建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

観察、認識、そして「分る」ということ:余録・・・・すべてがわたくしのなかのみんなであるやうに・・・・

2010-09-17 16:00:16 | 論評


芒(すすき)より一足早く、荻(おぎ)の穂が風になびいています。8月の10日頃からというもの、猛暑に参って草刈をしなかったため、伸び放題、荒れ放題。
当地に「荻平(おぎだいら)」という地名があります。終戦後開拓された土地のようです。多分、かつては草原様の場所だったのでしょう。東京の「荻窪」も、そういうところだったらしい。

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[転載文の脱落部補完 17日 23.51][註記追加 18日 10.56] 

先回、宮澤賢治の「春と修羅」の序を転載いたしました。

あの中で、私が最初に惹かれたのは、
  ・・・・
  (すべてがわたくしのなかのみんなであるやうに 
  みんなのおのおののなかのすべてですから)
  ・・・・
そして
  ・・・・
  けだしわれわれがわれわれの感官や
  風景や人物をかんずるやうに
  そしてたゞ共通にかんずるだけであるやうに
  記録や歴史 あるいは地史といふものも
  それのいろいろの論料といつしよに
  (因果の時空的制約のもとに)
  われわれがかんじてゐるのに過ぎません
  ・・・・
のところでした。

彼が、万物に万物と同じ地平で接している、接することができる、一方向では決して見ない、そのことが、この一節でよく分ります。

ふと考えました。
かつて、人びとは、当たり前のこととして、この「心境」でものごとに接していたのではないか、と。
当たり前ゆえに人びとは何も言わないけれども、彼は、あえて、それを顕在化させて言ったのだ、と。

多分、彼の生きた「時代」がそうさせたのかもしれません。「科学」「科学的(思考)」が脚光を浴び始めた、そういう時代。

以前にも紹介しましたが、「月天子」という詩では、次のように語っています。

  私はこどものときから
  いろいろな雑誌や新聞で
  幾つもの月の写真を見た
  その表面はでこぼこの火口で覆はれ
  またそこに日が射してゐるのもはっきり見た
  後そこが大へんつめたいこと
  空気のないことなども習った
  また私は三度かそれの蝕を見た
  地球の影がそこに映って
  滑り去るのをはっきり見た
  次にはそれがたぶんは地球をはなれたもので
  最後に稲作の気候のことで知り合ひになった
  盛岡測候所の私の友だちは
  --ミリ径の小さな望遠鏡で
  その天体を見せてくれた
  亦その軌道や運転が
  簡単な公式に従ふことを教へてくれた
  しかもおゝ
  わたくしがその天体を月天子と称しうやまふことに
  遂に何等の障りもない
  もしそれ人とは人のからだのことであると
  さういふならば誤りであるやうに
  さりとて人は
  からだと心であるといふならば
  これも誤りであるやうに
  さりとて人は心であるといふならば
  また誤りであるやうに
  しかればわたくしが月を月天子と称するとも
  これは単なる擬人でない

       [一部が脱落していました 補完しました 17日 23.51]

太陽が地球のまわりをまわっているのか、その逆か、と問えば、今では、小学生、ことによると幼児さえも、地球が太陽のまわりをまわっている、と訳知り顔に言うでしょう。

私は不思議に思う。それを平然として、あるいはむしろ当然のこととして黙ってみている大人たちを。
なぜなら、その子どもたちの「知識」は、自らが自らの「観察」から得た「認識」によるものではないからです。

私たちの時代、このように、自らの「観察」を「省略」して、誰かのつくった「知識」を「集める」ことが、「学ぶ」ということと同義になってしまっている・・・
大人だってそうだ・・・。

「日の出」「日の入」「日没」・・・という語を使い、日常の「感覚」と「知識」との「落差」を問題にせずに、「適当に」済ませている。だから、耐震と言い、断熱と言い、はたまた立っていても倒壊と言い、・・・それに慣れっこになってしまう・・・。


宮澤賢治は、そういう時代の始まりを感じとっていたのではないか、と思っています。


   註 「春と修羅」には、宮澤賢治自らの推敲による別の版があります。

      それでは、上に転載した箇所は、次のようになっています。
       ・・・・
        けだしわれわれがわれわれの感官を感じ
        やがては風景や人物を信じるやうに
        そしてただ共通に信じるだけであるやうに
        記録や歴史あるいは地史といふものも
        それのいろいろの論料といつしょに
        (因果の時空的制約のもとに)
        われわれが信じているのにすぎません
        ・・・・

      普通はこちらの版が紹介されているかもしれません。[註記追加 18日 10.56]     

観察、認識、そして「分る」ということ-4(了)

2010-09-13 12:26:30 | 論評
東京・上野での講習会、昨日で終わらせていただきました。約半年、随分早く過ぎたように思います。

生物多様性・・ではありませんが、いろいろな考えの方がたがおられます。それは当たり前です。
ただ、ことを「多数決」で決める、つまり、ある考え方の「派閥」の人数を増やせば勝ち、などと思うようになったら間違い、だと私は思っています。
私が書いているのも、そんなことは目的ではありません。
世の中ではこのように言われているけど、(本当は)こういうことがあったんだ、
一般にこういう考えが《当たり前》《常識》になっているけれども、こういう点でおかしいのでは・・・、ということを書き連ねているだけです。

もちろん、いやそうではない、人びとは「指導」しなければ何をするか分らない、と思う人もいてもおかしくはありません。自分が《神》になりたい方がたです。まさに「多様性」です。
ただ、その「意向」を、数をたのみに人に押し付けよう、などと考え、あるいは行動するのは、もってのほかです。


簡単に言ってしまえば、私たちそれぞれが自ら考え、自らものごとに接する、そのことに対して、制約になる、妨害になる、あるいは禁止する・・・そのようなことは何人もしてはならない、誰もそんなことをする「権利」など持っていない、ということです。

それでは、「まとまるものもまとまらない」、と思う方も居られるでしょう。
どうしてそんなに「気が急く」のでしょうか。
皆が、自ら考え、自らものごとに接する・・・つまり、「観察、認識」を繰返す。そしてそれぞれがそれぞれなりに「分る」、これが「日常化」したとき、自ずと「結」は見えてくるはずです。
「理想」に過ぎますか?


折しも、9月21日は、宮澤賢治の命日だそうです。



上の図版は、「校本 宮澤賢治全集 第二巻」(筑摩書房)に載っている「春と修羅」初版本の函と表紙。

宮澤賢治は、この「春と修羅」の「序」で、次のように書いています(そのとき、宮澤賢治28歳)。
はじめてこの「序」に接したときの新鮮な衝撃は忘れられません。私の硬い脳、思考形式を揺さぶったのです。

その全文を、同書から、以下に転載します(原文は縦書きです)。


       序

  わたくしといふ現象は
  仮定された有機交流電燈の
  ひとつの青い照明です
  (あらゆる透明な幽霊の複合体)
  風景やみんなといつしよに
  せはしくせはしく明滅しながら
  いかにもたしかにともりつづける
  因果交流電燈の
  ひとつの青い照明です
  (ひかりはたもち その電燈は失はれ)

  これらは二十二箇月の
  過去とかんずる方角から
  紙と硬質インクをつらね
  (すべてわたくしと明滅し
  みんなが同時に感ずるもの)
  ここまでたもちつゞけられた
  かげとひかりのひとくさりづつ
  そのとほりの心象スケッチです

  これらについて人や銀河や修羅や海胆は
  宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
  それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
  それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
  たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
  記録されたそのとほりのこのけしきで
  それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
  ある程度まではみんなに共通いたします
  (すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
  みんなのおのおののなかのすべてですから)

  けれどもこれら新世代沖積世の
  巨大に明るい時間の集積のなかで
  正しくうつされた筈のこれらのことばが
  わづかその一点にも均しい明暗のうちに
    (あるひは修羅の十億年)
  すでにはやくもその組立や質を変じ
  しかもわたくしも印刷者も
  それを変らないこととして感ずることは
  傾向としてはあり得ます
  けだしわれわれがわれわれの感官や
  風景や人物をかんずるやうに
  そしてたゞ共通にかんずるだけであるやうに
  記録や歴史 あるいは地史といふものも
  それのいろいろの論料といつしよに
  (因果の時空的制約のもとに)
  われわれがかんじてゐるのに過ぎません
  おそらくこれから二千年もたつたころは
  それ相当のちがつた地質学が流用され
  相当した証拠もまた次次過去から現出し
  みんなは二千年ぐらゐ前には
  青ぞらいっぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
  新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
  きらびやかな氷窒素のあたりから
  すてきな化石を発掘したり
  あるひは白堊紀砂岩の層面に
  透明な人類の巨大な足跡を
  発見するかもしれません

  すべてこれらの命題は
  心象や時間それ自身の性質として
  第四次延長のなかで主張されます

     大正十三年一月廿日  宮 澤 賢 治


       註 「論料」には「データ」とルビがふってあります

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    東京・上野での講習会「伝統を語るまえに」のためにつくった資料、大半はすでにブログで触れたことですが、
    ご希望があれば、CDにしてお送りさせていただきます。
    言ってみれば、私家版日本建築技術史みたいなものです。A4版両面にして120枚ほどになります。
    コメントに送付先・連絡先をお寄せください(コメントは公開しません)。
    ただ、正誤を確認中ですので、しばらく時間をいただきます。

観察、認識、そして「分る」ということ-3

2010-09-08 20:51:07 | 論評
ようやく、書くゆとりができました。どこまで書いたか忘れてしまいそうでした・・・。



今日は久しぶりの雨。朝降り始めた頃の「遊水地」?屋根から雨落溝に落ちた雨水は、初めのうちは溝内で浸みこみますが、それを越えた分の雨水は一旦この小さな池に。そこから浸透管で地下浸透。ここ一月雨がなかったので、池の水も緑色になっていた。ヒメスイレンの葉も少し傷んでしまった。しかし、主の蛙クンは元気。二匹います。一匹だけ顔をだしていました。

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[註記追加 9日 08.38][註記追加 9日 08.51][文言変更 9日 13.26]

さて、「品質確保法」では、「住宅の品質の確保」のため、「住宅の性能」を次の九つの事項にまとめています。
①構造の安定に関すること、②火災時の安全に関すること、③劣化の軽減に関すること、④維持管理への配慮に関すること、⑤温熱環境に関すること、⑥空気環境に関すること、⑦光・視環境に関すること、⑧音環境に関すること、⑨高齢者等への配慮に関すること。

ここで気をつけなければならないのは、「住宅の『品質』」「住宅の『性能』」という言葉です。
『品質』とは、「(良・不良が問題になる)品物の性質」(新明解国語辞典)のこと。したがって、「住宅の品質」とは、簡単に言えば、その住宅が良品か不良品か、ということになり、一応納得のゆく文言です。
問題は「住宅の性能」の方。

『性能』とはどういうことを言うのでしょうか。
法令の施行にあたって、この点について、明確な説明、解説があったようには、私は記憶しておりません。

建築関係の用語には、「断熱」「耐震」など、最近のCMでも使われないような「誤まったイメージを与える」語がきわめて多く見られますが、「住宅の性能」もその系譜に入るのではないか、と私は思っています。

   註 「断熱」の語の字義は、「熱を断つ」ということ。
      したがって、「断熱材」とは「熱を断つ(ことのできる)材料」
      建築関係者には、そういう材料があると思っている人がかなり多い。

     「耐震」の語の字義は、「地震に耐える」ということ。
      一般の人が、「耐震建築」とは「いかなる地震にも耐える建物」と理解して当たり前。
      建築関係者は、「この程度の地震には耐える(はずだ)」という意味に使う。
      そこで齟齬を来たす。

