建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

SURROUNDINGSについて・・・・4の追補・ロヴァニエミ図書館

2011-12-31 15:37:38 | surroundingsについて
Architectural Monographs 4 ALVAR AALTO( Academy Editions・London )に、ロヴァニエミ図書館の開館時の写真がありましたので、追加紹介します。

先ず、平面図を再掲します。




最初は main readingroom の外壁よりに立って、control desk の方を観たところです。先回の写真は⑤のところですが、その左側④に近い方の「房」のところから見ています。



次は、小さな readingroom 、平面図右手の長方形に近い室を、control desk の方から見た様子。平面図では机が並んでいますが、しつらえは少し変っています。



次はハイサイドの様子。ハイサイド:clerestory と呼んでいます。



以上の写真から、居心地のよさそうな図書館の様子が分ります。
このような雰囲気の図書館は、なかなか日本では見かけないと思います。

その理由は、「図書館 =( public : みんなの)書斎」と考えるか、「図書館=書籍の保管場所」と考えるか、その違いによる、そんなように思えます。
因みに、日本で言う「閉架書庫」は、stock room 。
それゆえ、library 、readingroom 、stock room という構成になるわけです。
「開架」「閉架」という「感覚」がないのです。

大分よくはなってきましたが、日本の図書館には、どうしても「管理」の発想が見え隠れします。つまり、 public ではない。

SURROUNDINGS について・・・・5:続・アアルトのつくる図書館

2011-12-30 17:26:15 | surroundingsについて
先回、ロヴァニエミの図書館紹介の際
・・・この図書館の閲覧スペースの「特徴」は、あたかも「書籍に囲まれ、書斎で書物に好き勝手に接してるという場景・情景」で書物に接することができる、という点にある、と私は思います。
これは、初期に設計したヴィイプリの図書館以来の、アアルトの一貫した「図書館像」である、と言ってよいでしょう(と言うより、彼の「建築像」そのもの、と言った方がよいかもしれません)。・・・
と書きました。
そのヴィイプリ( VIIPURI )の図書館を紹介します。

今回は、以下の書物を参考にしています。
  1)ALVAR AALTO Ⅰ(Les Editions d'Architecture Artemis Zurich)
  2)Architectural Monographs 4 ALVAR AALTO( Academy Editions・London )
  3)The Masters of World Architecture Series:ALVAR AALTO(George Braziller,Inc.)
  以下の図版は1)からの転載です。

この図書館は、今から80年ほど前に建てられた建物です。
1927年、競技設計でアアルトが設計者に決まり、以後敷地に変更などがあって、完成は1935年。
2)によると、アアルトの案は、ギュンナー・アスプルンド( Gunnar Asplund )のストックホルム図書館に大きく影響を受けている、とのこと。

ヴィイプリは、北緯70度近い地域にあり、図書館ができたころ、人口約90,000の町。
しかし、残念ながら、現在、この建物はありません。
ヴィイプリの町も、フィンランドではなくなっています。
1)によると、Russo-Finnish War でソ連領(現ロシア領)になり、町の名も VYBORG になり、図書館の建物は完全に破壊され、廃墟になっているといいます。
それゆえ、残された図面と何枚かの写真によってしか、その様子を知ることができません(ここに挙げた書籍に使われている写真は、すべて同じです)。

どんな所に建っているか、残念ながら地図等はなく、唯一、航空写真があります。



左側の白い直方体の建物が、図書館の建物。右上は教会。

次は、斜めからの鳥瞰。建物全体が分ります。



低い棟が入口側で、この低層部は講堂 lecture room と管理関係諸室です。

平面図・断面図をまとめた図が次の図。


外見はきわめて単純ですが、レベルが微妙に重なっているので、分りやすくするため、原図に色をかけました。
それでも分りにくい。
アアルトは、この単純な直方体の中に、実現すべき「空間」を読み取っていた、逆に言うと、彼が望んだ「空間」を、直方体にまとめ上げた、と言えばよいでしょう。
そしてそれは、きわめて明快。
その空間の構成を、二次元で表わすがゆえに、分りにくい、要するに、図面の上では分りにくい、に過ぎないのです。実際の建物の中にいる人には分りやすいのではないか、と思います。

