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詩的断章「音の影」







音の影





日曜の朝 目が覚めると
リビングで娘がうたを歌っている
桶川へ移って五か月
新しい土地は
少しずつ
からだの中へ入ってきた
窓から入る晩夏の光
にぎやかな桶中の野球部
ベランダの
ブルーベリーを狙う鵯
欅の葉の音はいつも雨音に似ている
そんな音の影たちに混じって
娘がうたを歌っている
歌うように
また三人で暮らそう

四年前の三月 死の灰が街へ降った
妻と娘は家を出た
介護でひとり残ったわたしは
特養の庭の
大きな枝垂れ櫻を
いつまでも観ていた
春の花
夏の葉櫻
秋の紅葉
冬の裸木
そして
真夏の櫻の幹がしみじみ
しづかなのを
はじめて知った

妻は必死に
食事に気を配ってくれたが
二人がいなくなって
セシウム137が
しづかに
入ってきた
からだの中へ

無から有を生み出すのは自然だが
ひとは有から悪を生みだす
なぜ
櫻の幹のように
しづかに
暮らせないのだろう
なぜ
雨音のように
ささやくことができないのだろう
なぜ
うたのように
消えることができないのだろう

なぜ








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詩的断章「どぼん」







どぼん





父が亡くなって
かれこれ二十五年は経つが
ときどき
父の口ぐせが
ひょっこり
自分の口から出て
苦笑することがある
子どもは
風呂が退屈で
長くいられない
とくに
夏祭の晩など
そわそわして
風呂どころじゃない

  どぼんと
  入ってきちゃいなよ

こんな夕には
いくぶん
急きたてる口調で
父は よく
わたしたち兄弟に
言ったものだった
できれば そのまま
きらきらした夜店へ
駆けだしてゆきたい
子どもの風呂は
ほんとうに
どぼんなのである

その
どぼん
どういう経緯で
妻と娘に伝わったのか
ひとつの謎なのだが

  どぼんと入ってきちゃうね

などと
自己申告の言葉になって
とつぜん
わたしの耳へ
帰ってくるのである
どぼん







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一日一句(1296)







なにが鳴る吉野の柿を喰うてみる






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