構造材に北米産のベイツガの類が多用されるようになります。
   なぜ輸入材が安いのか?
   輸入材のほとんどは、天然林の伐採によるものだからです。いわば、伐ってくるだけ・・・・
   しかも、輸入を奨励するかのように、関税が撤廃され、外材使用はますます増える一方になります(最近は北洋材:これも天然材:の増加が目立ちます)。
      ここに、TPPが成立した後の姿が浮かび上がってきます!
      現在、「円安」の結果、皮肉なことに、輸入材が高騰して、国産材が相対的にやすくなり、使用が増えているとのこと!
      この「林業の衰退と外材の関税との関係」の「実情」を広く世に知らしめたのは、なんと《有識者》や《専門家》ではなく、ある「コミック」でした!(下記)。
        また、同じ「論理」を使うなら、国産小麦の生産量を増やすために、粉食を奨励しよう、ということになりますが、その「発言」は聞こえてきません。
        実際、粉食、パン食が従来よりも格段に増えているのに、小麦をつくっている畑は見かけません。輸入小麦が圧倒的に安いからです。
        それでもなお、国産材を使って林業を振興しよう、と言いますか?
  
      「取り急ぎ:災害防止には木造建築禁止が一番!
      「続・取り急ぎ:災害防止には木造建築禁止が一番!

ちょうどこの体育館を設計していた頃、林業の疲弊が問題にされ、その復活のために、国産材を活用しようという「動き」が、建設省や建築学会などを中心に盛んでした。
建築に国産材を多量に消費すれば、林業が再興する、という「論理」です。
しかし、私は、この「動き」に違和感を感じていました。あまりにも短絡的、安易に過ぎる。風が吹けば桶屋が儲かる的で、論理の筋立てがこじつけではないか?
それゆえ、私は、その「動き」に加担するような発言は一切しませんでした

   そのことについて、故田中文雄氏(当体育館の木工事を担当)は、「住宅建築1987年7月号」中の座談会で、次のように語っています。
      「建築文化」や「新建築」をみても、下山さんは木材業界を勇気づけようというような考えをひとつも書いていないでしょう。それが困るんだ。
      建築は建築家と業者だけでできないもの、多くの分野の人の協力があって初めてできるんだ。
      だから私はグチや不満でなく、前向きに日本全体をみた話をしてもらいたかった。・・・
   そのあたりのことについては、下記をお読みください。   
   「専門家のノーマライゼーション・・・・木造建築が『あたりまえ』になるには:その1」「同:その2

   こういう「論理」だと、ベイマツを使うのは、輸入業者の振興のため・・・、ということになります・・・。
   この体育館でも、床組(含束柱)、小屋の登り梁:垂木にベイマツを使っています。
   もちろんそれは、輸入業者の儲けを考えたためではありません。廉かったからです。あたりまえです。[文言追加 26日9.45]

私の「論理」は単純です。「建物は『林業』のために造るのではない」、の一言に尽きます
田中氏の発言中に、「多くの分野」という言があります。この「分野」のありようについての「理解・認識」が、私と田中氏とでは根本的に異なるのです。
林業は、普通、農業などとともに、「第一次産業」と呼ばれます。なぜ「第一次」に位置づけられるのでしょうか。
それは、世のなかの「暮し」の「基本」だったから、のはずです。
では、「第一次」という言い方が、人間社会の原始古代からあったでしょうか?
ありません。当初は、すべて、自前だったのです。食べ物も、建築資材も・・・、すべて自分で、手近なところで調達していた。
それが、時代の経過とともに、「分化」「分業化」していった。建物づくり・建築は、第二次、第三次産業・・ということになってくるのです。大工さんをはじめとする職人・職方の分業化も同じです。こうして「分化」した各「概念」を、二項対立的に扱ってよいものでしょうか?
かつて、農林業は、大量に生産・収穫し、とにかく大量に売りつけ収益を上げることに意を用いていたでしょうか?
そんなことはありません。農作物の量は、需要を賄う分生産され、消費される、つまり、自ずとバランスがとれていたのです。
同様に、「分化」した各「分業」の間に、上下の関係が存在していたでしょうか?否です。指図する人が職方よりも上位にある、などという「意識」も存在していません。そういう上下関係、対立関係を伴った関係ではなかったのです。それが「分業」ということ。私は、このように理解しています。
   「再検・日本の建物づくり―4:四里四方」参照
しかし、この第一次産業と第二次・第三次産業との関係を、現代風の二項対立的な位置関係で理解するとき、田中氏のような発言になるのだ、と私は思います。対等・並立の共生ではなく、上下関係としての関係の理解。だから「協力」という言をわざわざ発することになる。そのように私には見えます。
このような事態になったのは、多分、近代以降、特に現代になってからの社会の「アメリカ化願望」が強くなってからのはずです(これは、20世紀初頭から、西欧でも目立ち始め、それを危惧し歎じた一人がリルケです。日本では、少し遅れて、今が盛りかもしれません)。
特に、今、第二次産業:製造業などで普通になっている「商法」、すなわち《大量に生産し、需要を「掘り起し」消費させるという「商法」》があたりまえになってから、第一次産業と、第二次以降の産業とのバランスがおかしくなってきた、これが私の「理解」です。
それはすなわち、「経済」という語の本来の語義の喪失にほかなりません
   今、農業に付加価値を付ける・・、という「政策」が論じられています。これも、その延長上にあるのではないでしょうか。
   そして、本来の語義が保たれていたのならば、昨今流行りの「商品の偽装」など起きるわけがないではありませんか!