以下に、実際の建物にいる視点で、写真をまとめます。
歩く順に①~④の番号を振りました。
①:エントランスに入ります。エントランスホールの右手には講堂:lecture room があります。エントランスホールは、その foyer の一部になっています。

library へは、階段を上がり、②に至ります。①と②の段差は1.5mほど(数字が書いてあるのですが、読めない!段数からの判断です)。
   一般に、こういう場合の段差はこの程度になります。
   日本の場合なら、1.3~1.4m(4尺5寸程度)が限度でしょう。身長、したがって目の位置が、
   西欧人よりも若干低いからです。
   こういう場合、階段に足をかける前に、行く先の踊り場の床面が目に入ることが必須と言えるようです。
   想像していただければ分りますが、踊り場床面が目に入らないと、階段は、目の前のバリアになってしまいます。
   つまり、隔壁になる。駅の階段は、やむを得ないから登る。しかし、こういう用途の建物ではバリアになるのです。
   以前、帝国ホテルのロビーを紹介しましたが、そこでも、踊り場:行く先は目線の中に入っています。
     法規の規定どおり踊り場は3m以内にあればいい、というような単純な話ではありません。
     階段については、あらためて書こうか、と思います。

エントランスホールを、②のA位置から振り返って見たのが次の写真です。



写真の様子から、工事終了時に撮られたのだと思われます。

なお、②の位置が断面図のどこにあたるかを示すために、平面図と断面図に * 印を付けてあります。

library に向うには、曲った壁に沿って右へ曲がり、階段を登ります。階段の上り端Bで撮ったのが次。



この階段も、バリアにはなっていません。
それは、段数が少ないこともありますが、この階段の上り端が、library の大きな空間の端に少し入った位置にあるからです。
つまり、②で曲った壁に沿って向きを変えたとき、すでに library の空間の中に入っているのです。
写真に写っている円はトップライト。
壁際に書架が並んでいます。

この階段を登りきったところは、library の下段。library はロヴァニエミの図書館と同じ構成です。
写真をよく見ると、下段部分の書架と上段部の書架が重なって見えていることが分ります。
この階段を登っている人の心情を想像してみてください。期待で歩が速まる、そんな気分になるのではないでしょうか。

そして③に至ります。
目の前に下段の書架に囲まれた空間が広がります。
けれども、来館者は、きびすを返してまだ階段を登ります。登ったところ④に control desk があり、入館が了承されます。後は、館内自由です。
振り返ってCから Library 全体を見たのが次の写真。



同じレベル:上段のD、Eから Library を見たのが次の2枚。
これで Library の全体がつかめます。





下の写真に見える control desk の向う側には、一段降りて reading room が広がります。
天井の高さが切り替わっていることに留意してください(断面図参照)。
   このとき、もしも天井が同一だったらどうなるかを想像することによって、天井切替の意味が分ります。
   実は、こういう「想像の作業」が、設計図を見るときの重要な行為である、と私は思っています。
   それによって、「見る」が「観る」に深化できる、と思うからです。

この空間のつくり方は、その後のアアルトのつくる図書館では、常に見ることができます。 

次はFから見た children's library の全景です。




2)Architectural Monographs 4 ALVAR AALTO には、別の断面図がありましたので、次に載せます。



上は、先の断面図とは逆に切った断面。左が library 、右が reading room 。
下は、左がエントランス側、library の中央部の断面です。この図の右下は children's library 。

ここまで、場所の表記を英語で示してきました。
それは、原本に、 library 、reading room とあり、訳語に悩んだからです。普通は、 library =図書館、reading room =閲覧室となります。
しかし、原本で library とされている所は、通常、日本語では「開架書庫・開架書架」などと呼ばれる場所で、それを「図書館」と呼ぶのは奇妙です。
端的に言えば、日本の図書館には、ロヴァニエミやヴィイプリの図書館のような空間が存在せず、適切な用語がない、ということです。

