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往還日誌(24)
■ものにも魂がある、ということを意識するようになったのは、50歳を過ぎてからだった。
たとえば、茶碗。毎日使う茶碗は、新しく、3種類用意した。白湯用、深蒸用、ほうじ茶用。これらに、魂を吹き込んでいる。
どのように、魂を吹き込むか。言葉をかけるのである。
早朝に飲む白湯の茶碗には、おはよう。仕事中に飲む深蒸茶の茶碗には、おつかれさん。夜、飲むほうじ茶には、今日も面白かった、ありがとう。
こうしたものたちを新調する作業が一定庵の楽しさの一つになっている。
この新しいものたちの中に、良寛の「天上大風」と「般若心経」の複製がある。
言葉のないものに魂を吹き込む作業と、すでに言葉であるものに、魂を吹き込む作業はおのずから異なる。
それは、自分に魂が吹き込まれる作業でもある。
「天上大風」と「般若心経」を毎日見つめてできあがる人間と、「君看双眼色、不語似無憂」を毎日見つめてできあがる人間はまったく違うのである。
土曜日に京都の東エリアを散歩したとき、川端通を過ぎてすぐのところに、「大地堂」という額縁店を見つけた。
今回は、時間がなくて、訪ねることはできなかったが、次回行ってみたいと思っている。
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