オペラファンの仕事の合間に パート2

大好きなクラッシック音楽やフィギュアスケート、映画などを語ります。メインは荒川静香さんの美しさを語るブログ。

二所ノ関部屋、閉鎖。

2013年01月11日 22時07分26秒 | 大相撲
あさってから大相撲初場所が始まるが放送を見たいとは思わない。
このところ大相撲のNHKの中継は全く見ていない。見る気がしない。
そんな私だが、大相撲に関して驚きのニュースを知った。
名門・二所ノ関部屋が閉鎖!
すでに三段目以下の力士3人に師匠を含めて4人の親方という相撲部屋の体を成していない状態だったらしいが、やはり驚いた。
これも時代の流れかもしれませんが、やはり残念である。
二所ノ関部屋は戦前の大横綱・玉錦が再興、戦後は横綱・大鵬を生んだ名門の相撲部屋。
戦後の相撲放送の解説でお馴染みだった玉の海さんは玉錦の死去後、二所ノ関部屋を継いだ方だったし、また神風正一氏も二所ノ関部屋出身。
また元関脇のプロレスラー・力道山も二所ノ関部屋出身。
私が大相撲に夢中だった中学生から高校生時代、二所ノ関部屋は正に大相撲界の中心的存在だった。
そんな名門相撲部屋が、所属力士が、たったの3人の状態になり、遂に消滅とは・・・。
思えば1975年大鵬の師匠の二所ノ関親方が亡くなった時、既に引退して独立していましたが大鵬か、元大関の大麒麟が継げば、こんなことにならなかったのでは?と思ったりします。
全ては、1975年、二所ノ関部屋の継承をめぐる、あの時の混乱から始まったのかもしれません。やはり元関脇の金剛では荷が重たかった?
あの時の混乱で、相撲界を去ったのが、現在プロレスラーの天龍源一郎である。もし天龍が相撲界に残っていたら、どうなっていただろうかと今も、有望力士だっただけに、よく思います。
私事ですが、私の父方の祖父は戦前、二所ノ関部屋の大阪後援会に入っていたらしい。
そのため、私の今は亡き父は、生前、大の二所ノ関びいきでした。
もし、父が存命だったら、今回の二所ノ関部屋閉鎖は、たいへん悲しんだことでしょう。
二所ノ関部屋が消えてしまった大相撲界。私にとって考えられないことである。
願わくは、今後、二所ノ関に縁がある立派な親方がいたら、部屋を再興して二所ノ関の灯を再び灯して欲しいと願うばかりである。



写真は1971年1月の初場所千秋楽、横綱大鵬の優勝を祝っている二所ノ関一門の写真。
大鵬の左側に当時の二所ノ関親方、右側は横綱玉の海。
後ろには大関大麒麟と琴桜(当時)の姿。
二所ノ関部屋絶頂期の頃か。








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