脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

料理をしながら、前頭葉機能を考える

2015年09月20日 | 前頭葉の働き

二段階方式では認知症の重症度を次のように考えます。
小ボケは家庭生活はこなせるが社会生活にトラブルが起きる、中ボケは家庭生活にもトラブルが起きてきて、大ボケになると家庭生活に介護が必要になる。

と、症状で説明しましたが、二段階方式で「小ボケ」というのは、脳機能検査を実施したうえでその人の前頭葉機能が不合格、ただし脳の後半領域の機能(一般的に認知機能と言われる働きです)は合格している人たちです。私たちが意識的に生活しているときには前頭葉はいつも司令塔として目を配っているわけですから、「小ボケ」はその目が曇っている状態と考えたらいいと思います。
社会生活は、そのレベルでの行動は許してはもらえない。でも、家庭生活はそれなりにこなせるのが「小ボケ」なのです。
こなせるといっても「目が曇っている」わけですから家庭では「この頃、おばあちゃんちょっと変。いつものおばあちゃんらしくない」と不思議がられるようなことがおきてくるようになります。
ですから、小ボケのおばあさんと一緒に暮らしている家族の訴えは、いろいろと興味深いことを教えてくれます。つまり、小ボケのおばあさんの家族が訴えてくることは、前頭葉が日常生活の中で、どのように機能しているかを教えてくれているからです。

今日お客さんを迎えるために「卯の花」を作りながら、前頭葉の働きをいろいろ考えてみました。(青字で書きこんでみました。)
まずお客さんの年齢、生活の状況、今の季節等の状況を判断したうえで、料理の献立を考えます(発想力
東京暮らしのグルメたちには、入手しやすい新鮮野菜を中心に使ってとまず決断。サトイモの煮つけ、ナス料理、五菜和えなどいろいろ考えましたが(発想力)けっこう手間がかかり野菜もたくさん入る「卯の花」が一番いいかと最終決断しました。今夏2回目の挑戦です。

おばあさんが小ボケになったとき、家族が料理に関して一番よく訴えることは、「信じられないくらい献立が単調なんです」
豆腐の味噌汁、焼さかな、漬物(いつも同じ!)。前頭葉が元気がないので発想が湧かないんですね。
次に言われるのは
「手際が悪くなった」です。行動の手順を考えるのは前頭葉の働きです。
「おかずができているのに、御飯がまだ炊けていない」とか「一番大切な食材の下ごしらえがまだの状態で、付け合わせだけできてしまった」だから「とにかく、食べられるようになるまで時間がかかるんです」とか。
「材料の切り方が雑になった」「盛り付けが全くいい加減」などもよく言われますが、創作的なこと食材の切り方という単純な形のレベルや彩りから芸術的な盛り付けまで、前頭葉と右脳の連携プレイです。ただし、元から無関心な人はいますから、小ボケの場合はそのあとに「前のおばあさんじゃないみたい」が必ず付くのです。
さて私の「卯の花」作り。一番最初にしたことはこぶだしの準備。手順を考えるのは前頭葉!

こんにゃくの下茹で、油揚げの油抜き、ササガキゴボウのアク出し。玉ねぎ、にんじん、きのこ類(シイタケ、エノキダケ、マイタケ、シメジ、エリンギ)を刻む。私の前頭葉はこの順番を決めました。
そうそう、ふつうは干しシイタケを使いますが、なかったので生シイタケ。このように臨機応変に代替品を思いつくのも前頭葉の働きです。

鶏肉をさばく(もう一つの献立、栗と鶏肉の中華炒め用に一口大に切る、卯の花用に細切れ、皮はスープ用に)このように材料を無駄なく使いこなすには、経験や知識をベースにした知恵や工夫が不可欠です。けっこう前頭葉はがんばったのです。

と、簡単に書きましたが、野菜を延々と刻み続けるうちに、ちょっと何かがしたくなるのです。
メールのチェックとか、急いでもいない洗濯物の様子見とか。そのたびに、前頭葉が「もう少しで終わるから、がんばれ」と励まてくれます。または厳しく
「キリまでやらなくては」と指令が飛んできます。
発想力を働かせて、いくつかのことを思いつき、状況判断してなすべきことを選択決定する。決断したら軌道修正することも含めて到達点に至るまで継続し続ける。無関係のことに対しては抑制をかけるまとめてみると前頭葉はこのように働いてくれました。
若い時にはこんなことはなかったなあ…と苦笑しながら、途中休息もせず(もっと齢をとれば、休息する方が正しい前頭葉の判断ということになるでしょう)他のことに気は散らしましたが抑制はでき、ようやく準備が整いました。
調理に入ります。まず、具材を煮始めます。調味料や出し汁の量などすべて目分量。それは経験を重ねて持っている知恵でしょう。

おからを炒ります。

一緒にして水気がなくなるまで炒りつけます。
最後に彩りにゆでいんげんの細切りと、薬味を兼ねて細ねぎのみじん切りを混ぜて完成。早速お隣におすそ分け。
「おいしそう!」と喜んでくださる顔を見ながら、私の前頭葉が今日の卯の花作りを「作ってよかった」と評価するのです。
実はこの前頭葉の評価という働きは、二つの意味で大切です。
一つは、評価するには行動の実践が前提だということです。
「脳は使ってなんぼ」
子供の時は、親をはじめとする周りの大人、教師、友人たちなどから教えられて、行動の基準ができていきますが、成長に従って「自分で」納得しながら生きていきますから、そのように成長を支えなくてはいけません。
生活していくことは、一つ一つの行動の評価を積み重ねていくことでもあります。人間として生きていくためには必須の「前頭葉の評価の物差し」は、実践の中から納得しながら獲得するものです。
もう一つは、今後の行動を決定するときの指標になるということです。簡単に言えば「(自分にとって)いいことならやる、悪いことならやらない」ということです。もちろん個々人でその前頭葉の物差しは違いますが、よい物差しが持てるように生きていきたいものですね。
ウーン。「卯の花」つくりには多くの段階があって、けっこう前頭葉の出番があるものだと改めて思いました。
その前頭葉が、ちょっと元気をなくしていて目が配れなかったら、「卯の花」はできても確かにいろんなことが起きてきそうです。
(今年作った虹色トウモロコシ。虹色じゃないですが)

・具材が極端に少ない。
・特に、必ず入っていたものが入っていない。
・台所には立っているが、いくらなんでも、時間がかかりすぎる。
・途中で放り出して、別のことをしてしまう。
・彩りや盛り付けがあまりにもいい加減。
その結果、「味は変わらないんですが(中ボケになると、味付けが変になって、とても食べられなくなります)、なんだか、今までおばあさんが作ってくれた『卯の花』と違うんです」と家族が訴えることになります。
活の小さな場面でも、前頭葉はいつも司令塔の役割を果たしているのです。


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