今学期も終わり、川村博忠先生が私の弁当も買って来られて一緒に食べながら話をした。二人の話はtysのアサコ氏が指摘したように老人癖の「長く、繰り返し、自慢話」である。楽しい時間であった。彼は奥さんを介護する生活を長くしている。夫が妻を介護する苦労話は愛情物語りであり、妻が夫を介護するのとは異なり異様な感がする。しかし高齢化時代にその例は少なくない。先日鑑賞した映画「八重子のハミング」を勧めた。ぜひ見たいという。彼は大学者、私は彼の専門の地理学に大きい質問を投げかけた。グーグル衛生から地球を見ること、GPSで位置、距離などが分かる時代に地図、地理学はまだ有用な点は何だろうか。公開講座ではそのような点を含めて議論したい。
今日カンボジアへ発つ前連載の原稿「八月になると」を送って、先週の研究会「戦争と難民」が報道された。彼の記事は名文レポートである。
「イスラム国」とテロの背景に迫る」「テロとゲリラの違いは何か 活発な論議」
「戦争と難民」をテーマにした研究会が七月三〇日、東亜大学東アジア文化研究所(所長・崔吉城教授)でおこなわれた【写真】。イラク戦争当時、クウェートで取材をした経験を持つ反田昌平氏(毎日新聞下関支局長)が講演したあと、活発な論議がかわされた。反田氏はとくに、米国同時多発テロ後のアフガンーイラク戦争、「アラブの春」、シリア内戦を通して、アフガニスタンのアルカイダが変貌し、イラク戦争後に台頭したザルカウイーなどのテロ組織が「イスラム国」(IS)につながっていく経緯を明らかにした。そのうえで、フセイン崩壊後のイラクで、ヨルダン人のザルカウィーが宗派閥対立をあおって斬首映像を流し無差別テロを呼びかけたり、元アルカイダ幹部のスーリーが「グマーバルなイスラム抵抗の呼びかけ」をネット上に公開、「今後は組織的、大規模な攻撃ではなく、つながりも組織も最小化して戦い続ける」と提唱したことを節目としてあげた。
また、アメリカが〇七年、ザルカウイーに反発するスンニ派の諸部族・指導者をとり込む「覚醒評議会」を設立し、アメリカの資金と武器で軍事訓練を受けた民兵組織をマリキが雇用する関係ができたが、その失敗がその後のISにつなかっていると指摘した。オバマ政府が米軍撤退後のイラクを託したマリキが、「覚醒評議会」のメンバーに給与を払わず切り捨てたことから、このメンバーがイラク戦争の混乱に乗じたテロリストやフセイン政権元幹部らと合流していくことになった。
反田氏は、「ネットが普及するなか、ISに感化され刺激を受ける若者も多い。ニースやバングラデシュなどテロ後に犯行声明を出したり、忠誠を誓っているケ
ースもあるが、それぞれが勝手にやっている側面もあり、ISなどの具体的な指示、命令系統はほとんど存在していないとみられている」とのべた。また、シリアから大量の難民が欧州(EU)に流れ込んでおり、「EUはトルコの合意にもとづいて一部の難民を受け入れることになっているが、足並みは揃っていない」と語った。
コメンテーターの堀まどか・大阪市立大学准教授は、かつて土地を占領、願繭する帝国主義とたたかった中国や韓国から来る留学生か、ISのテロについては、「撲滅しなければならない」と語ることを紹介。「ゲリラやテロとの違い」やイギリスのEU離脱問題、さらには相模原での障害者施設での大量殺人、日本人の宗教観などと関連して、ISのテロをどう見るかと、問題を提起した。
崔吉城教授は、「植民地時代は伊藤博文を暗殺した安重根が英雄であった」のと比較して、今のテロが「一般民衆を窮迫している」ことに特徴があることを強調した。
参加者からは、「帝国主義反対や社会主義をめさすというこれまでの運動からみて、訳が分からない事態になっている」などの意見が出され、無差別テロの思想について論議が発展した。「ISなどイスラム原理主義は、自分の権力を伸ばしたいために宗教を利用しているだけだ」という見方も共通して出された。
崔吉城教授は、「アメリカには戦争は正義だと考える思想があるが、テロの問題になると戦争学者はお手上げの状況にある」と語った。また、アメリカの戦争がいつも「平和」という言葉を使ってやられることに対して、単に「平和を守る」という言葉だけでは無力であることも論議になった。
反田氏はクウェートでの取材当時、「日本人か中国人かと聞かれて、日本人だといえば歓迎された。それは、‟あのアメリカと戦争をした”という勇敢さと、勤勉、礼儀正しい日本人と見られていたからだ」とのべた。また、安倍首相がイスラエルで援助発言をしたことを機に、ISにとらわれていた後藤さんが殺害されたことと関わって、そのような日本人への見方が崩れてきた結果、バングラデシュの日本人殺害にまで来ていることを明らかにした。
研究会では、「第一次世界大戦後に領土を線引きしたイギリスの植民地化か失敗したが、アメリカのイスラエル建国もそうだった」との意見と関わって、中東のテロ問題一が欧米の植民地主義に起因していることについても活発に論議された。