      「科学的である」ことを標榜する割には、建築関係者は「科学的ではない」語、文言を平気でよく使う。

      最近のCMのように、「これは、使用者の(個人的)用語です」という「ことわり」が必要なのかもしれない。

本当のことを言えば、これら九つの「性能項目」は、何のことはない、現在の「建築にかかわる研究者」の「主たる研究分野」に過ぎない、それを列記しただけだ、と思っています(ないのは「歴史」分野だけ・・・。まことに象徴的です)。

私は、私が理解している「性能」という語の意味から見て、これらの項目を「住宅の性能」と呼ぶことに多大な疑義を感じます。
もっとも、法令案を審議する国会で、そういう疑義・異議は、まったくなかったように思いますが・・・。

いったい、「性能」とはどういう意味か。
「広辞苑」の最新版から引用すると次のようになります。
  ① 本来的に備わっている精神的・身体的な能力。
  ② 機械などの性質と能力。

一版前の「広辞苑」では
  ① 精神的および身体的な行為をする能力。
  ② 機械などの性質と能力。

「新明解国語辞典」では
  (機械などの)使用目的に合うように発揮される能力。

当然ながら、建築法令のいう「性能」は「広辞苑」の示す①ではないことは明らかです。「広辞苑」の解釈をとれば「機械などの性質と能力」、「新明解国語辞典」の解釈ならば「使用目的に合うように発揮される能力」ということになります。

問題は、「(機械などの)「性質と能力」あるいは「(機械などの)使用目的」を、「日本住宅性能表示基準」ではどのように見ているか、どのように定義しているか、つまり、どのようなものとして考えているか、にかかってきます。

しかし、この点についても、明確な解説は示されていない。何となく「性能」で片づけている、としか思えません。
あえて言えば、「性能」という「聞こえのいい」言葉を使った、「断熱」などと同列の、建築系の人びとに多い用語法の「典型」の一つに過ぎない。

本当は、「性能」の中味、何をもって「性能」と言っているのか、開示する必要があるのです。しかし、ない。


ところで、自動車のカタログに、「自動車の性能」という言葉が出てくるでしょうか。
自動車の場合、「性能」は、「エンジンの性能」、「ブレーキの性能(制動距離で表示)」「燃費性能」・・・などと「分けて」使われています。
すなわちこれは、辞典が言う「性能」が、その通りに使われていることになります。「自動車の性能」という言い方はされていないのです。
ましてや、自動車業界に「日本自動車性能基準」なんてものはない。そんなことを言ったら、完全にコケにされるでしょう。

   註 コケ:虚仮
      ①事実の裏付けが無く、空虚であること。②ものの見方・考え方などに、大事な点で
      何かが一本抜けていること(人)。[新明解国語辞典]


当たり前です。

「品質確保法」が唱える九つの項目の「住宅性能評価」が「すべて高い」ものは品質がよい、との「論」になぞらえて、これらの「エンジンの性能」・・・の「すべてがよい」車は「よい車」だ、と自動車の世界では言うでしょうか?
そんなことはありません。

「エンジン性能」がずば抜けてよいからと言って、自動車レースに出る人はそれを重視するかもしれませんが、その人でさえ、それを搭載した自動車が「普遍的に」「絶対的に」最も優れている、とは言わないでしょう。当たり前です。
どういう「エンジン性能」の車を選ぶかは、車を選ぶ人の「解釈」あるいは「意志」に委ねられているのです。
つまりそれぞれの項目の「性能」の評価は、人により異なる、それで当たり前、「絶対」は、ない。

では、「日本住宅性能基準」が挙げている上記の項目は、自動車のカタログに載っている諸種の「性能」と同じレベルの「概念」でしょうか?

これを知るには、この「日本住宅性能基準」をつくった人たちが、「住宅とは何か」、この点についてどのように考えているかを知らなければ分りません。
どこかに、そもそも「住宅とは何か」、解説してあるか。
まったく、どこにもありません。
そこに、突如として、先の9項目が「日本住宅性能基準」として出てくるのです。
「住宅とは何か」なんて、そんなこと当たり前のことではないか、と思ってでもいるのかもしれません。

しかし、その9項目を見ると、本当に「住宅とは何か」考えているのか、疑いたくなります。
簡単に言えば、「当たり前」と考えているにしては、イイカゲンです。

もっと端的に言いましょう。
仮にこれら9個の項目の性能が最高の成績だったならば、その住宅は、住宅として最高の品質の住宅である、と一般の人びとを思わせてしまってもおかしくありません。
もちろん、そんなわけが、あるはずがありません
。しかし、そう考えているらしい。

9個の項目の性能が最高だったならば、その住宅は最高の住宅なのか、そうでないのか、その「答」を、こういう基準の策定者は、少なくとも「例示」しなければなりません。
それは、この「性能表示制度」を、その真意を、広く知らしめるための最低の「義務」です。
しかし、まったくされていない。

むしろ、9項目を充たすことが、よい住宅の条件である、かのような「イメージ」を広めてしまっている。言うなれば、「誤解」、誤った理解を世に広めている。私はそのように思っています。
別の言い方をすれば、これは「思考統制」です。

   註 たとえば、学校の教科すべての試験が満点ならば、その人は「最高の品質の」人間か?
      世の中にはそう思うような人が増えているのは確か。
      「住宅性能・・・」などというのを編み出す「頭脳」の持ち主は、
      多分、そういう考えに慣れ親しんだ人に違いない。[註記追加 9日 08.38] 


次の問題、この「制度」のおかしな点は、それぞれの項目ごとに、「数値化」した評点を与え、ランク付けすることです。

何度も書いてきたことですが、そして当たり前すぎるほど当たり前なことですが、
数値化というのは、数値化できるもの、数値化できるように「操作された」もの、しか数値化できません。
数値化されないもの、できないものは捨象されてしまうのです。
簡単に言えば、「存在する」が数値化できないから「存在しない」と見なす、ということです


   註 建築関係の研究は、その多くが、「数値化できるもの」に限られている、
      あるいは、「数値化できないもの」は見捨てている、と言ってよいでしょう。

たとえば、①の「構造の安定に関すること」で言えば、その「判断基準」は、建築基準法の構造規定値をどの程度充たしているか、というもの。

この前提は、「法令の規定を充たす⇒構造が安定する」という「信念」に基づいている。
規定の何倍かを充たせば、性能評価がレベルアップ。

もっとも、そうやって、法令規定よりも大きな力をかけたら、十分耐えるべく「計算され」施工された「壊れることがない」はずの、つまり「品質が高い」はずの「長期優良住宅」が、「品質が低い」はずの建物より先に倒壊してしまった、というのが例の倒壊実験の結末。
さすがに責任を施工に押し付けることは出来ず、この現象に対して2000頁を超える一大報告書が出た。そしてここでも、お得意の「用語法」が使われる。両方「倒壊していた」という日本語の常識を疑うような結論が出た。
これもまた「これは、使用者の(個人的)用語です」という「ことわり」書きを付けなければならないような「倒壊」という語の使い方

   註 「倒壊」とは、「建造物が倒れてつぶれること」(新明解国語辞典)。
      立っているかぎり、「倒壊」とは普通は言わない。
      あの実験では、弱いはずの建物は、ずっと立っていた。
      こういう例を見ると、「明解建築用語辞典」でも編みたくなります・・・。

この「事件」は何を意味しているか。
きわめて簡単です。
これが町場の仕事だったならば、設計・施工に問題があったという「結論」が出たにちがいありません。
しかし、これは、「斯界の偉い方がた」が「監修」して設計・施工された建物。
だから、この「現象」は、たとえ「斯界最高の人が計算し設計した」場合でも、「計算はあてにならない」ことがある、という「事実」を示しているのです。

一方、わが国に厳然として数百年存在し続けている建物は、いずれも建築基準法違反の建物。
そのため、「数百年安定している」にもかかわらず、無視されます。
「数百年安定している」建物が多数あるにもかかわらず、その「歴史的事実」をまったく説明できない「理論」に基づく「建築基準法」とは何ものなのか。

今、「説明できる」理論構築を、懸命になってやっているところだ・・・、という強弁が聞こえてきます。最近の「伝統的木造構法の実物大実験」がそれです。

しかし、それを言ったらオシマイよ・・・。
それは、現状の「理論」が、そして「建築基準法」は、「歴史的事実」さえも説明できないイイカゲンなものだったということの立派な「証」であり、そしてまた、あなた方が、貴重な「歴史的事実」を見てこなかったことの「証」なのだから(あなた方はいったい、どこの国に暮しているのだろう?)。
それをして、「理論」と言うのがおこがましい。

「わが国に厳然として数百年存在し続けている建物」が、この「日本住宅性能基準」に照らし合わせるならば、先ず「構造の安定」で「最低」の評点をもらう、それは、限りなくおかしい、と思うのが当たり前。
普通は、そのとき、「理論」そのものを疑うもの、しかしそうではない・・・!




このような「評価項目」を並べて、それぞれに「評点・評価点」を与え、ランク付けをする・・・、こういう「発想」は、そういう「評価をする人」自身が、そういう人生を送ってきた、
そしてその結果、
(ようやっと)「人びとを見下すことのできる地位」に就いた、そこで、今度は人びとすべてをその「ランク付け」の世界に浸してやろう、と考えているのではないか?
と私などは思いたくなります。
つまり、先回書いた「偏差値」「ランク付け」に染まってしまい脱け出せない「エリート」の方がた。もちろん、私の世代にも、その「先がけ」の人たちはいますが・・・。


いちばん困ってしまうのは、数値化できる=分った、と思い込むことです。
逆に言うと、数値化できない=いいかげんで、存在してはならないもの、という理解になってしまうことです


大事なのは、世の中には数値化できないものがある、
しかも、そういう事象・現象の方が、数値化できるものよりもはるかに多い、という事実を認識することです。
こういう点では、物理学者の方が数等分っている。
分っていない典型が建築関係の研究者。あいかわらず数値化こそすべて、という考え。それは、「数値化教」とでも言うべき信仰に近い


かつての人びと、いろいろな「学問」「学」が存在しなかった頃に生きた人びとは、
自らの日常のいろいろな事象の観察を通して、いろいろな「事実」を認識し、それに基づき行動をしていた、
と考えてよいでしょう。
建物づくりにおいても、同じです。
自然界を観て、そしてまたいろいろな試行を繰り返すなかから、「どうすればよいか」を見つけ出し、建物づくりがうまくなった。
誰かに教えられてそういう「知見」を得たのではありません。
もちろん、そういうこともあったでしょうが、その際でも、教えられる側に「意志」がなければ定着しません


つまり、人びとは皆、日常的に「観察」と「認識」を積み重ね、ものごとが「分る」ようになっていったのです。
そして、実は、いわゆる「学」も、そこから始まった、という歴史的事実をも私たちは知らねばならないと思います。
なぜなら、現在に暮す私たちは、得てして、先ず「学」ありき、になってしまい、自らの「観察」~「認識」そして「分る」という過程を省略しがちになっている
ように思えるからです。

ですから、「住宅性能表示」「住宅性能評価」などの設定は、ますます、私たち自らの「観察」、「認識」そして「分る」という営みを、法律の名の下で、認めない・否定することに連なるきわめて怖ろしいことなのです。
なぜこうまでして人びと自らの思考を消したがるのでしょう。

   註 それとも、「法律」がすべての尺度であって、日常の暮しでは、
      その尺度に合っているかどうかを「観察」し、その尺度との差を「認識」し、
      自分がいかに「法律」に適合するか、しないかが「分る」、それでいいのだ、
      というのが法治国家である、とでも言うのでしょうか。[文言変更 9日 13.26]