あらためて library の語義を調べてみると、原義には「書斎」という意味が含まれます。
つまり、ロヴァニエミやヴィイプリの図書館、と言うより、アアルトのつくる図書館は、public library 、すなわち「公共の書斎」を目指している、と理解すれば、納得がゆくのではないか、と思います。


ただ、ヴィイプリの図書館の reading room は、理解に苦しみます。
reading room の読書席は、次の写真のようになっていますが、まるで教室です。これでは読書に没頭できない。
 


おそらく、アアルト自身もそう思ったに違いなく、こういう reading room は、これがはじめで最後、以降のアアルトがつくる図書館では見られません。
また library の大きさも、ヴィイプリの図書館よりも小さくなります。
書物に接する空間、書斎になる空間の大きさには、一定の限度がある、と考えたものと思われます。ヴィイプリは、大きすぎた、と考えたのではないでしょうか。

ロヴァニエミの図書館の library をいくつかの房に分ける方式は、多分、そういうところからの結論だったのだと思います。
この考えは、大学の図書館のような、規模の大きい図書館でも同じです(いづれ紹介したいと思います)。


最後に、講堂の内観。



この天井はダテではありません。それを解説する図が下図。


同様に、トップライトもダテではありません、トップライトの計画のスケッチが下図です。満遍なく明るさを、という計画です。



   ことによると、無段差=バリアフリー、という「考え」をお持ちの方には、
   これほどひどい建物はない、と見えるでしょう。
   しかし、無段差=バリアフリーというのは、点字ブロックをう設置すればバリアフリーと言うのと同じで、
   あまりにも安易だ、と私は思っています。
   この点についても、いずれ書きたいと思っています。


今年は、今回で終りにいたします。
よい年になりますように。
また来年もお読みいただければ幸いです。

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蛇足

建「物」の設計ではなく、「 surroundings の改変」の「設計」である、ということを、ごくあたりまえのこととして実行している設計の例として、アアルトの設計事例をいくつか紹介しています。
しかし、「 surroundings の改変=建築」という考え方について言うのに、本当は、何もアアルトを持ち出さなくてもよいのです。 
なぜなら、このシリーズの2回目に書いたように、中世末期から近世にかけてつくられた多くの日本の建物は、階級の上下を問わず、「建物をつくることは surroundings の改変である」という「事実」を、当たり前のこととして認識してつくられていた、と考えられるからです。
残念ながら、多くの方がたは、日本で為されていることを知ろうとせず、知っていても認めず、それゆえに観ようともせず、ひたすら、国外、特に西欧(最近ではアメリカ)の事例を「ベター」と考える悪弊があります
これは、すでに遠藤 新 氏も述べていることです。

   ・・・・
   かつてブルーノ・タウトは桂の離宮を絶賛したと聞いております。
   そして日本人は今さらのように桂の離宮を見直して、タウトのひそみに倣うて遅れざらんとしたようです。
   ・・・・
      タウトが語らなければ、桂離宮は、とうの昔になくなっています!
      明治以降の日本の「知識人」の「発想」の惨めさの代表です。
      
そんなわけで、西欧の人も、surroundings を考えている、ということを知っていただくために、アアルトを紹介しているのです。
実は、あのミース・ファン・デル・ローエもコルビュジェも、初期には、surroundings の造成を考えた素晴らしい事例をいくつも設計しているのです。
その事実が、多くの人びとに知られていない、というより、多くの人びとが知ろうとしない、だけなのです。
これは、日本で教えられている近代建築史の重大な欠陥によるところが大きい、と私は思っています(いずれ紹介したいと思っています)。
   この点については、「SURROUNDINGS について・・・・1」でも、すでに触れています。
 
最近、このブログに、「待庵」の検索で寄られる方が多いようです。茶室「待庵」についての資料集めなのかもしれません。
「待庵」について触れたときにも、私は単に「待庵」という建「物」についての紹介に終えたつもりはありません。
誰が、なぜ、あの時、あの場所に、あのような「空間・場所」をつくろうとしたのか、その視点で観ないと、あの建物は理解できないはずだからです(いかなる建物でも同じです)。つまり、5W1Hの問いで考えてみる、ということです.
「待庵」には、「 surroundings 」についての、当時の人びとの「考え」が、見事に凝縮している、それが私の理解です。