崔古城教授は相模原事件と関連して、若者が「むだな人間はいらない」というヒトラー的な平等や福祉を切り捨てる思想にひかれていることは、「人間的な教育を受けていない」ことの結果であり、教育者としての責任として受けとめる必要性を強調した。(長周新聞竹下一)
今日カンボジアへ発つ前連載の原稿「八月になると」を送って、先週の研究会「戦争と難民」が報道された。彼の記事は名文レポートである。
「イスラム国」とテロの背景に迫る」「テロとゲリラの違いは何か 活発な論議」
「戦争と難民」をテーマにした研究会が七月三〇日、東亜大学東アジア文化研究所(所長・崔吉城教授)でおこなわれた【写真】。イラク戦争当時、クウェートで取材をした経験を持つ反田昌平氏(毎日新聞下関支局長)が講演したあと、活発な論議がかわされた。反田氏はとくに、米国同時多発テロ後のアフガンーイラク戦争、「アラブの春」、シリア内戦を通して、アフガニスタンのアルカイダが変貌し、イラク戦争後に台頭したザルカウイーなどのテロ組織が「イスラム国」(IS)につながっていく経緯を明らかにした。そのうえで、フセイン崩壊後のイラクで、ヨルダン人のザルカウィーが宗派閥対立をあおって斬首映像を流し無差別テロを呼びかけたり、元アルカイダ幹部のスーリーが「グマーバルなイスラム抵抗の呼びかけ」をネット上に公開、「今後は組織的、大規模な攻撃ではなく、つながりも組織も最小化して戦い続ける」と提唱したことを節目としてあげた。
また、アメリカが〇七年、ザルカウイーに反発するスンニ派の諸部族・指導者をとり込む「覚醒評議会」を設立し、アメリカの資金と武器で軍事訓練を受けた民兵組織をマリキが雇用する関係ができたが、その失敗がその後のISにつなかっていると指摘した。オバマ政府が米軍撤退後のイラクを託したマリキが、「覚醒評議会」のメンバーに給与を払わず切り捨てたことから、このメンバーがイラク戦争の混乱に乗じたテロリストやフセイン政権元幹部らと合流していくことになった。
反田氏は、「ネットが普及するなか、ISに感化され刺激を受ける若者も多い。ニースやバングラデシュなどテロ後に犯行声明を出したり、忠誠を誓っているケ
ースもあるが、それぞれが勝手にやっている側面もあり、ISなどの具体的な指示、命令系統はほとんど存在していないとみられている」とのべた。また、シリアから大量の難民が欧州(EU)に流れ込んでおり、「EUはトルコの合意にもとづいて一部の難民を受け入れることになっているが、足並みは揃っていない」と語った。
コメンテーターの堀まどか・大阪市立大学准教授は、かつて土地を占領、願繭する帝国主義とたたかった中国や韓国から来る留学生か、ISのテロについては、「撲滅しなければならない」と語ることを紹介。「ゲリラやテロとの違い」やイギリスのEU離脱問題、さらには相模原での障害者施設での大量殺人、日本人の宗教観などと関連して、ISのテロをどう見るかと、問題を提起した。
崔吉城教授は、「植民地時代は伊藤博文を暗殺した安重根が英雄であった」のと比較して、今のテロが「一般民衆を窮迫している」ことに特徴があることを強調した。
参加者からは、「帝国主義反対や社会主義をめさすというこれまでの運動からみて、訳が分からない事態になっている」などの意見が出され、無差別テロの思想について論議が発展した。「ISなどイスラム原理主義は、自分の権力を伸ばしたいために宗教を利用しているだけだ」という見方も共通して出された。
崔吉城教授は、「アメリカには戦争は正義だと考える思想があるが、テロの問題になると戦争学者はお手上げの状況にある」と語った。また、アメリカの戦争がいつも「平和」という言葉を使ってやられることに対して、単に「平和を守る」という言葉だけでは無力であることも論議になった。
反田氏はクウェートでの取材当時、「日本人か中国人かと聞かれて、日本人だといえば歓迎された。それは、‟あのアメリカと戦争をした”という勇敢さと、勤勉、礼儀正しい日本人と見られていたからだ」とのべた。また、安倍首相がイスラエルで援助発言をしたことを機に、ISにとらわれていた後藤さんが殺害されたことと関わって、そのような日本人への見方が崩れてきた結果、バングラデシュの日本人殺害にまで来ていることを明らかにした。
研究会では、「第一次世界大戦後に領土を線引きしたイギリスの植民地化か失敗したが、アメリカのイスラエル建国もそうだった」との意見と関わって、中東のテロ問題一が欧米の植民地主義に起因していることについても活発に論議された。
崔古城教授は相模原事件と関連して、若者が「むだな人間はいらない」というヒトラー的な平等や福祉を切り捨てる思想にひかれていることは、「人間的な教育を受けていない」ことの結果であり、教育者としての責任として受けとめる必要性を強調した。(長周新聞竹下一)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます