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漢方薬剤師の日々・自然の恵みと共に

漢方家ファインエンドー薬局(千葉県)
http://kampo.no.coocan.jp/

住野よる著「君の膵臓を食べたい」青春だなあ

2016-02-27 | 
とにかく気にかかる題名。気にかかりすぎて気に入らない題名。
以前から本屋の店頭に山積みされていたのだけど、
季節がらというべきか、桜の表紙にとうとう手を出してしまった。

号泣したという書評が多いようだけど、
ほとんど泣けなかったし、会話の口語で物語が進むのも馴染めない感があり、
私は歳をとってしまったのだなあとつくづく思う。
それにこの年齢になると「死」をおおっぴらに振り回されるのはごめんだ。
物語の展開は有川浩の「旅猫レポート」に似ている。このときは不覚にも号泣してしまったっけ。

十代のころは、こうやって人とのかかわりを学んでいったなあと懐かしく思う。
うまく通じなくても、いっぱい会話をしていい出会いを選択することだなあ。

焼き肉屋でホルモンばかりを食べる桜良、確かにおいしいところは肉より内臓だと私も共感した。
昔から、患っている部位を養うには動物のそれを食べるといいといわれている。
肝臓ならレバー、心臓ならハツ、腎臓ならブタマメとか。
そして、婦人科の漢方では胎盤エキスやカエルの卵管(ハシマ油)なんてのも使う。


住野よる 年齢も性別もネットで調べても出てきません。若い人であることには違いないだろうなあ。

本谷由希子著「異類婚姻譚」:男女の不思議

2016-02-18 | 
2016年154回芥川賞受賞作品ということで初めて本谷さんの作品を読みます。

山芍薬
彼女の文章はなめらかで、見ているかのように情景が広がり想像力をかきたてます。
そしてその空間は思わぬ方向に豹変します。
「abさんご」を思い出したりもしましたが、それよりはわかりやすいです。

さて、
「自分の顔が旦那に似てきた」という出だしでもう、それは嫌だなあと思ったのです。
物語の中にも、夫に似た石を捨て続けたという女性が登場したり
飼い猫が歳をとり室内のアチコチに排尿するので山へ捨てに行く決心をした女性のエピソードも

「旦那」は妻をどんどん自分のペースに巻き込んでいく。
元来お人好しの妻だったが、しだいにあがく。
そして妻は「自分のなりたいものになりなさい」と夫に言い放つと、夫は山芍薬となり、
妻によって山に還される(ネコを捨てた山に竜胆と一緒に植えてこられるのだけれど)
「山芍薬になりたかったなんて知らなかった」と今更ながらに驚く妻。
ネタバレだけど、こう書いてもたぶん意味不明ですよね。

男と女は分かり合えない異類の生き物、巻き込まれたり巻き込まれなかったり不思議な関係。
不思議な関係をお互いに楽しめる夫婦がいいかなあ。
みなさんはこの夫婦をどう理解するでしょうか。

ざらざらぞわぞわした感じが広がり続ける新感覚作品


本谷 有希子 1979年生まれ 劇作家、小説家、演出家、女優、声優なども兼ねる。石川県出身。「劇団、本谷有希子」主宰。


東山彰良著「ライフ・ゴーズ・オン」人生は仮定の積み重ね

2016-01-21 | 
東山さんのこの文章は、詩とか俳句を読んでいるような軽快で美しい流れ。
ふんふんと読み進んでしまうと肝心の物語の真意がわからなくなる。
生きる道または死へと向かう道がどう選択されて暮らしているのか
という哲学的なテーマを扱っているので、このリズミカルな文章をじっくり読み解かなければならない。
と言うわけで、二度読みしました。三度読みしたいくらい。

いくつもの仮定(経験による思い込み?)によって選択を重ね人生は進んでいくようです
つまり真実なんて存在しない
神や悪魔は存在しているのではなく、人の思い込みによって存在させられているという