たとえば、「待庵」を、どこかの博物館などに移築、あるいは等寸の模型をつくり展示することは可能です。
しかし、それでは、「待庵」の「意味」「本質」は失せてしまいます。残念ながら、多くの「待庵」の「解説」は、「どこに在っても待庵が在り得る」、という内容になっています。
しかし、それでは、もしも「待庵」に口があったならば、嘆くに違いありません。「違う」「違う」、「勝手なことを言ってくれるな」と。

そのあたりのことについて、数年前に、「心象風景の造成」として少しばかり詳しく触れています。下記です。お時間があるときに、読んでいただければ幸いです。
   心象風景とは、私たちが、ある具体的な場所にいるときに、
   つまり、私たちを囲む surroundings により、
   私たちの心のうちに生まれる「感懐」のことを言っています。
   この風景は、常に同じではありません。
   同じ場所でも、そのときどきの私たちのありようによって、「風景」は変ります。
      「日本の建築技術の展開-16・・・・心象風景の造成・その1
      「日本の建築技術の展開-16の補足
      「日本の建築技術の展開-17・・・・心象風景の造成・その2
      「日本の建築技術の展開-17の補足
      「日本の建築技術の展開-18・・・・心象風景の造成・その3
      「日本の建築技術の展開-19・・・・心象風景の造成・その4
      「日本の建築技術の展開-20・・・・心象風景の造成・その5
      「日本の建築技術の展開-21・・・・心象風景の造成・その6」   

この国を・・・・10・続き:「民意」の補遺

2011-12-27 18:27:53 | この国を・・・
[文言補訂 28日9.10]

先に TOKYO web にリンクで紹介した東京新聞の26日付社説 「遠くて近きものは」は、平易しかし品位のある言葉で、明快・明解に「民主主義」について述べています。

   「民主主義」と「独裁」という、本来「遠い」はずのものが、
   実は「遠くて近き」存在になることがあり得る、それがナチスの「歴史」、
   今、そういう状況にあるのではないか、
   それを憂えた主旨であるように思います。
   「歴史」を知ること、今日は、昨日の明日。
   若い方には、「明日」だけ、あるいは「今日」だけ、を見ないでほしい、とつくづく思います。 

子どもの頃から大人になるまで、戦中と戦後のえらい人たちの「思想」を見て育った私が、常日ごろ思ってきたことを、よくぞまとめてくれた、と思わずにはいられない論説でした。
そこでは、近・現代史が、簡潔に触れられています。

ネット上の記事は、容量の関係で、ある時間を経ると消去されることがあります。これまでリンクさせていただいた記事の中にも、すでに見ることができなくなっている記事が多数あります。
そこで、記録として残るように、全文をプリントアウトして、あらためて以下に掲載させていただきます。

最後の一節は、「一億総思考停止」を憂う 野坂 昭如 氏 とまったく同じです。彼は、私より5・6歳上の世代ですから、戦前・戦中、そして戦後の世のありさまを、ずっと多く経験しているのです。

   建築に係わる方がたの中には、
   こんなことは建築とは無関係、と思われる方が居られるかもしれません。
   しかし、もし、そう思う方が居られたならば、それは、まったく的外れです。
   建築に係わるということは、人の世界に係わることだからです。
   「建築に係わる」ということは、建「物」を 「いじくること」 ではないからです。
   「物」を「いじくること」=建築、という 「考え」 は、
   所詮 「理解不能」 な状況に陥る、それは、論理的な必然なのです。[文言補訂 28日9.10]



この国を・・・・10:「民意」

2011-12-21 18:16:01 | この国を・・・
今日26日の東京新聞社説(TOKYO web) 「遠くて近きものは・・・」 はきわめて明快な論調ですので、リンクします。[追加 26日17.02]
すでにweb上からは消えています。『「この国を・・・・10:「民意」の補遺』にプリントアウトして載せました。

