まず、かくしゃくヒント7-寺子屋作戦 をクリックして読んでください。今日は寺子屋作戦その後の報告です。
2月12日、曇りの川奈ホテル
久しぶりに友人と電話でお話ししました。
私「寺子屋はその後いかがですか?」
友「実は明日が例の寺子屋の日なんだけど、あすで89回目。
病気や用事で休む日もあるけれど、まあ、よく続いてるよね」
私「すご~い。2年ちょっとでしょ。
月平均3回。
立派なものじゃないですか!うれしいなあ。
それで、寺子屋はいかがですか」
友「勉強というよりも、礼儀だね。礼に始まって礼に終わる」
私「S太君(お孫さん)のお友達、大きくなったときにどんなに先生に感謝するでしょうね。
家庭で教育できるならいいんですけど、なかなか家庭で行き届かないことだってありますものね。
人生を生きていくときの大きな力になりますね。よかったです」
といいながら、先生が長い教師生活で貫かれた信念を、この寺子屋でも実践されていることに感動していました。
会話は続いています。
友「僕の町でも今度公立小学校で英語をやることになってね。
4年生からだと思ったので、教育委員会に『お伺いするので資料を見せてほしい』って頼んだら『とんでもない。お持ちしますから』って、今日先ほど届けてくれたんだよ」
私「S太君、今度何年生でしたっけ?」
友「4年生。それでちょうどいいと思ったんだけど、実は5年生からだったんだよね」
私「一足お先に始めますか!少人数の寺子屋ですから」と笑いながら言うと
友「この寺子屋は勉強は急がないのが方針」と切り返されてしまいました。
「英語教育に関する資料がまた膨大でね。
せっかく持ってきてくれたんだから、ちゃんと読み込んで、ちょっとは役に立つコメントもつけてお返ししなくっちゃあと思ってるところ。
それにしてもすごい量だけど」と笑いながらお話が続きます。
ただ「読む」のではないのです。
「役に立つコメントを付けられるように読む」といわれました。
たぶん教育委員会には後輩にあたる方々がいらっしゃるのではないかと思いました。
その方々のためになりたいという心意気がいいではないですか!
でも、もし寺子屋が始まっていなかったら、英語教育が導入されることに関心がいかなかったかもしれません。
一般的な関心を持っても、資料請求はされなかったかもしれません。
一つ始まると、それが呼び水になってまた別のことが引き寄せられてきます。
同期生の方が、国際交流協会にかかわったら、日本語教室の先生になり、その勉強がとても楽しい…と次々に人生が展開していったのと同じですね。「かくしゃくヒント19-団塊世代の生きがいいろいろ」に書きました。
一つ始める意欲、一歩踏み出す勇気が必要なのです。