      たしかに私たちの中にも、「学」や「法」を先ず「観察」し、
      「学」や「法」を「認識」することをもって、「分った」とする方がたも居られます。
      その人たちには、目の前の事象は見えない。見たくないのです、きっと・・・。[註記追加 9日 08.51]


私はこのように思いますが、皆様はどのようにお考えですか。
コメント (4)

観察・認識、そして「分る」ということ-2

2010-08-27 11:41:29 | 論評


ことしは収穫がかなり早まりそうです。今朝の田んぼ。
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[文言変更 27日 15.26][リンク先記入 15.43]
2000年の建築法令の変更に前後して、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」というのが、これも立法府で内容の詳細な検討が為された形跡もないまま成立しています。
ここに「性能表示事項」が示されていて、それは更に「住宅性能表示制度」、そして「日本住宅性能表示基準」なるものの制定へと連なります。
「日本住宅性能・・・」とありますから、普通の人がこれを読んで、「住宅の質」に基準に設けられたのだ、と思っても不思議ではありません。

   註 さらにこの延長上に「長期優良住宅制度」があります。

「建築基準法」を要に置いて、「品確法」そして「住宅性能表示制度」で絞ってゆく、このプロットをつくった人たちは、かなりの「脚本家」です。
「『住宅の質』をよくするために国が努力している」という「プラスイメージ」を、人びとが持ってしまうからです。さすがコマーシャルの時代だなあ、と思ってしまいます。

この「プロット」に疑問を呈す、などということは大変難しい。
なぜなら、言葉の上では「できている」からです。正確に言うと、概念を明確にしないまま、語を情緒的な語のイメージで語っているため、どのようにも言い逃れができる、「逃げ」がとってあるからです。
したがって、これらの制度を「理解する」には、こういうプロットをつくった人びとのホンネを知る必要があります。
しかし、いつも巧妙にホンネを隠す、それが上手な人たち。

しかし、ときおりホンネが漏れてしまいます。
「品確法」は2000年4月に施行されましたが(1999年に公布)、その一般向けの「品確法のポイント」という解説が建設省(当時)から出されていますが、そこに、ホンネを書いてしまったのです。
そこには
「良質な住宅を安心して取得できる住宅市場の条件整備と活性化のために」
「21世紀に向けて安心して良質な住宅を取得するために、いま、住宅制度のあり方が大きく変ろうとしています」
とあります。

   註 言葉尻を捕まえるようで気が引けますが、
      「大きく変ろうとしています」とあたかも自然現象の様態を客観的に描写するかのような書き方ですが、
      「(私たち:行政は)住宅制度のあり方を、大きく変えようとしています」と言うべきでしょう。
      実は、こういう「表現」を、この人たちはよく使います。
      つまり、「日本語は主語なしでも文がつくれる」ということを「活用」するのです。
      建築系の学術論文でも見かける「手法」です。

これはどういうことを意味するか。

普通の日本語では、大工さんに住宅をつくってもらうことを、住宅を取得する、という言い方はしません。「大工さんの手許にあるもの」を、取得したわけではないからです。車を買うのとはわけが違います。

したがって、この「解説」の裏側には、「人が住まいを構える」とは、すべからく住宅メーカーにまかせることだ、自動車を買うように住宅メーカーの「提供する」物件を購入することだ、その方向に持ってゆくことだ、という「設定」「思考」が根底にある、ということ。
そうであるならば「取得」という語もおかしくはありません。
これはつまり、「アメリカ型の住宅生産」のイメージ。
その「きわめつけ」は、「この法律は、すべての住宅について適用されます」という文言。

これは、地域の「職方」:「実業者」が、地域に暮す人に「委ねられて」建物をつくる、というわが国の従来の住まいのつくりかたを、いわば全否定する方向の考え方と言えるでしょう。
それはすなわち、「職方」:実業者の否定以外の何ものでもありません。
  [意味が若干異なりますので、「頼まれて」だった文言を「委ねられて」に変更しました。27日 15.26]

第一、「住まいをつくる人」にとって、「住宅市場の活性化」などは無関係のはずです。
それとも、「住まいをつくる」ということは、「住宅市場を活性化する」、つまり、「住宅メーカーの業績を高めること」が目的なのでしょうか。

地域に密着して仕事をしている職方はたまったものではありません。ここに職方否定の考えが如実に示されているのです。

   註 この「論理」は、林業振興のために、国産材を使った住居をつくる、というのにそっくりです。
      住居をつくるのは、林業のためではありません。
      きわめて短絡的な「論理」です。
      こういう「論理」で木造住宅をつくるから、おかしくなるのです。
      林業の振興は、「美味しんぼ」がいみじくも書いてくれたように、外材の関税を一考すれば、解決する話。
     
そして「品確法」は、「せっかく手に入れたマイホームも、性能に著しく問題があったり、・・・重大な欠陥があったりしてはたいへんです。そうした・・・トラブルを未然に防ぎ、万一のトラブルの際も消費者保護の立場から紛争を速やかに処理できるよう・・・制定された法律」であるという説明もあります。

これもきわめて不可解、おかしい。
性能基準なるものを制定し、その基準をクリアしさえすればそれでよし、とすることを認めているに等しいからです。
このおかしさ、問題点は、環境問題で使われる「許容規定」を例にして話すと分りやすい。なぜなら同類の発想だからです。

たとえば、工場排水。その汚れ具合を、「この程度なら許す」、というのが「許容規定」。
しかし、本来、排水は汚れていてはいけない。それが当たり前。
しかし、そうすると「生産」に差し障りが出る。
ゆえに「この程度」を「科学的に」決める。そうして示されるのが「許容値」。
けれども、この「許容値」は、いつのまにかいわば「目標値」にすり替わる。
簡単に言えば、汚れを0にする「努力」をやめる。
そして、いつの間にか「推奨値」になる。
建材のホルムアルデヒドなどについての規制、基準は、まさにこれと同じです。最近ではアスベストも・・・。

   註 以前に「小坂鉱山」の鉱毒除去施設が、精錬の稼動前に完成していたことを紹介しました(下記)。
      http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/ac345dec3d5e5966fe29cb97fa6702cf
      「足尾銅山」の田中正造の直訴事件と同じ1901年の話です。
      同じ年に、片や直訴、片や除去施設の完成。
      「小坂」には、人に言われるのを待つのではなく、自らすすんで、汚れを0にしようとする「努力」があった。
      今、このような「努力する気」が「行政」「業界人」にあるか?

逆に言えば、
「品確法」「日本住宅性能基準」なるものの存在が、
人びとそれぞれが、それぞれの暮しの中で、それぞれが独自の感覚で感じ観察し、状況を認識し、そして「こと」を知る、分る、という過程そのものを破壊してしまう働きをしてしまう、私はそう思います。
つまり、それ以外の判断はするな、という「判断」の押し付け


どうして人びとの「観察と認識」の「自由」と「機会」を保障し見守るのではなく、
人びとから「観察と認識」の機会を奪い、人びとが自らのやりかたで「分る」ことを認めないのでしょう。

やはり、その根として、偉い人たちの頭の中に「大政翼賛会」的思想が蠢いているからだ、としか私には思えないのです。
そしてこの場合、市場原理主義のモデル、アメリカ化が目標の翼賛会。アメリカ式住宅生産化です。

   註 アメリカでサブプライムローン問題が起きなかったら、
      日本にもこの「制度」が移入されるはずだったようです。
      100年住宅、200年住宅というのは、それを念頭においていたのです。
      因みに、「品確法」の担当は、建設省(当時)住宅局 「住宅生産」課
      「住宅をつくる」ことを、何ゆえに「生産」と言わなければならないのか?
      そこに「深い意図」を疑わずにはいられません。
  ******************************************************************************************



「稔るほど頭を垂れる稲穂かな」
まさにその通りの様子です。コシヒカリは倒れやすいのだそうです。
自然には駆け引きなどない。ありのまま、なのです。
  ******************************************************************************************

だからこそ、私たちは「裸の王様」になってはならないのです。
純心なこどもたちに「裸の王様」と言われないように、
「裸の王様」に対して、
「あなたは裸だ」と、まわりの目を気にせず、畏れずに、言えるようにならなければならない、と私は思っています


   註 そんなことを考えているときに入ってきたニュース、それが「美味しんぼ事件」でした。


では、そもそも、ここで言われている「性能表示」の中味は何か?
これについて次回考えてみようと思います。

   註 今朝のケンプラッツのニュースによると(下記)、
      昨年の秋の実験で
      想定外の倒壊をしてしまった長期優良住宅実物実験の報告が出されたそうです。
      映像では、強度の弱い方の試験体は倒れていなかった、と私には見えましたが、
      実験主体の見解では、あのときの試験体は、「2棟とも倒壊」、ということにしたようです。
      その理由(言い訳)を2000頁におよぶ報告書で書いてあるとのこと。
      実際の震災の際にも、倒壊か否かの判断に迷って、時間がかかるのでしょうね。
      http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20100826/543027/
      
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観察、認識、そして「分る」ということ-1

2010-08-11 00:10:35 | 論評


7月半ばから咲き出した百日紅。去年よりもかなり早く、今は盛り。これから9月まで、猛暑のなか、息切れすることなく咲き続けます。

◇状況・情況  [註3追加 11日6.50][文言追加 9.59][註記追加 14日 18.53]


これまで、日本の建物づくりの様態について、いろいろな書き方で書いてきました。
私自身、まだ知らないことがたくさんありますが、いろいろと知り、分ってくるうちに、より強く「別の感想」を抱くようになりました。

それは、これまで、多くの「本当のこと」が、「世の中に知らされていない」、「知らされて来なかった」(今の言葉で言えば「開示」されて来なかった)、ということに対する「驚き」の感想です。
そして、「開示される」ことがあるとすれば、一部の方々による、その方々の「特権」としての、きわめて局所的・部分的な「知識」が、あたかもそれが全容であるかのように語られてきた、そのことに対する「驚き」の感想です。
さらに、それを聞いた一般の人たちが、それを鵜呑みにして平気でいる(自ら「知ろうとする」ことを省略している)、そのことへの「驚き」の感想です。

そしてさらにまた、このような「不条理」について、誰も、どこからも異論が出されていない、ということに対する「驚き」の感想でもあります。 

   註 この「風潮」は、敗戦後顕著になったように、私は思っています。
      戦後、戦前以上に、もちろん江戸時代以上に、
      「封建的社会」になってしまったのではないか。
      私たちは、たとえば「三寒四温」「雷三日」・・など
      天候に関する「言い伝え」を知っています。
      これらは、皆、私たちの先達たちが、日常の暮しの観察を通して得たものです。
      私たちは、今、こういう「観察」をしているでしょうか?
      こういう「言い伝え」を後世に残せるような「認識」を得ているでしょうか。


そしてまた、建築にかかわる方々には、「本当のこと」を知ろうとする方が、少ないのではないか、とも思いました。
しかしこれには、あくまでも多少ですが、理由(わけ)があります。
建築にかかわる方々は、日常の仕事を続けるにあたって、「本当のこと」を知る必要を感じるヒマもなく「建築法令」の諸規定にがんじがらめに縛られているからです(まるっきり知る必要を感じない方々も大勢居られますが、・・・)。
簡単に言えば、こうするのがよりよいだろう、と思うことが、法令の諸規定ゆえにできないのです。
いまや、「建物の設計とは、建築法令の諸規定に適合させること」に変容してしまった、と言っても過言ではありません。
これが先般お寄せいただいた方の、「日本は法治国家だから・・・」、というコメントに連なるのだと思います。

さらに言えば、建築士とは、「建築法令の指示する諸規定の単なる具現者」に過ぎなくなった。
それゆえに、その「意味」を省みることなく、「新しい、他とは異なる『形』」をつくることに精を出す以外にすることがなくなってしまった・・・・。あるいはまた、そういう状況を、むしろ、甘んじて受け容れている・・・。その方が、うまく世の中を渡ってゆける・・・。

