水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(8)夜闇提灯[よいやみぢょうちん]  <再掲>

2024年08月15日 00時00分00秒 | #小説

 いや~、こう暑いと堪(たま)りませんな。ははは…私なんか、めっぽう暑さには弱いもんで、どこか涼しげな外国で暮らしたいのですが…。能書(のうが)きはこの辺にして、話を進めて参ります。
 私の実家はとある片田舎なんですがね。夏ともなれば蝉が我が世とばかりに集(すだ)く、今考えれば、いい風情の村でございました。私も今では大都会で暮らしておりますが、社会人になるまでは、この片田舎で暮らしておったというようなことでして…。
 話は私の子供時代へと遡(さかのぼ)ります。村は戸数が二十軒ばかりの山奥の小さな集落でしたが、ここには古い風習がありましてね。村の社(やしろ)の祠(ほこら)に年番で一年間、夜中参りをする・・という変な風習なんですが、そういうのがありました。私の家も来年、その年番が回って来るというので、父は、そろそろ精進潔斎しないとな・・なんていっておったもんです。と申しますのは、年番に当たった当家は翌年、他家へ引き継ぐまでの一年間、精進潔斎をして身を清め、神や仏に仕(つか)えるということなんでございます。神や仏といいますのは、古い神仏混交の思想からきておるようでした。
 そんなある日、私の家へ駆け込んだ一人の男がおりました。この年の年番の村人でございました。私は九才ばかりの子供でございましたが、父とその男の会話は、今でも手にとるように、はっきりと憶えております。話の内容は来年、引き継ぎを受ける家の者が、俄(にわ)かの病(やまい)で亡(な)くなったから私の家で引き継いでもらいたい・・という内容でございました。父はまだ一年あると思っておりましたから、心の準備ができておらず、最初は少し躊躇(ちゅうちょ)しておりましたが、仕方なく引き受けたようでございます。亡くなった村人の送りも済み、その後は、こともなく翌年の正月となりました。当然、父は話を聞いた翌日から精進潔斎で身を清め、正式な引き継ぎに臨んでいたのでございます。
 夜中参りは仏滅の日の子(ね)の下刻に提灯(ちょうちん)に灯りを灯(とも)し、山中の祠(ほこら)まで参って帰るという、ただそれだけの行事なのでした。で、引き継いだ父もそのように始めた訳でございます。昔からの風習でございますから、やめればなにか、よからぬことが起こるのではないかと、村の誰もが思うところは同じだったようでございます。
 仏滅が巡ったある夜のこと、父はいつものように提灯を灯して山道を歩いていたのでございます。すると、ふと夜闇(よいやみ)の彼方(かなた)に、父と同じような提灯の灯(あか)りが見えたそうにございます。深夜のことですから、そのようなことがあるはずもありません。父もそう思ったものですから、その灯りの方へ近づいていった訳でございます。すると、提灯を持って歩く確かに死んだはずの村人が灯りに照らしだされ、一瞬、見えたそうにございます。父は余りの恐ろしさでその場に蹲(うずくま)り、顔を覆(おお)いました。そして、恐る恐るもう一度、その灯りを見ますと、死んだ村人の姿は、すでに失(う)せ、灯りも次第に遠退(とおの)いてスウ~っと消えたそうでございます。父は、しばらく呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしたと申しておりました。ふと、我に返った父は、いつものように祠へのお参りを、なんとか済ませ、家へ帰ったそうにございます。その後のお参りは、そのようなこともなく、父は無事に翌年の引き継ぎを終えた訳でございました。父があとから聞いた話によりますと、その村人は信心深かったそうでして、かなり精進潔斎をしていたという話でございます。どうも、その男の執念が霊の姿で参ったらしいのでございます。そんな怖い話を九才の頃、聞かされた記憶が残っております。

                   THE END


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