家族のだれかに反発しながら、自分は不幸だと思いながら、
誰かに仕返してやりたいと怒りにまみれながら、思春期を成長するけど、
だれもが日々余裕なんてなくギリギリで選択している
他人のためできることなんてあるんだろうかというような言葉も出てくる
人のことを思いながら人のことを傷つけながら人生は続く

実は、主人公の若者はすでに瀕死の状態(おそらく誰かに刺されて)
ミスターソンブレロ(たぶん死神)と共に彼は過去を思い返す
いつから、どの選択から死へと向かうようになったのだろう・・・
途中からは、主人公の魂は「飛び」、家族や友人の景色をみる
そして思う、ああ僕はそんなに不幸じゃなかったんだと

刺激的な物語でした

東山 彰良 本名:王 震緒、1968年台湾生まれ 2015年 「流」で直木賞

西加奈子著「ふくわらい」正直な会話で人とつながる

2015-11-05 | 
この絵は西加奈子さんの作品・定が体に掘り込んだ刺青
他人の顔のパーツしか見ようとしない若い女性「定(さだ)」。
顔のパーツでふくわらい遊びを頭の中でしてしまう。
それは、他人とコミュニケーションをとろうとしていない状況なのでしょうか。
それでも定は、他人を真正面から顔をとことん見る。

編集者となった定と、次々と登場する癖の強い作家との会話はすっとんでいる。
何を伝えようとしているのか、ちんぷんかんぷんだが、定は真摯に会話する。相手も一生懸命しゃべっている。

「大学でてんだろう。わかんねえのかよう」
とかいいながらも、定の質問にひとつひとつ答えるプロレスラーの守口。
後半、守口の心の葛藤がとても丁寧に会話されて胸が熱くなる。そして彼の人となりが明確になる。

幼いころから福笑い遊びに熱中し、小学生くらいからは紀行作家の父との旅の中で生々しい経験(人肉を口にする経験も)をするという、傍から見ればかなり変わった人物の定。
だけど、俗な先入観のない彼女のまっすぐな会話によって人の物語が深まっていく。

お互いに、見えている一部「先っちょ」が互いの存在のすべてであり、捉え方は人によって異なるので様々な存在の形になるけど、それで繋がりができあがる人間社会。

言葉にするってことは難しいけど言葉で正直に伝える努力をせねばと思う。
そして定みたいに穴の開くほど観察して相手を知ろうと努力することも、ある意味相手への礼儀だとも思った。

解説は、上橋菜穂子。

西加奈子 1977年 イラン生まれ

吉田修一著「太陽は動かない」できることならエネルギーを平等に

2015-11-03 | 
吉田修一作品2つ。
「太陽は動かない」
原発の次は太陽光エネルギーか。だけどあんなでっかいパネルを地球のあちこちに敷き詰められては自然破壊に等しい。
と思っていたら、この小説ではすごい発明が登場する。
宇宙で太陽光エネルギーを集め、地球に送信して今より何十倍もの効率の太陽光パネルで受けるという。
これができたら原発なんてもういらない。油田争奪しなくてもいいかも。すごいぞ。
でもって、これにからむ利権問題は相当熾烈。国を超えての大型企業がしのぎを削る。
中国やアメリカ、日本では地方議員、国会議員、その情報をつかんで売るNS通信という闇の組織。
それに貧困から親に見捨てられた子供の問題も織り込まれ、現代の様々な問題や事件が登場しリアリティーがある。

できることなら、太陽の恩恵を地球上の世界が平等に受けられるといいなあ。

「平成猿蟹合戦」
歌舞伎町のバーテンダーが東北の地元で国会議員に当選するというサクセスストーリーで、殺人事件があったりしてるのに、登場人物が基本いい人たちで、その辺がぬるい感じがするけど、文章のうまい吉田さんによって登場人物ひとりひとりの生きざまにのめり込んで一気読みしてしまう。「横道世之介」に近い作品かも。


吉田修一 1968年 長崎生まれ 読んだ作品「横道世之介」「パレード」「悪人」「パーク・ライフ」「

東山彰良著「流」「ジョニー・ザ・ラビット」:面白い作家発見

2015-08-25 | 
面白い作家発見、と言っても今回の直木賞に輝いた人なのですでに超メジャーだ。

「流」(りゅう)