こういう状況を最もよく表しているのが、「建築家」のつくる建物群であり、いわゆる「住宅メーカー」のつくる建物群であり、そして都会にそびえるビル群であり、そしてまた、あちらこちらで見かけるようになった「耐震補強」を施された建物群・・・と言ってよいのではないでしょうか。

これらは皆、「建築法令」の「指導」に従っている法治国家の模範的建築群。
そしてまた、皆、建物をつくること、建築の本義をどこかに忘れてきたとしか、私には思えない建物群。
その「不条理」についても、誰も、どこからも異論が出ない・・・。甘んじている。

   註 終戦直後、1950年代の建築雑誌は(たとえば「新建築」誌は)、
      今のようなファッション誌ではなく、
      確固とした編集者の信念・思想の下で編集され、
      まさに談論風発、緊張感がありました。
      これからどうしたらよいか、皆真剣だったのです。
      建築評論家も、今のような「有名建築家のお先棒担ぎ」ではなく、
      本当に評論をしていました。


木造建築の場合、「長い歴史をもつわが国の建物づくりの技術・技法・工法」は、ここ約1世紀の間の「指導」によって、ほとんど使うことができなくなってしまいました。
その「指導」とは、現行「建築法令」の「論拠」となっている理論構築者たちによる「指導」であり、具体的には、「建築法令」に基づいて為される行政による「指導」です。

そこでは、「長い歴史をもつわが国の建物づくりの技術・技法・工法」と「その拠って立つ考え方」は、「いろいろな理由」により、まったく無視・黙殺されてきました。
その「理由」の最たるものは、「非科学的」である、ということに尽きるでしょう。
当然、それに対する「抵抗」はありましたが、いつも「非科学的」として、これも無視されてきました。

しかし、そういう「抵抗」の火を、理論構築者や行政は、その「指導」だけで消すことはできません。
なぜなら、建物づくりの実際は、理論構築者や行政が行なっているのではなく、「実業家」が行なっているのであり、
もちろん現在ではすべての「実業者」がそうであるわけではありませんが、
かなりの方々は「長い歴史をもつわが国の建物づくりの技術・技法・工法」の延長上で仕事をしているからです。

   註 「実業家」とは、今の言葉で言えば「職人」あるいは「実務者」のこと。
      明治の頃は、こう呼んでいたようです。
      私は「工人」と呼ぶことにしています。

そして今、「政権」が代ってから、急に「長い歴史をもつわが国の建物づくりの技術・技法・工法」でも建物づくりができるように「建築法令を見直す」、という動きが出てきました。
多くの方々が、この「動き」を「歓迎」しているようで、多くのブログ、とりわけ「いわゆる伝統工法」を旗印とする方々のブログからも、「歓迎」の声が聞こえてきます。
なかには、これまでは東大系が主導してきたが、今度は京大系、だから期待する・・・などという意見も、かなり見受けられます。先般コメントを寄せられた方もそのように見受けました。

しかし、私は、私の見て知るかぎり、東大だろうが京大だろうが、やっていることの根っこは同じ、と見ています。
もっと端的に言えば、「建築法令」で「建物づくり」について、こと細かに規定する、規定しよう、ということ自体、すでに「論理的に、また scientific に」間違いである、誤りである、と思っています。
「実験」を行なうなど「科学的」な装いをとってはいても、そのこと自体、全く non-scientific、non-sense だからです。

そして、それが non-scientific、non-sense であることについて、誰からも、そしてどこからも、異議一つ出されない、この不可思議。
そしてまた、その「結果」を待ち望んでいる人たちが多く居る、という不可思議。
さらに言えば、それを不可思議と思うことが、「非科学的」であるかのような世の中の風潮の不可思議。
これでは、「気が弱い人」は、何も言えなくなってしまうのです。

これについては、もう何度も書いてきましたが、こういうことにお終いはありません。今後も何度でも書きます。そして、異論のある方は、どしどし反論してください。

   註1 これまでもそうでしたが、ここでも、
       「科学的」という語と、scientific という語を区別して使います。
       すべて日本語で通したいのですが、そうすると誤解が誤解を生むからです。

   註2 「京大系、だから・・・」云々というような「判断」は、
       ものごとを、ことの当否ではなく、
       かかわる人の「色」で見てしまう、「色眼鏡」をかけてものを見る見方。
       つまり、non-scientific の典型。

   註3 もちろん、現行建築法令の構造規定が変り、
      「長い歴史をもつわが国の建物づくりの技術・技法・工法」が、
       自由に使いこなせることになることを、私は否定しているのではありません。
       そうではなく、「見直し」によって、「長い歴史をもつわが国の建物づくりの技術・技法・工法を、
       使えるような『規定』に変更すること、を求めること」がおかしいと言っているのです。
       どうして「規定」が欲しいのですか。
       「長い歴史をもつわが国の建物づくりの技術・技法・工法を使えるような規定」がないと、
       つくれないのですか。
       それは、自ら自分の首を絞めるようなものだ、と私は思うのです。

       「技術」は、「規定」の海のなかでは停滞します。
       「建築法令」の下で、「技術」に何らかの展開がありましたか?
       私の知る限り、あるとすれば、諸種の金物の「開発」など、
       「建築法令の規定」をクリアするための《技術》だけではありませんか?
       「建築法令という掌」の上で、遊んでいるだけではありませんか?
      
       「建築法令の見直し」とは、「新たな規定」をつくることではなく、
       「その拠って立つ『考え方』を見直すこと」でなければならない、と私は考えます。

       この私の考えに対して異論・異議があれば、是非お聞かせください。[註3追加 11日6.50]

           
私はこの「風潮」を、「大政翼賛会」的風潮と考えています。
別の言い方をすれば、大樹に拠りたいという風潮。
註で書いた「東大系だから、京大系だから・・・云々」というのもまた、「大政翼賛会」的発想の裏返しに過ぎません。

   註 大政翼賛会
      大政翼賛会と言っても、知らない人が多いかもしれません。
      1940年(昭和15年)、つまり、戦争を始める年の1年前の10月に、
      時の内閣によってつくられた人びとすべてを政府の下に「統制」することを意図して設けられた組織。
      1945年(昭和20年)まで続く。
      一部の政党を除き、政党は解散。
      「隣組」もその末端組織。
      江戸時代の「五人組」をいわば悪用したと言ってよい。
      江戸時代には、これほどまでの「思想統制」はなかった。
      敗戦時、私は8歳。国民学校3年。それでも、その「暗い」空気は覚えています。
      そして、手のひらを返すがごとき「大人」の行動も・・・。
      「国民学校」とは、ナチスドイツにならって小学校を改称した名称。[註記追加 14日 18.53]
  
たとえば、先般の参議院議員選挙で、政権党は敗北。それをして「衆参」がねじれる、として大方のメディアが「心配」した。
そんなに一党独裁がいいのか、私はそう思いました。
戦前の「大政翼賛会」的発想から、敗戦後65年、まったく抜けていないではないか・・・、と。
世の中にはいろいろな考え方、意見があるのがあたりまえ。それが反映されない選挙制度自体がおかしい、と私は思います。
一票の格差だけを問題にするのも、私には、「大政翼賛会」的発想の裏返しに過ぎないと見えてしまうのです。
どこであったか忘れましたが、わが国のメディアの言い方で言えば「少数政党の乱立の結果」、優位に立つ政党がなく、それら少数政党の連立で政治が行なわれている国があったはずです。
私は、むしろそれが「正当」だと思うのです。


ところで、最近の(2000年の)建築基準法の「大改変」(私は「改訂」という語を使いません。改訂とは「改め直すこと」、「改める」には「よい方向に変える」というニュアンスがあり、よい方向に変ったと私は思わないからです)で大きく変ったのは、それまでの「定量規定」が「性能規定」に変ったことだ、と説かれてきました。

この用語は、これまた誤解を生みます。なぜか。
今までは定量規定だったがこれからは性能規定だ・・・。
この用法から、人は「定量」規定が「定性」規定に変った、と思わず思います。
しかし、それは「誤解」。
「性能規定」とは、「性能」なるものを「定量規定」として「数値」で示したもの。

私は、「性能」を数値化して示す、などというのは、偏差値教育で育った世代、市場原理主義に染まってしまった世代に特有な発想に拠るものだ、と思っています。
別の言い方をすれば、何でもランク付けしないといられない世代の人たち。何でも一番を目指せと、その比定の根拠を問わずに、思ってしまう人たち。
数値とランクという色眼鏡を掛けてものを見ていながら、それが色眼鏡ではない、公平無私な眼鏡だと思っている人たち。
数字で示されないとものごとを「認識」できない人たち。
数字で示されないものは、「存在しないものである」と思いたがる人たち。[文言追加 9.59]
そしてそれをして「科学的」だと思い込んでいる人たち。
つまり、scientific なものの見方ができない、できなくなった人たち。・・・

では、「性能」とは何か?彼らは何をもって「性能」と言っているのか。
次回は、これ「ネタ」に考えたいと思います。
コメント (3)

「知見」はどうして得られるか・・・・「構想」と「理論」

2010-03-19 20:06:48 | 論評

1674年建設の「椎名家」小屋組 この架構の「構想」を生んだのは、土地の大工さんの「知見」である
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
建築の仕事にかかわる若い人に、長方形の断面をした木材:通称平角材:を梁に使うとき、縦に使うのと横に寝かせて使うのでは、縦に使う方が効率がよいが(より重いものを載せられるが)、それはどうして?と尋ねると、たいていの場合、縦に使う方が「断面二次モーメント」が大きいからだ、と答えます。これは、若い人に限らない。
さらに、それはどうしてですか、と尋ねると、たいてい、そこで答に窮します。

   断面二次モーメントというのは、断面の形に固有の定数で、
   幅が b 高さが h の長方形の場合、[ b ×( h の3乗)÷12]で計算される、とされています。
   縦に使う場合だと b < h 、横に使う場合は b > h ですから、
   縦に使う場合の数値が大きくなることが分ります。
   だから、それによって、縦に使う方が効率がよい、と判断できるわけです。

   そして、縦に使う方が効率がよいということを、
   計算してみないと分らないという人が、最近増えているのです!
   日常で、そういう現象を経験したことがない人、あるいは、
   経験しているはずなのに、そこから「知見」を得ていない人が増えている、
   ということです。

このような、材料の持つ性質が生むいろいろな「現象」は、現在は一般に数式をもって示されます。
そして、
多くの場合、その数式は「その現象の生じる理由」を示している、たとえば、断面二次モーメント値が大きいから重い荷に耐えられる・・・などと理解されているように見受けられます。
しかし、それらの数式は、決して、「その現象の生じる理由を示しているのではない」ということを、あらためて確認する必要があるのではないか、
と私はかねてから思っています。なぜなら、そういう認識が、多くの誤解の基になっていると思えるからです。

すなわちそれは、「理由」を示しているのではなくて、そういった「現象」を、「数式をもってアナウンスしている」に過ぎないのです。
つまり、平角材は縦使いの方が荷に耐えるよ、・・・・などと「日常語」で語られる「日常の常識的現象」を、そういう「日常語」の言い回しではなく、名アナウンサーが格好良く描写しているにすぎない、ということ。
そして、これがきわめて大事なことなのですが、名アナウンサーの格好良い描写が生まれる以前から、「日常語」はあったという「事実」に気付かなければなりません。