   
何か、夢のようなこと、時代遅れのこと、戯言、を言っている、と思われる方が居られるかもしれません。
私は、「理」の通らないことは、私の性に合わないから、そういうことを言わないだけなのです。
《時流にうまく乗る》、というような「世渡り」も私の性に合いません。
したがって、本質を忘れた「牽強付会の説」を展開するなどということなどは、考えも及ばないのです。
基本・根本、原点にさかのぼって考えましょう、そう思っているだけです



さて、あの体育館の壁を、なぜ、柱間に杉の厚板を落とし込む壁にしたのか、説明します。
もちろん、国産の杉材を大量に使うことで日本の林業の復興に貢献しよう、などという理由ではありません。

木造軸組工法では、壁は、柱間に充填する形を採るのが普通です。充填の方式としては、真壁方式と大壁方式があります。
では、体育館の壁として何がよいか。何が求められるか。
物がぶつかっても壊れにくいこと、人がぶつかっても怪我が起きにくいこと、なおかつ、維持・管理が容易なこと・・などです。

いろいろな方策が考えられます。
大壁方式は、壁の見切りに別途細工が必要になります。つまり、手間の追加が要る。それゆえ、柱間に収める真壁の方がいいだろう。
では、真壁をどのようにつくるか。芯材(間柱・胴縁など)を柱間に設置し、湿式:塗壁など:の壁を充填する、同じく乾式:板やボードの類を張る:の壁を充填する、この二つが考えられます(木骨煉瓦造のような方法もありますが、この建物の場合は重量の点で不適)。
そこで行き着いたのが柱間に厚い板壁を建て方時に組み込む方法(通称「落し込み板壁」)。
この方法は、両面が一度に仕上り、表面に釘等が表れず、物がぶつかっても強く、人がぶつかっても比較的安全、材料の量も、胴縁板張りとそれほど差がない(体育館ならば、胴縁も頑丈にし、板厚も最低でも15mm、できれば20mm以上は欲しい、それで算定すると、材積はそれほど多くなく、胴縁・間柱など工費を考えれば、問題はない)・・、これらを勘案して行き着いたのです。

しかし、この結論は、体育館の建物だからの結論です。
私は、通称「落し込み板壁」を住居に使うことを躊躇します。古来、我が国の人びともそのようです。もし、住居にも適しているのならば、とっくに普及しているはずですが、歴史を見ても、日本の住居の例を、私は寡聞にして知りません。
日本での使用例は、蔵・倉庫、そして一部の社寺に限られるようです。
それはなぜか?
いったん柱間に落し込んだ板壁は、撤去が容易でありません。したがって、大げさにいえば、壁位置を決めるに際し、石造、煉瓦造、RC造のような「覚悟」が要ります。一度造った壁を取り去り改造する、あるいは増築する、・・これが不可能だと言っても言い過ぎではないでしょう(2×4工法に似ています)。
つまり、「日本の建物づくりでは『壁』は自由な存在だった」シリーズで触れたように、撤去・改造・改修不可の壁は、日本人は住居では造りたがらなかったのです。だからこそ、住居の事例が見かけないのです。人びとは、改造を前提にしたつくりを考えていた、と言ってよいかもしれません。
   各地に数百年生きた住居が遺っています。それらは、ほとんどすべて、建設時の姿を数百年間保っているわけではありません
   改造、改修、増築などが繰り返し行われ、壁だったところが開口になったり、開口が壁になる、などの例は枚挙に暇がない、と言ってよいでしょう。
      「日本の建物づくりでは『壁』は自由な存在だった」シリーズでも例を挙げています。「カテゴリー」の「壁は自由な存在だった」からアクセスできます。
   逆に言えば、それが数百年永らえ得た理由でもあるのです。そうやって、暮しの変化に対応してきたのです。
   こういうことが、柱間に組み込んだ厚板壁では容易に行えないのです。だから、落しこみ板壁を住居で使うなら、石造同様の「覚悟」がいるのです。
   これが、日本の住居の石造の住居などとの大きな違いなのです(石造などの場合は、最初の規模・室数が大きい。それを場面に応じて使う)。

