駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

亡くなった感じがしない患者さん

2016年11月23日 | 診療

                

 人間には相性というものがあり、何となく馬が合う患者さんが居る。Yさんご夫妻もそんな方達で、二十年以上毎月通ってこられた。夫唱婦随のご夫婦で、奥さんはマイペースのYさんに振り回されるところがあるようにお見受けしたが、苦笑いされることはあっても愚痴らしい愚痴はこぼされなかった。Yさんは元鉄道マンというのがなあるほどと感じさせられる几帳面さで、毎日血圧体重に体温まで測定し、ノートに記録して持ってこられた。診察前にそれを見せていただくのが儀式になっていた。DIYが得意というか趣味で、庭をいじりながら、あれこれ自宅も改造されていたようだ。

 Yさんのお父さんも長生きな方で、開業当初Yさんが未だ通い始める前に連れてこられ、一年ばかり診させていただいた。確か九十歳で亡くなられた。

 Yさんは八十五歳を過ぎられても、殆ど惚けることなく僅かに頑固になったかなあという程度だった。そんなある日、色々作ったものを処分しました。庭仕事も止めましたと宣言された。それは、否まだまだと申し上げにくいきっぱりとした宣言で、ああそうですかと驚いて聞いたことだった。それ以降、診察室の会話がちょっと減ったような気がした。一年ほどして足が浮腫始め少し息切れがするようになった。利尿剤を出してもあまり反応しない、カルテを見るとあと一年半で九十歳になられる。どうも上手くゆきませんのでと、心残りではあったがT病院に紹介させていただいた。

 半年ほどして亡くなられ、父が長い間お世話になりましたと遠方に住む息子さんが挨拶に来られた。Tさんの奥さんは息子さんに引き取られ北方の他県へ移ってゆかれた。あの年で住み慣れた土地を離れて大丈夫かなあと心配だったが、運命の巡り合わせでやむを得ない。

 自分で看取らなかったせいもあるだろうが、Yさんが亡くなった気がせず、時々この頃来なくなったなあと思っている自分に気が付くことがある。

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