たとえば、断面二次モーメント、つまり材料の断面の形とその強さの関係。
平角材の場合、縦使いが横寝かせ使いよりも重い荷に耐えることは、日常の暮しの中での経験で(昔の人は)皆知っていた。
そして、縦にしろ横にしろ、角材に物を載せると撓み、その荷が重過ぎると、最後は折れる。そのときの様子、すなわち角材の下側にささくれた割れが入ることから、下側が引張られていることを知る。
これは、角材ではなくても、例えばあたりに転がっている木の棒:丸太から木の枝まで多種多様:を曲げることからでも分ったでしょう(角材というのは加工が必要だから、むしろ、経験としては、こちらの方が先だったはず)。
そしてまた、同じ木の棒でも、中が詰まっていないで空洞に近いものもある。そしてその方が、中の詰まっている棒よりも、意外と曲げに耐える、などということも経験したはず。
・・・・・・
こういった数々の「事象」「現象」を、人びとは、あたりまえのように日常の暮しの中で経験し、そして得た「知見」を、日常の暮しのなかの「ものづくり」にふたたび応用、活用してゆく、・・・・これが人びとの暮しの姿であったはずです。


そして、こういう日常の暮らしの中で得た「知見」が、かのジェームス・ワットをして、「構造力学」が生まれる前に、世界最初の I 型鋼の使用を思い付かせたのですhttp://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/4e20811a5310328a715054d0bdf9c0f6)。

   物体を曲げると、物体にどのような現象が生じるか、
   消しゴムを使って説明している構造力学の本があったことを思い出しました*。
     * 和泉正哲著「建築構造力学」(培風館 刊)
   曲げられた内側には押されてシワが、外側にはヒビ割れのシマが生じる。
   内側は縮んで、外側は伸びている。
   ならば、中央部分には、伸びも縮みもしない部分(中立面)があるはずだ。
   そして、ゴムだから曲るが、堅い材質の物体だったら、曲げが大きくなると、ヒビが入り割れてしまう。
   中味の詰まった棒が中空の棒よりも曲げに弱いのも同様の現象によるわけです。

人びとが日常の暮しのなかで得た「知見」は、こういう材料単体に生じる「現象」だけではありません。
人びとは、いろいろな材料を組み合わせて生活に必要な「もの」をつくります。建物などもその一例です。

そういう「もの」をつくる作業を通じて、人びとは、「組み合わせ方で生じる現象」をも体験します。簡単に言えば、こうすると頑丈な「もの」になり、こうするとこんな欠陥が生じる・・・・等々の体験です。
しかし、この「組み合わせ方で生じる現象」は、材料単体のときとは違って、簡単には「定型の知見」にはなりません。「生じる現象」は「組み合わせ方」によって異なるからです。
しかし、人びとは「定型の知見」を得ている。
では、人びとは、「組み合わせ方で生じる現象」についての「知見」に、どうやって到達できたのでしょうか。

それはきわめて単純な経験によったのです。すなわち、失敗の連続。
ただし、ただ単に失敗したのではありません。
何かをするとき、何の「構想」もなしで作業をするわけがありません。

   註 「学」を学んでしまった若者は、「学」こそ最高と考えるがゆえに、
      梁の断面は何で決めるのか、と問うと、計算で決める、と答えます。
      計算は、「構想」を「事後確認」できるだけだよ、と言っても信じません。
      これが「現実」なのです!

たとえば、手近にある木で住まいをつくるとしましょう。
何とか手に入った木で、「空間」をつくってみようと考えます。そのときつくりたい「空間」の「構想」はあるはずです。それは多分、あたりの自然の中に見付けた空間での「経験」から生まれたイメージです。

おそらく、地面に木を立てる:埋める・突き刺す・叩き込む:ことは容易に思いついたはず。なぜなら、まわりには地面から生える樹木があるのだから・・・。それにどうやって別の木を寄りかからせるか(掛け渡すか)、その方法もあたりの状景からヒントを得る。・・・そういう繰り返しで、とにかく「空間」はできあがる。ときには失敗する。うまく行く。・・・・。
「構想」⇒「失敗」、「構想」⇒「成功」、・・・・こういう経験を何度も繰り返せば(しかもそれを、一人ではなく、いろいろな人が試みるのです)、そこに、同じ方式のつくりかたの中でも、どういう風につくるのがより良いか、自ずと分ってきます。それが、その方式のつくりかたの「定型の知見」となるのです。

一たびその「知見」が得られると、その「応用」も可能になります。
それを可能にするのは、これもまた人びとの「構想」です。つまり「想像力」です。
ああしてこうなったのだから、こうすればああなるだろう・・・、そしてやってみる、失敗する、また試みる、うまくいった・・・・。
そしてさらに「知見」は増強され、失敗を重ねないでものをつくることを知るのです。つまり、「失敗」も「想像できる」ようになる。

すでに見てきたように、日本の木造建築の構築技術は、近世までに、ほぼゆるぎない形にまで体系化されていますが、それもまた、上記のような過程を経て到達したものと考えてよいでしょう。
重要なことは、「進展」にあたっては、常に「構想」がある、ということです。
そしてその「構想」は、誰かに教えられて、ではなく、まして、「教科書」があって、でもなく、唯一、「己の感性によって生まれる」のだ、という事実です。
そして、そのような「構想」なしに「ことが為される」ようになったとき、
言い換えれば惰性で仕事がなされるとき、
さらに簡単な言い方をすれば、仕事がマニュアル化してしまったとき、
そのときは沈滞するのです。清新でなくなり、溌剌さも失われる
のです。


ここしばらく、「清新で溌剌とした時代」の生みだした例として、19世紀末~20世紀初頭のいくつかの仕事を紹介してきました。
また、「最高の不幸は理論が実作を追いこすときである」というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉もあらためて引用・紹介しました。
それは、まさに今、私たちが、私たちの日常の中で「身をもって得た知見によって立てる構想」が、「科学」や「理論」と称する一連の「意見」によって、その存在を否定されるのがあたりまえになっている、と私には思えるからでした。

そしてそれが、決して私の「思い過ごし」ではないことを、先にシドニー・オペラハウスについて書いた記事(http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/6530109a114b0b97070a9388653795a7)へいただいたコメントで知ったのです。
そのコメントは、以下のような内容です。原文のままですが、読みやすいように段落は変えてあります。

   馬鹿か!! (Unknown)
     2010-03-17 03:53:35
   最終実施案の形態ですらアロップは苦労している。
   あなたに、あの原案を解析できる素養がありますか?たまたま見たこのブログを読むと
   なんとまあ独りよがりの記述だなぁ、と感じてしまいます。
   解析技術も知識も無いのだったら思いつきで物事言わないことです。
   エセ建築家が建築界の品格を下げるだけです。

私のこのコメントについての「感想」は、当該箇所に書きましたが、簡単に言えば、このコメントに今の建築界に暮す(一部の)人びとの深層に潜む「思考」を見て取ったのです。

コメントの指摘のとおり、私は、建築構造の最新の「解析手法」(コメントでは解析「技術」とありますが、それは「技術」ではなく「手法」に過ぎません)もその「知識」もありません。

ただ、何度も書いてきていますが、私は、いわゆる最新の「構造解析」を支える「理論」は、「実際の事象: reality 」を「見やすいように変形して」組立てられているのだ、という「事実」については「よく知っている」つもりです。
そしてそうだからこそ、「解析手法」なるものへ「拒否反応」を示してきたのです。
すなわち、「その手法による結果」は「実際の事象: reality 」からかけ離れてしまうのが目に見えている、そういう「流れ」には身を任せたくない・・・・。そして、大げさに言えば半世紀以上、その思いは変っていません。

今、「見やすいように」と「優しい」言い方で書きましたが、本当のところは、「都合のよいように」と言うべきでしょう。
どういう「都合」か?
「数式にのる」「数値化できる」、そういう「都合」です。
数値化できないものは、存在しないものとして扱われているのです。恰好よく言うと「捨象」されているのです。
私はこれを、「工」学に於ける「物理学の悪しき真似事」と見ています。

この点については、すぐれた先達の論を以前に紹介させていただいています「厳密と精密・・・・学問・研究とは何か」)。

ものごとが「複雑な数式」と「詳細な数値」をもって語られるとき、人は、その黒白の判別しやすい数字のために、ただそれだけのゆえに、言われていることが真実であるかに思い込まされてしまいがちです。
なぜか。反論するにも数値がないとダメ、と言われるからです。
そしてそれをいいことに、この人たちは傲慢・不遜になる。(数字を)何も知らない奴は黙っていろ・・・。


普通の人は素直ですから、数値化できないものは数値化できない、だからと言って、存在しないと思っているわけではない。どうやって数値化しろ、と言うのだ・・・・。と「当惑している」に過ぎません。
本当はそうではない、「論理的な反論」を行なえばばよいのですが、「論理的な反論」をも数字で示さないと理解しないのがこういう人たち:数字信仰の人たちです。
これほど始末の悪い人たちはいないのです。
しかし自らは「科学的な思考」の持ち主だと「自負」している。ますます始末が悪い・・・。


そして、この人たちが勝手につくりだした「実際の事象: reality に即しない多くの数字」が、人びとの「構想」の妨げになってきていることは、もうすでに何回も触れてきました。

私たちは、このような傲慢・不遜な人たちの差配から自由になるため、私たちの「日常の感覚の世界」を取り戻さければならないのです。
そして、そのためには、私たちの「日常の感覚」、私たちが日常の暮し、日ごろの体験・経験のなかで行使している私たちの「感覚」を信じることだと私は思います。


私はここで、これも以前に書いた記事(http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/da3c8c6233618b3417567b4f8433dfca)で紹介した理論物理学者の言葉を思い出しています。以下に再掲します(抜粋)。

「・・現代物理学の発展と分析の結果得られた重要な特徴の一つは、自然言語の概念は、漠然と定義されているが、・・理想化された科学言語の明確な言葉よりも、・・安定しているという経験である。
・・既知のものから未知のものへ進むとき、・・我々は理解したいと望む・・が、しかし同時に「理解」という語の新たな意味を学ばねばならない。
いかなる理解も結局は自然言語に基づかなければならない・・。
というのは、そこにおいてのみリアリティに触れていることは確実だからで、だからこの自然言語とその本質的概念に関するどんな懐疑論にも、我々は懐疑的でなければならない。・・」
(ハイゼンベルク「現代物理学の思想」富山小太郎訳 みすず書房)

(建築)「工」学の人びとは、そろそろ「物理学」の「形だけの真似事」をやめる時期に来ているのではないでしょうか。
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気になった言葉・・・・「奴顔」

2010-01-20 18:13:29 | 論評
       上の写真は、本題とは無関係。お喋り中のホオジロたち。

「リベラル21」というブログhttp://lib21.blog96.fc2.com/にときどき寄る。

1月19日に、坂井定雄氏(龍谷大学名誉教授)によって、雑誌「世界」09年11月号に寺島実郎氏が寄稿した論文が紹介されていた。
これからの日米関係についての論文であるが、その冒頭の次の一節が私には強烈であった。

『中国の作家魯迅は、20世紀の中国について、植民地状況に慣れ切った中国人の顔が「奴顔」になっていると嘆いた。
「奴顔」とは虐げられることに慣れて強いものに媚びて生きようとする人間の表情のことである。
自分の置かれた状況を自分の頭で考える力を失い、運命を自分で決めることをしないうつろな表情、それが奴顔である。』

論文は、以下のように続く。

『普天間問題をめぐる2009年秋からの報道に関し、実感したのはメディアを含む日本のインテリの表情に根強く存在する「奴顔」であった。日米の軍事同盟を変更のできない与件として固定化し、それに変更を加える議論に極端な拒否反応を示す人たちの知的怠惰には驚くしかない』
『この間まで「インド洋への給油活動こそ日米同盟の証であり、これがなくなれが日米同盟は破綻する」と言っていた人たちは、今度は「普天間問題で日米合意をそのまま実行しなければ、日米同盟は亀裂する」と主張しはじめた。また在ワシントンの日本のメディアにも「良好な日米関係破綻の危機迫る」との発信しかできない特派員が少なくない。』・・・・

論文の表題は『常識に還る意思と構想―日米同盟の再構築に向けて』

「常識」で考えれば、寺島氏の説かれることが「あたりまえ」、まったく同感である。某新聞の、「駐日米大使が顔を真っ赤にして怒った」という《想像・創造記事》は有名だ。


しかし、「奴顔」は何も日米関係の問題だけではなく、昨今の日本の各界に共通する現象ではないだろうか。

世に蔓延するのは
◇「長い物には巻かれろ」という「処し方」
◇「前例」に唯々諾々として従う「処し方」
◇当面、コトを難なく処理するのがカチという「知的怠惰」
◇すべからく外からの「指示」「指導」「指針」の提示を待ち
 「自分の置かれた状況を自分の頭で考える力を失い、自分で決めたがらない」思考(?)
◇「数字」へ縋ればよいとする「数字こそすべて信仰」。
・・・・・・・・・・・・ 
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所感・・・・「近江商人」はいなくなった!