   なお、通称「落し込み板壁」は、古く伊勢神宮でも使われている歴史のある工法だ、という説があります。
   この説も「誤解」を生みそうです。
   日本で、厚さの薄い木材、「板」が一般に使われるようになるのは、おそらく近世以降でしょう。それまでは製材ができなかったのです。
   したがって、古代~中世には、現在の「平角」材のような木材が、そのまま、壁や床にも使われています。
   つまり、伊勢神宮で、厚板がいい、という「選択」で採用されたのではなく、いわば、それしかなかった、のです。
     奈良時代の住居遺構とされる法隆寺・伝法堂の床もその一例です。そこでは、建具も厚板製です。
     「奈良時代の開口部

また、通称「落し込み板壁」には、次のような「特徴」もあります。
「落し込み板壁」は、厚板をいわば平積にします。継ぎ目・目地が横に入ります。
その結果、次のような「現象」が起きるのです。
一つは収縮による空隙の発生。
筑波一小の体育館の場合、厚板は仕上がり幅4寸5分×2寸、これを、一階部分では床梁~二階床梁の間に21枚平積にしてあります。総丈は約10尺、梁~梁は全高が充填されるはずでした。ところが、竣工後まもなく、外壁の一部で、上部に1寸ほどの空隙が生じたのです(中から空が見えた!)。平積した総丈が材の収縮で縮んで沈んだのです。対策は講じてあったのですが、これは、「想定外」の大きな縮みでした。
   ログハウスでも、同じことが起き、対策は結構大変なようです。
もう一つは、外壁の「落し込み板壁」の防雨。
真壁の外壁は、一般に柱際の防水・防雨に苦労しますが、「落し込み板壁」では、更に特有の問題が生じるのです。
厚板と厚板の継ぎ目・目地に沿って、水が風により柱際へ吹き寄せられるのです(塗壁などの真壁ではあまり起きません)。
各段の目地で吹き寄せられた水」が、柱に彫られた板を納める溝を越え、内部に回り込み、「壁から雨が漏る」事態に至るのです。
特に、南東風を伴う風雨の襲いやすい地域:筑波地域はそれにあたります:にあるこの建物の場合、建物の東面での雨漏りが目立ちました。
   関東は、台風時、南東風の風雨が多い。
いろいろ、柱際に細工を施しましたが(押縁を設けたり、ダメモトでシーリングもしてみました)、雨漏りは止まりませんでした。
結局、東面だけ、全面に、新たに杉板横張りの大壁を設けて、やっと解決しました(他の面と似たように仕上げてありますから、よく見ないと見分けがつかないかもしれません)。
     本当は、こういう箇所には縦板張りの方が、適しています。水の自然の流れに対して素直だからです。
     関西、特に四国などで縦張り大壁が普通なのは、台風によく襲われるからのようです。

以上のように、筑波一小の体育館に通称「落し込み板壁」を使ったのは、体育館の「用」を考えた一結果にすぎない、とお考えください。

私は、明治の初め、滝 大吉 氏が「建築学講義録」の序文で述べている「建築学とは木石などの如き自然の品や煉化石瓦の如き自然の品に人の力を加へて製したる品を成丈恰好能く丈夫にして無汰の生せぬ様建物に用ゆる事を工夫する学問・・・」との言は、今なお「真理」である、と考えています。
建物をつくるにあたって、「為にする牽強付会の説」は、百害あって一利なし、要らない、と私は考えています。

「日本家屋構造・中巻:製図編」の紹介-12 :「二十一 金物使用の一例」 + 付録 「西欧の金物仕様」

2014-01-22 15:01:41 | 「日本家屋構造」の紹介


[説明文言追加 24日14.05]
今回、「二十一 金物使用の一例」「二十二 附属建物」の内「土蔵」の項を紹介する予定でしたが、「土蔵」の項の分量が多いので、「二十一 金物使用の一例」の紹介だけとすることにいたしました。ご了承ください。