中国と日本に板挟みにされた複雑な政治背景に翻弄されながらも、荒っぽく生き抜く台湾の人々の話。
どっちの党に属するかなんて、たまたま食べ物をもらったか助けられたかで決めてしまうのが巷の民。

きれいごと抜きの本音の生きざまを書きまくっている、って感じ。
「あの頃の戦争はガキの喧嘩みたいなもんだった」
歴史教科書に書かれた文章の、裏の現実はきっとこうなんだろうと思う。
後半の祖父を殺した犯人を追求するストーリーに入ってからは勢いがつく。
戦後70年、私は戦争のことにさっぱり興味を持たなかったけど、リアルに知った気になった。

結構感動して、東山さんの作品をさらに探して出会ったのが「ジョニー・ザ・ラビット」
おそらくこっちの方が、東山さんはノリノリで書いている感じがする。

人間に飼われていた兎は、野兎なら欲しがりもしない「愛」なんてものを渇望するもんだから、人間のいざこざに巻き込まれて、悲しい運命をたどる。
そのいざこざというのがマフィアがからむ原発の利権争いおまけに原発が設計上危ういときて、この人の物語はまったく内容が濃い。
登場人物と登場兎が多いので、メモしとくのがおすすめ。

人間の愚かさがジョニーを通して心にキュンキュン染み入る。
兎の人生が人の十分の一と短い分だけ、愚かさが一層愛おしくて切なくなる。

東山彰良:(本名:王 震緒) 1968年台湾生まれ


「火花」の人気がすごくて、わざと遠回りしている感じだ。


澤田瞳子著「若冲」・本当はどんな人だったんだろう

2015-07-23 | 
この表紙、美術本かと思ったら、若冲を主人公にした小説。若冲ファンなら素通りできませんね。



江戸後期、寺やら公家やら商売の大店やらとお金持ちが多く住まう京都には画家も多く暮らしており、伊藤若冲、池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁・・今では超有名な画家たちが、ふつうに登場して、京の通りを歩いているのです。こんな贅沢な物語があるでしょうか。

この物語は歴史的事件や事実の中に、澤田瞳子さんの壮大なフィクションが混じります。
若冲の妻として「お三輪」の自死、その義弟「弁蔵」(後に贋作画家、市川君圭)の若冲への恨み憎しみ、それらを語る妾腹の妹「お志乃」です。
そんな中で苦悩し自分を追い詰める若冲が生み出す絵は、異常なほど緻密、大胆、奇抜でそれは狂気的とも言える・・・

そこまで激しい負の動悸で憑かれたように絵をかくなんて!と物語的には面白くてのめり込みます。

だけど、そんな激しい物語を読んで改めて彼の作品を眺めてみても、
やっぱり、彼の、鳥も虫も花も草も枯れかけた葉さえも、自然が作り出す造形への畏敬の念と生命の感動にあふれた喜びの作品にしか見えない私は能天気なんでしょうか。

物語に登場した作品のいくつか。
南天雄鶏図(動植綵絵)

鳥獣花木図屏風
樹花鳥獣図屏風

石灯籠図屏風

若冲のこれらの作品はどれも思いのほか大きく、押し寄せる迫力に胸を打たれる。
鶏はそれこそ狂気的に緻密ながらも大胆にデフォルメされたこの形や構図が力強い。
樹花鳥獣図屏風と鳥獣花木図屏風は1センチくらいの正方形のマス目を一つずつ色を埋めて描かれた桝目描き
鳥獣花木図は贋作騒動が数年前に巻き起こったが、小説の中では若冲が白象の背に敷物を描くシーンがある。
石灯籠図屏風は石灯籠が点描で面白い。若冲作品にはめずらしく寂寥感がある

動植物を美しいモチーフで描く伝統的な技法から、本草綱目が江戸時代に中国から輸入されて以来、本草学(植物学)が隆盛の中、学術的な動植物の絵が求められるようになり、葉の枯れなども忠実に写し取る生写(しょううつし)という技法が広がったそうで、若冲は生写を学んだ画家だそうです。