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最近、冬らしくなってきました。
最も冷え込んだ一昨日の朝の畑です。畑はまだ湿っているため、霜が目立ちます。
陽が射し、霜が溶けはじめたので、あたり一帯、もやっています。
年が明けると、畑も乾き、霜も降りなくなります。枯れ草も乾ききり、その頃から、野火の注意が必要になるのです。
手前は今休んでいる畑。その向うはラッキョウ栽培中。緑の繁っているのは収穫期のレタス。マルチは春野菜。奥の竹林際は種子を採るためのミツバ。
 
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[文言追加 22日9.50][文言補訂 22日 9.55]

選挙である町の長として当選した方が、「民意」という言葉を連発しているようです。

たとえば、自分の当選=「民意」、ゆえに、私の「考え」に反対の人は「民意」に反する、ゆえに不要。
もちろん、人びとすべてが彼に投票したわけではありません。当然彼の得た得票数よりは少ないけれども、別の人も得票している。
したがって、私の理解・感覚では、彼の云う「民意」とは別の「民意」があった。

しかし、数の少ないものは無視してよい、というのが彼の「思想」の真髄、つまり、ものごとは、数の多いモノの「勝ち」、という「思想」。
だから、町も大きい方がよい、東京を目指せ、となる。
 
   私は、町は小さい方がよい、と思っています。
   目配り、気配りが隅々まで行き渡るからです。
   大きくなって喜ぶのは、金儲けを生きがいと見なす人たちだけではないでしょうか。
   追記 [文言追加 22日9.50]
   たしか、この方は、山陰地方の人口の少ない県の国会の「議席数」が多いのはけしからん、とも発言しています。
   「一票の格差」論です。「彼の論理」から言えば当然と言えば当然ではありますが・・・。

この方の「発言」を聞いていると、「民主主義とは、多数が少数を見捨てることなのか」という、アイヌの二風谷ダム反対運動で先頭に立った方の言をあらためて思い出します(下記「本末転倒の論理」で触れています)。

実際、その町の役場の職員で、その方とは異なる見解を唱えた人が、「民意」に反するのは公務員ではない、として槍玉に上がり、反省文を書かされたり、自主退職を言われたりしているのだそうです。 

怖ろしい世になったものです。
なぜなら、その方は、それが「民主主義」だと云うのですから。

この長に当選された方は、40代のようです。
「老害」と言われる方が云うのならばまだしも、若いのに何ということを云う!と思う私は「常識はずれ」なのでしょうか。

   数の大小でものごとの良し悪しを決めるという悪弊については、以下で何度も書いています。
   数値の軽重・・・・数の大小でものごとは決まるか
   本末転倒の論理
   観察・認識、そして分るということ
   一票の格差の是正=不条理の是正?

私は、1937年生まれ、1945年、つまり敗戦の年、数えで8歳。疎開先で敗戦を知りました。
疎開先から戻ったのは小学校3年。3年、4年は何を教わったのか分らないくらい「混乱」の時期。
   1年のときは、防空頭巾を持って学校に行き、着いて間もなく、空襲警報で頭巾を被って一目散に下校の毎日。
   2年のときは疎開先(山梨県・竜王町)、砂利道を片道4・50分かけて歩いて学校へ。冬は冷たかった!

5年、6年の担任が、戦地から帰って来たばかりの若い先生でした。当時、25歳前後だったのではないでしょうか。

この方の授業は、今でいう「指導要領」などとは無関係な「授業」。
もしかしたら、それは、彼の受けた「教育」の「裏返し」だったのかもしれません。
よくクラス全体の「会議」が催されました。
そこで常に「教わった」のは、クラスの中の「少数意見」を大事にすることでした。
ものごとを「みる」にあたって、「数の多いものが《正しい》《よい》」、という「判断」をしてはならない、ということを具体的に教えてくれたのです。
堅苦しい言い方で言えば、「数の大小は、ものごとの本質の指標ではない」、ということ。
今考えれば、ものごとを、まわりの数の多い「意見」に惑わされずに、自分の頭で、「理」をもって判断すること、これが大事なのだ、ということを教えていただいたのです。[文言補訂 22日 9.55]