「二十一 金物使用の一例」からは、明治期の金物使用の状況を知ることができますので、現代語に読み下し、随時、註を併記することにします。現在の状況と比較しながらご覧ください。

はじめに「二十一 金物使用の一例」の項の原文と解説図(第二十五図)を載せます。

以下現代語の読み下し、及び註を加えます。
「二十一 金物使用の一例」
第二十五図は、家屋のある部分の仕口を堅固にするために金物を用いた例。
図い図ろは、柱と足固め、柱と長押、柱と二階梁との仕口に用いる例。
図はは、柱と土台、柱と大引、柱と雨戸框及び根太との仕口の例、
図とは、柱と附土台(付土台)の仕口、
図ちは、柱と二階梁の仕口(図い)の平面図。
これらは、いずれも、耐震のつくりとして用いることが多い。

   註 上図(第二十五図)の内、図に図ほは、付長押の取付けに、従来の取付け方(下記参照)の釘の代りにボルトを用いた例です。
      付長押は、化粧材。架構の強度とは無関係。
        なお、付長押の通常の取付法は下記に載っています。
        「日本家屋構造の紹介-16:長押の構造
      図へは、鴨居の簡易固定法、ここで使われる金物は釘。架構の強度とは無関係。
        鴨居の通常の取付法は、「日本家屋構造の紹介-15」参照。
      図とは、付土台の柱への取付法。付土台は化粧材:土台のように見せるための材。架構の強度とは無関係。
      図はは雨戸の一筋敷居を柱に固定するために、根太~柱~一筋をボルトで縫い、根太側でナットで締める方策。これも架構の強度とは無関係。
      図ろ一筋敷居は、柱にだけボルト締めの例です。通常の縁側の構造は、「日本家屋構造の紹介-14」参照。
      以上は架構の強度とは無関係の部位です。
      それゆえ、第二十五図の内、架構の強度に関係がある部位は、
      図い図ちの二階梁・桁の部分、図ろ二階梁の取付部、図は下部の土台の取付部だけです。
        図い下部の土台の図は付土台と思われます。
        図ろの二階左側の部材は、二階の縁先の縁框兼一筋敷居と思われ、当図下部の一階の一筋に同じです。
      以下、各部を見ていきます。
      図い上部の梁・桁は、梁・桁とも噛み合わせ部をそれぞれ5分程度欠き取り噛み合わせ、ボルト締めにしているように見えます。
      図ろの取付けもに同じです。
      図はは土台に柱を固定するためにボルト(羽子板ボルト)を使う例。
        この当時は、布基礎は用いられていません。したがって、この土台礎石上に転がしと考えられます。
        ボルト頭部に座彫りが為されていますから、ボルト締めは建て方前に為される、つまり、土台を平場で組んだ後建て起こす、と考えられます。
     
      羽子板部のへの固定もボルト締めのようです。
      説明追加
        羽子板部と木材・柱との間の密着度つまり摩擦が低減したとき、力はボルト自体が受けることになります。そのとき、どうなるか?
        最悪の場合、木部・柱は割裂するでしょう。ナットが緩めば、この事態は容易に起きるはずです。羽子板ボルトの「こわさ」です。
        ボルト固定のホールダウン金物も同じです。釘の方がまだ信頼性があるのです。[文言追加 24日14.05]

      以上、ここで紹介されている金物は、「ボルト・ナット」だけと言ってもよいでしょう。
      二材間にボルトを通し、ナットで締め付け二材を密着させ、力を伝達すること、これがボルト仕様の原理です。
      この力の伝達は、両者間の摩擦に拠ります。強く締めれば摩擦は大きくなります。鉄骨造のHTB(ハイテンションボルト)も同じ理屈。   
      ただ、木材の場合は、必ず座金を付けます。そうしないと、ボルトの頭、ナットが容易に木材にめり込んでしまい、材を破損するからです。
         鉄骨造でも使いますが、それは、締める力を広い面積で伝えることになるからです。
      また、二材が木材の場合、十分にナットを締めたつもりでも、時間が経つと緩むことは、現場では周知の事実です。
      これは、多くの場合、木材の収縮に起因します。また、振動が加わり続けることでも起きます。
         ナットを二重にすることで、多少は避けられますが、ボルトの効能を維持するためには、点検し、常に締め直すことが必須です。
        施工後の点検が可能か否かは、木造建物への金物使用の際の重要な注意点である、と私は考えています。