2009-01-06 20:56:10 | 論評
「・・・技術」シリーズは、現在図版の工事中。もう少し時間がかかりそう。そこで、つなぎの一文。本当は暗い話は書きたくなかったのだが・・・。


年末からは「派遣切捨て」のニュースばかり目に付く。

オランダは、いわゆるワークシェアリングの先進国なのだそうだ。そこではたとえば、給料を下げて、下げた分を広く給料が少ない、あるいは職を失っている人たちへまわす、といったことが行なわれ根付いているのだという。一つのパイの食べ方だ。

そこへゆくと、わが日本の正規雇用者の労働組合の集合:連合は、給料上げて雇用も増やせ、だという。
そしてソニーの社長は(副社長?)は、会社の利益が第一、と平然と言う。
キャノンの会長は、派遣切りは、派遣会社がやったこと、と平然と言う。
そして、トヨタは、非正規雇用者を切り捨てて、巨大な内部留保金を守る。

非正規雇用者に依存しないものづくりの会社を知りたいものだ。どなたか、ご存知ならばご教示を。


こういう最近のニュースをみていると、どうしてもかつての「近江商人」の「経営」を対比的に思い起こしてしまう。近江商人とそのつくりだした町については、大分前に書いた。

   註 「近江商人の理念・・・・時代遅れなのだろうか」

そこで引用させていただいた「近江商人の理念」について書かれた同志社大学の末永国紀氏の文のなかに、次のような一節がある(上記からアクセスできます)。

「・・・・江戸時代以来、数百年間にわたって大商人を生み出した近江商人は、近江の在所に本宅を構えつづけた。その存在は立身を願う郷党の青少年の夢を刺激し、結果として今流に言えばベンチャー企業を次々に生み出した。社会的影響としてのデモンストレーション効果である。

成功した近江商人は、起業しようとする者からの資金要請に応じ、苦境にたった後輩に助言したり、運転資金を供給したりすることを惜しまなかった。

貸付金の返済が滞っても、漠然とした将来の経営改善時に返済を約束しただけの出世証文に書き直すことさえ容認した。
こうした資金面での寛容さが、多くの後進を育てる一つの要因になったのである。
 
卒業生からきた年賀状を整理し、新旧を入れ替えているとき、転職を伝える添書きには一瞬手が止まる。新天地の職場に幸あれ、と祈るような気持になる。転職を知らせてくる場合はまだ良い方かもしれない、単なる離職である場合は書き辛いし、伝え難いかもしれないなどと、とつおいつすることになる。

若年層の就業意識の変化によって、大卒でも3割が3年以内に転職・離職するといわれる時代である。日本社会が少子高齢社会へ急速に突入しつつあるなかで、若年労働者層は急激な減少が見込まれている。
それだけに、企業側の若者に対する労働需要は高まりこそすれ、減ることはないはずである。

では、なぜ若年の転職・離職が多くなるのかといえば、現実に就職した先が希望の職場とかけ離れていたというミスマッチ、それとフリーターなどでも生活に困らない、極端な場合は無職であることにも抵抗感が少なくなってきていることが考えられる。

フリーターや無職状態を長期間続けることは、社会的にも個人的にも損失の大きいことは誰の目にも明らかである。
彼らもいずれは正規の職場を目指すであろうと考えると、重要なのは職種や職場のミスマッチを減らし、若年層を育成しながら職場への定着率を高める方法である。

この問題を考える際に大事なことは、実際の企業行動に現れる経営理念と社員の価値観に共有性があることである。
そうであってこそ、従業員の自発的な能力開発を期待でき、定着率も高められるであろう。
束縛を嫌う若者を含めて、誰しも待遇の良さだけを求めて働くのではなく、一義的には天職と思える職場で働くことをこそ望んでいるからである。

犬上郡豊郷出身で、幕末から明治にかけて活躍し、総合商社伊藤忠の基礎を築いた初代伊藤忠兵衛は、企業家として敏腕であっただけでなく、すぐれた教育者でもあった。

忠兵衛は進取の気性の持主であり、とくに自由と合理性を尊んだ。
封建制の色濃く残る明治期に、従業員を事業のパートナーとみなして尊重し、多くの人材を育てた。

明治8年頃から店の給食にスキヤキをとりいれ、17年頃からは毎月1・6の日をスキヤキパーティーの無礼講の日と定めて、懇親と滋養の機会としている。

従業員にも利益の一部を配分する利益三分制度を実行し、月例の会議では、若者にも自由な発言を求め、単に自己の所管だけでなく社会の大勢についても独自の意見をもつことを奨励した。

峻厳ではあったが、人を満足させて働かせることが上手で、とくに若者を簡抜して、その潜在能力を引き出すことが得意であり、店員への訓育の際にはいつも、『真の自由があるところに繁栄がある』と語ったといわれる。・・・」

今の「伊藤忠」がそれを引継いでいるかどうかは知らない。

そして、最近のニュースは、現在の日本の「ものづくり」は、大部分が非正規雇用労働者によってつくられているのだ、ということをよく分らせてくれた。正規2:非正規1の割合らしい。

つまりそれは、技術力の低下する前兆以外の何ものでもない、と私には思える。
あるいはそれは、「ものづくり」の技術は、少しの「精鋭」技術者がいれば足りる、と現在の経営者が考えていることの証かもしれない。
かつて、NC制御やロボットが導入されたとき、もう熟練工など不要だ、と産業界で盛んに言われたことを思い出す。
そのとき、ドイツでは、熟練工の養成に努めていた。・・・・

最近の経営者は、何か勘違いをしているのではないだろうか。
利益のためにものをつくるのか、ものをつくることから利益を得るのか。

そして、今の建築界もまた日本の産業界の縮図のように、私には見える。昨日は要らない、明日明日・・・。
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設計の「思想」:補足・・・・コンコース、ロビー...いろんな用語

2008-07-18 10:25:23 | 論評
京都駅の話で「コンコース」について触れた。その話を書きながら、ある建物のことを思い出していた。
それは、新宿・淀橋浄水場跡を市街化する計画に際して、最初に建てられた高層ホテルである。1970年頃のことだ。
建物を見がてら、そのホテルの「ロビー」で人と会うことにした。

それにしても、あの「浄水場跡地開発地区」へ、新宿駅から地上を歩いてゆくのはきわめて難儀。目標が目の前に見えていても、そこへ向かって歩いてゆけばよい、というわけにゆかないのだ。
地上を歩いてゆくと、行く手は遮られる。まっすぐ向かうには、一階分下へ降りなければならない。そこから先、東西方向の道は地階レベル、南北方向は地上レベルという二段織りになっているからだ。
新宿駅を乗降する人の存在を考えたならば、駅からこの地へ向う東西の道を地上レベルに置くのがあたりまえの感覚のように私には思える。

それはさておき、そのホテルの「ロビー」は、私の「ロビー」観をくつがえすものだった。私には、それは、どう見ても「通路」、よく言って「コンコース」以外の何ものでもなかったのだ。

「コンコース」というのは、一般には駅で使われることが多いが、もちろん駅と限らなくてもよい。
辞書的な解説を加えれば、「コンコース」:con-course とは、人や川などが合流することを指すことから、道路などが集中する箇所、広場、駅や空港などの中央広場・ホールのことを言う。建築的には、いろいろな方向へ向う人の流れをさばくための空間、と言えばよいだろう。

   註 「ホール」:hall は、単に「大きな空間」という形体を示す語で、
      「〇〇〇用のホール」(たとえば「コンサートホール」)のように
      使用目的を示す語を付して使う必要があるようだ。

では、「ロビー」とは?
辞書的に言えば、「ロビー」:lob-by とは、建物の玄関:出入口近くにあって、誰でも自由に出入りできる休憩・談話用の広間:玄関広間(foyer)、休憩室・応接間など。
なお、foyer とは、休憩室、入口の間などの意でlobbyに近い意味。語源はフランス語の「暖炉」にあるらしい。普通、日本語では「ホワイエ」と書くことが多い。もっともこのカタカナ語は辞書にはない。

   註 「玄関」:仏教の用語。
      玄妙な(道理や技芸が幽玄で微妙なこと)道に入る関門。
      ⇒禅寺の方丈に入る門。寺院の表向き。武家の居宅で
      正面の式台のある所。⇒一般に、建物の正面に設けた出入口。
                               [広辞苑]
     
しかし、私が見たそのホテルの「ロビー」は、単なる「幅広の通路」で「コンコース」とも言い難かった。なぜなら、人の流れをさばいているわけではなく、さながら駅の「地下通路」のようだったのだ。
私同様に待ち合わせに使っている人が多くいたが、その人たちは、「人の流れ」を避けるため、所在なさげに壁際に立っている。そのあたりにはソファ・テーブルが置かれているが、そこに座ると、それはまさに駅のホームのベンチに座っているようなもの。目の前を人の流れが渦巻くから、落ち着かないのである。

通常、このようなソファ・テーブルの置かれる場所は「ラウンジ」:loungeと呼ばれることが多いのだが、lounge という動詞は「ぶらぶらする、・・・にもたれかかる、ゆったり横になる」というような意味。それが名詞に転じると、休憩室、休憩コーナー、待合室・・・といったような場所を指す語になる。
したがって、ぶらぶらできなかったり、ゆったりとした気分になれなければ、たとえソファやテーブルが置いてあっても、「ラウンジ」ではない。私がそのホテルのそれを駅のホームのベンチと思ったのも、そのせいだ。


「コンコース」「ロビー」・・・・といった場所・空間を示す名詞は、それぞれの語の本来の意味で明らかなように、「そこでの人の動き方:様態に相応した空間」を指していたはずなのだが、いまや、「内容を伴わない名前」だけが勝手に幅をきかしていることの方が多い。「ロビー」だとか「ラウンジ」だとか名をつければ、「ロビー」や「ラウンジ」ができたかのように錯覚してしまうらしい。
つまり、これらの語の使い方は、かなりいい加減、名が体を表していない場合が多いということ。おまけに最近は「アトリウム」などという語も使われる。

   註 「アトリウム」:atrium は、ローマの時代の建物様式。
      中央部に設けられる中庭様の空間。吹抜けとなることが多い。
      これをいわば核として全体の空間が構成されていた。

今は、いつの間にか、吹抜け空間なら何でもアトリウムと呼ぶらしい。建築家には新しがり屋が多いからだろう。


私に、「ホワイエ」「ロビー」「ラウンジ」・・・といった語の意味する空間のイメージを、的確に伝えてくれた建物がある。それぞれの「空間の名」の意味を的確に教えてくれた建物と言ってもよい。
それは、かつて日比谷にあった「帝国ホテル」の建物、そのつくりである。次回、紹介したいと思う。