おそらく、これも、大きな声を出す者の「見解・指示・命令」に「従わされてきた」、「従わざるを得ないように仕向けられてきた」、この方の過ごしてきた「過去」を通じての「実感」だったのではないか、と思います。
  この方は、90に近く、ご健在です。  

また、よく、音楽の時間には、教室を抜け出して、近くの田んぼ(今はまったく面影を亡くしてしまった井の頭公園から流れてくる神田上水の縁です)に出て合唱をしたものです。
そして、休みの日には、多摩丘陵(なだらかな丘陵が続いていましたが、多摩ニュータウンの造成で破壊されてしまいました)や奥多摩へ日帰りの「遠足」に出かけました。そこで、川や山に馴染んだのです。
当時はそれと気付いてはいなかったのですが、この先生は、人を取り囲む世界に、身をもって直かに接する機会をつくってくれていたのです。

「人を取り囲む世界に身をもって直かに接する」ことは、特に子どもの頃、最も大事なことである、と私には思えるのですが、今の世は、どうもそうでないらしい。
かつて、ある小学校で、面積の単位、アールやヘクタールを教えているとき、運動場で、その大きさを実際に区画して「実感したらどうか」と意見を述べたところ、皆さん(先生も父兄も)ポカンとしていたことを印象深く覚えています。「実感する」ことを、それほど大事だとは思っていないのかもしれません。

   私は、子どもの頃から、実感できないと納得できない、という悪いクセがあります。
   掛け算の九九を教わった頃、夜寝ているとき、竿縁天井の升目を数えては
   九九のナカミを確かめたことを思い出します。それも何回も・・・。
   そして、「合っている」「間違いじゃないや」とやっと「納得する」・・・。
   ただ暗記するというのはダメなのです。

先の「民意」「民意」と言われる方は、「よい成績」を挙げる子どもたちを「つくる」ことが「教育(の目的)」である、と考えているらしい。
たとえば、「実感」がなくてもよいから、㎡、アール、ヘクタール・・・を、間違いなく換算できる、そういう子どもたちが「よい子」なのに違いありません。
たしかにそういう子どももいます。数字の、あるいは数式の一人歩き。テストの成績はいいでしょう。
サン・テグジュペリではないですが、それに何の意味がある?

   サン・テグジュペリの言葉を引用します。   

   ・・・
   私が山と言うとき、私の言葉は、茨で身を切り裂き、断崖を転落し、岩にとりついて汗にぬれ、
   その花を摘み、そしてついに、絶頂の吹きさらしで息をついたおまえに対してのみ、
   山を言葉で示し得るのだ。
   言葉で示すことは把握することではない。
   ・・・   
   言葉で指し示すことを教えるよりも、把握することを教える方が、はるかに重要なのだ。
   ものをつかみとらえる操作のしかたを教える方が重要なのだ。     
   おまえが私に示す人間が、なにを知っていようが、それが私にとってなんの意味があろう?
   それなら辞書と同じである。
   ・・・
                                      サン・テグジュペリ「城砦」(みすず書房)より

   この本に出会ったのは、大学生のとき。神田神保町の東京堂書店の2階。
   この部分を立ち読みし、「衝撃」とともに、「嬉しくなった」ことを、はっきり覚えています。

ところが、この「民意」で選ばれた方は、そういう「成績のよい子どもたち」を「数多くつくった」先生は「優秀」、そうでない先生は「教師落第」という「条例」をつくりたいのだそうです。数の多さで押し切って・・・。

そうだとしたら、私が小学校5・6年のときに接したあの先生は、「教師落第」となるのでしょう。
私は、こういう方こそ真の「教師」だ、と思っています。なぜなら、その方の「実践」の方が、「理」が通っているからです。人としての「理」にも、ものごとの「理」にも。[文言補訂 22日 9.55]

いったい、どうしてこんな「事態」になってしまったのでしょう。

その訳を知る恰好の言葉を先日新聞紙上で知りました。
「一億総思考停止」。
野坂昭如氏の言です。皆が自分で考えなくなった。そして「大樹」を希求している。寄らば大樹・・・。というような主旨だったと思います。
これでは「民主主義」の時代ではない。「封建の世」を希求しているようなものだ、と私は思います。