      図い、図ろの二階部分の場合、両材が密着している場合には一定の効果が期待されますが、
      収縮等で密着の度合いが減少した場合、ボルトを軸に回転し、取付け部の木口部分のみが抵抗するにとになり、取付け部は容易に破損します。
      これを避けるため、西欧では、ボルト締めに際して、二材の間に、ジベル(独語の dÜbel の音訳) という金物(別図)が使われてきました。
          ジベルの歯が二材に喰い込み、二材がずれる( shear )ことを防ぐ、あるいは、二材がボルトを軸に回転することを防ぐための金物です。
          独語 dÜbel に相当する英語は dowel ですが、その「役割」を示す shear conector も使われています(付録参照)。
        
      このような、金物使用についての基本について、我が国の建築教育用教材から当該箇所を抜粋すると以下の通りです。
      ア)私の学生時代の教科書:「各種建築構造図説」(理工学社 1957年刊 第5版)では、下図。 
        
      イ)最近の建築教育用教科書「構造用教材」(日本建築学会編 1995年改訂第2版 2002年第9刷版)では、下図。
        この書では、ジベル金物は、通常の木造では不要と考えているのか、「集成材構造」の項に載っています。
       
      いずれの書にも、図だけがあり、それぞれの金物使用にあたっての解説はもちろん、その金物を使用する「理由」も示されていません
      これでは、教科書としての意味がない、役割を果たしていない、と思うのは私だけでしょうか。
      これは、法令にともない刊行される各種解説書の類でも同様です。

      一方、欧米の木造建築の技術書の解説は、きわめて懇切丁寧です。
     各部位に起き得る状態を示し、それに応じた古来の仕口が紹介され、それで不十分と考えられる場合には、
     その部位に適応した金物を考え補強する、この「理」で一貫しています。
        古来の木造工法全般についての地道な研究が基になっているのです。

     おそらく、日本では、「理由を考えるのは《有識者》に任せておけ」、「下々は《有識者》の指示通りやればいい」と考えているのかもしれません。
     それは、各種の「告示」の類の規定事項に、「理」が一切示されていないことで明らかです。
         それゆえ、ボルトや釘などの員数の多少だけが《論じられる》傾向が顕著になるのです。

        これでは、技術は停滞するのが目に見えています

     そこで、「日本家屋構造」の紹介ではありますが、少し長くなりますが、
     付録として、欧米の木造建築の解説書から、「金物仕様」の箇所を一部抜粋して転載します。
     彼我の違いをご覧ください。
     
     字が小さいですがご容赦ください。
       本当は日本語で紹介したいところです・・・・。

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付録 Fundamentals of Timber Building Construction
  出典 “Timber Design and Construction Sourcebook : A Comrehensive Guide to Methods and Practice”
       Karl-Heinz GÖtz・Dieter Hoor・Karl MÖhler・Julius Natterer 共著 
      McGraw-Hill Publishing Company, New York 1989年刊
       註 原本はドイツで刊行され、その英訳版がこの書です。









           **********************************************************************************************************

次回は「土蔵」のつくりかたの項、これも時間がかかりそうです。




近時雑感:一周年!のご挨拶

2014-01-17 14:04:10 | 近時雑感

西側の空地の枯れすすき。この向うには筑波山が隠れています。
筑波下しが遮られるためか、小鳥たちの恰好の寝場所になっているようです。
朝夕、賑やかな囀りが聞こえてきます。


今日が終れば、脳出血を発症してちょうど一年が過ぎることになります。
昨年の1月18日は、まだ残雪があり、冷え込んでいたのを覚えています。その冷え込みについてゆけなかった・・・。
今朝も寒い朝でした。昨日が氷点下6度ほど、今朝はそこまで下がりませんが冷えました。
その中、新年の挨拶かたがた、主治医の診察を受けに行ってきました。

今こうして無事のご挨拶ができること、その有難さを心底感じつつ、これからも毎日を過ごしてゆこう、と考えています。
今後とも、よろしくお願いします。


さて、「日本家屋構造・中巻・製図編」の紹介、次回は「土蔵」のつくりかたの紹介が主になります。
今回は、現代語で読み下し、詳しく紹介しようと考えています。現在編集中ですが、もう少し時間がかかりそうです。

建築界の《常識》を考える-1・・・「断熱」「断熱材」という語

2014-01-12 20:33:26 | 専門家のありよう

この冬一番と言われた寒波が通り過ぎた朝のケヤキの梢。
寒々としていますが、近くに寄ると、新芽がふくらみつつあります。



![文言追加 13日 9.00]