とり急ぎ・・・・怒れ!全国の「普通の」建築士

2008-07-16 16:08:21 | 論評

[註記追加 18.06][註記再追加 18.24]  

建築士に対して、今秋から、「定期講習」が実施されることになるが、それに関して、この「定期講習」を管轄する「(財)建築技術教育普及センター」から、平成20年7月10日付で「建築士定期講習の受講資格等のよくある質問」が公表された。

   註 「(財)建築技術教育普及センター」は、国土交通省の
      外郭団体。当然、天下り官僚が中枢部にいるはず・・・。

上掲の文言は、その冒頭の一節である。ただし、赤線の囲いは筆者追加。

驚いた、というよりも呆れたのは、「建築士」であっても「行政職員、大学教授、・・・」「地方公共団体の営繕部局の方・・・」は、「定期講習の受講が義務付けられていない」、という点(上記文言の赤い囲いの中)。

何故なのか。
それは、赤い囲いの下の部分、「建築士事務所に所属しない建築士は、設計・工事監理等の業務を『業』として行っておらず、こうした建築士についてまで、定期講習の受講を義務付けることは、過度な規制となると考えられるためです」の項で言われていることが理由なのだろう。

   註 建築士事務所に所属しない建築士:行政職員、大学教授など:は、
      数の上で圧倒的に少ないはずだ。
      逆に言えば、大多数は「普通の建築士」。
      きわめて少ない数の人たちに受講を義務付けすることが
      なぜ「過度な規制となる」のか、理解不能である。
      これは、理由にならないお為ごかしの理由。
       お為ごかし=相手のためにするように見せかけて、
                実は自分自身の利益をはかること。
      [註記追加 18.06]

もし彼らが受講不要であるとするならば(定期講習を受けないのならば)、論理的に言って、「行政職員」や「大学教授」は、今後、「設計・工事監理を『業』として行っている建築士」諸氏の仕事に関すること、たとえば確認申請書類のチェック、あるいは建築士の業務や建築設計にかかわる指導等に、一切口出しをしてはならない、関与してはならないことになる。
なぜなら、「法改正の状況や技術革新の状況」を「把握していない」かもしれない、「把握しているかどうか」のチェックがなされないままその「職」に就いているかもしれないではないか(実際、例の構造計算書のソフトいじりの一件において、建築士は厳しく扱われたが、行政は、遂に、不問のままである)。

しかし、おそらく、「無鑑査のエライ人たち」は、平然と口出しをすることだろう。第一、今回の「定期講習」や「修了考査」の内容に、彼らは口を出すに違いないし、この「想定問答集」自体、彼らの作成だろう。
こういうのを、世の中では、通常、『お手盛り』という。
そういう「定期講習」の3年毎の実施の手数料:受講料収入で、財団は、そしてそこへ天下る官僚の給料は、そしてまたそれをとりまく「無鑑査のセンセイたち」の地位と報酬は、まず永遠に保証されることになる・・・・。

   註 お手盛り:
      [人民の上に在るという意識を持つ者が]
      自分たちに都合のいいように取り決めること。
        [註記再追加 18.24]

今、本当に「資格の審査、監査」が必要なのは、「建築指導」にかかわる人たちのはずである。彼らには、本来、建物づくりにかかわる「素養」が必要のはずだ。
たとえば、木造建物の「建築指導」にかかわる人たちは、その仕事に携わる前に、最低3年は、正真正銘の大工職の下で働くことを義務付ける。こうすれば、木造建物の質はかならず上質のものになるだろう。
これは、RC、鉄骨造であっても同様だ。
何の素養もないのに、その地位を利用して《指導》などしてはならない。

かつて、第二次大戦直後、各地方行政団体の建築指導に係わる人たちは、自らの知識を総動員して、建物の質の向上を心がけた。4月13日に紹介した木造トラス組の体育館などは、まさにその例だ(「みごとなトラス組・・・・尾花沢・宮沢中学校の旧・体育館」)。それを「建築指導」と言うことに私は異を唱えない。それこそが「建築指導」だからである。

しかし、残念ながら、今のは、所属する部署名が「建築指導」であるにすぎず、担当者たちのやっていることは「指導」とは程遠く、単に「『普通の建築士』いじめ」にすぎないことは皆が知っている(おそらく、その《優越感》で、仕事をしている気分になっているのでは?)。

全国の「『普通の』建築士」諸氏よ、そろそろ怒り狂ってよいのではなかろうか。
それとも、長いものには巻かれよ、で行くのか・・・・。

「経済」とは何だ?・・・・“modern times” の到来・2

2008-07-05 09:54:52 | 論評

[文言追加 14.43][註記追加 7月6日 9.32][文言変更・註記追加 6日10.55]
[註記:真島健三郎氏論説全文のダウンロードの方法について 8日6.00]

上のコピーは、7月2日付毎日新聞のコラムである。

かねてから私にとって不可解だったのは、小泉首相の下で盛んに叫ばれた「自己責任主義」「自助努力主義」(追加)「実力主義」「成果主義」「市場原理主義」「『経済』成長依存主義」・・・・・の脳天気(能天気、能転機)さである。そして、その「思想」を底支えしたのは、上のコラムにも出てくる竹中現慶大教授である(当時いわゆる《骨太》の経済指針などを提言した。社会保障費2200億/年削減策などの《骨格》をつくったと言ってもよい)。[文言変更 6日10.55]

   註 脳天気:常識はずれで、軽薄な様子(人)
      〈関東・中部方言〉 「新明解国語辞典」による
      [追加 6日10.55]

彼が、例の“good will”なる名で、good will などまったくうかがい知れない「経営」(こういうのを経営と言うのだろうか?)をしてきた張本人を絶賛していた、ということを初めて知った。そういうとき、絶賛した彼には、「責任」はないのだろうか?どう考えたって「教唆」以外の何ものでもない。

本人は、また、いつのまにか大学で教鞭?をとっているらしい。それが、彼の「実力」なのかもしれない。
しかし、いったい若者たちに何を教えるのだ。本当の good will を教えるのか?それとも、羊頭狗肉の商売をしてでも儲けるビジネスチャンスのつくりかた、そういう「経営」の仕方でも教えるのか?
彼がTV東京でコメンテーターをしていたときの、ただ頭の回転が速いだけの、「考察」「洞察」とは程遠い「浮世離れ」した話には、いつもついてゆけなく、途中でスイッチオフしたものだ。なぜこうももてはやされたのか、私には今もって不可解である。
アメリカ流も結構。しかし、日本には「近江商人」がいたことを忘れてほしくない。足もとに「経済」のすばらしい「手本」があるではないか。

   註 「近江商人」については07年6月26日に簡単に紹介した
      「近江商人の理念・・・・時代遅れなのだろうか」

   註 日本語の「経済」の原義については07年6月9日に触れている
      「『地方功者(ぢかた こうじゃ)』・・・・『経済』の原義」

      [以上註記追加 7月6日 9.32]

少し前の産経新聞には(6月26日)「遠のく事件」に違和感、という記事(記者の感懐を述べる[Re:社会部]というコラムのようだ)があった。私が読んだのは紙上ではなく、ネット版。
それは、例の秋葉原事件の際、彼の派遣先であった「関東自動車工業」の記者会見についての記事。
幹部は「退社の経緯は重要ではないと思っています」と弁明し、会見前には、「広報担当者が笑顔を振りまきながら対応し、報道陣から、笑い事じゃない、と怒声が上がる一幕もありました」と記者は書いている。
記者は「工場から怒って帰った人間が(起こした事件なのですから)、もう少し『我が事』という感じがあってもいいのでは、と違和感を覚えた」と続け、そして、「好き嫌いとか関係なく、車の生産台数が減れば、まず派遣社員から切られる、と同社社員は言います。同社が事件や被害者から意識が遠いように感じたのは、そもそも事件を起こした派遣社員に対し、身内意識を持ちにくいからなのかも知れません」とまとめている。
別の新聞では、「関東自動車工業」の幹部は、最初は「派遣社員を『切る』」予定があった、と発言し、あわてて「契約解除」と言い直した、ともあった。要するに、単なるモノ扱い、いやそれ以下、“modern times” が現実になっていた、ということ。

いまや、製造業では、半数以上が「派遣」らしい。そういう世の中になってしまったのは、つい先ほどの小泉時代から。その実態について書かれたのが、上のコラム。

   註 なお、真島健三郎氏の耐震についての論説全文は、
      下記リスト中からダウンロードできます。全16ページです。
      「土木学会震災関連デジタルアーカイブ学術誌別リスト」

雑感・・・・“modern times” の到来・1  

2008-07-02 16:47:42 | 論評
[タイトル変更 7月5日10.04]
[註記追加 真島健三郎氏論説全文のダウンロードについて 7月8日 6.03」

このブログに、多くの方にお寄りいただき、ここで御礼申し上げます。
書く方としては、それを斟酌しながら記事を書いているわけではありませんが、いつも、皆さまが、どのような記事に関心がおありなのか、興味をもっております。


今もってよく閲覧されているのは、「ホールダウン金物の使用しなければならない箇所は極めて少ない」という記事かもしれません(「『在来工法』は、なぜ生まれたか-5 補足・続」)。これはおそらく、ホールダウン金物に「悩まされている」方が多いからだ、と思います。

そこで示した「表」は、ある講習会で、例の「告示第1460号:仕口の規定」を解説するために「改訂法令解説書」の内容を要約整理したものにすぎません。

とかく建築法令は、わざと分りにくくしているのではないか、と思いたくなるほど「難解」です(山口瞳という作家が、建築法令は、悪文の最もすぐれた見本、と書いています)。そこで「理解」するために表に要約してみたら、実に簡単な項目にまとまってしまったのです(もっとも、行政や確認審査をなさる方のなかには、「反発」を感じている方々がたくさんおられるようです)。

私は、木造軸組工法に対する法令の各種規定にともなう「面倒」は、すべて、「筋かいを設けろ」という「規定」に端を発している、と以前から考えていました。
日本の木造建築で「筋かい」が大々的に使われるようになった(使えと言われるようになった)のは、ごくごく最近のことです。そして、それにともない、いろいろと「面倒」が次から次へと生まれた、と私には思えるからです(このあたりについては、07年2月5日~19日にかけての「在来工法は、なぜ生まれたか」シリーズで私見を書いています。特に「『在来工法』は、なぜ生まれたか-5・・・・耐力壁に依存する工法の誕生」に経緯:いきさつ:を私なりにまとめました)。

つまり、ホールダウン金物が出現するまでの過程、言うならば木造建築に関わる法令の規定が「複雑」化してきた経緯を概観してみた結果、法令自体が「筋かいを設けろ」という規定によって「自縄自縛状態に陥った」のではないか、と私は考えていたのです。
そして、告示第1460号の内容を整理してみて、私の「想定」は「確信」に変るに至りました。ホールダウン金物を使わなければならないのは「筋かい」それも「たすきがけ」の場合に限られることを「発見」したからです。

私は、ホールダウン金物の使い方:“how to”を知ることも必要とは思いますが、同時に、かつては存在しなかったホールダウン金物が、なぜ出現したのか、その出現までの過程:いきさつ:を、皆が「理詰め」で考えてみれば、誰でも、自ずとその理由、そしてその無意味さが、つまり「自縄自縛状態」が、分ってくるはずだ、と思ってきました。

   註 ホールダウン金物の出現を、技術の進歩と考える人もいます。

たしかに、日々の仕事に追われているなかでは、そんなことを考える時間はない、そんな時間のかかることはしたくない、できない、と思いたくなるのは分ります。
しかし、皆が皆そうしたらどうなるでしょうか。
法令の規定を鵜呑みにして、あるいは理由も考えずに、何でもいいからホールダウン金物は付けておけばいいのさ・・・・・、という事態になってしまうのではないでしょうか。
今、町場の現場を見ると、実際そういう状況になっているように思えます。

