崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

梅光大学で講演

2014年11月30日 06時18分50秒 | 旅行
昨日梅光大学で「韓国人の恨」という題で講演をした。講演の前には学生たちの「異文化体験」というシンポジウムを聞いた。スキンシップのある韓国文化の特徴の話を山中静さんが語った。私はその延長でのような考えから話を始めた。そして「ハン(恨)」という概念は一般化されていてその説明はほぼせずそれが表れるシャーマンの儀礼を分析したことを中心に語った。母の巫俗信仰と大学で日本時代から研究されてきた巫俗研究の先生たちに恵まれて日本留学した経緯の話になった。準備した映像や画像を自分で操作できない舞台式の大講堂であり効果的ではなかった。ただシャーマニズムという基本構造は精神状態を上昇させて人間関係を密着させる力、それが韓国宗教特にキリスト教へ、韓国の芸術、気質などへ影響したと説明した。私のシャーマニズム研究の全体からの話になって理解してくれたか否かは確信できず心にひっかるものが残った。講演は講義と違って言葉の定義などの説明することではない。
 韓国のシャーマンと文学、シャーマンは伝統社会の卑であって最近まで残った集団であり、その中で調査をしてから学問の基礎、生き方の低力を付けたこと、差別にも触れた。彼らは差別されながら職業を独占すること、世襲巫の特徴から差別の問題にも触れた。シャーマン、儀礼から泣くこと、騒音の韓国文化へ迫っていった。質問も多かった。日本人も昔はよく声を出して泣いたが近代以降抑制するようになったという。私は泣くことを文化現象として研究した話、日本の泣き女は民俗学的に裏付けが十分できていないと述べた。悲しさと泣くことは直接関係はうすいという研究成果も紹介した。シャーマニズムは韓国のキリスト教への影響に関する質問には聖書中心の日本のキリスト教とは違って感情的な部分が強いことを指摘した。今、講演を振り返ってみて話が広がりすぎ、理解し難くなったのではないかと思う。
 200人弱の学生、教職人、一般市民に私の研究のはなしができたことに梅光大学に感謝したい。百数十年の歴史のある名門の学生の前で話すことは私にとっても名誉である。学科の教員たちが総動員して行事を成し遂げる姿と雰囲気は非常に印象的で羨ましく感じた。図書館では私の著書の展示もしているとアナウンスも聞いてさらに驚いた。キーパーソンである藤原先生に特に感謝したい。*写真は藤原氏

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