澤田瞳子 1977年京都生まれ 歴史学者 小説家
     「若冲」は153回直木賞候補作品(東山彰良著「流」が直木賞獲得)




吉田修一著「路(ルウ)」夢を乗せて走る新幹線

2015-07-07 | 
清々しい気持ちで読んでいた台湾新幹線の物語、なのに日本の新幹線で暗い事件が起こった。自殺者にどういう理由があるにせよ巻き添えをくった人、残された家族らの無念は計り知れない・・・


「路」と書いて「ルウ」と読ませる。その音だけで、いいなあと思って購入してしまった。

2000年に日本の新幹線が台湾に導入されることが決まり、それから完成するまでの7年間、いくつもの人生ドラマが台湾と日本を舞台に紡がれる。登場人物たちそれぞれが人との出会いによって人生の選択を変化させていく。

出会った年齢、出会ったときの気持ちによってその出会いの意味は変化する。同じ時は二度ないのだ。
それでも人生は前へと進む。

登場人物ひとりひとりの人生をまるで自分のことのように感じられるのは、吉田さんのうまさだろう。
人との出会いが新たな選択につながるように、私も何か強い気持ちを持たなきゃなあ。
台湾の、南国的で穏やかでなつかしい雰囲気、おいしい料理の香り、人懐っこさ・・・細やかな描写によって私も心から台湾を好きになってしまった。いつか実感してみたいと思う。

物語の最後、とうとう完成した新幹線は、台湾の大らかな風景の中、たくさんの人の夢を乗せてひた走る。
新幹線の中で、人豪はいう。
「春香さんを見ていると「人生」は楽しいものなんだってことを思い出すよ」と。


吉田修一 1968年生まれ 「悪人」は映画化された



ツバメに学ぶ子孫を残す知恵・北村亘著「ツバメの謎」とイニシエーションラブ

2015-05-15 | 
ツバメがシュンシュン飛んでる頃なので、こんな本を読んでみました。
「ツバメの謎: ツバメの繁殖行動は進化する!?」

そしてわかったのは、より強い個体のDNAを残し種を繁栄させるために、壮絶な恋愛バトルが繰り広げられてるってことでした。


のぼりのポールにとまってるツバメのオス。なかなかのイケメン。すぐ後ろの壁に巣がありメスが入っている。

ツバメの夫婦は一見仲がよさそうですが、その約3割はウワキしてるという事実。

事実その1)巣づくりを始めるとオスは、メスを見張るようにそばでさえずったり、メスに餌を運んできたり、近寄ってくるほかのオスをやっつけたりするのですが、そうしながらも自分はほかのメスと交尾してくることもある。

事実その2)メスは番ったオスがものたりないと、しばしばお出かけしてほかのオスと交尾し、生まれた5羽ほどのヒナは父親が違うことがある。

事実その3)メスのお出かけが多かったり、生まれたヒナが自分の子供でないと知ったオスはエサをあまり運んでこなくなる。

オスは自分の子孫を多く残したいので盛んにメスにモーションをかけるのですが、番う相手の決定権はメスにあるので、エサをたくさん運んできてもらうべきかそれともより強そうな相手を探すべきか、メスは行動を選択するらしいです。


先日、テレビのクイズ番組で、恋愛中にウワキしたことがある割合はどれくらいか?(もちろん人間で)という問題の答えも確か3割くらいだったと記憶しており、つまりなんだかんだ言っても、人も鳥もDNAに操られれているってことかなあと、妙な納得をしてしまいました。

この本の前に読んでいたのが、乾くるみ著「イニシエーション・ラブ」
ツバメ理論が物語になったような内容だったので、すごく納得。
(ネタバレですが:「イニシエーション・ラブ」は繭子の二股恋愛の物語)