建築設計や施工にかかわる方がたが、建築確認申請時の「煩わしさ」について:根本的には、建築基準法およびその関連諸規定に起因する「煩わしさ」なのですが:「愚痴」をこぼしているのをよく聞きます。
一言で言えば、「基準」と称する「規制」が多く、そのなかに、どう考えても「理不尽なこと」つまり「理が通らないこと」が多いからです。

しかし、愚痴をこぼす方がたが、日ごろ「理の通ること」を口にしているか、というと、必ずしもそうとは言えないように思います。建築設計や施工にかかわる方がたの多くが、日ごろ「理の通らない建築用語」、あるいは「理の通らない《常識》」を意に介していないように見受けられるからです。
その状況が、結果として「法の名の下理不尽を蔓延らしてしまっている最大の因」ではないか、つまり、「付け入る隙(すき)を与えている」、専門家であるならば、率先して「理不尽な《常識》」に異を唱えなければならないにも拘らず、むしろその「普及」に手を貸しているのではないか・・・。簡単に言えばいわゆる「オウンゴール」ではないか、と私は思っています。


そこで、ここしばらく、「日本建築構造・中巻」の紹介の合間を縫って、この建築界に蔓延る《常識》について、思うところを書いてみようと思います。
「事例」は、選択に困るほどいっぱいあります。「耐力壁のない建物は地震に弱い」、「瓦屋根の建物は地震に弱い」、「床下の防湿には地面を防湿コンクリートで覆うのがよい」、「(人工)乾燥した木材は伸縮しない」、「防腐剤を塗れば木材は腐らない」、「太い木材を使えば頑丈になる」・・・。

そこで、これらの事例のなかから「代表的な」いくつかを選び、それについて書くことにします。当然、既に何度か書いたことと重複する点がありますが、ご容赦ください。


今回取り上げるのは、「断熱」「断熱材」という用語。

この用語は、今や、建築関係の方がただけではなく、一般の方がたの間でも広く通用しています。
住宅はすべからく「断熱性能」が求められる、あるいは、住宅は「高気密・高断熱」が肝心である・・・・。
これらは、住宅メーカーの広告では、「耐震」とともに多く見られる用語です。しかも、建築関係者・専門家も、あたりまえのように使っているために、世の中に、多くのそして大きな「誤解」を広めている用語である、と私には思えます。

漢字は、言うまでもなく「表意文字」。したがって、「断熱」とは、「熱を断つ」という意、「断熱材」は「熱を断つ材料」との意になります。
しかし、英語では、断熱は“Thermal insulation”そして、「断熱材」は“ Materials used to reduce the rate of heat transfer”になるはずです。つまり、「熱の移動する割合を減らすような材料:熱伝導率の小さな材料」のこと。
残念ながら、漢字の「断熱」「断熱材」からは、 to reduce the rate of heat transfer の意が「読み取れない」のです。
一言で言えば、英語圏では、「断熱可能な材料など存在しない」ことを前提にしている。
漢字圏でも、それは同じはずです。だから、本来、漢字には「断熱(材)」という語彙はなかったと考えてよいでしょう。
正確に伝えるのであるならば、「熱移動低減材」あるいは「熱移動緩衝材。
「保温材」「保冷材」の方が「断熱材」よりもマシかもしれませんが、それでも「温度を一定に保ち続ける材料がある」かのような誤解を生む・・・。
もしも、(完全に)「断熱」「保温」「保冷」可能な材料が存在したならば(そのようなイメージをこれらの語は与えるのですが・・・)、「世の中の常識」はひっくりかえるでしょう。
ところが、そのようなイメージ・誤解を蔓延させながら、「断熱」の語が大手を振って世の中に出回っているのです。
しかも、「専門家」であるはずの「建築界の方がた」の誰も、おかしいと言わない・・・。不思議です。 
   私が学生の頃は、「断熱」ではなく「インシュレーション」という呼称が使われていたと思います。適当な語がなかったのです。
   おそらく、「断熱」という語は、理工系の現代人が造った和製漢語ではないでしょうか。
   なぜなら、明治人ならば、このような誤ったイメージを生む語は造らなかったと思えるからです。
   明治期に造られたコンクリート⇒混擬土などは言い得て妙な造語ではありませんか。
   多分明治人なら「インシュレーション」に絶妙な漢字をあてがって済ましたかもしれません。
     「断熱」は、木造軸組工法を「在来」工法と読み替えた《企み》と同趣旨の造語ではないか、と私は推測しています。
     そして、こういう語を発明した方がたの「思考」法に、「原子力ムラ」の方がたと同じものを感じてしまうのは、私だけでしょうか。

