脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

示唆的な熊地区の5年間の認知症予防活動の記録-2

2022年12月06日 | エイジングライフ研究所から
30年前の「天竜市熊」での調査報告ーボケは防げる治せる①(初掲載2019.9.26)
1987年に始まった「天竜市熊」地区での、ボケの実態調査とその結果判明した小ボケ・中ボケに対する5年間にわたる生活指導の結果追跡を始めたのは1992年でした。
とはいえ、小ボケ・中ボケの方たち(1988年時点で計53名)へは生活指導のために継続してお会いしていましたから、好結果になるという予測はたっていました。どちらかというとワクワクした気分でスタートしたのです。

言わずもがなですが、すべて個別検査です。ただし残念なことに11名の方がすでに亡くなっていました。そして2名の方は入院中なおかつターミナル期で検査ができない状態でした。
結局、53名中検査対象となったのは40名でした。
調査対象40名中38名に検査は実施できました。(実施率は95%)
未確認2例は、住民票だけあって熊地区には在住していない方と、いつ伺っても山仕事に出かけていてお会いできなかった方でした。

この当時の効果測定は以下の基準で行われました。(現在はさらに細かい基準があります)
改善と評価:1または2
1.MMS結果が、初回結果に比べ̟3点以上改善
2.かなひろいテスト結果が年齢相当の正常値にもどる。
維持と評価:
MMS結果が、初回結果に比べ̟±2点の変化にとどまる。
低下と評価:
MMS結果が、初回結果に比べ̟3点以上低下。
結果をまとめると下のようになりました。

素晴らしい結果でした。
この5年間の経過観察の結果、改善された方が半数以上もあり、加齢とともに能力低下がおきることは当然ですから、維持できた方々にも効果があったということになります。
結局有効率は31名/40名ということですから77.5%にも上りました。
もう少し詳しく見たのが下表です。

小ボケの方26名中15名、57.7%が正常域に改善されていました。5年たったのに、脳が若々しくなったと同義です。
小ボケの状態が維持できた方は4名、15.4%でした。
改善群と維持群の合計19名が、今回の試みが有効であったということになりますので、小ボケ群25名でいえば、有効率は73.1%でした。

中ボケ群を見ると、正常域まで改善した例は3名、11.1%。小ボケまで改善したのは4名、14.8%。維持群は5名、18.5%。
中ボケ群の有効率は12名/27名で44.4%でした。

低下群は、脳卒中発症や視聴力低下などの悪条件が重なった場合が4名、単純なボケの進行と考えられるケースは3名でした。

結論:ボケは早く見つけることができればできるほど、脳機能改善の可能性が高くなる。


30年前の「天竜市熊」での調査報告ーボケは防げる治せる②(初掲載2019.9.27)
この調査の目的は、早期発見できた小ボケ・中ボケの方に対して生活改善指導を続けながら、5年後の脳機能の変化を見るところにありました。当然、改善もしくは維持を期待してのこの調査は、前の記事「30年前の「天竜市熊」での調査報告―ボケは防げる治せる1」にあげたように当初の予想通りの結果をもたらしてくれました。

もうひとつの成果を報告します。
今回の目的は、1989年に小ボケ・中ボケとされた53名全員を対象にした個別調査ということでした。戸別訪問して検査をするまでもなく、参加された健康教室での検査が中心になりました。(脳機能が低下した方には戸別訪問での検査になりましたが)
フォロー群だけでなく教室参加者の皆さんに全員検査を受けていただいた方が、自然な流れでもあり、抵抗が少ないだろうということで、一教室で3~4か所検査のブースを作って、保健師さんと私で個別検査を実施しました。
そのデータが集まるにつれて、このチャンスを逃すべきではないという気持ちに駆られて、結局65歳以上の高齢者全員303名に個別検査をするという新しい目標ができました。戸別訪問まではできませんでしたから、実施できたのは主に健康教室の参加者231名。実施率は76.2%でした。
これが、今回のまとめの初回に示したグラフです。
30年近く前のデータですが、一地区全体の高齢者に対して個別脳機能検査を行った例はほかにあるのでしょうか?実施率76.2%という数値も含めてです。
初回の調査では、集団かなひろいテストで一次スクリーニングを行い(214名/276名。実施率77.5%)、不合格者に対してだけ個別検査を行ったために、上のようなグラフはできません。
小ボケや中ボケの占める割合をまとめたものが下表です。
健康教室に参加した方が中心でしたから、未実施群は、その中心は重度化した方が多いと思われました。