上橋菜穂子著「鹿の王」・本屋大賞決定

2015-04-08 | 
上橋菜穂子さんの「鹿の王」が本屋大賞に決定しました。

やったー
たくさんの民族が入り乱れ、それぞれの思惑が交錯する中、医学的な理解も必要な内容でしたが、よくぞ本屋さん選んでくださいました。

大きなテーマ、生き物がこうやってその生き方を選択していくのかという生命の道みたいなものが見えてくるようでした。

上橋菜穂子著「鹿の王」・人の体は命の森


夏川草介著「神様のカルテ」死に寄り添う医療

2015-02-23 | 
主人公は栗原一止(くりはらいちと)という若い内科医。
勤務する信州松本にある本庄病院は、24時間365日いつでも患者を受け付けるという「理想」の医療機関。
だが、医師不足のため一止の勤務は殺人的だ。
そんな環境の中にいて、一止は医療の在り方を考える。

大学病院「医局」の、最先端を実験するような医療とは全く違う、
死を待つしかない患者を受け入れ、幸せに死を迎えてもらうための医療を尽くすという医者の在り方を選ぶ一止。

人はだれもが死に向かって生きている。死は人生最後の大イベントだ。
それを支えてくれる医師がいてくれたら心強いだろうなあと思う。

夏川草介の小説デビュー作で初々しさがあるが、彼自身現役の医者なので、医者もそんなことを考えているのかと親近感がわく。

解説をあの上橋菜穂子さんが書いていてびっくり。
夏川氏が上橋さんのファンなのだそう。

夏川草介 1978年 大阪生まれ

朝井まかて著「ちゃんちゃら」「すかたん」「先生のお庭番」覚書

2015-02-14 | 
朝井まかてさん、まとめ読み。
この3作は江戸時代の話なので、このところ頭の中が江戸っ子言葉になっている。

「ちゃんちゃら」
庭師に育てられた孤児、「ちゃら」という呼び名をつけられ、少しづつ腕を上げ仕事まかせられていく若者。
江戸時代、武士たちのオーバーヒートする庭つくり趣味につけこんで占いで宗教じみたことをするやからもいて、植物を純粋に愛する庭師たちも巻き込まれる。
最後のシーン、水の中で意識を失いそうになりながらふっと自分の親の記憶がよみがえるちゃら、胸が熱くなる。


「すかたん」
大阪の青物問屋「河内屋」の物語。伊藤若冲の野菜絵も登場。
すかたん大坂男「清太郎」とチャキチャキの江戸っ子女「知里」の恋。
清太郎の母、河内家の「お家さん」である志乃の存在感もいい。
つくづく商売は上に立つものの力量が大切だと思い知らされた。


「先生のお庭番」
長崎出島のシーボルト先生の庭仕事を手伝うことになった熊吉。
出島に薬草園をつくり、蘭学を日本人に広めるシーボルト。日本の美しい植物を故郷に持ち帰りたいとも考える。
ドイツへの何十日もの船旅に耐えるようにとさまざまな工夫を重ね何度も失敗をする熊吉の植物に対する一途さ。
自然を相手にするということはこういうことだなあと思う。
史実に基づいた物語。


朝井まかて著「花競べ向嶋なずな屋繁盛期」

2015-01-20 | 
朝井まかてさんデビュー作(2008年 朝井さん49才のとき)。
いきなり長編小説を書いて小説現代長編新人賞奨励賞を受賞(発表した時の題名は『実さえ花さえ』)
その後、昨年2014年には「恋歌」で直木賞を受賞した強者。


植物の名前がたくさん登場するってだけですでにツボにはまってるのだけど、江戸時代にも苗をおさめる職業苗物屋というのがあり、品種改良もさかんに行われていて、催し物のために植物を植え込み庭造りをするなんて、今と変わりない行事があったんだね。

「野となれ山となれ」という言葉は、一生懸命やったらあとは自然がなんとかしてくれるという意味だけど、自然豊かな日本だからこその考え方なんだそうだ。
地球の多くが砂漠地帯でそんなところじゃ野にも山にもならないものね。

江戸庶民の心意気とか人情とかが、情けないかなすごく新鮮で清々しい気持ちになる。
夫婦の機微、若者の成長、切ない恋、若いころの過ち、それぞれのエピソードがいちいち胸を締め付ける。