そこで、なぜこれほどまでに「断熱」という《概念》が《一般化》したのか、知っておいた方がよい、と思いますので、かつて(2005年)、茨城県建築士事務所協会主催「建築設計講座」のために作成したテキストから、当該部分を抜粋して転載させていただきます。
 


驚くべきことは、1980年の「指針」で「断熱材」が推奨されて以来、「現場」から、木造建築での壁内等の腐朽の急増が指摘されていながら、指針の見直し(それも十分とは言えない内容)が為されたのは1999年、つまりほぼ五分の一世紀後だったということ。その間、多くの建物をダメにし、なおかつ「現場」を大きく混乱させ、その「混乱」は現在にまで及んでいるのです。
今、建築に関わる方がたで、上記の「経緯」をご存知の方はどのくらい居られるでしょうか。「経緯」を知らぬまま、「断熱」の語に振り回されている、というのが「実情」ではないでしょうか。

私は、居住環境を整えるにあたり、「インシュレーション」について考えることは重要なことだと考えています。
しかしそれは、「断熱材」を如何に使うか、ということではないはずです。
そうではなく、「インシュレーションについて考えること」とは、居住環境の熱的性質の側面について、熱の性質に基づいて考えることであると私は考えています。

ところが、「熱」というのは、きわめて分りづらい「対象」です。
温度と湿度の関係、それに材料・物質自体の性質が微妙に絡んでくる。これを「立体的に」把握することは容易ではないからです。
たとえば、南部鉄器や山形鉄器製の急須は、鉄だからすぐに冷めるように思えますが、陶磁器製のそれよりも湯冷めしにくい、という特徴があります。この理由を説明するのはなかなか難しい。
あるいはまた、「土蔵や塗り壁づくりの建物の内部が恒温、恒湿なのはなぜか」、そしてまた「土蔵の壁や煉瓦造の壁は、RC壁造の壁に比べ、日差しを浴び続けても熱くなりにくいが、それはなぜか(土、煉瓦、コンクリートの比熱:温まりやすさ:は大差ないのです!)」・・・この説明も難しい・・・。


   ここに掲げた「指針」の場合、居住空間の「室温」をいかに「閉じ込めるか」「一定に保つか」という一点に「関心」が集中したこと、
   つまり、「現象」を単純図式化した結果、いろいろな問題を起こしたと考えてよいでしょう。
   そのとき、特に、「木材の特質」を無視したことが問題を大きくしています。

そこで、前記講座のテキストに、一般的な熱の性質の「指標」である「熱伝導率」と「比熱」を諸物質・材料についてまとめてみた表がありましたので、以下に転載します。ただし、これによって、何かが分る、というわけではありません。あくまでも「概観」です。



熱伝導率は、註に示したように、置かれた「環境」の温度・湿度で異なる、という点に注目してください。一筋縄ではゆかない証です。
参考として挙げた塗り壁(土壁)、煉瓦壁の特徴も、「熱」の問題が、単純ではないことの一例です。
   瓦の土居葺きも、土壁と同じ効能を持っていたのかもしれません。
往時の人びとの建物づくりでも、当然、居住空間の熱的側面も、工夫の対象であったと考えられます。しかし、これらの工夫は、架構の工夫などに比べ、「見えにくい」、つまり「分りづらい」のです。塗り壁づくり、土蔵造りなどは、比較的「見える・分る」事例なのでしょう。「越屋根」なども、その一つかもしれません。
   
   土蔵の詳細については、「近江八幡・旧西川家の土蔵の詳細」で、土蔵の屋根の施工詳細は「西川家の土蔵の施工」で紹介しています。
   この例は、直に瓦を葺いていますが、別途土塗屋根上に木造の小屋・屋根を造ることがあります。かつて、東京・杉並の農家の土蔵でも見かけました。

屋根面のインシュレーションについては、これまで私も、いろいろ試みてはきましたが、どうするのがよいのか、未だに確信を持てていない、というのが正直なところです(壁は、大抵漆喰真壁なので、施さない場合がほとんどです)。
「棟持柱の試み」で紹介の例では、二階は天井を設けない屋根裏部屋の形ですが、屋根面からの熱射を避けるためのインシュレーションは、屋根面(天井内)の空気をドラフトで越屋根部で排出する方策を採っています。その設計図が下図。
   天井は、垂木下面に杉板を張り、野地板と天井板との間の空気を排出する方策です。同じく、野地板と瓦の間の空気も排出しています。
これは、「煉瓦の活用」で紹介した事例で最初に行った方策の継承。いずれの場合も、一定の効果はあり、屋根直下の部屋でも夏、熱射により暑くはなっていません。
   室内は、越屋根の欄間の開け閉めで通風を調整しています。ただ、建てつけの悪さと、収縮により、隙間風で冬季は寒い![文言追加 13日 9.00]