もう一つ、この偉い「民意の方」には、「言葉・語」を「語感」で使う傾向があるように思っています。
言ってみれば、新興住宅地に、アザミも咲かなくなってしまったのに「あざみ野」、月も見えないのに「月見丘」、四季が豊かでもないのに「豊四季」、緑も少なくなっているのに「緑区」・・。などと名付けるのと同じ「感覚」。
「民意」という「聞こえのいい語」を使って、煙にまく。そのことを誰も気付かない・・・。皆、「数」至上主義なのでしょう。彼のそばにいると「恩恵」が得られる・・・。
情けないな、と私は思います。

ついこの間から、「収束」という語が飛び交ってます。これも、その「真意」ではなく、その「語感」で使われているように、私には思えます。世を「落着かせる」ために・・・。これについては又の機会に。


SURROUNDINGSについて・・・・4:先回の補遺・アアルトのつくる図書館

2011-12-13 01:20:06 | surroundingsについて
進行中の設計の大詰め、図面の各種喰い違いや手直しで、毎日日が暮れています。そんなわけで間があいてしまいました。 

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先回の終りに、アアルトの図書館のスケッチを紹介しました。
今回は、そのスケッチを基に実現した図書館を紹介します。
アアルトの設計事例集:ALVAR AALTO Ⅱ:からの転載です。

この図書館は、フィンランドのラップランド( Lapland )のロヴァニエミ( Rovaniemi )にあるラップランド地域の中央図書館です。
同書にあるこの図書館の解説を、そのまま転載します。

ラップランドの開発にともなうものと思われます。ラップランドはきわめて寒い地域です。

できあがった図書館の平面図と前回紹介したスケッチを再掲します。





この平面図をはじめて見た方は、「いったい、この形は何だ」と思われるに違いありません。普段見慣れた《(日本の)現代建築》とまったく異なるからです。《現代建築》では、こんな「形(の平面図)」は、描かれるはずもない、あまりにも「珍奇だ」!
まして、CADではできない!?

しかし、これを見ると、先に紹介したスケッチがダテでない、考えていたことが「具体化されている」、ということがよく分ると思います。
では、アアルトは、何を「考えていた」のでしょうか。

図書館に近づくと、こんな姿が見えてきます。平面図の右手、①のあたりからの姿。



アーケードに沿って、入口に至ります。
おそらく、この手前側に、人びとが暮す一帯があるのでしょう。
残念ながら、一帯の地図がないので、どういう立地なのかが分りませんが、暮す地域から見渡すことができる低い丘の上にあるのではないか、と思います。
そう考えれば、こういうスケッチが描かれる謂れが納得ゆくからです。

スケッチで考えていたのとはアプローチのルートが変わっています。
ただ、こういう SURROUNDINGS に置かれた場合の人の動きを考えると、ごく自然です。
きっと、案内板などいらないはずです。足の赴くままに歩を進めると、建物・図書館に着いている。当然、人の気持ちに「ささくれ」などは生じないでしょう。


入口を入ると、人を取り囲むのは、以下の写真のような SURROUNDINGS です。

内部は、一つの天井の下、5個の房のように分かれた閲覧スペースが、入口のレベルと、そこから一段下ったレベルの2段で構成されています。
その内の一番大きい閲覧スペースを、②の位置(高いレベル)から見たのが次の写真です。
以下の写真で分りますが、この図書館では、何処にいても全体が見渡せます。
つまり、人は、自分が今何処にいるか(入口から歩いて今は何処にいるか)、比定することができます。
このことは、現今の日本の「公共建築」で見かける「案内表示」がまったく掲げられていないことで分ります。



左手に、メインカウンターが見えます。リファレンスや貸出しは、ここで行うのです。
別の場所にある「管理・事務室」と離れて、閲覧スペースの中に、メインカウンターが「島」になって在る、これはアアルトのつくる図書館に共通するように思います。
日本の多くの図書館のそれと比べてみてください。
日本の多くは、管理の「便宜」のためか、管理・事務室の「縁」にカウンターが在るのが普通です。
つまり、「用のある者はこっちに来い」というのが普通、「用のある」人たちの側に、管理者が進んで入る、というのがアアルトの図書館。
これは「サービス」ということについての「考え方の違い」に拠るものでしょう。