舟遊びの舟から花火を見上げてコンペイトウをかざす雀のシーンはステキすぎる。

吉原炎上事件はTV映画でも見た記憶があるけど、こうして文章で読むと、花びらを散らす吉野桜が一層切ない。花見の季節を迎えたら染井吉野の見方が変わるなあ。
(実をつけることなく大量の花を咲かすことだけに木のエネルギーを使い切るように改良された品種。吉原の花魁「吉野」にちなんでつけられた名前)

小説界、このところのおばさんパワーはすごいデス。

朝井まかて 1959年 大阪府生まれ

森絵都著「この女」阪神大震災前日までの物語

2015-01-12 | 
久しぶりの森絵都さん。これはめっちゃうまい、って感じがしました。
関西弁の会話が二人の若者の気持ちを繊細に温かく表現しています。


どや街に暮らす若者礼司。
友人大輔の紹介で、大阪のホテルオーナーの若妻「結子」の自叙伝を書く様依頼される。
破天荒な結子に振り回されながらも、礼司は丁寧に彼女と向き合い、どや街の人たちとも深く付き合う。そんな礼司の青春が心に沁みます。

どや街ではこれを一掃してカジノにしようという計画が持ち上がり穏やかならぬ危機感。一方小説の仲介をした大輔は留守がちになり、なにやら宗教にはまっていってる様子で会話がかみあわなくなっていく。

小説の舞台となっている1994年は、羽田内閣があっという間に解散し村山内閣が発足。社会党と自由民主党が手を組むという激動の年。長野では松本サリン事件が起こった。

年が明け、最後に結子は礼司と東京へ行こうと決め準備も整ったのに、どや街を引きずる礼司の気持ちがなかなか二人を大阪から旅立たせない・・・

1995年1月17日 阪神大震災がおこる。



森 絵都もり えと、1968年生まれ 東京都出身

森絵都作品覚書

窪美澄著「水やりはいつも深夜だけど」本音でぶつかるには

2014-12-29 | 
短編5編すべてに植物の名前がついてます。その植物を知っているとさらにイメージがふくらみます。

日本人は島国でほとんど単一民族で育っているので「他と違う」ことをすごく恐れるし、「あうんの呼吸」とかいってはっきり言わないで、もう一歩を踏み込まない傾向にあると思う。
角が立たないように取り繕ううちに本音の付き合いができづらくなってしまうよね。
そんな繊細なところをドキッとするほどクリアに描き出しています。
たくさんの民族が入り乱れている環境だったらはっきり主張しないとつぶされてしまうだろうし、だからこういうことはすごく日本人的なことなんだろうなあ。子育て中のママさんたちにおすすめの一冊。

・ちらめくポーチュラカ:セレブママとしてブログを更新しながら周囲の評価におびえる主婦
・サボテンの咆哮:仕事が忙しく子育てに参加できず、妻や義理の両親に疎まれる夫
・ゲンノショウコ:自分の娘の発達障害を疑い、自己嫌悪に陥る主婦
・砂のないテラリウム:出産を経て変貌した妻に違和感を覚え、若い女に傾いてしまう男
・かそけきサンカヨウ:父の再婚により突然やってきた義母に戸惑う、高1女子

胸が熱くなったのは第3話「ゲンノショウコ」
内心、嫌だと思うことを思わず強く避けてしまう自分の行動。
「ゲンノショウコ」は「現の証拠」
飲むとすぐに治ってしまうの意味。
発達障害という遺伝的、そして道徳的問題だけど、
そんなわだかまりの垣根をすんなり超えてしまったのは幼いわが子の大らかな行動でした。

第5話の「かそけきサンカヨウ」は気持ちの繊細で優雅な女の子の話。
サンカヨウの花は咲いたときは白いけど、雨や露にあたってガラスのように透明になる花。

http://grapee.jp/5818から

第1話のポーチュラカはあの「五行草」の園芸品種。

窪美澄 1965年東京都稲城市生まれ
晴天の迷いクジラ
ふがいない僕は空を見た
よるのふくらみ