創作日記

 青磁作品を中心に創作しています。
  陶芸作品が出来るまでの過程を、
   日常の暮らしを通して紹介しています。

藤崎個展後の整理中

2012年12月05日 | 日記

仙台から帰って今日で七日、
個展にお越しくださった方々に、心こめてお礼状を書いている日々、
震災の傷跡も癒えぬのに、笑顔で会場にお越し頂き、
これほど幸せなことはなかった。

藤崎から次回の個展企画も頂き、
大好きな仙台が、益々好きになった。

Photo

   冷え込んだ朝


仙台の気温は低かったが、雨に降られたのは一日くらいだったか。
初冬となり、皆さんから北陸の寒さとの相違を質問された。

日本列島を縦断している山脈、そこでさえぎられた寒気が太平洋側に流れ、
北陸では雪などの湿った冷たさを感じていたが、仙台の寒さは確かに異なっていた。
表現するならば、「 肌に当たる風が痛い、」そのような感じ、とお答えした。

Photo_2

   車のルーフに


あれほど好天に恵まれていた仙台、
小松に戻ってからは一日、それも半日だけ太陽が顔を見せてくれた。

あさ玄関を出ると車に霜がビッシリと張り付いて。
気温は定かではないが、零度近くまで下がっていたかも知れない。
午前中に書店などに行かなくてはならず、ぬるめの水をかけて霜を溶かした。

これからの季節、霜だけでは済まないのが北陸の冬。
この日午前中だけは何とか晴れていたが、午後からはアラレが降りだした。
冬用のスノータイヤに履き替えていないし、どうしたものかと思案。
まだ体に感じる寒さはそれ程でもないので、もう少し様子を見ることにした。

Cd



個展のお礼状を書きつつ、用事が出来るたびに外出。
そんな折、先月11月10日に行われた、「 アルマンド神父様、コンサート 」の
CDが贈られてきた。

ご一緒に「 FAURE ・ REQUIEM 」を歌わせていただいた、
藤村眼科先生の奥様が贈ってくださった。

長い間声帯の具合が思わしくなく、悩んで悩みついて練習した、フォーレ・レクイエム。
その中の「 Libera me 」、11月10日の追悼コンサートで声が出るかと心配したが、
藤村眼科・院長先生とご一緒にバリトンパートを歌わせていただき、
どういう訳か、本番では本来の私の発声が出たように感じていた。

ただ、自分自身の声は聴こえず、となりで歌われている藤村先生の声が耳に届いていた。
録音されていたとは知らず、贈られてきたCDを早速聴かせていただいた。

Photo_3

   パソコンで再生


我が家にはCD再生機はなく、パソコンで再生しオーディオアンプで増幅して、
スピーカーからの「 FAURE ・ REQUIEM 」を聴かせていただいた。


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   スピーカーから


本番で歌った時、何箇所か藤村先生の歌声を邪魔しているような気がしていたが、
スピーカーから流れてきた、先生との歌声にそれ程の違和感もなく、
懸念していた心配も消え失せた。

コンサートに来ていられた沢山の聴衆の方々、
私が大音量でスピーカーで聴いているのと同じ感じを受けていただけたなら幸せ、
そう思いつつ、11月10日のコンサートの様子を思い出していた。

そして今月7日、あさって午後7時からアルマンド神父の一周忌のミサが執り行われる。
個展で仙台に出かけていて練習に参加できなかったが、以前歌ったことのあるミサ曲、
練習不足だが、我が家のピアノで私が歌うテナーパートの音を確かめている。

友人であり、弟のように接してくれたアルマンド、
一年前の彼が亡くなるほんの数日前、殆ど体力がないのに
私が身動きが出来ないほどに強く抱きしめられ、
最期の別れをしたことが昨日のように思い出される。

あさって、彼の一周忌のミサには私も歌わせていただく。
アルマンド神父が信頼を寄せていた、Giuliano(ジュリアーノ)神父作曲の
「 Missa "Nimis amara" 」。
そしてアルマンドが育った地方で歌われた鎮魂歌、「 Signore delle cime 」。

「 エイ、堂前君、個展どうだった?」彼の声が聞こえてきそうだ。


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