出産した病院は、
NICU(新生児集中治療室)のある総合病院。
なにせ、超高齢出産なので…
。
出産方法は、帝王切開でした。
以前、別の病院で子宮筋腫の腹腔鏡手術をした時、
「出産は帝王切開でね」…と言われていた為です。
筋腫の手術は、回復までに一カ月くらい掛った様な記憶があり、
それより大きな開腹をするであろう「帝王切開」は、恐怖でした。
退院後、一カ月寝ている事になったらどうしよう
。
子供の世話が出来なかったら、どうなるんだろう
。
手術のスタッフは、全員30代くらいの若いチームでした。
この病院は、定年間近の年齢になると手術から退くらしく、
執刀は、寺尾明似の担当医ではない、若い女性の先生でした。
まず、
麻酔科の若い男性医師が、背中の2カ所に麻酔を送り込み、
濡れた脱脂綿を私の身体に当てながら、
「これは感じますか?」
「ここはどうですか?」
「痛みはありますか?」
と、薬の効き具合を確かめ、
「今“凄く痛い事”していますので、麻酔はしっかり効いていますからね。」
…と、次の瞬間、
焦げ臭い匂い…がしたのは、電気メス?
(医療現場の事は全く持って知識が無いので、勝手な想像です
)
手術の際は、
首の下に、バスタオルの様な厚地の仕切りがされている為、
何をされているのか、全く分かりませんでしたが、
「固いね(多分切開している場所)」…という医師二人の声や、
和気あいあい的な、スタッフの雑談は、普通に聞こえました
。
そして、しばらくすると、
赤ちゃんの「泣き声」と、動物の「鳴き声」を足した様な、
聞いた事の無い、衝撃的な産声が“足の先の方から”聞こえ、
「生まれましたよ~」と言われました。
正直、「は?」…という感じでした。
麻酔でお腹やお股の感覚は無く、
首の下の仕切りの為か、声も足先から聞こえたので…。
泣き叫び続ける赤ん坊…。
「泣くね~
」…と、小さく笑うスタッフの方々…。
その雰囲気で、子供が元気に生まれた事を理解しました。
赤ん坊は、羊水か何かを吸い取られているのか、
ジュルジュル、ガーガー、処置をされ、私の頭元に連れて来られました。
(いや…この音はもしかして私の処置?)
クリーム色か生成りか…
綿の様な物が、身体の所々に付いている赤ん坊…。
「男の子ですよ。触っても良いですよ。」…と言われましたが、
あまりに華奢で、触れるのが怖く、
左の人差し指で、子供の右手を撫でるのが精一杯でした。
…と、ここで、
「子供との対面で発する“第一声”は、何だろう?」
と、自分自身の言葉を楽しみにしていましたが、
出たのは、「わぁ…
」の一言でした。
出産後の気持ちは、
ひたすら「感謝」と「安堵」のみ…でした。
嬉しいに決まっていますが、「嬉しい」という気持ちは湧きませんでした。
それよりも、夫以外の協力を得られない「退院後の生活」が不安でした。
それは、旦那サンも全く同じでした。
「嬉しい」「可愛い」とかよりも、「不安」。
待望の子供であるにも関わらず、テンションも一定…。
「可愛いでしょ~?
」
「旦那サン、喜んでるでしょ~?
」
…と、声を掛けられましたが、当時は、
「いえ、別に…
」
「普通です
。」
…と言う有様でした
。
子供が産まれたら、泣いて喜んで、
ハイテンションになると思っていましたが、
それとは全然違う自分達の様子に、驚きと戸惑いを感じました。
NICU(新生児集中治療室)のある総合病院。
なにせ、超高齢出産なので…

出産方法は、帝王切開でした。
以前、別の病院で子宮筋腫の腹腔鏡手術をした時、
「出産は帝王切開でね」…と言われていた為です。
筋腫の手術は、回復までに一カ月くらい掛った様な記憶があり、
それより大きな開腹をするであろう「帝王切開」は、恐怖でした。
退院後、一カ月寝ている事になったらどうしよう

子供の世話が出来なかったら、どうなるんだろう

手術のスタッフは、全員30代くらいの若いチームでした。
この病院は、定年間近の年齢になると手術から退くらしく、
執刀は、寺尾明似の担当医ではない、若い女性の先生でした。
まず、
麻酔科の若い男性医師が、背中の2カ所に麻酔を送り込み、
濡れた脱脂綿を私の身体に当てながら、
「これは感じますか?」
「ここはどうですか?」
「痛みはありますか?」
と、薬の効き具合を確かめ、
「今“凄く痛い事”していますので、麻酔はしっかり効いていますからね。」
…と、次の瞬間、
焦げ臭い匂い…がしたのは、電気メス?
(医療現場の事は全く持って知識が無いので、勝手な想像です

手術の際は、
首の下に、バスタオルの様な厚地の仕切りがされている為、
何をされているのか、全く分かりませんでしたが、
「固いね(多分切開している場所)」…という医師二人の声や、
和気あいあい的な、スタッフの雑談は、普通に聞こえました

そして、しばらくすると、
赤ちゃんの「泣き声」と、動物の「鳴き声」を足した様な、
聞いた事の無い、衝撃的な産声が“足の先の方から”聞こえ、
「生まれましたよ~」と言われました。
正直、「は?」…という感じでした。
麻酔でお腹やお股の感覚は無く、
首の下の仕切りの為か、声も足先から聞こえたので…。
泣き叫び続ける赤ん坊…。
「泣くね~

その雰囲気で、子供が元気に生まれた事を理解しました。
赤ん坊は、羊水か何かを吸い取られているのか、
ジュルジュル、ガーガー、処置をされ、私の頭元に連れて来られました。
(いや…この音はもしかして私の処置?)
クリーム色か生成りか…
綿の様な物が、身体の所々に付いている赤ん坊…。
「男の子ですよ。触っても良いですよ。」…と言われましたが、
あまりに華奢で、触れるのが怖く、
左の人差し指で、子供の右手を撫でるのが精一杯でした。
…と、ここで、
「子供との対面で発する“第一声”は、何だろう?」
と、自分自身の言葉を楽しみにしていましたが、
出たのは、「わぁ…

出産後の気持ちは、
ひたすら「感謝」と「安堵」のみ…でした。
嬉しいに決まっていますが、「嬉しい」という気持ちは湧きませんでした。
それよりも、夫以外の協力を得られない「退院後の生活」が不安でした。
それは、旦那サンも全く同じでした。
「嬉しい」「可愛い」とかよりも、「不安」。
待望の子供であるにも関わらず、テンションも一定…。
「可愛いでしょ~?

「旦那サン、喜んでるでしょ~?

…と、声を掛けられましたが、当時は、
「いえ、別に…

「普通です

…と言う有様でした

子供が産まれたら、泣いて喜んで、
ハイテンションになると思っていましたが、
それとは全然違う自分達の様子に、驚きと戸惑いを感じました。