この大きい閲覧スペースは、2つのブロック:房に別れています。

奥の方、③のあたりからメインカウンターの方を振り返ってみたのが、次の写真。



この図書館の閲覧スペースの「特徴」は、あたかも「書籍に囲まれ、書斎で書物に好き勝手に接してるという場景・情景」で書物に接することができる、という点にある、と私は思います。
これは、初期に設計したヴィープリの図書館以来の、アアルトの一貫した「図書館像」である、と言ってよいでしょう(と言うより、彼の「建築像」そのもの、と言った方がよいかもしれません)。
この図書館の閲覧スペースを「五つの房」に分けたのも、「書籍に囲まれ、書斎で書物に好き勝手に接してるという場景・情景」は、広漠とした空間ではつくり得ない、という判断があったからだ、と私は思います。
つまり、あらゆる場景・場景は、「それなりの(大きさの) SURROUNDINGS 」が用意されなければならない、ということです。
「それなり」とは、たとえば、「本に接するなら」、あるいは「診察を受けるなら」・・・と言った「それなり」です。


多分、子どもたちの閲覧スペースと思われるのが、④から見た写真。



入口レベルから一段下った空間、それでいて「上の空間の内」にある、これがこの場所の言いようのないすばらしい場景・場景を生みだしているのだと思います。

次は、⑤から見た写真で、ハイサイドと閲覧スペースの関係が分ります。




このように構成され建物は、外から見ると次のようになります。⑥のあたりから見ています。
ハイサイドが分ります。




この建物には、かつては当たりまえであった、しかし《現代建築》が忘れ捨ててしまった、「建物をつくることの意味」が、ごく自然に表出されている、と私は思います。
アアルトの設計事例は、すべて、「当たりまえ」である、「人の感性に信を置いている」と言って過言でない、と私は思っています。

建物は「《形》の追求」から始まるのではなく、「あるべき場景・場景となるべき SURROUNDINGS の追求」の「結果」、初めて生まれるのです。それが「形の謂れ」にほかなりません。

次回も、更に、アアルトの建物を紹介します。
なぜなら、「現在が忘れてしまった『形の謂れ』」を考えるには、最適だ、と考えるからです。
「単なる建築家の思いつき・《好み》」で建物の「形」がでつくられてしまうのは、「犯罪」に等しい、と私は思っています。それは、人びとにとって最大の不幸です。「理解不能」だからです

  蛇足
  江東図書館の設計では、いろいろと考えましたが、当たりまえですが、アアルトの域には
  到底達し得ませんでした。

  追記
  日本のアニメと西欧のアニメの大きな違いは、日本のそれが「背景」を重視していることだそうです。
  西欧では、キャラクターそのものに集中し、背景は重視しない、とのこと。
  背景とは、すなわち「場景・情景」、 SURROUNDINGS にほかなりません。
  ところが、建築の世界では《西欧化》が進み、 SURROUNDINGS を考えなくなった!
  これは、「建築」の本質に悖る(もとる)ことです。私はそう思います。 

この国を・・・・9:四苦八苦の語義

2011-12-02 09:34:05 | この国を・・・
[リンク追加 4日 11.55]

普段何気なく使っている言葉で、その本来の語義を知らずに使っていることが如何に多いか、今日の新聞を読んで、あらためて思い知りました。

   以前に「ご馳走」という言葉の語義を紹介しました。
   「馳走」などという語が、なぜ食べることと関係するのか、
   意味もわきまえず使っていたことについて書きましたが、
   それと同じです。

その記事を紹介します。
今日の毎日新聞朝刊「くらしの明日」です。毎日jpには、いまのところ、出ていません。



四苦八苦のような謂れのちゃんとある言葉がある一方で、自分の《主張》を「都合よく」通すための「造語」もあるようです。
その代表は「原子力関連用語」。
それについての「調査した記事」がありました。[追加 4日 11.55]