ところが、同じ考えで、仕事場兼自宅の屋根で、下図のように、棟押えの部分に下図のような細工を施しましたが、ここでは、あまり効果がありません。屋根裏部屋は、夏暑くなるのです。

この違いは、ドラフト効果の大小だろうと推測しています。
越屋根に施した例では、通気孔は20mm径@約45㎝、棟板押えの場合は、棟のほぼ全長にわたって排気用の空隙がある。
考えてみれば当然なのですが(後の祭りとは、まさにこのこと!)、前者の方が排出孔が小さい分、ドラフトの速度が大きくなる。つまり、空気がよく流れる。
   工事中に、タバコの煙を流入口に近づけると、勢いよく流れたことを覚えています。
それに対し、後者の場合、排出孔が大きいので流れが遅くなり、その分熱せられた空気の滞留時間が長くなるからだ、と思われます。
排出口を限定すれば(小さくすれば)、多分改良されると考えていますが、未実施、つまり確かめていません・・・・!   

  
もう少し、往時の人びとの surroundings の熱的側面への対応のありようについて学習しなければ、と思いつつ、長い間疎かにしてきてしまっているのです。
往時の人びとの知恵に学びたい、と思っていますが、とっかかりが分らない・・・。とにかく、事例を集めることかな?
寒冷地にお住まいの方、是非ご教示願います。(暑い地域の対処法はおおよそ推測できますので・・・)![文言追加 13日 9.00]
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この国を-49・・・「理」を通し、守ること

2014-01-06 11:03:13 | この国を・・・
ブログ「リベラル21」の1月3日の記事に、元旦の新聞6紙(産経、読売、朝日、毎日、日経、東京)の社説を読んでの論評が載っています。
評者はそのなかで、次のように述べています。
   ・・・私は東京新聞の論調が、1930年代に生れた私の世代の、民主主義観を辛くも保持しているように感ずる。
   今年は東京新聞への権力からの総攻撃が始まるだろう。東京を応援したいと思う。
   調子に乗らず頑張って欲しい。読者の声なき声をよく聞いて欲しい。
私は6紙は読んでいませんが、まったく同感です。
東京新聞(中日新聞)の社説は、何度も紹介させていただいているように、「理」が一貫して通り、ぶれることがなく、読み応えがあります。
   私はネット版東京新聞:TOKYO Webで読んでいます。

元旦から「年のはじめに考える」として、次の標題で連続して書かれています。
  1日付 「年のはじめに考える : 人間中心の国づくりへ」
  3日付 「年のはじめに考える : 障害を共に乗り越える」
  4日付 「年のはじめに考える : 福島への想い新たに」
  5日付 「年のはじめに考える : 憲法を守る道を行く」

いずれも論旨明快、しかもきわめて平易な言葉で書かれています。
多くの方に読んでいただきたい、と考え、少し長くなりますが、すべてプリントアウトし転載させていただきます。
特に、「戦前~戦後(史)」を身をもって知らない若い方がたには、5日付の「年のはじめに考える : 憲法を守る道を行く」は、是非読んでほしいと思いました。

   「異をとなえる手段、難しいです」と書かれた賀状をいただきました。
   多分、「歳の暮にあたり」をお読みいただいたのではないかと思います。

   私は、「何も難しく考える必要はない」、と考えています。  
   隣の人との茶飲み話のときだって「異をとなえることはできる」ではないですか。
   「異」が「日常の話題」になると、「異」は、世の中に「充満する」・・・。
   そうなることを嫌っている人たちがいるのです。
     










同じ表題の論説は、今日も続いています。
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謹賀新年

2014-01-01 11:03:02 | 近時雑感

朝の食事がすんで、柿の木の梢で朝陽を浴びながら一休みしているホオジロ(頬白)の群れ。
今日は風がないのでそれぞれ思い思いの向きを向いています。風の強い日には、そろって風上を向きます。
食事の時は互いに語らっているのでしょうか賑やかに囀っていましたが、こういう時は静かです。

本年もよろしくお願いいたします。