要するに、こういう事態を続けていれば、とりあえず仕事が難なく進捗すること、そのための“how to”があればそれを知りたい、それが分ればそれで済む、ということに結果します。
某建築情報誌などは、たとえば昨今の「基準法、建築士法等の改変」へいかに対応したらよいか、という“how to”に徹した内容で編集されています。
言ってみれば、「世の大勢・体制にいかに素早く馴染むか、それにはどうしたらよいか、そのためのコツ・・・」、こういう“how to”に一般の人びとの関心がある、という認識が編集者にあるからだ、と見てよいでしょう(もしかしたら、実際に、世の中がそうなっているのかもしれません)。

もしも実際にそうなっているとしたら、どうなるか?
「ものごとを根底から考える」という「習慣」が消えてしまいます。《力のある人》の言いなりになっていればよい、そうすれば無難だ・・・・・ということになってしまうでしょう。現に、そういう傾向が生まれているような気がします。

大分前に、5W1Hのことを書きました(「建築に係る人は、本当に《理科系》なのか-2・・・・『専門』とは何か」)。英語の時間に、ものごとは常に、why when where who what そして how で考えなければならない、文章において必須な要件だ、と教えられました。「ものごとを理詰めに考える要件」と言ってもよいはずです。
理詰めで考えるのならば、建物をつくるという営為もまた、常に 5Wで、 つまり、「なぜ」、「いつ(今)」、「どこで(ここで)」、「誰が(誰のために)」、「何を(かくかくしかじかのもの)」をつくらなければならないのか、を考えた上で、ならばそれを「いかに」つくるのがよいか、という手順で考える必要があることになるわけです。


先回、最近《話題》の建物について触れました。
あの事例では、設計者に於いて、5W1H の問はなされたのでしょうか。
おそらく彼の設計者にとって、who は「自分自身」であり、what は「自分を差別化し表現できるもの」であり、when は「自分の都合」であり、where は「どこでもよい」のであり、why は「自分を目立たせたいから」であり、そして how は、そういう「自分の《夢想》をかなえるためなら『無理』をしてでも」、ということになるのでしょう。

こういういわば《特権的事例》以外ではどうでしょうか。
残念ながら、同様に、5Wの問いかけはなく、当然1Hも、あるとすれば、「法令への適合:順応の how to」だけになっているように思います。
たとえば、ホールダウン金物をどう使うか、どう使ったら確認通知がもらえるのか・・・・という点に関心がゆき、なぜそれが要るのか、なぜ昔の建物にはなかったのか・・・・などについては考えなくなっているように思います。

設計図自体、そして構造計算も、すべてがソフト任せになってきているようです。ソフトに拠っているから間違いはない、とでも考えているのではないか、と思いたくなります。
人の「指示」、ソフトの「指示」に唯々諾々として従う「自動人間」化。
チャップリンの「modern times」が、いよいよ現実化してきたのかもしれません。


上掲の文章は、真島健三郎氏の1924年に書かれた論説「耐震家屋構造の撰擇に就いて」中の、日本の木造建築について触れている箇所の原文です。
現代文に直せばこうなります。
「・・・頭の大きく高く、しかも重い荷を負っている大寺院でもほとんど四方明け放しで耐震壁もなければ筋かいもボルトも短冊金物もないのに百千年厳然と立っている。もしこれに太い筋かいを入れたり耐震壁を設けたりボルトで締め付けたりしたならば、あたかも鉄道客車から緩衝装置を取り外したと同じで、折角の柔性を損し、かえって危険を増すだろう・・・」。(「紹介・真島健三郎『耐震家屋構造の撰擇に就いて』」

   註 この論説の全文は、下記リスト中からダウンロードできます。
      「土木学会震災関連デジタルアーカイブ学術誌別リスト」

この方は、目の前の現実・実像を基に考えを進める方で、「机上の理論」でものを見ない人、といってよいでしょう。
よりきつく言えば、現実・実像の解釈ができない理論は理論とは認めない方です。
これに対して、現代の《学者・専門家》の多くは、現実・実像を「机上の理論」のメガネで見てしまうのです。
どちらが科学的か、自ずと明らかでしょう。
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「金物補強」と「歴史認識」

2007-11-16 10:07:56 | 論評
[追加・修正11月16日11.05]

2月20日に書いた「ホールダウン」金物の「解説」が、相変わらずよく読まれ、質問コメントも多い。

7月13日にも書いたが、ふたたび何故なのか、重複するところがあるけれども考えてみた。

おそらく、このブログを読んでくださっておられる方は、と言うより、現在建築に係っている方の大半が、戦後生まれの方なのではないだろうか。
つまり、身のまわりで見かける木造建物が、ほとんど全て、建築基準法の下の工法によるもの、という世代。
身のまわりにある、「筋かい」が入り、部材の接合部には金物を添えるのが「あたりまえの木造建築」、と考えてしまっても無理はない。これは特に、都会化した地域の方々に多いようだ。

だから、ホールダウン金物はもちろん、金物の使用一般について「批判的」な言に対して、「違和感」を覚える方がいてもおかしくない。確認審査に係る行政や民間機関の担当者の中にもそういう方が当然多数おられる。もちろん、一般の人びとも、木造の建物には筋かいが入って当然と思っている。それほどまでに、基準法仕様の工法:「耐力壁依存工法」は、僅か半世紀余りの間に、深く深く浸透してしまっているのである。

実は、こういう事態自体が問題なのだ。
日本の建物づくりの歴史に於いて、明治以降すすめられた「近代化」にともなう大きな「断絶」がある、すなわち、歴史に「不連続」あるいは「空白」があるという事実の認識が欠けてしまい、それどころか、その「断絶」「不連続」を正当化する動きさえあるからだ。[言い回し修正11月16日11.05]

これは建築の専門家を養成を旨とする教育においても歴然としており、「建築史」では、日本の建物づくりの歴史を技術的に見る視点を欠き、そして「近代化」に於いて何が起きたのか問うというまさに「歴史学」がしなければならないことが行われていない。
「建築構造」では、建築の歴史は明治から始まるかの如き様相を呈し、徹底して「過去」を捨て去る、つまり、明治以前の建物は「構造について無思慮である」「地震について無思慮である」かの態度で突き進んできた(この点については「在来工法はなぜ生まれたか」で既に触れた)。
「建築材料」では、木材の特徴と日本の伝統的な工法との関係については十分説かれていない。・・・

このように、歴史に「意図的な断絶、空白」を設けて平然としていられるという国は、世界でも珍しいと言わなければなるまい。[字句追加11月16日11.05]
そして、金物の使用についての批判に対して抱く「違和感」は、この認識の欠如から発していると見て間違いない。

しかし、幸いなことに、数の上では圧倒的に少なくなってはいるが、あまり都会化していない地域に暮す方々は、身のまわりで、「基準法以前の工法による建物」を今でも目にすることが多く、「基準法以前」、「基準法以後」のつくりの両様を「あたりまえ」に体感している。さらに言えば、なぜ基準法以前の工法がダメなのか疑問に思っているだろう。なぜなら、「通説」とは違い、それらの多くは、長い年月、環境の変化(地震や風雪・・)に堪えているからである。

茨城県内の講習会などで、いつも「椎名家」(5月22日に紹介した、現存する住居建築で東日本最古と言われる農家の建物、茨城県かすみがうら市にある)を知っているか、見たことがあるか、と問うことにしている。200人ほどの方の中で、行ったことのあるという方は、いつも1~2人。大部分はその存在さえ知らない。
では、最近話題になっている建物は、と言うと、1/3から半分の方は行ったり雑誌で見たりしている。
つまり、現在建築に係っている方々の多くは、「最近」・「最新」のものには関心を抱くが、「過去」のものには関心がない、見ても意味がない、と考えておられるようだ。
また、「欧米の建築見学」と「京都・奈良の古建築見学」という二つの企画を立てたら、どちらに人が集まるか。多分「欧米・・」だろう。

建築関係の雑誌でも、1950年代の「新建築」誌では、毎号、日本の建築史上知っておくべき建築を、見事な写真とともに紹介していた。時は戦後の復興期。足元を確認しよう、という企画だったのではないだろうか。
残念ながら、今はそういう雑誌はない。あるとすれば「観光」の対象としての扱い・・・。

   註 「観光」とは、本来sight seeingの意味ではない。
      「光」を「観る」こと。
      「光」とはその土地・地域の発している「光」。
      土地・地域を視察し、土地・地域について知ること。
      類似の語に、「観風」「聴風」がある。


今まわりに見かけるものだけが全てではない。そして、ものごとは今日始まったのではない。知識も技も・・・皆、長い年月に揉まれ継承されてきたものの延長上にあるのがあたりまえの姿。そして、それがなければ、決して「新しい」ものは生まれない。「革新」もない。「新しい」というのは、単に目新しいこと、差別化することでもない。

是非、身近にある「基準法以前」の建物を、有名、無名を問わず、過去のものとしてではなく観ていただきたいと思う。そこから得るものは、大げさに言えば無限である。

ふたたび「偽装」「仮装」「化粧」・・・・新聞のコラムから

2007-11-09 10:14:42 | 論評

今朝の毎日新聞のコラム「発信箱」に上掲の記事が載っていた。
11月2日の「建材・・・」で、「不正が起きても、別に驚くこともない・・、起きてあたりまえ・・」と書いたが、このコラムの指摘に、まったく同感。

つまり、実態、実体、実際ではなく、ラベル表示や認定番号、すなわち「架空」あるいは「虚構」を「信じて」疑わない世の中になってしまったということ。
それをして「ブランド化」との表現、なるほど・・・。

まずはとり急ぎ紹介。

続・「偽装」「仮装」「化粧」・・・・何が問題か

2007-11-06 17:47:33 | 論評
また「耐火」建材の不正認証取得がばれたという。

今の建築界の構図はこうだ。

①「建築確認」は、国土交通省の認定を受けた建材を使えば所与の目標を達成していると見なされ、フリーパス。
②だから、たとえば「耐火」について、そういう建材を使ってあれば「建築確認」を容易に得られる。ゆえに設計者もそれを使う。
そのとき、設計者は、おそらく、多分、きっと、それによって建物が本当に耐火建築物になったかどうかは不問に付しているはずだ。目標が、「耐火にすること」ではなく、「認証された耐火建材を使うこと」にすり替えられている。
③材料メーカーは、そういう具合に使ってもらえば売り上げが伸びるから、競って認証を受けようとする。一度認証を受ければ占めたもの。
④それゆえ、認証のために、規定の性能・数値を得られる(あるいは、得やすい)試験体で試験を受けるように努める!不正取得を行う「動機」はここにある。

ところで、試験体に不正がなく認証されたとして、現実に製造されている材料の、抜き打ち試験:追試はやられているのだろうか。
そしてまた、「認証された耐火建材を使う⇒耐火建物になる」という保証はあるのだろうか。その追試はやられているのだろうか。ただ、「認証された建材を使っている」ということで「安心」しているにすぎないのではないか。

また、万一、認証された建材を使用し建物が、耐火でなかったならば、その責任はどこにあるのか。
これは、「耐震」でも同じこと。構造計算に不正がなく、施工もまちがいがなく、そして、万一被災したら、その責任はどこにあるのか。

国土交通省は、すべての建材の「認定時の試験の内容」について調査を行うという。
しかし、必要なのは、食品等で行われているように、「実際に市場で流通している建材」そのものを「抜き打ちで調べる」ことだろう。
「試験」が問題なのではなく「材料そのものの性能」が問題なのだから。
認定試験時の試験の実態調査は、その次の問題のはずではないのか。