初回調査では小ボケ26名/214名で12.1%。中ボケ27名/214名で12.6%。合計24.7%。どのような調査をしても、脳機能が小ボケや中ボケの方たちが一定数、概数でいえば3割はいるということになります。ここが、ボケの改善対象です。


この実態調査には、いくつもの示唆が含まれています。
1.前頭葉機能(かなひろいテスト)が高いレベルの人は、脳の後半領域機能(MMS)も高い。
2.MMS合格群の中に、かなひろいテスト不合格群がいる。
3.かなひろいテストの成績が悪くなると、MMSは高得点から低得点まで幅広く分布する。
4.かなひろいテスト不合格を第一条件として、MMS成績で区分するとボケの重症度を表すことができる。(病院での臨床から、一致が確認された)
5.地域には、前頭葉機能を含め万全な人から、前頭葉機能だけに機能低下がある人、脳の後半領域の機能低下が起きている人まで、切れ目なく存在する。はっきりとしたピークがあるわけではない。

上に書いた5.とグラフのなだらかな推移を見るときに、「ボケは防げる治せる」という言葉が浮き上がってくるようです。
脳機能をイキイキと保つ意識を持つこと。
万一、脳機能の低下が起きてしまったときには早く気づいてその回復を図ること。

熊地区で行った、小ボケと中ボケの方々に対する生活指導をまとめておきます。
1.生活意欲を失い始めた高齢者に対する家族ぐるみ、地域ぐるみの交流の促進。集まりへの参加を勧める。
2.集まりでは、ゲームや手工芸や歌などを中心に楽しく和気あいあいとしたプログラムを行う。
3.生きがいになるものを共に探す。畑仕事、家事、ものづくり、家族で行うゲームなど。
4.体を動かすことは脳の活性化になると指導。
具体的には、個々人の成育歴、職歴、家族状況などを聞き取りながら、「できること、なかでも楽しめるもの」を探していきました。
孫との交換日記を始めた人も、農作業を復活させた人もいました。ハモニカを始めたり、将棋や碁やパズルにはまった人もいました。
この地区はほとんどの家が「ぽつんと一軒家」状態なのですが、人間関係は密で共助の精神も強く、良い意味で隣人への温かい関心が深いという特徴がありました。また当時ゲートボールなどの普及期にあたっていたことも良い条件だったと思います。
目覚ましく改善されたS.T.さん(82歳→87歳)を紹介しましょう(紹介の許可はいただいてます)。

手芸が得意な方でしたから、生きがいを手芸から見つけようとしたのですが、私たちが指導を始めた時は四角の編み物モチーフが丸くなってしまうという状態、そろそろ家庭生活に種々の支障が出始めるという状態でした。
「年齢のせいかと思っていた。かかわり方がわからない」という家族に対して、「夫死亡後にぼんやりした生活を続けたために脳の老化が加速されただけである」ということを説明して、レベルに合わせた親身で優しいかかわりが必要であることを指導しました。家族のかかわりが密な感じが伝わってきませんか?
最初は、刺し子の布巾から始めました。次々に作品をリクエストしていくのは家族の治してあげたいという熱意です。

そしていよいよ、こたつかけという大作までできあがることになったのです。MMSは8点も改善されました。

S.T.さんは「ボケちゃあ、かなわんで」と言いながら「ボケ予防はね。刺し子と、散歩と、花づくりと、家事の手伝いと、孫と一緒に遊ぶこと」と話してくれました。
たった、こういうことがボケ予防!と思う人は多いかもしれません。確かにボケを治してくれるのです。ただし小ボケや中ボケで取り掛からないと間に合いませんけど。

1988年調査当初はご一緒した天竜保健所の保健婦さんは大きく異動があって、5年後の1993年にはほとんどが天竜保健所には在籍していなかったのです。この事業の目的すらはっきりしない状態で、熊地区に入っていくということに対して、新しい保健婦さんたちが戸惑っている様子がよくわかりました。考えてみれば、ほとんど関りがなかったわけですから当然ですよね。
一方、担当が変わったり新人の保健師さんが加わったりはしましたが天竜市保健婦さんと私は、5年間にわたって継続的に熊を訪れていました。ですからこの調査ができたのです。さすがにもうお付き合いはありませんが、感謝です。
「天竜市熊」という言葉にひかれて昔の仕事を振り返ってみましたが、この調査結果はもっと正しく評価されるべきではないかと今更ながら気づきました。


 
 
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